Asuka's - janktion:004
「……」
 遠方より訪れたアスカを迎えた夕食は豪勢であった。
「……」
 千切ったレタスの上に盛られた空揚へと箸を伸ばす、と、アスカが狙った獲物は横からトンビに拐われた。
「むぅ……」
 睨み付けるが、素知らぬ顔で綾波レイはぱくついた。
「なんなのよ、アンタは」
「……」
 箸を置くシンジである。
「綾波」
「ふんっだ」
 似たような心境なのだろう、小レイも姉を真似てそっぽを向いた。
「アンタらねぇ」
 怒るのを通り越して、呆れてしまうアスカである。
「碇アスカぁ、なんてベタなネタで、今時誰が意識すんのよ」
 嘘だと合計四つの瞳がジト目で睨んだ。
 そのわりにしっかりドっきりしてたじゃないかと……、そんな様子に、これは駄目だとシンジは仲裁に入ることにした。
「ごめん、悪気はないと思うんだけど……」
 憤然とアスカ。
「悪気だらけじゃない」
「だからごめんって」
「アンタが謝ったってしかたないでしょうが」
「そうだけど」
 アンタねぇっと箸で指す。
「その謝り癖、なんとかしなさいよ、ほんと、昔っから変わってないんだから」
「そうだっけ?」
「そうよ!、自分が謝っとけば丸く収まるんだって態度、ほんとムカツクのよね!」
 取り皿に山盛りに取る、それは大レイがストレスの発散に出たからである。
 一気に食べ尽くしてしまおうとしている勢いだ。
「まったく」
 アスカはそんなレイたちを交互に見やった。
「だいたいねぇ、里親制度ってのは、養子縁組みと違って名字は変わらないのよ!、ほんとに、カヲルの馬鹿に騙されて」
「はは……」
「アイツの冗談はタチが悪いのよ!、自分が楽しきゃ、後はどうなろうと知ったこっちゃないっていうんだから!」
 そうだっけ?、っとシンジは首を捻った。
(カヲル君って、そんな感じだったかなぁ?)
 シンジはもしかすると、アスカを相手にした時にだけ見せる顔なのかもしれないと勘繰った。
「でもそれじゃあ、名前は惣流・アスカ・ラングレーのままなの?」
「ううん、多分惣流アスカになると思う、そうですよね?、おじさま」
「ああ」
 何故だかジーンと感動しているゲンドウである。
(おじさま、良い響きだ)
 隣りの妻につねられた。
「……」
 悶絶している。
「惣流はキョウコ……、アスカちゃんの本当のお母さんの姓だから残るわね、ラングレーは当然のごとく消えるとして、ツェッペリンをどうするか……」
 シンジは新しい名前に引っ掛かりを覚えた。
「ツェッペリンって?」
「惣流・キョウコ・ツェッペリン、それがアスカちゃんのお母さんの名前よ、ハーフだったの」
「じゃあ、アスカってクォーターなの?」
「そうなるんじゃない?」
 アスカはあむっと何かを頬張った、何を頬張ったかはわからなかった。
 それを咀嚼しながら口にする。
「それよりさ」
 アスカはその辺りのことについては余り触れられたくないのか、ねぇっと少々わざとらしくシンジに訊ねた。
「アンタって、妹、二人も居たっけ?」
「え?」
「居たのはなんとなく覚えてるんだけど……」
「ああ……」
 シンジは綾波はと、元気なレイの顔を目の端に止めた。
「元は親戚だかなんだかよくわかんないんだけど……、まあ、アスカと似たようなものなんだ」
「そうなの?」
「うん、それで今は一緒に暮らしてる」
 なぁんだとアスカは見下すような視線を作った。
「それじゃあ、立場は一緒じゃない」
「……そうよ」
 レイは不本意だと睨み上げた。
「悪い?」
「悪かぁないけど」
 唇を尖らせる。
「そのわりに、態度がでかいと思ってね」
 レイは箸を握り潰した。
「あなたよりマシよ……」
「なんですって?」
「ヤル?」
「ヤル気?」
「二人ともやめろってば、もう……」
 どうどうと、何故だかアスカの肩を押えて座らせる、そんなシンジの態度に何か納得がいかなくて、レイは憮然とした顔をした。
「ねぇ」
「なに?」
「シンちゃん、おかしくない?」
 こっそりと訊ねて来た姉に対して、小レイは面倒臭そうな目を向けた。
「だから、なに?」
「絶対変だって言ってるの!、なにかこう……、シンちゃんらしくないっていうかさ」
 レイが言いたかったのは、彼女に対しては、妙に雑な態度で接しているんじゃないのかということについてであった。
 いつもの兄貴然とした大人っぽい落ち着きが、彼女の相手をする時にだけ消えているのだ。
「ねぇなんで?」
「あたし、知らない」
「そう?」
「ええ……」
 真剣に。
「今は、食べるのが先だから」


 可愛らしくお腹をぽこんと膨らませて小レイは轟沈した。
 部屋の隅に転がってふぅふぅと言っている、シンジは団扇で扇いで、今日は良く食べたねぇと、笑って介抱してやった。
「レイがこんなにたくさん食べるなんて……、きっとお姉ちゃんが増えて嬉しかったんだね」
 がたんと音、ソファーの肘掛けに体重を預けていたアスカが滑りこけた音だった。
「アンタ……、それ本気で言ってるの?」
「え?、なんでさ」
「なんでもない……」
「?、なんだよ、もう」
 こいつは天然ねと諦める、それから視線を感じて、アスカは大レイのキツイ目線に気が付いた。
「アンタ……」
 言いかけて、やめる。
 こいつは敵だと、もうわかったからだ。
(ライバルってことね)
 それだけわかれば十分である。
(こりゃあ問題が山積みだわ)
 かなり鬱の入った溜め息を吐く、だが、それが甘い考えだったと思い知らされたのは、就寝の頃合いになってからのことであった。
「エッチ!、ヘンタイ!、なんで一緒の布団に入ってるのよぉ!」
「しょうがないだろう!?、妹なんだからぁ!」
 アスカが来たためにまた部屋が足りなくなったのだと言い訳したかったらしいシンジであったのだが、大小合わせて潜り込まれている状態では、説得力に欠けていた。



続く



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