「くさいものには蓋をする」
「な、なんだよレイ!?、いきなり」
「良い、気にしないで、電波だから」
「で、デンパ!?」
にやりと笑う妹が怖いが、なぜ妹のにやり笑いにマナが引きつるのかがわからない。
(まさかっ、バレてる!?)
まさに『くさいもの』を体育倉庫に封じ込んだまま、忘れて学校を出て来てしまっていたマナであった。
夕暮れ時だ、校内には下校時刻を告げる放送が、虚しい響きを渡らせている。
「帰らないのかい?」
黄金色に染まった教室に、一人アスカは佇んでいた。
気怠く目を向け、声の主を見つける。
「どうしたんだい?」
カヲルの出現に驚かない。
それどころか、アスカはつまらないことのように存在を認めた。
「わかってるくせに……」
肩をすくめてしまうカヲルであった。
「どうせなら、演出にも凝りたいものだからね……、相談役は必要かい?」
「ばぁか……、って、あんたならきっと来てくれるだろうなと思って待ってたあたしもあたしか」
苦笑してしまうカヲルである。
「幼馴染、あるいは親友の会話だね、まるで」
「そ?」
「そして恋人は今頃何も知らずに呑気にテレビでも見ている頃さ」
「……」
「恋人はこんな僕たちの関係を疑い、嫉妬して」
ストップとアスカはやめさせた。
「その嫉妬って勘違いの部分、シンジがしてくれるわけないから」
「そうかい?」
「そうよ」
「でもそれはシンジ君のせいなのかい?」
「どういう意味よ」
ぎろりと睨まれても怯まない。
「だめだよ、アスカ、君の瞳の奥には迷いと恐れが混在している、そんな瞳では僕を怯ませることはできないよ」
アスカははぁっと机の上に体を投げ出した。
「嫌な奴ぅ……」
「そうかい?」
「なんであたしも、シンジも、他の連中の気持ちも、なんだってわかるのよ?」
「他人だからだよ」
「え?」
「他人でいることを選んだからこそ、冷静に分析できるのさ」
「なるほどね……」
「その分、シンジ君に冷静さが欠けているから、ちょうど良いのさ」
むぅっと憎らしげにする、アスカはカヲルの曖昧な表情を見て、そう言えばっと思い出した。
「ねぇ……」
「なんだい?」
「気になってたんだけど」
「今まで忘れていたことなんだろう?」
「良いでしょ別に!」
恥ずかしくって、怒鳴ってしまう。
「そんなことより!、あんた言ってたじゃない、シンジだって男だって、女の子に興味あるって」
「いつそんなことを言ったかな……」
いつも通りいい加減な態度で応じるカヲルである。
「あんたね……」
「なんだい?、ごめんよ、先を続けて欲しい、その机を下におろして」
アスカは持ち上げていた机を『二つ』とも床に下ろした。
「まったく……」
「真面目に聞くよ」
「最初からそうしろっての!、聞きたかったのはっ、どうして昨日、霧島の家に行くの止めなかったのかってことなのよ!」
「行きたくなかったのかい?」
はぐらかすなとアスカは怒鳴った。
「そうじゃなくてあんたの話!、どうしてみんなで押し掛けてくのを止めなかったの?」
カヲルは良く気が付いたねと微笑んだ。
「それはね……」
「それは?」
「僕だって、人恋しくなる時があるからさ」
アスカは酷い動揺を受けてしまった。
「カヲル?」
微笑を向ける。
「でもね、それは容易に刹那的な欲求や欲望へとすり変わってしまうものなのさ、もしその衝動に突き動かされてしまったのならどうなるか、わかるかい?」
「あんた……」
「だから僕はやせ我慢をしているのさ」
カヲルは片目を瞑って見せた。
「そう、シンジ君だって朴念仁じゃあないんだよ?、誘惑されたなら迷いもするさ、でもね、シンジ君はきっと後になって、激しく後悔するんだろうね、そして僕にはそんなシンジ君の姿が見えてしまうから、ちゃんと止めてあげることにしていた、それだけなんだよ」
「酷い奴ね……」
「無粋さも友情の一つだからね?、それでほっとできるなら良いじゃないか」
「例え恨まれたとしても?」
その通りだよと肯定する。
「それくらいで壊れてしまう友情じゃないよ」
「女よりも男か」
「性別よりも人格ということさ」
「はぁ?」
「アスカ」
「なによ?」
「本当にアスカがシンジ君を自分のものにしたいのなら、なりふりかまうのはやめれば良いよ、おねだりすれば良いんだよ、二人きりの時にね?、思い詰めた表情をして、そうすれば君はシンジ君を手に入れられるよ、シンジ君は決して意志が強いわけではないからね」
「……」
「きっと泣かれるよりは良いと考えて、抱きしめてくれるはずだよ」
「わかってるみたいに……」
「わかっているよ、それが僕のシンジ君だからね」
「……」
「なのに、君たちはそれをしない、なぜなんだい?」
わかっているんだろうと、カヲルはアスカを責め立てた。
「シンジ君を独り占めにしたい、けれど人に恨まれたりはしたくない、嫌な想いをたくさんして来た記憶に縛られ、……わかるだろう?、僕は僕のためにシンジ君を守るよ、シンジ君が自分のために僕を気にしてくれているようにね」
「あんたって……」
「そう、僕とシンジ君の思考は極めて似ているのさ、嫌われることは怖いから、恐れる余り、『その光景』を消しに努めている、それだけだよ」
「そう……」
「違いはね、僕は常に当事者であって、シンジ君は関係者に過ぎないという点なのさ、だからこそシンジ君はいつも甘いことを言い、僕は焦り過ぎの計画を動かす」
「分析が好きね」
「嫌な癖さ」
「……」
「けれど、これが無ければ僕は生きてはこれなかった」
それは大袈裟な表現ではないのだと、アスカは事情を知っていた。
カヲルは微笑を浮かべて、つい先程のことを邂逅した。
『このまま誤解させておくのは、霧島さんにとっても好ましくない事態だろうからね』
カヲルはムサシを助け、言い聞かせていた。
「果たして、僕の言葉からどれだけの想いを彼は受け取ってくれただろうか?」
「なに?」
「いや、なんでもないよ」
行こうと誘う。
「僕たちは恋人同士に見えるのかな?」
「ばぁか……、見えるに決まってんでしょ」
「それは嬉しいね」
「けど、なんでかなぁ……、あんたじゃないのよね、シンジなのよね」
「それはみんな同じだろうね」
「うん……」
「だからこそ、彼、ムサシ君は苛つくんだろうね、どうして自分じゃないのか、シンジ君なのか、自分ではいけないのか、シンジ君に何が劣るというのか、そういうことじゃないのだと、どうしても理解できなくて」
「うん」
「君はどうするんだい?」
簡単な質問であるほど、意外と答えるのは難しい。
どのことを訊ねているのかと、ついつい勘繰ってしまうからである。
そして余計なことまで頭に浮かべて、その全てに答えを用意してしまう。
不安と不満と、心苦しさ、そして罪悪感。
だがその問いかけが、どんな質問であったにしても、答えはきっと同じであった。
──わからない。
その他には、アスカの中には、答えは無かった。
「ねぇ……」
「なんだい?」
だから、カヲルに問いかける。
「なんであんた、そんなに気ぃ使ってくれるわけ?」
心外だねぇとカヲルははにかんだ笑顔を見せた。
「言ったろう?、僕はアスカのことが大好きだって」
「え……」
カヲルは真っ赤になったアスカに対して、もちろんシンジ君の次にだけどねと、悪戯っぽく付け足した。
とぅーびーこんてぃにゅうど
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