Asuka's - janktion:003
「そうりゅう、あすか、らんぐれいです……」
 どっと疲れた様子のアスカに、ユイはまぁまぁと気遣う調子で労った。
「長旅で疲れが出ちゃったのねぇ、さあどうぞ、あがってあがって」
 違うんだけど……、とはとても言えない。
 アスカは居間に通されて、そこに居た人物に身を強ばらせた。
 ばさりと読んでいた新聞を四つ折りにして脇に片付ける、和服の袖口に腕を隠し、威厳を付けるためにのけぞったのは、家長であるゲンドウだった。
「良く来たな」
「は、はい!」
「君のこと……、いや、君の『事情』については承知している、好きなようにすると良い」
「ありがとうございます……」
 なんて迫力のある人なんだろうと騙される。
「父さん」
「なんだ」
「事情ってなにさ?」
「ふん」
 ゲンドウは息子を鼻であしらった。
「本人に聞け」
 ムッとする。
「聞きづらいから聞いてるんじゃないか」
「いつから他人の事情を詮索するような人間になった?」
「一緒に暮らすって言うんなら気にしたって良いだろう?」
 にやりと笑う。
「レイ君の時には気になどしなかっただろうが」
「その『前例』で酷い目に合わされたから聞いてるんだよ」
 ちょ、ちょっとと慌てるアスカである、こんな人と鼻面を突き合わせてケンカするなど正気ではないと。
(殺されたらどうすんのよ?)
 既にアスカの中では、そういう人物になってしまっているらしい。
 ──ところで。
「あらあらまぁまぁ、渚君まで、いらっしゃい」
「いえ、おかまいなく、僕はおいとましますので」
「あらあら、遠慮しないで、さぁさぁ」
「いや、しかしですね」
「渚君にはお礼をしないとって思っていたのよぉ?、だって大事な一人娘がお世話になったんですものねぇ?」
「はっ!?、あ、あれはその時の流れというもので」
「息子も世話になったようですし」
 小レイは母の袖を掴んでくいくいと引っ張った。
「あら、レイ、どうしたの?」
「……」
 無言でジーッと見上げる娘の気持ちは、ちゃんと母に伝わった。
「そうね、今は一人娘じゃないものね」
 こくんとレイ。
「レイちゃん」
 うるうるともう一人のレイ。
「レイちゃんっ、好き!」
 抱きつかれるが、嫌じゃないのか、小レイは巻き付いた腕に手を沿わせて、コクンと頷いた。
 そっとハンカチを目元に当てるユイである。
「ところで渚君」
 どこに行くのかしらぁと、ユイは逃げ出そうとしていたカヲル襟首を掴まえた。


「まあ、飲め、ヤクルトだがな」
 どうもとカヲルは目の前に置かれたヤクルトを手に取り、直接口に咥えて歯を立て、穴を開けた。
 ──ちゅっじゅっじゅっじゅっじゅーーーー……
(か、カヲル君……)
(ばっちぃ)
(下品)
 一人、ゲンドウだけがむむっと顔色を変えた。
「できるな」
「恐縮です」
 中央にタンッと殻になったヤクルトを置く。
 二人はそれを挟んだ形で、お互いにニヤリと笑い合った。
 どうやらよくわからない戦いがあったようである。
 互いを認め合う形で、和解が成立したようだった。
「さて、ユイの冗談はともかくとして」
「冗談だったんですか……」
 それにしては身の危険を感じたとカヲルは思ったが、にこにことゲンドウの隣に正座している当人が怖くて口にはできなかった。
「君たちの話は知っている、婚約しているということもだ」
「それは!」
 訴えようとするアスカを、ユイはとにかく話を聞くようにと目で制した。
「知っている、と言っているでしょう?」
 渚君と話しかける。
「あなたもお父様に謝っておきなさい?、あの人はなんでもお見通しよ」
 おやっとカヲル。
「父をご存じで?」
「親しいというほどではないけど、この人の仕事の関係でね」
「仕事?」
 それは変だと首を傾げる、カヲルの父は道場を営んでいたのだから、仕事の関係などあるはずがない。
 それに既に他界している。
「うむ……、アスカ君の馬鹿親は気付かなかったようだがな、好意にせよ、嫌悪にせよ、女性は初体験の相手には少なからず対する態度が変わるものだ」
「逆に言えば、その程度のことも気付けないほど、アスカちゃんとその家族との繋がりは、非常に遠いものであったということね」
 うむ、っとゲンドウ。
「そうだな、散漫にしか見ていないから、アスカ君の演技に騙された……」
「アスカちゃんのことは渚君のお父様から頼まれたのよ?、日本じゃ風習、向こうじゃ倣わしだと言っても、今の法律では子供に性交渉を強要するなんて、立派な児童虐待ですからね」
「裁判の結果、アスカ君は保護されることになった、その保育先として、わたしが里親の名乗りを上げた」
「そういうことですので、みんなもよろしくね?」
 はぁ、と、一時いちどきに話された内容の濃さに、皆混乱した頭で頷いた。
「って、なんでアスカも頷いてるんだよ?」
「だって、そんな話、初めて聞いたんだもん」
「聞いたって……」
 唖然とする。
「じゃあどうして僕ん家に来たの?」
「……」
 何故だか赤くなって、狼狽える。
「馬鹿!、知らない!」
「痛い、痛いって!」
 そんな様子を微笑ましく見守り、カヲルが爆弾のような発言をした。
「ふむ、となればアスカちゃんの姓はラングレーでは無くなり、碇、そう、碇アスカとなったわけだね?」
 妹が二人ほど固まった。



[BACK][TOP][NEXT]