Asuka's - janktion:002
 ──そこに居るのはアスカじゃあないのかい?
 アスカはぱくぱくと金魚のように喘いでから、ビシッと指差し、大きく喚いた。
「なんでアンタがここに居るのよ!」
「おやおや、それが久しぶりに会った婚約者に言う台詞なのかい?」
「誰が婚約者よ!、誰が!」
「ところで」
 カヲルはにやけた笑みを張り付けてからかった。
「そろそろ下におりてはもらえないかな?」
「嫌よ!」
「でもそこに立たれていると、とても眺めが良くて困るのさ」
「眺め?」
 はっとしてアスカはスカートのちょうど真ん中の位置を押さえ込んだ。
「どこ見てるのよぉ!、えっちぃ!」
 赤くなる彼女に対して、カヲルは嫌みったらしく前髪を払って見せた。
「お願いだから、なるべく公衆の面前では、はしたない姿を曝したりしないようにしてはもらえないだろうか?、でないと僕の恥になってしまうんだから、ね?、そうだろう?」
 ──愛しい婚約者さま?
 アスカはくそぉと汚らしく毒づいて、像の上から跳び下りた。
「久しぶりだね」
「そうね」
 ぶんっと手を振り回すが、カヲルの方が一枚上手だった。
 張り手を軽く受け止める。
「奇麗になったね」
「ありがとう」
 げいんっと股間を蹴り上げた。
 うわぁっとシンジ。
 徐々に青くなり、白くなり、脂汗を流し始めるカヲルの顔に、危険なものを感じてしまう。
「かかか、カヲル君!、大丈夫なの!?」
「ふんっ、いい気味よ!」
「酷いよ!、なにするんだよ!」
「うっさいわねぇ!、誰よあんた!?」
「カヲル君の友達だよ!」
 ふうんと鼻を鳴らして、上から下へと値踏みする。
「冴えないわね」
 ムッとする。
「あ〜もうまったく!、シンジの奴なにやってんのよ!、早く迎えに来ないからこんな最低な奴に会っちゃったじゃない!」
「悪かったね」
「なんであんたが謝んのよ?」
 シンジはうずくまってしまったカヲルの腰を叩きながら答えた。
「僕がシンジだからだよ」
 ──数秒の間。



えええええーーー!

 あたりに絶叫が轟いた。


「うかつよ、うかつだったわ」
 道端なのに、頭を抱えてうずくまってしまったアスカであった。
「そりゃあ?、昔っから冴えない奴だったけど、まさかこんなにボケボケッとした奴に成長しちゃってただなんて」
 さらにさらにムッとする。
「悪かったね」
「あああああ」
 動揺からつい素直な感想を洩らしてしまったと後悔したが、もう遅い。
「僕だって意外だったよ!、カヲル君の婚約者って、もっと可愛い人だって思ってたから」
 これにはアスカもかちんと来た。
「なによぉ?、アタシが可愛くないっての?」
「どこを取ったら可愛いってことになるんだよ!」
「アンタの目が腐ってるだけじゃない!」
「君の自覚がおかしいんだよ!」
「なによ!」
「なんだよ!?」
 ああ、僕のためにケンカしないでとカヲルが悶える、と、それを踏み付けて、少女がどかんっとタックルをかけた。
「レイ!?」
 お腹に飛び付いたまま、腕どころか足までからめて喉を鳴らす妹に慌てる。
「お兄ちゃん、見付けた」
「ああ、ほんとに居たぁ」
 はぁふぅと綾波レイもやって来た。
「お兄ちゃんの匂いがするとか言って駆けだすんだもん、どこに行くのかとおも……、ってなにやってるの?」
 うずくまったまま軽く飛び跳ねているカヲルと、妹を張り付けているシンジと、しえーっと驚いている赤毛の娘。
 全然、状態がわからなかった。


「惣流・アスカ・ラングレーよ」
 それだけではわからなかった。
「僕の婚約者だよ」
 ぽんと手を打つ。
「ああ、渚くんとの初夜にサバ折り決めたって言う……」
「誰がそんなこと言ったのよ!」
「本人」
「あんたわぁ!」
 アスカはげしげしとカヲルを蹴った、が。
「……うれしそうね」
「あの娘と渚くんのどっちのこと?」
「両方」
「だぁああああ!」
 外野の声にキレてしまう。
「違う!、誤解なのよ!」
「なにが?」
「アタシはまだ!、……ええと、だから、そんなことしてないって言うかぁ」
 さすがにはっきりとは主張しない。
「そう、あの夜のことは忘れられないよ」
 隙を突いて肩を組む。
「僕はアスカちゃんの熱烈なラブアタックの前に屈したのさ、そう、気を失ってしまったってことだよ」
「そんなに……」
「インラン……」
「だぁああああ!」
 肩に回された腕を取り、駒のように背面に回って腕を決め、ついでに膝の裏を蹴って地面に落とし、さらに無防備になった背中の上に、腕を決めたまま肘を落とした。
 ──ボキン!
「うわああああ、カヲルくぅうううううんんん!」
「凄い音が鳴ったね」
「ええ」
「なんてことするんだよ!」
「その馬鹿が変なこと言うからよ!」
「ホントのことだろう!?」
「だから違うって!」
「やれやれ……」
 カヲルは起き上がると、ボキンと自分で外れた肩を入れてしまった。
「カヲル君!、大丈夫なの?」
「慣れてるよ」
 普通に笑う。
 それからアスカに視線を向けて、余りの不機嫌さに肩をすくめた。
「仕方ないねぇ……、そういうことにしておこうと言い出したのは、君じゃなかったかな?」
「だからって、余計な奴にまで話すことないじゃない!」
「シンジ君は余計な人なのかい?」
「……」
 ねぇねぇとシンジ。
「なんのことなのさ?」
 カヲルは、ここまでだねとアスカに振った。
 ふんだとそっぽを向く態度に、了承なのだと受け取り明かす。
「実はね……、嘘なのさ、全てがね」
「え?」
 カヲルはどこか遠い目をして語り出した。
「僕の家のことは、前に話したよね?」
「うん……」
「僕が後を継ぐ道場はね、とても長く続いている名門でもあるんだよ、そんな特別な家柄だからね、僕たちは望むと望まざるとに関らず、婚約を決めるしかなかったんだよ」
「そんな……」
「名家とはそんなものさ、個人の意見よりも、全体の意志と家長の言葉が絶対視される、でも僕たちはお互いに冗談じゃないと思っていた、大人しくあてがわれた相手と婚約し、子を作るなんて行為、それは寂しいことだろう?」
 カヲルは自分の胸に手を当てた。
「僕は『こう』だろう?、だからかな?、家のため、道場のため、そんなものを維持するための歯車、道具にはなりたくなかったのさ、僕は『人間』になりたかった」
 カヲルは自分のことだけを語り、アスカの理由を明かさなかった。
「でも、僕たちには逆らうだけの力が無かった」
 そこでと両肩をすくめておどけて見せる。
「シてしまったことにしておこうってね、そういう嘘を吐くことで一致したのさ」
 へぇっと驚いたシンジの視線に、アスカはぶちぶちと口にした。
「それだけは……、感謝してるわよ」
 だが嬉しくはなさそうである。
 そんな困惑を顔に浮かべるシンジを見てか、アスカは自分から言葉を付け加えた。
「アタシのパパはね……、ホントのパパじゃないの、シンジは覚えてる?、あたしにパパが居なかったの」
 そうだったかなぁとシンジは首を傾げた。
「パパはママがドイツで見付けた人だったの、でもね、ママはあたしを置いて死んじゃった……」
 どんどん話が重くなる。
「それからパパは再婚したんだけどね、新しいママってのがアタシのことを邪魔にしててね、さっさとどこかに押し付けちゃって、追い出しちゃおうってのが見え見えで」
「その白羽の矢が当たったのが、渚家というわけさ」
「カヲル君……」
 カヲルは飄々として答えた。
「僕の場合は、父さんが死の縁に立っていたからね、血筋が途絶えないようにと一族中から攻められれば、逆らえないさ」
「そうなんだ……」
「でもごめんだった、あの頃のこの白い体に嫌悪感を抱いていた僕は、そのことを責められているようで嫌だった、彼女は彼女で好きな人が居るらしい、となれば、協力することはできた、というわけさ」
 好きな人?、とシンジは首を傾げた。
「でもそれじゃあ、大変なんじゃないの?、その人ってどこに居るの?」
「それは……」
 カヲルは意味ありげにシンジを見やった。
 アスカは赤くなって緊張した。
 それを見たレイが一層強くシンジにしがみつき……
 綾波レイがきょろきょろと見比べた、そして、ぽんと手を打った。
「ああ!」
 ドキリとするアスカである、目も丸くなる。
「なによ!」
「そうか、アスカちゃんの好きな人って」
 ──緊迫の間。
「加持さんだ!」
「…………え?」
 なんですかぁ?、とアスカは訊ねた。
「誰だって?」
「だから加持さん」
「え?」
「だから加持さん……」
「え?」
「加持さんだって」
 埒があかない。
 そう言えば、とシンジも倣った。
「加持さんが言ってたっけ、今でもメールでやり取りしてるって」
「そそそ、それはぁ!」
 慌てるアスカである、だがボケる時のシンジの間には、かなわなかった。
「僕、覚えてるよ、小さい時にアスカが加持さんと約束したの、お嫁さんになるんだって言ってたもんね」
 ああああ、あうあうとアスカ。
「凄いなぁって思ったんだぁ、女の子って、お嫁さんにしてあげるって言うと、泣き止むんだって……」
 今じゃ笑い話だけどねとほがらかに笑う、しかし笑えなかったのが『二人』居た。
 もちろんそれは、アスカを恨みたくなったレイたちであった。



[BACK][TOP][NEXT]