Evangelion Genesis Real
Evangelion another dimension real:153+
おかしい…
綾波嬢は最近の自分の有り様に、些少ながらも疑問符を浮かべるようになっていた。
はっきりと自覚したのは自分の誕生日のこと。
「あ、綾波!」
学校へ行こうとして立ち止まったレイは、その異常な緊張感に緊急事態だと用件を察した。
「なに?」
しかし返事の口調はいつものとおり。
それがシンジに気後れをさせる。
「あ、あの!、今日は、綾波…の、誕生日、だよ、ね?」
「…そう?」
「そうって…、違うの?」
「わからないの」
「わからない?」
「生まれた日…、そう、わたしにもあるのね」
僕はバカだ!
いつものようにシンジはうなだれる。
「それで?」
「あ、うん…、できたらお祝いさせてもらいたかったんだけど」
「なぜ?」
「何故って…」
やっぱり綾波、今でも何も無いって思ってるのかな…
ここに居て楽しいって思ってくれてないのかな?
…いつでも捨てられる物なのかな。
自分の頑張りを見てもらえていなかったようで、酷くシンジは落ち込み始める。
「…なぜ、お祝いするの?」
「…だって、綾波に会えて嬉しいんだ、だから…、会えたって事を…」
「祝うの?」
「あ、ダメならいいんだ」
なぜ、悲しそうにするの?
それは今までのレイにはできなかった感情の租借。
嬉しい?
会えた事が?
生まれて来なければ、出会いは無かった。
記念?
これは、碇君と出会えた事の…、そうなのね。
ようやくレイの頬に朱が差し始める。
「わかったわ」
「ほんと!?」
「ええ…」
「ありがとう、綾波…」
ほっと胸をなで下ろす。
そう言ったシンジはとても嬉しそうだった。
なのに。
「食堂…、ですか?」
「ええ、誕生日会はそこでやるから」
「わかりました」
突然の電話。
ネルフの食堂で開いてくれると言うのだ、それはいい。
絆、人との関係、碇君…
ほんとは二人きりの方がいいのだが。
でもだめ…、人の気持ち、大切にする、そう教わったから…
だがシンジが来なかった。
「それがねぇ?、連絡つかないのよぉ」
てっきり来ているものだと思っていた。
「アスカも捕まんないし、なにやってんだか」
閉会し、家に帰ると、シンジは笑顔で出迎えてくれた。
「そうなんだ、ネルフで…」
「ええ」
「お祝いしたかったけど…、そうだよね?、みんなに祝ってもらった方が」
ちくりと刺すような痛みが走る。
これはなに?
心が収縮するような辛さ。
小さく小さく堅くなって壊れてしまう様な恐怖を感じる。
これはなに?
ふと気がつけばシンジとアスカの距離が近い。
いつもは離れて座っているのに、今日は一つのソファーに並んでいる。
背を向ける、シャワーを浴びるために。
いつもなら一声かかるはずなのに…
ちらりと振り向く。
それもいつもはしなかったことだ。
テレビの音声だけが聞こえてくる。
リビングの温もりが漏れ出している。
一人立つ廊下はとてもとても冷たかった。
ベッドで横になり天井を見上げる。
今はミサトの部屋がレイの部屋となっている。
真っ暗な中で天井を見上げる。
まだ朝には早い。
アスカとシンジはまだ寝ているはずの午前五時。
アスカの誕生日会は、予想通りの泥沼と化して終わった。
「碇君…」
妙にはしゃぐアスカと対照的なシンジに駆け寄ると…
「汚されちゃったよ」
と言ってシンジはキラリと涙を光らせた。
セカンド、何をしたの?
うかつと言えば、二人きりにしたのは迂闊であった。
それがきっかけで感じていた疑問がここにきて吹き出していた。
なにがいけないの?
今まで行った事も無かった自己批判を開始する。
…今年の始め。
上半期。
思えば呼び出しが多かった。
シンジが街を歩く。
レイが後を着いていく。
それは別に言葉をかわしてのことではない。
何処かに行こう…、そんな約束はしていない。
わたしも、行く。
言葉にせずに、目で訴える。
そして二人で街に居る。
レイの指が、手首が、腕が、何度も引きつるように動いていた。
腕…
シンジの腕がすぐ側にある。
手…
触れて見たいと思う。
しかしそれは叶わない。
ピルルルル…
緊急コール。
「はい」
「レイぃ、悪いけど本部に顔出してくれなぁい?」
溜め息が漏れる。
「わかりました」
電源を切る。
シンジを見る。
ほんの少しペースを落として、そのまま背を向け、踵を返す。
一声かけておいてもよかった。
…別に、わたしがいなくても、困らないもの。
その時レイは、そう思っていた。
そして呼び出しの用事とは…
「レイちゃんいらっしゃあい!、あのね?、今日はこの服なんてどうかと思うの」
「ユイ…、執務室をこのように…」
「あなた!、この子がシンちゃんに嫌われたらどうするんですか!」
「だからと言って…」
部屋の隅を見る。
ずらりと並んだ衣装の数々。
「かまいません」
「レイもこう言っている」
「はい、制服があります」
「だめです!、シンジを誘惑するには、これぐらいでないと…」
そう言ってやたらと首もとの大きなトレーナーをあわせてみる。
「これなら下は履いてなくても見えないから…」
「ユイ!、シンジを、レイをどうするつもりだ」
「あら?、男女が一緒に暮らせば後はなるようになりますわよ」
「よくわかりません…」
「一つになればいいってことよ?」
「ユイー!」
ゲンドウの悲鳴が遠くで聞こえる。
一つ、そう、一つになるのね…
シンジのつかんだ胸を、直接では無くシャツの部分をギュッと握る。
「あらあらレイちゃん、顔が真っ赤よ?」
「一つに…」
「ふふ…、そうそう、ついでだから攻略法も伝授しちゃいましょう」
「これ以上何を吹き込むつもりだ!?」
「もちろん、気に入った男の子の落とし方です、あなたでさえ落ちたんですから、シンジぐらいは楽勝ですわよ」
碇ユイ、碇君のお母さん。
これは公認、許可が下りたと言うことなのね…
その後、男を喜ばせる十の方法をユイから教わる。
そのうちの一つが、「隠れてビックリどっきり大作戦!」だ。
シンジに隠れて料理の腕を上達させて、突然美味しい物を作って驚かせる。
王道の中でも基本的な手法だった。
「これは何に対しても同様の応用が効くわ?」
隠れて驚かせる。
そう、そうなのね…
それが男を喜ばせると言う事なのね…
かなり間違った認識をしている。
それはともかく。
別段デートしようと誘われたわけでも無く、レイはただシンジの後を着いて歩いていただけだった。
だから呼び出しに対しても、シンジに声は掛け無かった。
必要、ないもの…
認識のずれ。
シンジもまた近くに感じるレイを喜ばしく思っていた。
「あれ?」
CDショップ。
一緒に入ったはずのレイが消えている。
「また…、なの?」
度々あった。
一緒に入ったはずのお店で、突然レイの姿が消える。
欲しかったCDが色あせる。
そのまま棚に戻してしまう。
寂しく、寒い。
綾波…、興味、ないのかな。
だから帰っちゃったのかな?
内罰的な心境に陥る。
肩を落とすというより背中を丸めて、シンジはお店を後にする。
そんなくり返しが続いていた。
ずっと続いていた。
そして昨日の一言。
『汚されちゃったよ…』
碇君…
何も言えなかった。
どこか「もう構わないで」と拒絶されていた。
なぜ?
分からなくて困惑している。
笑えばいいと思うよ?
一番大切な言葉を思い出す。
その時の笑みを思い出す。
碇君…
胸が高鳴る。
その後のことも、順を追って追いかけてみる。
!?
レイは焦りと驚きと言う、滅多に見せない二つの感情を胸に抱いた。
なぜ?
委員会メンバーは、結局のところ華僑やマフィアと言った存在のトップの集団である。
個人で資産を持つわけでは無く、また地位があるわけでも無い。
それに従う、協力を申し出る友人を持っているだけの人間だ。
故にゼーレと言う組織には実体が無い。
ゼーレとは「特定個人」の集まりであった、団体ではない。
極端な話、その内の一人はスイスでチェアに揺られる好々爺だったりする。
彼は精力的に動くわけでも無く、時折訪れる友人にポツリと漏らすだけだ。
「ああそういえば…」
そうやって世間話のように呟く。
そしてそれを受けた人間は応じる。
「そうですねぇ…」
結果は彼の望む方向へ。
意識的に思考を誘導されているとも知らずに彼らは動く。
使徒捕獲作戦があった。
この時、現資産の凍結が行われたにも関らず、一部の銀行で動きがあった。
それは取りも直さず、委員会メンバーの権力の一部として利用されていると言う事である。
これを踏まえて資金の流れを追い、ゼーレから力を削ぐ。
これが現在のゲンドウの仕事。
しかしその上にいるはずの委員会メンバーは正体を現わさない。
当然だろう、元々ただの老人なのだから。
ただ少しばかり人望があるだけの…
動いた資金とは直接の関係が無い。
それだけに足取りを追っても浮かび上がる存在ではない。
このように戦いは陰部へと移行してしまっている。
実質チルドレンが戦いに狩り出されることはない。
安全で、穏やかな日々が流れているはずだった。
なのに…
わからない…
思い出せない。
笑顔が、何一つ。
碇君がいない…
碇君が見つからない。
不安に体が震え出す。
お料理…、教えてもらったもの。
お味噌汁…
記憶を辿る。
良いじゃない!
しかしシンジではなくヒカリが浮かぶ。
映画も観るようになったわ…
これなんかどうよ?
でも薦めてくれたのはセカンド…
エプロン、似合うって言ってもらったもの…
ようやくその記憶を思い出して息を吐く。
落ちつく。
落ちついた瞬間に愕然とする。
それは…、いつの事なの?
もう遠い昔。
去年?
一年以上前のこと。
碇君を思い出せない…
涙が溢れる。
笑顔が見つからない。
沢山の人、沢山の名前…
そして沢山の笑顔。
それがこの一年、レイの得たもの。
でも、碇君が居ない…
何処にもいない。
なぜ?
恐怖。
わたし、いらないの?
だからもう笑ってもらえないの?
違うわ。
思い出す。
二人で歩く時、シンジは確かに笑ってくれていた。
なのに…
(そう)
(よかったわね)
そっけない返事のたびに、シンジが苦笑をしていたことを。
碇君…
黒い瞳は笑っていなかった。
揺れていた。
それが寂しさと不安だと気がついたのは、今、自分が壁にかけてある鏡を覗いたためであった。
シンジがしていたのと同じ目を自分がしていた。
どうして笑ってくれないの?
どうして答えてくれないの?
側に居てくれないの?
もういいの?
いらないの?
(そう、よかったね)
最後の一言にズキリと来る。
碇君…
レイは静かにシンジの部屋の前に立った。
容易に想像できたから。
碇君…
シンジはきっと最後は微笑む。
微笑んで、僕はもう要らないんだねと消えて行く。
離れていく。
それはとても好い事だから。
もう頼らなくても生きていける、人間としての証しだろうから。
でも…、それはとても辛いもの…
シンジに喜んでもらう事よりも…
何を望むの?
わたし自身は。
それは問いかけなくても分かっている。
そう、一つになりたいのね…
レイは扉を静かに開けた。
空が紫がかっている。
夜明けは近い、開けっ放しの窓と揺れるカーテン。
シーツにくるまる少年。
胎児のように丸くなる姿は、寂しさから身を守ろうとしているようにも見える。
レイはシンジの隣に腰を下ろした。
ギシッと揺れるベッド。
わずかな重みに傾いで、シンジの体が小さく動く。
そっと触れる頬は汗ばんでいた。
指先を額に這わせて前髪を払う。
碇君…
笑顔を重ねられない。
表情のない寝顔から連想できない。
沢山の人から貰った沢山の笑顔。
わたしが笑う事を覚えたから?
自然と笑みをこぼせるようになったから?
だから、ダメなの?
答えて欲しいと思う。
無理だと分かっていても。
いか…、りくん…
喉元を熱いものが込み上げる。
笑えば、良いと思うよ?
与えて貰った最高の笑みを思い浮かべる。
何度でも思い出せるのに。
ダメなのね、やはり…
アスカの相手をするのに疲れていた時。
叩かれて、噛みつかれてしてたのに…
はは、アスカ、元気になって来たよね?
そう言って、笑ってた…
いいえ、自嘲をこぼしていたのね…
そしてアスカはここへと戻った。
レイとシンジを奪い合った。
どうして…、そういうこと、するの?
だってあんた、面白いんだもん。
わたし、赤くなってた…
それを見てシンジも苦笑をしていた。
綾波は、可愛いよ。
そう言って笑ってくれた。
なのに、全てを失っている。
嫌!
身を投げ出し、シンジの体にすがり付く。
三人目。
脳裏に響く、嫌な言葉。
記憶の一部は失っていた。
今はある。
しかし喪失していた時期もあった。
だからこそ今、その恐怖を想像できる。
忘れ去ってしまうことの罪悪。
とてもとても、大切な約束。
無くすのは、嫌…
あれ程大切にしていたと言うのに。
それを忘れてしまっていた。
碇くぅん…
裏切ったと思われたのだろうか?
レコーダーで聞いた、第十七使徒とのやり取りが思い浮かぶ。
僕を裏切ったな!
ズキリと胸が痛くなる。
そして今もまた忘れようとしていた。
わたし、もう、いらないの…
僕は居たいんだ、綾波と!
あなたの知る綾波レイではないわ…
だって…、綾波、泣いてるじゃないか。
その時、レイは涙など流してはいなかった。
だがシンジは泣いていると言った。
「いかり、く、ん…」
シーツに押し付けてしまっているがためのくぐもった声。
いま溢れているのは涙。
はっきりと分かる。
わたしが選んだのは…
わたしが居たいから。
なのに。
わたしは離れてしまった。
後悔と苦悩。
シンジには、レイと居なければならない義務は無い。
なら何故ここに居るの?
離れようとしないで引き止めたの?、わたしは。
それは契約にも等しい約束があったから。
あなたは、わたしが守るもの。
そう言ったのに!
微笑みを奪ったのは誰?
消してしまったのは誰?
なぜ、笑ってくれないの?
わたしが、笑わないから?
ギュッとシンジの寝間着を強くつかむ。
うっうっと、嗚咽が静かに部屋を満たし始める。
碇君が、教えてくれたのに…
その笑みを振りまいていたのに。
返さなかったのね、わたしは…
シンジにだけは。
気がつけば、髪になつかしくて心地の酔い感触が与えられていた。
撫でられているのを、数秒経ってから知覚する。
「なに泣いてるのさ?」
シンジの胸元で顔を上げる。
まるで胸に顎を乗せるように。
「…かり、君」
そこにあるのはいつもの微笑み。
レイをいたわり、支え、守る。
キュッと胸が締め付けられる。
それには断罪と同じ効果が含まれていた。
わたし、この笑みを、忘れていたのね…
いや違う。
見ていなかったのね、わたしは…
もう一度、顔を伏せる。
ああああああ、あ…
今度は声を殺さずに泣いた。
シンジは「しょうがないな…」とばかりに苦笑して、これまでの様にレイをなだめた。
落ちついたレイに、シンジは自分の経験から来る事を教えた。
「言葉にして吐き出せば、胸はずっと軽くなるよ?」
レイは話した、自分の誕生日から、今まで考えていた事を。
そして気付いた。
「…碇君の悩みは、誰が聞いてくれるの?」
「アスカ、かな…」
悔しい…
不意にそう思った。
もう一人の同居人は、自分と同じように「何も無い」所から戻って来たと言うのに…
今ではシンジを支えるまでに成長している。
レイはシンジの体に腕を回した。
「綾波?」
首を振り、いやいやをしてさらにしがみつく。
「僕はここにいるよ…」
抱き返す。
違う…
レイの思い悩むことはそうではない。
わたしには、碇君が必要なの…
でもシンジには?
アスカが必要になっている。
わたしは、何をしていたの?
シンジに喜んでもらうために。
シンジを驚かせようとして。
なにをして来たの?
その間にどれだけの差を付けられてしまったのか?
取られたくない!
心で嘆く。
もう遅いのかもしれない。
決定的に出遅れたのかもしれない。
ダメなのね…
人の言うことを聞いているだけでは。
間違っていたもの…
ユイの言っていたことは。
結局、シンジの側に居れば良かったのだ。
あの時の想いに従って、シンジの手を握っていれば良かったのだ。
そう、これが想い、なのね…
人の心。
そっと見上げる。
おどおどと不安を隠さないで、シンジの顔色を窺い見る。
シンジは微笑んでいた。
いつものように。
これまでのように。
ぎゅっと腕に力を込める。
「綾波?」
「…うっ、ぐす」
再び嗚咽が漏れ始めた。
しかしレイは止めなかった。
レイは感情のままに従った。
心の解放。
今は泣いてもいいのだから、と。
「うう〜ん、シンジぃ♪」
一方、血圧が偏り過ぎてる少女はいつものごとく惰眠を貪っていた。
もちろんレイの泣き声程度で起きるような繊細な神経は持ち合わせていない。
「だめだめだめ!、台所でなんて嫌ぁああああ…」
あるいはイニチアシヴを握った事で、何処か安心を手にしてしまっているのかもしれない。
結局そのことで後悔するのは、第一次クリスマス決戦を迎えてからのこととなってしまった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。