Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:27+
カーン、カーン、カーン…
遠くから音が響く。
何も無い部屋。
ベッドにうつぶせっている少女。
眠る綾波レイの顔は苦悶に歪んでいた。
レイ、お前はこの時のために…
生まれた?
「母さん…、なの?」
真っ白な病室の、ベッドの上に体を起こしている一人の女性。
泣き笑い、レイはそんなシンジの表情を横目に眺めていた。
「あなたが、レイ?」
レイは無表情なままに目線を戻す。
シンジとレイ、対照的な二人。
一人は複雑な感情に支配されて立ちすくみ…
一人はなにも感じないまま、ただそこにいる。
目線を女性からその傍らに立つ男性に移す。
そう…
男は笑っている。
かつて自分に見せていた微笑み…、正確には与えられた情報の一つに刻まれている微笑みを、正当な”所有者”へと向けている。
そう、もう、いらないのね…
自分と言う身代わりは。
しかし失望は感じない。
約束の時は過ぎたのだから…
それは初めて、住処を与えられた日に遡る。
「レイ」
「はい」
「ここがお前の家だ」
「はい」
軽いデジャブがレイを襲う。
(ほら早くして下さい?、今日は会議が)
(ああ、わかっているよ、ユイ…)
知らないはずの記憶が浮かび上がる。
そうここは…
もう誰もが引っ越してしまった団地の一室。
男を見上げると、少しばかり懐かしげに目尻を緩めている。
そう、ここは。
かつてその男と女と、赤ん坊が暮らしていた部屋。
今は取り壊しを待つだけの寂れた団地の一室だった。
はっとレイは目を覚ました。
「夢?」
気だるげに体を起こす。
以前は見なかったはずのもの。
夢…
深く呼吸しながら考える。
自分の中にある記憶の確認。
そしてそれをしているだけだと理解した。
「え…」
「親子で、ね?」
「でも、そんな…」
同時刻、葛城家。
訪問者は碇ユイ。
戸惑っているのは碇シンジ。
場所はシンジの部屋。
「もう、なにも心配もしなくていいの」
「僕は…」
アスカは壁に耳を付けて様子を窺っていた。
…ま、そりゃそうよね。
父と母、まがりなりにも一家が揃ったのだから…
「一緒に、ね?」
「…僕は、いらないんじゃなかったの?」
「シンジ…」
「ごめん」
後悔と苦悩がシンジを彩る。
「恐いんだ…」
「恐い?」
「だって…」
また捨てられるかもしれないから。
だからいらないと言ってもらいたい。
ここを出なくてもすむのだから。
「シンジ…」
「父さんは…、必要だからって、僕を呼んだんだよ?」
息を飲む音。
「いまさら、なんなの?」
「…それは」
「家族って、なに?」
その形を、パズルを完成させたいから。
「僕が、必要なの?」
エヴァパイロットの碇シンジが必要だったように…
今は血の繋がっている子供が必要とされている。
「ごめん…」
だからシンジには拒絶以外の感情が沸き起こらない。
「ごめんね…」
ユイにも説き伏せるだけのものが見つからなかった。
「やはり、恨まれているか…」
バタンとドアが閉じる。
「次は、あの子の所へ」
「ああ…」
ゲンドウはギアを入れて、車を出した。
まだ季節があった頃のお話。
ネルフがゲヒルンであった頃。
二人はあの団地に住んでいた。
レイに、期待していたのかも知れんな…
ゲンドウは邂逅する。
二人が過ごした日々を。
ユイがシンジを抱き、玄関で見送っている。
狭い通路で抱きかかえ、シンジの小さな手を、いってらっしゃいとにこやかに振る。
眩しい景色。
現実感のとぼしい風景。
そう、だな…
まるで絵や写真を見るようなものだった。
わたしも、その中に入りたかったのかもしれんな…
だらレイに期待した。
しかしレイは思い出さなかった。
「わかりました」
無個性な返答。
そしてそこに住まい続けた。
「引っ越し、ですか」
「ああ」
ゲンドウの言葉に、レイは冷たい目をくれながら確認した。
「それは、命令ですか?」
珍しく反抗的な部分を見せる。
「不服か?」
「あのね?、もうすぐここも取り壊しになるの、だから」
「わかりました」
「レイ、ちゃん?」
ユイの問いかけに、レイは何用かと顔を上げる。
「ほんとに、いいの?」
この人は、何を言うの?
レイの表情が嫌悪感に歪んだ。
直感的に思考が繋がる。
かつて男と住んでいた家。
崩壊した家族。
そこに住まう、過去の自分。
自分と同じ姿をした者。
自分の欠けら。
捨ててしまいたいもの。
「そう…」
レイは目を伏せた。
わたしを、捨てたいのね…
無くしたくても無くせないから…
「わたしは、お人形じゃない」
「レイ!?」
「レイ…」
二人がそれぞれに何かを含んだ声を漏らす。
「わたしは、もう、いらないのね…」
「何を言っているの!」
「…なら、なぜ、必要、なの?」
ユイは息を飲んだ。
シンジと…
同じことを聞かれたから。
理由は幾らでも思い付く。
自分の子供だから?
責任があるから?
生み出した責任。
このように育てた責任。
償い。
しかしどれも納得させることは出来ない。
「レイちゃん!」
だから抱きしめる。
他に方法が無いから。
「なに、泣いてるの?」
レイは不思議そうに尋ねた。
ユイは何度も、ごめんなさいと心の中で謝った。
しかしレイには伝わらない。
何故、泣くの?
植え付けられた記憶は客観的な視点から見た事象でしか無い。
わたしは、誰?
それを咀嚼し、自己の経験として定着させるためには、どうしても分析的な物の考え方をするしかなく…
わたしが、作られた存在だから?
だから何についても、論理的な理由を求めてしまう。
これは、誰?
学校の屋上で青空を仰ぐ。
手のひらを透かし、太陽の光を眩しげに見つめ、目を細める。
これは…
自分の体。
いいえ、これは…
作られた、体。
全てが他人のもので構成されている存在。
「綾波?」
聞きなれない声にゆっくりと振り返る。
「…ごめん」
シンジだった。
碇シンジ、あの人達の子供…
しかしそれもまた客観的な事実だ。
「ごめん、何してるのかと思って、それで…」
なぜ目をそらすの?
シンジは辛そうに顔を横向けている。
もごもごと動く唇に何かを感じる。
「…なに?」
だから聞き返した。
「昨日、母さんが来たんだ」
ピクッとレイは反応する。
しかしうつむいたシンジは気がつかない。
「一緒に暮らそうって、でも…」
レイは感情のこもらない瞳でシンジを見続ける。
「どうして…、いまさらって、思って…」
「なぜ?」
「え?、だって、…僕なんて必要ないじゃないか」
ズキン!
胸が傷んだ。
「僕がいなくても関係無いじゃないか!、でも」
「なに?」
「嬉しかったんだ…」
今度は疼く。
「そう言ってもらえた時、嬉しかったんだ!、母さんが帰って来た時と同じで」
「そう…」
あの時のシンジの表情は覚えている。
嬉しさと悲しさと寂しさとが同居していた。
「…父さんは、相変わらず母さんだけなんだ」
心が痛い。
あの病室での光景が思い浮かぶ。
男は女だけを見ていた、誰にも見せたことがないほど、心穏やかに。
「だからきっとまた捨てられるんだ!、いらないって…、僕なんか居ない方がいいって」
必要なのは母だけだから。
「恐いの?」
「うん、…だって」
「なに?」
「楽しいもの、アスカや、ミサトさんと一緒だと、でも」
視界の端に何かが引っ掛かり、レイは視線を下へと落とす。
「もう帰れなく、なっちゃうから…」
逃げ場を失ってしまうから。
二度と、あの部屋へは。
「帰れなくなっちゃうなんて…」
シンジの手が動いていた。
「そんなの、嫌なんだ」
何度も握り締められて。
「そんなの、もう…」
汗で、ぬちゃっと嫌な音を立てて。
「恐いんだ…」
それがシンジの心のように思えてしまった。
授業時間、しかしレイは窓の外を眺めていた。
なぜ?
シンジは自分に話してくれたのだろうか?
ガラスにはシンジの姿が写っている。
そのシンジも、心ここにあらずと言った感じでぼんやりしていた。
答えが出るのは、まだ先のことだった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。