Evangelion Genesis Real 
 Evangelion another dimension real:154+ 
コンフォート17最後の日
 リツコ、アスカ、ミサトと誕生日が続き、さらにはクリスマスがやって来る。
 キキュ!
 アスカはカレンダーの24へ丸をした。
 そして振り返る。
「またパーティってあるの?」
「ないない」
 ミサトはいつものようにビールを追加。
「みんなでクリスマスなんて、子供か家庭のある人だけよ」
「そうなの?」
「アスカぁ…、クリスマスよ?、みんな予定入ってるに決まってるでしょ?」
「そっかぁ…」
 今、レイとシンジは買い物に出かけている、だからこそ尋ねているのだ。
「こんな日にみんなで集まるのは一人もんばっかりよ」
 やけに実感がこもっている。
「そりゃもう寂しくて空しいんだから」
「ミサトはぁ?」
「あん?」
「加持さんとお出かけ?」
「さあ?、どうだったかしら…」
「そうよねぇ?、加持さんマヤを誘ってたし」
「あのバカ!」
「…やっぱりなんじゃない」
 あ…
 引っ掛かった事にようやく気がつく。
「ミサトも素直になった方がいいわよぉ?、もう歳なんだし」
「うっさいわねぇ…」
 ふてくされてチビリとやりながら反撃を試みる。
「アスカはどうなのよぉ?」
「あたし?」
「アスカにはシンちゃんがいるかぁ」
 なんでばかシンジなのよ!
 幻聴に身構えたが、いつもの怒鳴り声が聞こえて来ない。
「…アスカ?」
「え?、あ」
 真っ赤になっている。
「ええ!、シンジが可哀想だから一緒に、ね…」
 取り繕ったような胸の張り方に不安が過る。
 ヤバい…
 ミサトは焦った。
 こりゃまずいわね…
「アスカ…」
「なに?」
「そこに座って」
「なによぉ…」
 ぶつくさと言いながらだが、大人しくミサトの前にちょこんと座る。
「真面目に聞いてね?」
「はぁ?」
「アスカ、シンジ君とはどうなってるの?」
 またもやアスカは赤くなった。
「どうって、その…」
 モジモジと指先で遊び出す。
 やっぱり!
 ミサトは青くなった。
 このままじゃ…
 クリスマスキャンドルを間に見つめ合う二人…
 だめよ!
 そのまま一気になだれ込むのが目に見えている。
「あ、やっぱあたしも家で…」
「えええーーー!?」
 心底嫌そうな顔をする。
「なによぉ、レイだっているでしょ?」
「そうだけどぉ」
 ブゥッと膨れる。
「追い出すつもりだったの?」
「司令とか、シンジのおば様が歓迎してくれるわよ」
「やっぱり二人っきりになるつもりだったのね?」
「…そう、だけど」
 口を尖らせる。
「…何かあったの?」
 ミサトの一言に迷いを見せる。
「アスカ?」
 続いて憂い。
「…嫌なのよ」
「へ?」
 上気していた頬が冷め、続いて嫌悪感に彩られていく。
「シンジが…、あの女に振り回されるのが」
「アスカ…」
「シンジね?、待ってたのよ!?」
 アスカは秘密を明かした。
「待ってたって…」
「あいつのね?、誕生日…、お祝いしたいって、ケーキ用意して」
 誕生日?、…あっ!
 思い出す、連絡が取れなかった事を。
「それだけじゃないわ!、…この頃はそうでもないけど、ずっと相手もしなかったくせに」
「いや、それはね?」
 一応心当たりがあるだけに胸が傷む。
「…でもあたしだって、人のこと言えないのよねぇ」
「アスカ?」
 膝の上に握られた拳が震えている。
「ちょっとアスカ…」
「でもやっぱり許せないのよ!」
 声が震える、怒りに首筋に血管が浮かぶ。
「あいつのせいで…、また壁を作るようになっちゃって」
「壁?」
「そうよ!」
 吐き捨てる。
「シンジ…、嫌われないようにしてる、今度はって…、また!」
 距離を保っているのが分かる。
「あいつのせいであたしを見てくれなくなるなんて嫌よ!」
 関係無いのに。
「アスカ…」
「わかってるわよ!、でもね?、でも…、わかるじゃない、そんなの」
 言っている事が妖しくなる。
「あいつがあたし達の面倒見てくれてる理由なんて、分かってたじゃない、なのに…」
「シンジ君の?」
「ええ…」
 肩に手を置かれて、アスカはようやく感情の高ぶりに気がついた。
「…あたしと同じよ」
「え?」
「あたし達のためじゃないわよ」
「そう?」
「そうよ、…構って欲しいから、他に近寄る方法なんて思い付かないから、それだけよ」
 側に居させてもらいたいから、雑用を引き受けていた。
「それなのにファースト!、シンジの事裏切ったのよ!?」
 だからこそ許せない。
「あの女!、今更…」
 シンジの側に居たって!
「アスカ…」
 シンジは温もりが欲しかったのに。
「わかってる!、わかってるけど、でも…」
 なにが分かってるの?
 その一言が言えない。
 シンジ君の壁、か…
 近寄り過ぎないためじゃないわね?
 また傷つく事を恐れている。
 昔に戻っちゃったか…
 ほぞを噛む。
「わかったわ」
 アスカは顔を上げた。
「ちょっと待ってて」
「ミサト?」
 怪訝そうな顔をするが、ミサトはすぐにバッグを持って戻って来た。
「これを持ってなさい」
「なによ…、ミサト!」
 英語の表記、だがそれはアスカを激昂させるに十分な物だった。
”避妊薬”
「アスカのためじゃないわ、シンジ君のためよ」
「っ!」
 シンジの名に言葉を飲み込む。
「そりゃ、ね?、でもそうならないって自信はあるの?」
 言い返せない。
「でも、だからって、そう思うのはわかるわ?」
「だったら!」
「シンジ君は気をつけてくれるの?」
 ずばずばとミサトは痛い所を突いて来る。
「アスカ…、良く聞いて?、シンジ君が法的に結婚できるようになるには、まだ数年かかるのよ?」
「そうだけど…」
「でももし今そうなったら、あなた、責任取れるの?」
「責任?」
 より一層ミサトの顔が険しくなる、恐いほどに。
「ミサト…」
「シンジ君、壊れるわよ?」
「なんでよ!」
「子供が出来て受け入れられるの?、逃げ出すか、無理をしても受け入れてくれるか…、どちらにしても追い詰めるだけよ」
 恐くなった。
 膝が震える。
「でも…」
「そういうことをしないでって言ってるんじゃないの、あたしも、わかるから…」
「ミサト?」
「寂しいとね…、抱かれるって、嬉しいから」
「…うん」
 ミサトの女としての顔に頷いてしまう。
「でも最悪、堕ろすことになったら?」
「え…」
「シンジ君、あなたも、一生引きずらない自信があるの?」
 ミサトの瞳に吸い込まれる。
「だから避妊はしなさい」
「…うん」
「ゴムをつけて、なんて言ったら計画的だと思われるかもしれない」
 きっとシンジは引くだろう。
「わかってる」
「それ、した直後に服用だから、隠れて飲みなさい」
「うん…」
「納得できなくてもいいから、シンジ君のために慎重になりなさい、いいわね?」
 返事は無かった。
 それでもミサトは席を立つ。
「…アスカ、頑張ってね?」
 声を掛けるつもりは無かったが、アスカの肩にのしかかった葛藤に、ミサトはどうしても言ってしまった。


 翌、クリスマス当日。
「アスカ…、あの、街に出ない?」
「え〜〜〜?」
 あからさまに不満気な顔。
「なんでよぉ」
「うん…、せっかくのクリスマスだし、街の方でツリーも見られるし」
「じゃあシンジの料理はぁ?」
「大丈夫だよ、晩には帰って来るから、それに…」
「なに?」
「あの…、プレゼント、買いたいんだ」
「まだ買ってないの!?」
「…うん」
 それでおどおどとしてるのね?
 シンジの後ろからレイが顔を出した。
「準備、できたわ」
「ファーストも?」
「うん…、あの、僕、プレゼントって、悩んだけど、やっぱりさ、変なの渡すより、欲しいものをプレゼントした方がいいかなぁって」
 ご機嫌を伺うような態度。
「…ファーストも欲しいものがあるわけ?」
「別に…」
 そっけない態度。
「じゃああんたは残ってるのね?」
「碇君と居られれば、どこでもいいわ…」
 はぁっと溜め息を吐く。
「わかったわ、ちょっと待ってて、着替えるから」
「うん…、あの、ありがと」
「バアッか!、それよりこのあたしと出かけるのよ?、もっとマシな服着なさいよ!」
「え?、そんなに酷いかな…」
「スーツがあったでしょ?、ブラウンの、あれにしなさい」
「うん、わかったよ」
 …そんなに酷いかなぁ?
 シンジは自分の服を見ながら引き下がる。
 実はアスカは、単にそれに合わせようと想ってとっさに口にしただけであった。


 街は飾りつけのイルミネーションで、空が明るいぐらいだった。
 街路樹を電球が繋いでいるだけだと言うのに、とても特別な雰囲気に見える。
 シンジ達はその中心にあるツリーを目指した。
「奇麗ねぇ…」
「そうだね?」
「ええ…」
 年中夏であってもイベントはイベントだった。
 いつもならアスカやレイ、それにシンジまでもが注目と言う名の視線を感じるのに、今日はカップルばかりである。
 それぞれにお互いしか見えてはいない、他人の目を気にせずにすんで、シンジは少しだけ浮かれていた。
「のど渇いたわね?」
 モミの樹が近付くに連れて、三人の視線は上向きになる。
「…先に行っててよ?」
「シンジ?」
「ジュースでも買って来るからさ」
「迷子になるんじゃないわよ?」
「携帯持ってるから、大丈夫だよ」
 そう言って自販機を探して人ゴミに紛れて行く。
「…ファースト?」
 レイはまだツリーを見上げていた。
「奇麗ね?」
「ええ…」
 レイの返事にキョトンとする。
「なに?」
 その表情の変化にレイは尋ねた。
「ううん…、ちょっと似てるとこもあるのかってね?」
「似てる…」
 不思議そうな顔。
「あれを奇麗って思ったんでしょ?」
「ええ…」
 ツリーを見上げる。
「シンジを好きなんでしょ?」
「ええ」
「ほら、似てる」
 アスカは笑った。
 レイの表情に驚きが広がる。
「そう…」
 同じなのね。
 レイも笑みを広げていく。
「…でも、シンジは一人よ」
 アスカは言い放った。
 急に表情を引き締めて。
「シンジはあたしが守るわ」
 守る?
 その一言にムッとする。
「傷つけて来た、あなたが?」
 アスカも目を細める。
「シンジを裏切ろうとしたあんたに言われたかないわよ」
 視線がぶつかり火花が散った。
「今は…、側に居るわ?」
「シンジが寂しがるから?、じゃあもういらないわよ、あたしがいるから」
「違うわ」
「なによ?」
「碇君の側に居たいのは、わたしだもの」
「でもシンジはあんたを選ばないわよ」
「なぜ?」
「あんたは…、シンジを恐がらせたもの」
 ツリーそっちのけで向かい合う。
「恐がる…、わたしを?」
「ええそうよ」
 断定する。
「シンジは…、かまって欲しいから今日みたいに誘ってたのに、あんたは何をしたのよ」
 レイは唇を噛んだ。
「さっきだって、脅えながら誘ってたじゃない、あれ、あんたのせいよね?」
 また同じように断られたら。
 その考えが抜け切らない。
「あんた…、もしこのままシンジが戻って来なかったらどうするの?」
 どう思うの?
 レイの瞳が不安に揺れる。
「シンジはいつも、あんたからそう言う目にあわされてたのよ?」
 追い詰める。
「わたし、は…」
「合理的なのも結構よ、シンジを守る?、言葉って便利で簡単よね?」
 言葉が止まらない。
「シンジに怪我なんてして欲しく無い?、でもね、心なんてもっと簡単に傷つくし、壊れるのよ」
 体以上に。
「見えない所でね?」
 シンジは特に隠すから。
「やった方も、気がついてないでしょうけどね?」
 見えないから。
「シンジの優しさって、そういうことよ…」
 その傷が見えるのだ、シンジには。
「もうお人形じゃないんでしょ?、だったらあんたがして来たことを、全部されたと思って考えてみなさいよ」
 あたしもだけどね?
 最後の部分は心で漏らした。


 シンジは缶紅茶を三本抱えて歩いていた。
 人ごみの中、アスカ達の姿を探して。
「あ…」
 そして見付けたくないものを見付けてしまう。
 こんな所にも…
 黒服、ネルフの保安用員か、諜報員。
 シンジは見なかったことにして通り過ぎようとした。
「サードロスト、わかってる、こっちだって面倒な仕事を増やしたくないさ」
 クリスマスだからな?
 シンジの体が強ばった。
 ドン!
 急に立ち止まったために突き飛ばされる。
「おっと…」
 黒服の男は背中にぶつかって来た少年が誰かに気がついた。
 ちっ。
 舌打ちが聞こえた、シンジは顔色を悪くしたまま歩き出す。
 始めは逃げるように早く、だが最後には疲れ切ってゆっくりと。
「シンジ、おっそーい!」
「あ、ごめん…」
 慌てて駆け寄る。
「あれ?」
 シンジは動こうとしないレイを覗き込んだ。
「綾波…、どうしたの?」
「あ、人に当たっちゃったみたいね?」
「そっか…」
 人いきれが凄い。
「綾波、大丈夫?」
「…ええ」
 シンジは理由を見付けてほっとした。
「アスカ…」
「はいはい、帰るんでしょ?」
 きっとそう言うだろうと思っていた。
「うん…、ごめんね?」
「何であんたが謝るのよ?」
「…ごめん」
 シンジ?
 奇妙な感じを受ける。
 アスカは取り敢えず追及するのはやめておいた。
 こういう時って、こいつ切れちゃうのよね?
 泣くまで全部吐き出そうとするから、やめておいた。
 アスカにはまるで、決壊寸前の堤防のようにシンジが思えてならなかった。


 シンジ達が部屋に戻ると同時に電話が鳴った。
「…母さん」
 全身を強ばらせる。
「え?、クリスマスパーティーって…」
『ええ、どう?、今からみんなでいらっしゃい』
 誘ってもらえた嬉しさはあるが、シンジの口からは一見関係のないことが突いて出た。
「…でも、あの、いいの?」
『なぁに?』
「ネルフって、働いてる人も…」
『それはね…、でも駅員さんだってレストランだって、今日働いてる人はたくさん居るでしょ?』
「そうだけど…」
『誰かが働かないといけないのよ…、それより、なにかあったの?』
「え?」
『なにを気にしているの?』
「あ、なんでもないんだ、ネルフの人、見かけたから…」
 隠した方が良いとわかっていても漏らしてしまう。
 嘘や隠し事は嫌われてしまう原因になるから。
 なに恐がってんのかしら?
 アスカは様子を覗いていた。
 シンジの顔色は人を窺う時のそれだ。
 嘘を吐いて、嫌われないようにしている。
「うん、わかった」
 シンジが居間に来るのを見てアスカは慌てた。
「アスカ…、綾波、母さんが代わってくれって」
「あたし達?」
「うん…」
 アスカが受話器を受け取り、レイは耳を近付ける。
「はい代わりました、ファーストも聞いてます、はい…」
 電話って…
 話しの内容が分からない事に苛付く。
 結構、嫌な…、いいや。
 見ないように、無意識の内に部屋に引き上げてしまった。


「はい、わかりました、見てみます」
 アスカは受話器をレイに渡し、ミサトの部屋から双眼鏡を持ち出した。
 ベランダに出て、ユイの言う保安部のマニュアルに適した場所を覗き見る。
「居ました!」
 黒い車が一台。
 受話器をレイに近付けてもらう。
「エンジンを切ってますけど」
 それでも特製の双眼鏡は、中に居る人間の体温を見逃さない。
「あ、逃げちゃう!」
 向こうもアスカを見付けたようで、慌ててエンジンに火を入れた。
『そう、ちょっと待ってね?』
 ユイは慌てずに”他一名”に話し出した。
 わかった。
 そう言うぶっきらぼうな声が聞こえる。
 司令、家に居るんだ。
 軽いカルチャーショックを受ける。
 ユイ、保安部員のミスだ…
 事情の説明が聞こえる。
『そう、わかったわ、アスカちゃん』
「聞こえました」
『あっちはこちらで処分するから、シンジを頼めるかしら?』
「はい…、え?、処分!?」
『ええ、じゃあお願いね?』
「あ、ちょっと!」
 ブツッと切れる。
 処分って…
 冷や汗が流れた。
 優しそうなのに…
 言葉の端々が物騒なのだ。
 やっぱ司令と一緒になるだけのことはあるわね?
 そこまで考えてから、不穏な動きを見せる少女にハッとした。
「ファースト!、何処に行くつもり!?」
 呼び止めた事を後悔した。
「…聞く必要、あるの?」
 ぞっとするほど冷たい声に恐怖する。
「だめよ!、あんた…」
 続きは口に出せない。
 どんなに嫌っていてもそれだけは言えない。
 ATフィールド。
 人外の力。
 レイは間違いなく使うだろう。
 それはさせられない。
 でも口には出来ない。
 自分が人ではないと宣言されたら?
 そう考えることができるようになったから、言うわけにはいかない。
「とにかく、今はシンジが先、そうでしょ?」
 レイは一瞬だけ”名残惜しそうに”玄関へ目を向けたが…
「わかったわ」
 結局シンジの部屋へと踵を返した。


「シンジ、入るわよ?」
 真っ暗な部屋。
「シンジ?」
 ベッドの上に居た。
「何やってんの?」
「…ぼうっとしてる」
 別にふざけているつもりは無いらしい。
「母さん達の所に行かないの?」
「なんでよ…」
「誘われたでしょ?」
「あんたを頼むって言われたのよ」
「ほんとに?」
「ええ…」
 なに悲しそうにしてんのよ?
 アスカよりレイが先に動いた。
「碇君…」
 シンジの前にしゃがみ込む。
 …パタン。
 アスカは戸を締めた。
 すき間からの灯と、外の月が三人を淡く浮かび上がらせる。
「やっぱり…、僕はいらない子供なんだ」
「シンジ?」
「碇君…」
 そんな風な想いに沈み込んだ元凶には気がついている。
 外に居る連中だ。
 止めるんじゃなかったわね?
 アスカはちらりとレイを見た。
「わたしには、必要…」
「嘘だ!」
 シンジは頭から否定した。
 悲しむよりも、レイは声の激しさに目を丸くする。
「なぜ?」
「だって僕が居なくても楽しそうだったじゃないか、笑ってたじゃないか」
 シンジがいなくなれば寂しいかもしれないし悲しいかもしれない。
 でも必要ってことじゃないのよね?、それは。
 アスカは冷静に言葉を探す。
「僕…、ぼく恐かったんだ」
「なによ?」
「母さんに、一緒に暮らそうって誘われた時、恐かった」
 情けない顔を上げる。
「先生に邪魔だって思われてたんだ、ここに来た時、父さんにはエヴァに乗らないならいらないって言われた」
 あのバカ司令…
 剣呑な表情を作る。
 おば様が怒るのも無理ないわね?
 ちらりと見れば、レイも怒りを押さえている。
「アスカだって僕なんていらないって言った、綾波もだ、気持ち良かったんだ、綾波は相手をしてくれないけど、邪魔だって顔しなかったから…」
 またうなだれる。
「でも…、今はどうして僕がいるの?」
 一緒に暮らそうって誘いをかけるの?
 理由が分からない、見つからない。
「僕がここに居ちゃいけないから?」
「シンジ?」
「碇君…」
 不安に圧し潰されそうになっている。
「ここがミサトさんの…、ネルフの関係者の住まいだから?、母さんが帰って来て、初号機が動かなくなったから、僕はもういらないの?」
 葛藤が見えた気がした。
「シンジ、あんた!」
「そうだよ…」
 絶望している、自分に。
「なんで帰って来たのって、思った」
 母に対しての罪悪感がのしかかっている。
「何もしてくれなかったくせに、なにもしてくれないのに、エヴァが動かなくなったらまたいらないって言うの?」
 母が帰って来てくれた喜びよりも、不必要とされる恐怖の方が上回っている。
「…僕が一人で暮らせるようになったら、どうなるの?」
「どうって…」
「きっと追い出されちゃうんだ」
 仕事の邪魔になるから。
 役に立たないから。
 面倒なんて見ていられないから。
 否定できる根拠は無い、事実そうされてきたのだから。
「だから確認してたのね?」
「…うん」
 シンジは認めた。
 レイをかまい、アスカに傷つけられてもお見舞いを続けていた。
 僕を見てくれてるんだ。
 それが嬉しかったから。
 嬉しかったんだ…
 恐がってくれてもいい、嫌ってくれてもいい。
 僕を見てくれてるから…
「でも…」
 レイはシンジを見なくなった。
「僕が居なくても、いいようになった」
 その瞬間に糸が切れた。
「ねえ」
 泣きそうになる。
「僕って、なに?」
「え…」
「どうして生きてるの?、邪魔なのに…」
「シンジ…」
「元パイロットだから、制約が付くって言ってた、それって誰かが見張ってるって事だよね?」
「ええ…」
 レイも頷く事でそれを認める。
「じゃあ何処かの誰かは僕を見張らなくちゃいけないって事?、そんな面倒な仕事…、僕が生きてるってだけでしなくちゃならないの?」
 そこまでする価値なんて無いのに。
「ああ…、だから手元に置いておきたいんだ」
「バカなこと言わないで!」
「でもそう言われたんだよ!」
 つい先程、愚痴られた。
「そんなのってないよぉ…」
 ついに泣き出す。
「僕…、好きで、乗ったんじゃないのに」
 戦ったわけじゃないのに。
「好きじゃないのに、怪我して、怪我させて、終わったら邪魔だって、その前も邪魔だって、そんなのって…」
 じゃあなんのために戦わされたの?
「頑張ったのに、そんなのって…」
 結局使えなくなったら価値は消えた。
「碇君…」
「シンジ…」
 シンジは顔を伏せ、両手で隠しながら続けた。
「…だって、綾波は、大事にされてるから」
「…そんなことはないわ」
「綾波は…、ネルフに、父さんに捨てられることは無い、違うの?」
 言葉に詰まる、反論できない。
 それが望んではいない価値だったとしても、レイには絶対的な理由がある。
「アスカだってそうだ」
 現存する即時活動可能なエヴァのパイロット。
「ミサトさんが言ってた、ドイツ支部がうるさいって」
「なによそれ…」
「アスカを返せって、弐号機を…」
「はん、そんなの…」
「だって候補生から訓練生を募ってるじゃないか…」
 エヴァが新しく作られるから。
「…本部に新しいエヴァが配備されるんだ」
 そうなれば。
「アスカは」
「やめて!」
 その可能性に脅えたのはアスカだった。
「嫌よそんなの!」
 今更戻りたくは無い。
 セカンドチルドレンだけを求めている、あの冷たい国へは。
「最低だ、僕って…」
 シンジは漏らした。
 三角に立てた膝の間に顔を隠して。
「結局…、かまってもらいたかっただけなんだ」
「嬉しかったもの…」
「でも嘘なんだ!、嘘なんだよ、綾波に優しくしてたのなんて、そんなの嘘だ!」
 許せないのはなによりも自分。
「ほんとは僕が優しくしてもらいたかっただけなんだ」
 だから絆を求めた。
 一つ屋根の下で暮らしている間は、それが許されていると想いたかった。
 家族で居させてもらえると信じたかった。
「でももうだめなんだ…」
 エヴァに乗れない自分には価値が無いから。
「だめなんだ、もう…」
 みんなが面倒だと想い始めたから。
 アスカは唇を噛んだ。
 誰よ、これは!
 まるで自分だ。
 エヴァに価値を見ていた自分。
 エヴァを動かせる事だけが全てだった。
 こんなのシンジじゃないわよ!
 声が聞こえる。
 家のことなら、なんでもするよ!
 バン!
 だから僕を見て!
 戸を開く音。
 エヴァに乗るよ!
 バン!
 戦うよ!
 バン!
 だから一人にしないで!
 捨てないで!
 お願いだから側に居てよ!
 もっとかまってよ!
 誰か僕に、優しくしてよ!
 最後の扉を探している。
 どこまでも続くのは、他者とを隔てる扉ばかりだ。
 どれだけ開けば、温かな温もりに辿り着けるのか?
 だめ!
 アスカは自分の体を抱きしめた。
 だめよシンジ!
 その先にあるのは絶望かもしれない。
 開けちゃダメ!
 自分が見たものが酷かったから。
「わかった!」
 アスカは犠牲になる事を選んでしまった。
「ファースト!」
 レイももちろん道連れにする。
「あんた保安部でも諜報部でもいいから転属なさい!」
「何を言うの?」
 シンジもぐしゃぐしゃにした顔を上げる。
「アスカ?」
「あたしも掛け持ちでも絶対に移るから…」
 だから。
「シンジを見張るのよ」
「え?」
「そう…」
 シンジとは逆に、レイはその意図を容易に読み取る。
「一生でもなんでも、生涯かけてあんたを見張り続けてあげる」
「そんなのダメだよ!」
 当然シンジは反発した、が。
「あんたバカァ?、あんたも貴重な実戦経験者でしょ?、エヴァの」
「うん…」
「今の訓練生なんて素人ばっかりよ?、あたしは現役パイロットだし、ファーストは普通表に出ないわ?」
「うん」
「だったら!、その候補生にアドバイスして手ほどきするのはあんたでしょうが」
「うん…、え?」
 驚き。
「僕、が?」
「そうよ!」
 アスカは微笑む。
「それが出来るから、あんたは野放しにされないのよ」
 利用されるから。
「…そうなの?」
「そうよ!、監視されてるのはそんな情報でも機密だからよ」
 そうなのか…
 ただすがるものが欲しかっただけだが、シンジはその言葉を鵜呑みにした。
「だったらそんな大事なこと、これからの奴らに教えないでどうするのよ?」
「うん…」
 首を縦に振る。
「じゃあボディーガードは必要よね?」
「それは、わたしが…」
 すっと立ち上がるレイだったが。
「ダメよ!」
 アスカにぐいっと押しのけられる。
「…あなた、言うことが違うわ?」
 ムッとするレイ。
「あんたは影から見てればいいの!、シンジはあたしが守るんだから」
 一生ね?
 わざわざ口に出してそう付け足す。
「これがほんとの永久就職よね?」
 Vサイン。
「遠慮なんてしなくてもいいわよ?、体はもう一つになっちゃってんだしぃ」
「アスカ!」
「今更照れること無いでしょお?」
「あ、あのね?、あやな…、なにしてんの?」
 レイはくんくんとアスカの体を嗅いでいる。
「…また嘘ね?」
「え?」
「嘘じゃないわよ」
「…あなた、碇君の匂いが付いてないもの」
「「に、匂いって」」
 揃って真っ赤になる二人。
「碇司令と碇博士、葛城三佐と加持情報室長…、みんな匂いを染み付かせているもの」
「…染み付かせてって」
 その意味する所に赤くなる。
「そんなのこれからもっともっといっぱいすれば付いちゃうわよ!」
「心も体もひとつになるのはわたしの役目…」
「んなわけないで…、ATフィールド張るんじゃないわよ!」
「じゃあその銃をよこして」
 空気が爆ぜる程の殺気の交差に、シンジは身を震わせた。


 あの子達ぃ…
 その頃、ホテルにふけようとしていたミサトは加持と共に車をターンさせていた。
 本部よりパターン青の確認報告が入ったのだ。


「ええ間違いありません、発生源はコンフォート十七です」
『小型の使徒?、んなわけないか…』
「居残りが僕一人で良かったですよ」
『悪いわねぇ、クリスマスだってのに』
「どうせ相手もいませんからね?、街に出るよりは…」
『はいはい、で?』
「現在陸戦部隊が保安部と共に強襲作戦を展開」
『ちょっと待ってぇ!』
「爆発を確認!、先手を打たれました、負傷者多数!」
『状況を確認するまで動かないで!』
「ダメです!、現場は混乱しています!」
『なんですってぇ!?』
「ATフィールドを肉眼で確認!、セカンドチルドレンは戦略N兵器の使用を要請しています!、ああ!」
『どうしたの!』
「サードチルドレンが!」
『シンジ君がどうしたの!』
「これ以上見ていられません!」
『こらぁ!』
「…ゴキュ」
『ゴキュってなによ、ゴキュって!』
「はっ!、失礼しました」
『一体なにが起こったの!』
「その…、僕には見る事しかできない、だから存分にやっちゃってくれって感じで…」
『なんなのよそれは!』
「戦争は本部で起きてるんじゃない、現場で起きてるんです!」
『だから!?』
「というわけで僕は何も見ませんでした」
『なんなのよそれはぁ!』
 マコトは報告の義務を一時放棄し、そのままメインモニターを食い入るように見つめ始めた。


「葛城ぃ、ほんとに戻るのかぁ?」
「当たり前でしょ!」
 加持はかなり憂鬱そうだ。
「でもなぁ…」
「なによ!」
 流れる街並みを無視して、加持はぼうっと一方向を見つめている。
「あの火の手…、お前のマンションじゃないのか?」
「ええ!?」
 急ブレーキ。
「どこ!」
「あそこ…」
 街の一角が赤々と灯っている。
「…派手だな、こりゃ」
「…あああああ、クリスマスプレゼントって事にしても、高く付き過ぎるわよぉ」
 ミサトは後悔した。
 あんなの渡すんじゃなかったわ!
 背を押すのもやめておけば良かったと。


「あああ、あの、綾波、アスカ、落ちついてよ、ね?」
 しかしわずかな発言でさえも逆鱗に触れてしまう。
「なんでそいつを先に呼ぶのよ!」
「え!?」
「無意識下でのランク付けは素直なものよ…」
「じゃああんたの方が危険なのね?」
「ああああああ、綾波の目が光って、はっ!、非常警報が鳴ってる…」
 気がつけば自分達が居るより上の階が丸ごと吹き飛んでいた。
 しかし吹き飛ばした当人達は、ヒートアップしていて気がつかない。
「碇君とわたしの心は一つだもの」
「んなわけないでしょ!?」
「知らないのね?、あなた」
「なにをよ!」
「伝え合ったもの、想いを、通じ合えたもの、わたし達は」
「シンジぃ!」
「ひゃう!」
 思わず目を閉じれば唇を奪われた。
 うわあぁこれなに!、なんなの?、舌!?
「ぷはぁ!、これがあたし達の真の姿よ!」
「あああああ…」
「碇君、恐かったのね?」
「あやな…、ふぐ!」
 こちらでも。
「シンジぃ!」
「碇君、待ってて…」
「時間が無いわね?」
「あは、あはは…」
 シンジが壊れた。
「イブが終わるまでの六十四分は譲らないわ!」
「あなたを倒し、わたしが貰う」
 星が奇麗だなぁ…
 力無く天を仰ぎ逃避を始める。
 その足元には累々と死体寸前の工作員達が倒れていた。
 彼らの救いは、冬が消え、温かな気温に凍死する心配が無い事だけであった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

この作品は上記の作品を元に創作したお話です。