Asuka's - janktion:001
 ──ゴォオオオオ……
 青空に雲の尾を引いて、高く、高く、鉄の鳥が飛んで行く。
 その足元にある国際空港のタクシー乗り場では、一人の少女が重いスーツケースを転がしていた。
 黄色のワンピースに青いチョーカーを着けている、白の帽子の下には可愛い目のサングラスをかけていた。
 そのサングラスをほんの少しだけ指で下げ、彼女は懐かしげに目を細めた。
「んーーー!、はぁ!!」
 帽子を落とさない程度に伸びをする。
「日本!、って感じよね!」
 さぁてとと彼女はドアを開けて待っているタクシーに乗り込んだ。
「第三新東京市まで」
 そして……
 ブゥンと動きだし、車は行く。
 ……その場に彼女を置き去りにして。
「なによぉ!、ちょっとぉ!!」
 腕をぶんぶか振り回して彼女は喚いた。
「乗車拒否とは良い度胸してんじゃない!」
 ふんだと重いスーツケースを引っ張るように動かして、彼女は次のタクシーに狙いを定めた。
「おじさん!、第三新東京市まで!」
 行き先を告げてから乗り込もうとすると、乗るなとばかりにドアが閉まった。
 ──バタン!
「ちょっとぉ!」
 危うく手を挟むところだった。
「なにすんのよ!、乗せなさいよ!」
 ふぅっと溜め息が洩らされた。
「お嬢ちゃん」
「なによ!」
 運転手は、上、上っと指で差した。
 そこになにがあるのかと顎を上向けて……、目を点にする。
「第二東京方面乗り場?」
「第三の乗り場は向こう!」
 彼女はギロリと睨まれて、あははと引きつり、逃げ出した。


 晴天である。
「空は好いねぇ、空は誰にでも平等に心地好さとまどろみを与えてくれる、そうは思わないかい?、碇シンジ君?」
「……なんでフルネームなの?」
 カヲルはにこやかに口にした。
「つれないからさ」
 通りがかりの奥さんが、どさりと買い物袋を取り落とした。
 慌てて拾い、そそくさと逃げて行く、シンジはそれを見送ってから、うらめしげにカヲルを見やった。
「そういう冗談は、いただけないよ?」
「おいしく食してもらいたいものだけどねぇ」
 カヲルは逃げようとするシンジの隣に急ぎ足で並んだ。
「で、どこに行くんだい?」
「うん?、人をね、迎えに行くんだ」
「人?、誰を?」
「さあ?」
「さあって……」
 わからないのかい?、とカヲルは呆れた。
「うん……、母さんが言うには、会えばわかるって」
「親戚の人なのかい?」
「じゃないかなぁ?」
「おじさんは何も教えてくれなかったのかい?」
「運命が教えてくれるんだってさ」
「……」
 さしものカヲルも引きつった顔をした。
「僕にはおじさんの言うことがよくわからないよ」
「僕にだってわからないよ」
 実に実りのない会話である。
「それで」
 カヲルは次の疑問を投げかけた。
「良いのかい?、レイちゃんとレイさんを置いて来てしまって」
 はぁっとシンジは溜め息を洩らした。
「だって……」
「ん?」
「女の子だったら、どうするのさ?」
 ああっとカヲル。
「それは……、修羅場だろうねぇ」
 どういう修羅場なのかはわからないが……
「父さんと母さんがいやぁな顔をしてたからさ、たぶん女の子だよ、だって綾波が来た時と同じ顔だったもん」
 そうかそれでかとカヲルは納得した。
「だから僕を誘ったんだね?」
「うん」
 正直に認めるシンジであるが、カヲルは思い切り苦笑してしまった。
 初対面では、大抵の人が、まずはこの容姿を目にとめる。
 そして次には、同情しながらも、興味を抱き……
 最終的には、ただ親しいだけの関係へと落ち着こうとするのだ、邪険にすることも、嫌うことも、どちらも『身体障害者』に対して取る態度ではないと自制心を働かせ、無理をして好意を抱くか、好意を持っていると見せかけようとする。
「僕は避難所じゃないんだけどねぇ……」
 カヲルがそう言ったのは、シンジが自分を防波堤にしようとしているのだと気がついたからだった、自分には意識を回されないように盾にするつもりなのだと。
「今度おごるよ」
 そう口にしたシンジに、カヲルはもう一声と贅沢を言った。
「なら今度、一緒にコンサートに行ってくれないかい?」
「いいけどさ……」
 なにを好き好んで、僕なんかととシンジは思った。
 シンジにしてみれば、女の子に興味がないわけではないのだが、妹たちがうるさくて、今はまだ、面倒な気持ちが強かった。
 親密になるよりも、適度に疎遠であった方が楽をできる。
 そんな心情が働いている。
 カヲルを連れて来たのはだからであった、カヲルは人付き合いが巧いし、あしらうのもまた巧い。
 特に初対面の少女に限ると、必ずと言っていいほど見取れて、そのまま恋に落ちて行く。
 ……二人の理解は、この点においてずれていた、カヲルはあくまで自分の存在というものを悲観的に受け取って、シンジは好意的に見て取っていた。
「僕としては、あくまで音楽を楽しみたいのさ、でも女の子は『前後』を含めて期待する、純粋にクラシックコンサートを楽しみたい僕と、その後の時間こそがメインであるはずの女の子とじゃあ、どうしたって噛み合わないとは思わないかい?」
「そういうものかな?」
 カヲルは口の端に苦笑を浮かべた。
「君にも、いつかわかる時が来るさ」
「……どうかな、あ」
 シンジは待ち合わせ場所である、誰がどういうセンスで作ることにしたのだかわからない銅像の『上』に仁王立ちしている女の子を見付けて……、逃げようとした。
 ──誰がどう考えても、銅像の上に仁王立ちしている少女が、まともであるはずがないからなのだが。
「おや?」
 その肩を掴んで引き止め、カヲルは顔をほころばせた。
「もしやそこに居るのは」
「え?」
「アスカじゃあ、ないのかい?」
 少女、アスカはそんな台詞に顔を向け、次いでポカンとして馬鹿面を曝した。
あああああーーーーーーーー!



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