Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:16+


 雨、雨が降ってる…
 ザアアアアァ…
 一人残った教室の窓から、なんとなくそれを眺めてみる。
「…アスカ、今日は早めにご飯作れって言ってたっけ」
 お弁当作ってこなかったから、怒ってたもんなぁ…
 アスカは先に退散している。
「さ、帰ろ」
 誰にでもなく呟いてみた、でも答えてくれる人は誰も居ない…
 教室を出て下駄箱に向かうと、知っている女の子がたたずんでいた。
「綾波、どうしたの?」
 ゆっくりと振り向く、でも前よりは柔らかな目で見てくれるようになった…
「傘、忘れたの?」
 何も答えてくれない、綾波はただ視線を梁から落ちて来る滴に向け直しただけだった。
 なんとはなしに、その横顔を眺めてしまう。
 艶と張りのある滑らかな頬。
 それに反して、髪は少し堅そうで…
「これ、使いなよ…」
 綾波は僕が差し出した傘に目を向ける。
「…いい、碇君が困るでしょ?」
 簡単な拒絶、でも以前とは違ってる。
 前なら「いらない」って断られるはず。
「ぼ、僕は走って帰るよ、綾波は今日テストでしょ?」
 エヴァのシンクロテスト、それは僕たちよりも回数が多い…
「じゃあこれ」
 押し付けるように手渡す。
 ちょっとした触れ合いが嬉しくて、僕の鼓動は跳ね上がる。
「あ…」
「じゃあ!」
 駆け出す、そうでないと使ってくれないような気がしたから…
 雨に濡れて、走る。
 …僕が屋根の下から出たからって、きつくなることは無いだろう!?
 雨雲を見上げてちょっと毒づく。
 途中、黒い車が通り過ぎた。
「あ…、あれって」
 ネルフの公用車だ…
 振り返る、校門で、綾波が乗り込んでいく所だった。
「迎え…、か」
 バカみたいだ、僕…
 反対車線にUターンして車が戻って来る。
 後部座席の綾波は僕を見ていた。
 迎えが来るなら、言ってくれれば良かったのに…
 いや、綾波はいらないって言ったんだもんな…
 悪いのは、僕か。
 もう走る気はしない、ぼんやりと歩き出す。
「たまには、こんなのもいいか…」
 濡れて濡れて、悲嘆に暮れ酔う。


「うおっそーい!、何やってたのよ、バカシンジぃ!」
 しかもこの一番良い所で帰って来るなんて!
 テレビじゃドラマのクライマックス。
 そんな時に聞く言葉。
「ご、ごめん…」
 ほらやっぱり!、気分だいなし、もうさいてー!


 部屋に入って服を脱ぐ。
 濡れた制服を吊るしてみる。
 これじゃ壁に染みができちゃうな…
 諦めて洗濯行きと決定する。
 次に夕食、寒気がする、まあいいや…と楽観視。
 アスカに罵られる方が嫌だから。
 嫌な気分にさせられるから。
 今日はオムライスでごまかしておく。
 かなり多めに作っておいて、僕は部屋へ引きあげる。


「まったくもう待たせてさ、これだけじゃ足んないわ、シンジ、あんたの分も貰うわよ?」
 それはもちろん冗談だけど…
「…いいよ」
 って言うに決まってんのよね、このバカは。
 山盛りのオムライスが3つ用意されている。
 一つはミサトの、じゃあシンジのは?
 なんで二つともラップをかけて、置いてあんのよ?
「シンジは食べないの?」
「…ごめん、食欲ないんだ」
 スー、パタンと戸が閉じられる。
 あたしは特に気にしない。
 気がついたのは、翌朝のこと。
 ジリリリリ…
 ベルが鳴る、腕を伸ばして探って止める。
 ここでちょっと聞き耳を立てる。
 おかしいわね?
 いつもなら、ごそごそやってるはずなのに…
 聞こえて来るのはシンジの足音、朝食を作る物音のはず。
 でも今日は聞こえない。
 シーンと静まり返っている。
 なんか変、落ちつかない…
 そこにあるはずのものが足りてない。
「まったく!」
 寝坊したと決め付けて、あたしはシンジに怒鳴り込む。


「バカシンジィ!、いつまで寝てんのよ、今日も弁当無しに…」
 アスカが何かわめいてる…
「ちょっとシンジ?」
「あ、ごめん、寝坊して…」
 上半身だけ起き上がる。
 途端に感じたのは酷い目眩い。
 うぐ!、瞬間的にこみあげる嘔吐感。
「シンジ!」
 僕はたまらず、ごみ箱を引き寄せて吐いていた。


「…風邪ね、後でお医者様に来てもらうから」
 ミサトの言う医者とは、もちろんネルフの人間で、あたしはあんまり好きじゃない。
「まったく、ずぶ濡れで帰って来て、どうしてそのままにしてたのよ!」
 シンジは口をもごもごと動かす。
 熱にうなされているからか、それともただ面倒なのか、シンジは思った事をそのまま告げる…
「だって、アスカがはやく作れって言ってたから…」
 え?
 なに言ってんのよ、こいつ…
 ちょっとだけ好意的に取ってしまう。
「だから作らなきゃ、また嫌なこと言われると思ったんだ…」
 ズキンと激しく胸が傷んだ。
 誰もそこまで言ってないでしょ!
 叫ばなかったのはどうしてかしらね?
 シンジはまだ呟いている。
「毎日毎日怒られるんだ…」
 意識がもうろうとしているみたいね、たぶんいつもは隠してる想い…
 だけどあたしが悪いってぇの?
 こう言われると腹が立つ。
 勝手に濡れて帰って来たのも、体温めなかったのも、みんなシンジが悪いんじゃない!
 シンジはもう黙っている。
 シンジが気に障る度に怒って…
 シンジがポカする度に怒鳴って…
 だってしょうがないじゃない。
 あたしは、何一つこいつに勝てたためしが無いのよ…
「シンジ君疲れてるのよ…、今は寝かせておいて上げましょう?」
 あたしはミサトに背を押された。
 黙って部屋から立ち去るあたし。
 …いえ、違うわね。
 責められてるみたいで、逃げ出したのよ。


 毎日、アスカが怒るんだ…
 その時のアスカは恐いんだ…
 アスカは顔を歪めて、僕を酷く軽蔑するんだ…
 そんな目で見ないでよ。
 そんな風に言わないでよ。
 でも言い返す事なんてできないんだ。
 僕は首をすくめて謝るだけ…
 だって僕は、いま以上になんてなれやしない人間だから…


 碇君の席は空白。
 耳に入ったのこの言葉。
「惣流さん、碇君は?」
「風邪で休むそうでーっす」
 どうして?、いいえ理由はすぐに分かった。
 昨日の帰り。
 碇君の親切。
 それを無にしたわたし。
「お迎えに参りました」
 司令の命令だと伝えられた。
 少しだけ嬉しかった…
 でも手の中にある傘は重かった。
 あんなに軽い傘だったのに…
 そして車が走り出す。
 碇君がこっちを見ていた。
 恨めしそうな顔、そうね、わたしはあなたより司令を選んだ…
 そして今日。
 碇君は来ない。
 どうして?
 胸が痛い…
 心が苦しい。
 どうして?
 それは誰も答えてくれない。


 薬を貰ったけど、飲む気になれない…
 ゲホッ、ゴホ、ゲホ…
 咳にタンが絡んでる、こりゃ本格的にヤバいかも…
 計った熱は、39度に達していた。
「このままじゃ、死んじゃうかもな…」
 この程度で死ぬ分けないってわかってる…
「あれ?」
 ポロリと流れ出たのは涙だった。
「どうして?」
 自分の胸に聞いてみる。
「そっか…」
 答えは目の前に転がっている。
 僕には、手放したくないものが無いからだ…
 そっけない綾波。
 拒絶してくるアスカ。
 道具にしてるミサトさん…
 僕を捨てた父さん。
 別に失くしたってかまわない。
 きっと僕は堪えられる、そういう風に付き合ってるから。
「そっか」
 心に壁を作っているのは僕なんだね?
 答えを出すのはいつも自分。
 無くしたってかまわない、そんなものばかりで固めている。
 そんな中に埋もれている。
「それが僕なんだから…」
 しょうがないじゃないか、と思う。
「でも、一人になるのは嫌なんだ…」
 シーツにくるまり横を向く。
 一人になるのが嫌だから…、こんな距離を保ち続ける。
「今日も、雨が降ってるんだね…」
 一人で、寂しく音を聞く。


 雨のヴェールに包まれて、互いの心の距離は、見えない。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。