「かーんぱーい!」
 カラオケコンパ、それはいい。
 ただどうしても納得行かないのは。
「なぁんであんたがここに居るのよ?」
 ん?、っと護魔化したのはレイだった、カツラを被ってメガネまで掛けている。
「ヒカリに言ってよ」
「はん?」
「仲直りのデートでコンパどころじゃないんだって」
「あいつは……」
「ねぇねぇ!」
 名前も知らない青年に言い寄られる。
 アスカは、確か院の方の人間では無かったかと思い浮かべた。
「惣流さんでしょ?、一年の」
「はぁ」
 モスコを含みつつ、適当に相槌を打つ。
 隣に強引に座ろうとする、まあ、こういう場では良くあることだが。
「前から話してみたいと思ってたんだよね、センセイが君の論文に目をつけててさ、うちの研究室に欲しいって」
「本当ですか?」
「うん、一度来てみない?、研究室」
「はぁ、その内……」
 安請け合いしてる……、そんな自分に嫌悪を感じつつも愛想笑いを浮かべてしまう。
 いつからだろうか?、『他人』に媚びてまで折り合いを付けて生きられるようになったのは?
 もっとも、アスカの意識はその思考を良しとはしなかった、荒れに荒れた後の、もういい、と悔しさを噛み締めた日に戻ってしまうだけだったから。


 シンジが居なくなってアスカは荒れた。
 お猿のシンジを腕が千切れるまで振り回し、叩きつけた、香水や、乳液などと言った化粧品の瓶が幾つも割れて、部屋の中はおぞましい臭気に満たされた。
 タンスを倒すと、丁度そこにあった椅子の背が貫く形で半端に支えた、それがまた苛立って蹴飛ばした。
 本の類をばらまかれいて、大事にしていた小説でさえも踏みにじった、破っていった。
 ……その惨状は、今でもそのままになっている。
 襖を開いて、ミズホは腕をさすりながら悲しげに見ていた。
 窓越しに、隣家か、外灯の灯がうすぼんやりと浮かび上がらせている。
 瓦礫の山。
 流石に三年も経てば匂いは消えるが、それでも……
 ぶるりと震えた。
 うすら寒い、彼女の残していった激情は今もここに在る。
 怒りが限界を越えて、知覚出来なくなった、それ故の小康状態。
 −−自棄。
 シンジが好きだからこその苦しみ。
 そこからの逃避。
 ミズホは『母』に気付かれる前に襖を閉めて、わざとらしい声を出して階段を降りた。
「お母様ぁ、ドラマ始まっちゃいますぅ!」


 無理に忘れようとするものもいるし、忘れずに堪え抜こうとしているものも居る、それはそれぞれであるし、別に良いとは思う。
 そう考えても割り切れないこともある。
 今のアスカはレイにとって、目を逸らしたくなるほど辛かった。
「三番が六番にキス!」
 誰が思い出したのだろうか?、王様ゲームなどと言う古いものを。
「あたし三番」
「俺六番!」
 アスカと、先の青年だった。
 冷めた目をしているレイの横で、青年にアスカが唇を寄せる。
 そっと目を閉じる、なんということもないように、フレンチと言える、それでもチュッと音がして……
 おおっと喝采。
 照れる青年。
 アスカも恥ずかしいのか、飲み物に口を付けて護魔化す、それはレイのレモンハイだった。
 レイはそれを見つめた、置かれたコップを、昔ならアスカが口を付けた事など気にせずに飲めただろう、家族が口を付けた、箸を付けた、だからなんだと口にできただろう。
 けれど、今は……
(もう、だめなのね)
 その瞬間、レイの中で何かが切れた。
 そのコップに付いた口紅は他人のものだ、アスカだけではなく、いま彼女がキスした男や、他の人間の『汚れ』が見える気がして気分が悪くなってしまった。
 狭い座席で、こうして腕がすり合っている事にも耐え切れず……
「ごめぇん、あたし先に帰らせてもらうから」
 レイは惜しまれながらも、その場を去った。
 疎遠になっていく、というのはこういうことかもしれない。
 合わない間に知らない人格が形作られていく、性格、性癖、許容出来ないものが増えてしまっていて……
 避け始める。
 彼女には彼女のペースがあるのだとは思う、その途中でバカな事をして、たくさんの後悔をして、一度壊れてから立ち直る。
 それもまた一つのやり方ではあるだろうが。
 勝手にすればいい、としか思えなかった。
(あたしは、シンちゃんじゃないから……)
 アスカを諌める事などできはしない。
 泣いてでも喚いてでも、嫌われてでも縋ってでも口にして来たシンジのようにはできないから。
 レイは、失われた存在の大きさを感じてしまった。


「ん、あたしもそろそろ帰るわ」
 え〜?、と不満気な声が上げられる。
「あ、じゃあ、俺も」
 酔っているのか、多少下心が表に出過ぎていた。
 だが酔っているのはアスカも同じだったから、あ、そう、と単純に思っただけだった。
 外に出る、空気を吸い込む、真正面に大きな通りがあって、肺に入ったのは気持ちの悪い排気ガスの匂いだけで、すっきりしたものは得られなかった。
 吐き気が増す。
「惣流さん!」
 呼び止められて、三白眼を向ける、早く帰って寝たいのに、と。
「送ってくよ」
 下心丸見え。
 アスカの目には、中学、高校時代のバカな男達の延長として見えた。
 目の奥にあるものが同じだから。
『彼』とは、違うから。
「いいわ、遠慮しとく」
「あ、でも、さ」
「タクシー拾うから、じゃ」
「惣流さん!」
 腕を引いて、止められた。
 アスカの目が丸くなる、鼻に酒臭い男の匂いが感じられた。
 奪われた。
 唇を。
 それは先の遊びのような物では無くて、無遠慮で、ぶしつけな……
「!?」
 舌が無理矢理差し込まれた、その瞬間。
 −−ドン!
 アスカは彼を突き飛ばして駆け出していた。
(なんでっ、どうして!)
 −−汚された!
(だからっ、どうして!)
 −−汚されちゃったよ……
(シンジに、シンジが!、シンジの事なんて!)
「げっ、え!」
 適当な電柱に手を突いて吐き戻す、すっぱいものが口の中一杯に広がっても、舌を舐められたと言うおぞましい感触は消えなかった。
「嫌だ、嫌だよぉ……」
 ごしごしと口を拭う。
 ベロを出して、直接に。
「嫌ぁ……、もう、ヤだぁ……」
 吐いたものの上に膝を突き、口を、鼻を、目を拭う。
 しかし溢れ出すものも、込み上げるものも、垂れ流れるものも……
 どれも止まってくはくれなかった。


「ただいま……」
「おかえり、早かったんだね」
 ソファーでくつろぎながら雑誌を読んでいたカヲルは、消沈したレイの様子に苦笑した。
「会うべきじゃなかった、そんな顔だね」
 レイはバッグを投げ出し、カーペットの上に座った。
「……」
「そんなに酷かったのかい?、今のアスカちゃんは」
 レイはカヲルが飲んでいたコップを奪って、煽るように口にした。
 ごく、ごくっと飲み干してしまう。
「ぷふっ」
「結構強いよ?、それは」
「……でも、カヲルのなら飲める」
「ん?」
「アスカのは……、もうだめ、口も付けられない、口も付けて欲しくない、堪えられない」
「そう……」
 雑誌で口元を押さえる、寝そべったまま。
「でも嫌悪感は親しみの裏返しでもあるよ」
「そう言う問題じゃないのよ」
「ん?」
「あたしの問題」
「レイの?」
 レイは項垂れたままで頷いた。
「シンちゃんは……、偉大だったんだなって」
「何を今更……」
「違うの、シンちゃんならね、今のアスカは嫌いだって、それがシンちゃんの中の偶像のアスカでも、希望を押し付けるだけの我が侭にしか見えなかったとしても、ちゃんとアスカをアスカに戻すと思う、泣いても、縋っても、罪悪感に訴えても、どんなことをしたって、でも……」
「……」
「あたしには出来ない、そこまで……、怖くて、何を言い返されるか、怖くて」
「傷ついている人間は……、心無い事を言い放ってしまうものさ」
「どうして……、シンちゃん、どうして」
 ふむ、とカヲルは口にした。
「三年か……」
「うん……」
「ずっと黙っていたけどね」
「ん?」
「時々シンジ君とは喋っているんだよ」
「え!?」
「電話でだけどね」
 レイはばっと立ち上がると、胸倉掴んで引き寄せた。
「それっ、どういうこと!?」
「どうもこうもないよ……、たまたまコンサートで立ち寄った街でシンジ君を見付けてね、今どうしてるって、それから電話番号を交換したんだ」
「どうして……、そんなことっ、今まで!」
「まあ……、レイ達がそうであるように、僕にとっても一番はシンジ君だからね、彼が望まない限りは教えられないさ」
「だからって……、だからって!」
「シンジ君は確かに君達を待たなかったけど、置いて行ったのは君達を誘うつもりがなかっただけで、追って来るなとは言わなかった、違うかい?」
 レイは硬直した。
「それ……、どう言う意味?」
「そのままだよ」
 レイの手を払いのけ、再び寝そべる。
「君達が荒れている、そうは教えたよ、でもシンジ君の答えは簡単だった、「僕はここに居る」、それだけだったよ」
「それだけ?」
「そう、それだけ……、でもその一言に込められたものが理解るかい?」
 困惑するレイに苦笑する。
「離れていても、傍に居ても……、結局みんなのことが忘れられない、忘れられるはずが無い、シンジ君らしくない、そう声が聞こえるんだろうね、だから、大丈夫、僕はここに居るし、何も変わらない、遠くに居たって、君達が願えばいつでも会える、感じられる……、少なくともシンジ君はそれを感じているし、僕だって感じてる、抽象的過ぎるかい?」
 カヲルは足でベランダを指し示すと言う無作法な真似をした。
「会いたい、それは泣き言になる、だから君達を思い出して、幻の君達に叱ってもらって……、大丈夫、頑張れるさ、そう強がりを言うんだよ、それが今のシンジ君さ、だから君はそこからシンジ君に今の気持ちを叫べばいい、その声はきっと、届くから」


「シンジ様……」
 家のベランダでミズホは星空を眺めていた。
「ミズホちゃん……」
「お母様」
 抱かれるに任せて、肩を預ける。
「奇麗な空ね……」
「はい……」
「きっと、シンジも同じ空を眺めているわ」
「は、い……」
 ぐしゃりと顔を潰して……
 ミズホはくいしばるように、涙を堪える。


「シンジぃ……」
 脱いだ靴を手に引っ掛けて、アスカは泣きながら歩いていた。
 切り裂かれてしまえば簡単に押し込めていたものが溢れ出した、そこにあるのは……
 −−シンジの微笑み。
 みんなで笑っていた、あの頃の世界。
「どうして……、居なくなっちゃったのよぉ」
 夜風がアスカを優しく撫でる。
 はっとして空を見上げる……
 そこにはとても奇麗な月が、アスカを優しく見下ろしていた。


「シンちゃーん!」
 レイが叫ぶ。
「シンジ様ぁ……」
 ミズホがこぼす。
「シンジ……」
 アスカが呟く。
「多分ね……」
 そしてシンジがそれに答える。
「僕は僕を、見付けたかったんだ」







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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