「花火大会…、ですか?」
「そうよん☆」
ぶちまけられている浴衣に驚く。
「会報が来てたのすっかり忘れててね?、それで二人にお古を持って来てあげたのよ」
(お古って…)
ぼうっとパンツ一枚で突っ立っているレイが居る。
「ねえねえ、これはどうかなぁ?」
アスカははしゃいで体に合わせて広げていた。
ちなみにレイはパンダプリントで、アスカは金魚マークだった。
「お古って、ミサトさんのはセカンドインパクトで残ってるはず…」
「いやぁねぇ、うちの子のに決まってるじゃないのよぉ」
(子供って…、男の子ばっかりじゃないか)
シンジは聞くんじゃなかったと激しい後悔を感じていた。
うらにわには二機エヴァがいる!
「人の間で愛を叫んだ除けもの」
日本の夏は続いている、と言うよりも終わりが来ない。
それでも砂漠化が進まないのは、やはり水が豊富だからなのだろう。
すり鉢状になっている第三新東京市は、放っておけばすぐに水没してしまいかねない。
海抜はマイナスなのだ。
疎水を通して集められた水は、全てその隣に新しく作られた、第二芦の湖に汲み上げられている。
「ふうん、じゃあ今夜?」
「そうなのよ、でもおばさんってば、余計なことまで思い出すんだから!」
アスカは電話口でアカリに愚痴っていた。
「なに?」
「会場!、男女ペアでないと入れないんだって」
「え〜〜〜!?」
アカリの悲鳴に、ちょっとだけ受話器から耳を離す。
「何わめいてるのよ?」
「だってぇ、そんなの困るわよ…」
「あれぇ?、だってアカリはいいじゃないの…、トウタが居るんだし」
「と、トウタお兄ちゃんは違うもん!」
焦ったアカリはつい口走ってしまった。
「あっれぇお兄ちゃんだって?、それに何が違うのよぉ?」
(ませてるよなぁ…)
もうすぐ小学二年生になる子供達の会話とは思えない。
「お父さんの番…」
「あ、うん」
シンジは廊下の盗み聞きをやめてオセロに戻った。
「だからぁ!」
「はいはい、それでこっちなんだけどね?」
「あら?、アスカにはシンジ君がいるんじゃないの?」
「だってレイも居るのよ?、そうはいかないわよ…」
「あ、そっかぁ…」
アカリは微妙な関係を妄想した。
「でもよかったじゃない?」
くふふっと、嫌な笑いが耳をくすぐった。
「何がよ?」
「だって、今頃みんな悔しがってるわよ?」
「だからなによ?」
「綾波くんよ!、席替えの時だってすっごい競争率だったじゃない!」
『当ったり前よ!、あたしのパパだもん☆』
アスカはそう言いかけて、うぐっと言葉を飲み込んだ。
「ま、まあね、あんな青っ白いやつのどっこがいいんだか…」
言いながら、ちらちらと聞かれていないか確認してしまう所が可愛らしい。
「まあしょうがないから、おばさんとこのリョウサンを借りるって事になっちゃったけど」
「あれ?、譲っちゃうの?」
意外そうにアカリは驚く。
「しょうがないわよ、レイが嫌がるんだもん…」
嫌がるとはすなわち、「わたし、いかない、人ごみ、苦手だもの」である。
「あららぁ…、お兄ちゃんっ子だったのね?」
「あたしも知らなかったわ…」
(パパにべったりってのが本当なんだけどね?)
見えないのをいい事に舌を出す。
「それじゃあ、待ち合わせは…」
「うん、学校ね?」
アスカは電話に向かって頷いた。
「ミサトおばさんがまたバスを出してくれるって言ってるから」
「はーい、待ってる!、アスカの浴衣楽しみにしてるからね?」
「はーい」
アスカは受話器を置いて居間に戻った。
「電話終わったの?」
「うん!」
アスカもシンジ達のゲームに混ざる。
その十数分後、再び電話が鳴り出した。
「それじゃあ出発するわよぉ!」
「なぁんだ、ミサトおばさんの運転じゃないのね…」
露骨にアスカはがっくりとした。
「ははは、バスはジェットコースターじゃないんだからな?」
バスの運転席に座っているのは加持だ。
「はぁい…」
おとなしく引っ込み、ちらりと隣に座っているリョウサンを見やる。
「ねえ、大丈夫?」
「なんとか…」
窓を開けて風を受けながらも、ぐでっと陸に上がったマグロのように死んでいる。
「全くだらしないわねぇ?」
「車だけは、ちょっとね…」
喋るのもおっくうそうだ。
「なんでよ?」
「母さんの運転で、恐怖症が…」
それを後ろの座席で聞いたシンジは、思わずクスッと笑ってしまう。
「シンジ君…」
「え、なに?」
「ポッキリ、あげる…」
ポッキリとは某ポッ○ーのバッタもんで、「一本10円ぽっきり!」と言うCMで売れているお菓子なのだ。
「ありがとう」
微笑んで一本貰う。
ちなみに何故かPTA辺りがCMの中止を訴えているらしい。
「ありがとう、感謝の言葉…、家族なら当たり前のことなのに…」
ぶつぶつと言っているレイに、はははと困りながらその向こうを見やる。
「ほんとにごめん!、俺がつまらない見栄なんて張っちゃったもんだから…」
「いいのよ、相田君のためだもん!」
だがそう言うアカリの態度は、どう見ても怒っているようにしか見えない。
トウタは来ない、来ない理由は「すまん!、宿題が終わらんかったんや」という、実にバレバレなものだった。
「それで俺と一緒に行けって言ったんだろ?、バカなんだよな、トウタ…」
「バカも大馬鹿よ!、まったく…」
『すまん、トウタの奴、わしに似て不器用でな?、よろしゅう頼むわ…』
それがシンジにかかって来た、トウジからの電話の内容であった。
(よろしくって言ったってさ…)
シンジは本当に困っていた。
パーン、パパーン!
「わあ、奇麗〜」
みんな一塊になっている。
レイは紫にアサガオの描かれた浴衣。
アスカは赤に金魚。
(どういうセンスなんだろ?)
それを選んだアスカだけではなく、持って来たミサトの感性までも疑ってしまう。
そしてアカリは黄色にヒマワリ。
シンジ達はみんな同じように、半ズボンにTシャツだった。
違っているのは、シンスケが黒のシャツの袖をまくり上げて着ていることだろう、シンジとリョウサンは白シャツをダボッと着込んでいた。
みんなで浜辺を並んで歩いていく。
「ねえ、おばさぁん」
「おばさんはやめなさいって言ってるでしょ!、で、なに?」
「喉渇いちゃったぁ…」
アスカはおねだりの目を向けた。
「あんたねぇ?、いま来たばっかりでしょ?、ちょっとは花火でも見て、情緒ってもんを感じなさい」
そう言うミサトは、既に缶を二本も空けている。
「ぶぅ!、いきなり酔ってる人に言われたくないわよ!」
アスカの言うことももっともだった。
「なんやねん、結構仲ようやっとるやないか…」
遠くからその一行を眺めている小僧がいた。
「…そう言う所はお父さんにそっくりね?」
そんなトウタのすぐ側に、髪の長い女性が立っていた。
普段はまとめているためだろう、癖が付いてかるくウェーブがかかっている。
クスリと笑う、二十代前半にしては苦労が滲み出ている。
ヒカリだった。
「…聞いてもいいですか?」
「なに?」
ヒカリは遠慮がちな言葉に小首を傾げた。
「ワシらが生まれる前の年までは、おとんと仲ようしとったんでしょ?」
「ええ…」
「でもなんでそないに早よう、前の旦那さんと結婚したんですか?」
その質問に、ヒカリは苦笑いを浮かべてしまった。
「…しっかりしてるのね」
「すんません、子供らしゅうのうて…」
「良いのよ」
トウタは子供なりに気まずさを感じていた。
だがそれでも、母になるかもしれないのだと、拳を握り締めている。
「…そうね」
ヒカリは震える拳を見てから、口を開いた。
「お母さんって認めてもらうためには隠し事はしちゃいけないわよね?」
砂浜から駐車場へと上がる傾斜のある場所に座り込む。
促されて、トウタも横へ座り込んだ。
「…サードインパクトの後、色々とあったのよ」
ヒカリは懐かしそうに語り出した。
サードインパクトの直後に出会った人達の顔を思い浮かべて。
「辛かったらええです…」
「辛くは無いわ…、でも誤解してるみたいだけど、結婚したわけじゃないのよ?」
「え?」
「サードインパクトのちょっと前にね?、少し辛い事があって…」
「おとんの足のことですか?」
「それも、ね?、で、離れ離れになっちゃって…」
浮かんで来るのは、もう思い出す事もできない人の笑顔だった。
青空をバックに逆光になっていて良く分からない。
(あれは…、公園で寝てる所にキスをされた時の)
初めてのキスだった、第三新東京市でのことを語るにつれて仲良くなっていた。
相談相手と言ってもいい、その範囲をお互い一歩踏み出したところで…
サードインパクトに見舞われた。
「誰が生きてて、死んじゃったかも分からなくて不安で…」
あまり思い出したくは無いのだろう、トウタにも感じ取れる表情をする。
「寂しかったんですか?」
「そうね、それで頼らせてくれる人が居て、まあこの人ならいいかなって…」
「その人は?」
「どこかに行っちゃった」
すざっとトウタは立ち上がった。
「どうしたの?」
「そんなん…、酷いやないですか!」
「あら、どうして?」
「どうって…」
ヒカリのあまりにも明るい笑顔に驚く。
「あの人はあたしに赤ちゃんができたことなんて知らないもの…」
「なんでですか?、それなら再婚とちゃうやないですか…」
「あたしはね、でもトウタくんのお父さんは違うでしょ?」
「……」
トウタは唇を噛み締めた。
母親の顔など知らないからだ、父に聞けば、想い出の品はみんな捨てたと言われてしまった。
あぐらを掻いて新聞を読む、その背中に拒絶を見てトウタは詳しく聞いたことは無かった。
「鈴原も色々とあったみたいだけど…、でもこう言ってたわ?」
「え?」
「『あいつにワシと同じ寂しさを味わせたぁないんや』ってね?、鈴原もお母さん亡くしちゃってたから…」
トウタを座らせ、そっとその肩を抱き寄せる。
「でも…、ごめんなさいね?」
「なんですか?」
「わたし、きっとトウタ君からお父さんを取り上げちゃうわ?」
驚きヒカリの顔を見る。
そこに悪戯っぽい微苦笑を見付けて何とも言えなくなってしまう。
「トウタ君…、それにアカリも好きだけど、でもやっぱり一番はお父さんだから」
トウタの胸がちくりと痛んだ。
まるでそれを見透かしたようにヒカリは微笑んだ。
「さ、行きなさい?」
トウタを立たせて、軽く押しやる。
「でも…」
「誰かの為に我慢するなんてまだ早いわ?、みんなで幸せになれる方法だけ考えればいいの、今はね」
実に明快に言い切るヒカリである。
(それがどんなに難しい事かなんて、後でわかれば良いことなんだから…)
ヒカリは「さあ!」っと、トウタを押した。
「…はい!」
元気に返事をして駆け出していく。
「…やれやれやなぁ?」
「あら?、来てたの」
駐車場の方から降りて来る人影。
「当たり前や、あいつがおらんようになったら、誰がお前の相手をすんねん」
「そうね?」
ヒカリは軽く苦笑しながら立ち上がり、お尻についた砂を払った。
「じゃあ行きましょうか?」
「そやな」
ヒカリは自然とトウジの腕に手を添えた。
その姿は、もう何十年も連れ添っている夫婦のようにしか見えなかった。
「うおーい!」
大きく手を振りながら誰かが走って来る。
「あれ、トウタじゃないか?」
「あ、ほんとだ、鈴原よ、アカリ!」
「…みたいね?」
アカリの表情はまだ陰っていた。
「トウタ、どうしたのさ?、結局来ちゃったんだね?」
耳打ちするようにからかうシンジ。
「うるさいわ!、おう、シンスケ!」
「な、なんだよ?」
トウタの勢いに引いてしまう。
「すまん!」
トウタはいきなり頭を下げた。
「な、なんだよトウタ、やめろよな?」
必死に頭を上げさせようとするのだが、トウタは頑として頭を上げない。
「このとおりや、わし、やっぱり貸し出すなんて嫌なんや!」
「なんのことかしらね?」
「鈍いな、相変わらず…」
「なによ?」
ぶつぶつ言い合う加持とミサト。
「誰かに見栄張りたかったんじゃないの?、シンスケ君」
「なぁる…」
リョウサンの説明に納得するアスカ。
「バカだなぁ…」
シンスケはおろおろとしているアカリをとんと押し出した。
「え?」
「シンスケ?」
よろけたアカリを抱き受ける。
二人は驚いたようにシンスケを見やった。
「そんなの俺が恥かけばいいだけなんだからさ?、気にすることは無いんだよ」
「そやけど…」
「でも…」
二人とも、そのシンスケの表情に戸惑った。
「嘘をついた俺が悪いんだよ」
そう言うが、やはり辛そうな感じが残っている。
そんな子供達を見て、ミサトはニヤリと笑いを浮かべた。
「まだ諦めるには早いわよ?」
「おい…」
たしなめる加持、だが加持に手綱を握られるほど、ミサトは甘い女では無かった。
「結局こうなるんだもんなぁ…」
トホホとシンジは、袖を持って腕を広げた。
くるっと回るように背中の帯も確認する。
「…そんなにおかしいですか?」
「…いや、似合い過ぎてると思ってな?」
「でしょう?」
(いや、呆れてるんだよ、加持さんは…)
にんまりとするミサトにジト目を向けてしまう。
シンジは白地に淡いピンク色の花びらを散らした浴衣に着替えさせられていた。
「さらにこれね?」
ポンッと頭に何かを被せられた。
「なんですか?」
「かつらよ?、かーつーら☆、これでシンジ君は、謎の美少女に早変わりってわけね?」
(早変わりねぇ…)
シンジはみんなの方に振り返った。
銀色の長髪がふわりと舞う。
「どう?、似合うかな…」
上目がちにおずおずと尋ねる、ピンク色の小さな唇に長い睫、浴衣から覗いている指先は細く、そして爪もまた健康そうなピンク色をしていた。
『ぞくぞくぞく!』
その美少女ぶりに、全員に寒気が走ってしまう。
もじもじとした照れが自然なシナになっている。
「恐いわよ…」
アスカは思わず、呟いた。
「さ、後は証拠の記念撮影よ!」
ミサトはシンジの背を押して、シンスケの隣に強引に立たせた。
「ほんとにやるんですかぁ?」
「ここまで来たら根性決めなさい!」
「何の話だよ、シンジ?」
「ごめんっ、シンスケ!」
「え!?」
シンジはシンスケの肩に手を置く様にして体重を掛けた。
よろめいた頬に口を付ける。
「「「ああああーーーーー!」」」
いやぁんな感じぃと周囲が固まる。
バシャバシャバシャッと、ミサトがフラッシュを焚きまくった。
「これで万事オッケーよ!」
「おおお、オッケーじゃないってぇ!」
頬をごしごし拭ってシンスケは涙目を浮かべた。
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん…」
「だって、ミサトさんがやれって言うんだもん」
シンジもまた詰め寄られて泣き言を言う。
そんなみんなの注目を奪うように、ポーンと大きな花火が咲いた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元にでっちあげたお話です。