碇レイとシンジを見て、大抵の人間はまずこう考える。
「なんでこんな奴にこんな妹が!」
妹じゃないかぁ!っと言う嘆きはこの場合もちろん却下だろう。
可愛い妹と同棲(?)している。
十四歳と言うのはなかなかに多感な時期なのだ。
そして碇家と言う者を知る人間はこう思う。
なんであの親父が……
「いってらっしゃあい」
そう言って元気に手を振るお母さん。
碇ユイどう見ても二十歳台だが、これでも二児の母である。
なかなかに美人。
レイは母にそっくり、シンジは何処か幼い部分が母を連想させている。
「ほらぁ、あなたも早くして下さいね」
「ああ……」
「もう!、冬月先生にお小言を言われるのは、あたしなんですからね!」
「分かっているよ、ユイ……」
この男、碇ゲンドウ。
誰がどう見ても悪徳政治家かヤクザの親分。
この男がどうやって彼女を!?
もちろん脅したに決まっている。
「結婚……、ですか?」
「ああ……」
「嫌だと言ったら?」
ふっ……
「死んでやる」
なかなかに可愛い男であると、後にユイはのろけまくった。
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
一方、シンジは遅刻寸前で焦っていた。
犬のように舌を出している様は情けない。
「…………」
妹のレイはと言えば、美少女らしくどこか悠然としてついていく。
うっすらと光る汗が、多少の疲労を感じさせた。
張り付く髪は母と同じ黒茶色。
兄はともかく、妹があの男の娘であるとは信じがたい。
その可憐さには、誰もが認めるものがあるからだ。
しかし性格には一点の問題があった。
「センセ、今日はまた遅いやないか」
「トウジ!、そっちもだろ!」
すっとその二人の間にレイが入る。
「お、なんや?」
「レイ〜、トウジにまでそんな事しなくてもいいだろう?」
レイはプルプルと首を振る。
「だめ……」
「はぁ……」
「渚くんの例もあるから」
ガッ!っと小石に足を引っ掛け、シンジは派手に転がった。
「それで今日は遅刻して来たのかい?」
「ワシまで巻き添えにされて、もうたまらんわ!」
「ははは、仕方ないね?、シンジ君はレイちゃんだけのものだから」
この学校では、何故だか男子と女子でクラスが分かれていた。
「二人とも……、何とか言ってやってよ」
ふーふーと、擦り剥いた肘を吹いている。
「僕は嫌われたくないからね?」
「そや!、ほんまよう似とるで、お前のおとんに」
父さんか……
それは碇家をもっとも良く知る者の言葉だろう。
確かに容姿は似ていない。
しかしその性格は、最も色濃く継がれていた。
碇レイはブラコンである。
それは万人の認める所であったが、これにはちゃんと訳があった。
それは小学校低学年の時のことである。
「レイをいじめるな!」
わーっと子供達が逃げていく。
真ん中に居た女の子は、曇った瞳をしてうずくまっていた。
まるで外界の全てを他人事として処理するように、身を守って。
「もう大丈夫だよ、レイ……」
そう言ってシンジが手を差し伸べる。
レイはそれでも立とうとしない。
困ったシンジは、レイの前へとしゃがみ込んだ。
「どうして……、嫌だって言わないの?」
「我慢、しなさいって……」
担任の先生は頑張っていた方だった。
その上に居る人が問題だった。
「いいではありませんか」
あまり尊敬できるタイプの人間ではない。
「一人の犠牲で元気が損なわれることなく、皆は生き生きと育っていく、そう言う関係なのですよ」
レイを犠牲にしたのだ。
シンジは理屈など分からずに、直接見捨てた先生を呪った。
「わたしには……、他に何も無いの」
「じゃあ僕が居てあげる!」
レイはキョトンとシンジを見た。
「なにを……、言うの?」
「おっきくなったら、結婚しよ?」
レイの頬が赤くなる。
「ずっと一緒にいればいいよ」
「うん……」
レイは嬉しかった、嬉しくなった。
この時のシンジには邪気など無かった。
問題なのは「ずっと側で守ってあげる」、この部分を「結婚」の一言に集約したのだ。
もちろん、結婚の意味が分かっていなかったのは言うまでもない。
しかも今では忘れている。
しかしレイは覚えていた。
お兄ちゃん……
ずっとずっと噛み締めていた。
レイは変わった、変わっていった。
どんどんと可愛らしく変わっていった。
笑顔を見せるようになった。
子供達はレイを泣かせる事しかできなかった。
どんなにレイを笑わせようとしても、レイは冷たい視線しか帰さないのだ。
そのレイが、シンジにだけは小さく微笑む。
ほんのりと頬を染めて、その表情は本当にわずかなもので。
でも!
みなはその表情に魅了された。
同年代の女の子達でも、まだ理解していなかった「恋する」と言うことの意味。
それが現実に、目の前に生まれたのだ。
そこから生み出されたものがあの笑みであるのなら。
僕も見たい、笑って欲しい!
そう思うのは当然だろう。
レイとシンジの存在は、男女、異性と言う部分を刺激した。
特にレイにはアタックする男の子が続出した。
だがレイは誰一人に対しても微笑まなかった。
当然である。
レイにとっては、男など自分をいじめていた連中の延長なのだから。
しかしシンジだけが例外である。
「お兄ちゃんだけが、守ってくれたもの……」
みな見返りを求めてレイに擦り寄って来る。
だからレイは毛嫌いしていた。
レイが微笑むのはシンジにだけ。
そんなレイの前に、爆弾のような少女が現われた。
「綾波、レイです」
ギョッとするクラスメート達。
皆は二人のレイを見比べた。
綾波姓のレイは、色素の抜けた肌と、髪を持っていた。
なによりも驚くのは、赤い瞳……
「え?、あ!?、へぇ!、だから先生も驚いてたんですね?」
綾波がとててっと駆け寄る。
「よろしくね、碇さん!」
綾波は元気よく手を差し伸べた。
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