Asuka's - janktion:073
(はぁ)
 ここに一人の少女が居る。
 マユミである。
 マユミはスキップをしそうな勢いで、浮かれた足取りを披露していた。
 なんだこいつと、道案内を頼んだ彼に、疑惑の眼差しを向けられていることなど、気付きもしないではしゃいでいる。
 少年は、マナから遠ざけられた時とは酷く違うと、気味の悪さを感じていた。
 今日に限って、なぜこんなにも友好的なのかと訝しく思うが、それは彼にはわかるはずもないところに、原因が存在していた。
(昨日の運勢は最悪でしたが……)
 今日はツイているのかもしれませんと、マユミはほくほくとした顔で、道案内を請け負っていた。
 頼んだのはムサシである、行き先は碇シンジが居そうな場所。
 それはもう、マユミを期待させるには、十分過ぎる申し出だった。
(昨日の続きが期待できるかもしれません)
 はぁああああっと恍惚とした気持ちに陥っている。
「あ……」
 そんなマユミであったのだが、階段を登るべく通路を曲がったところで正気に返った。
 上からちょうど、シンジがたちが姿を現したからである。
「ちょど……」
 良かったと口を開こうとしたムサシだったのだが。
 であ!
 ゴン☆
 背後からのキックに沈没。
「あ、アスカ!?」
「マナ!?」
『あはははは〜、じゃね!』
 二人は両足をそれぞれ別に抱え上げると、そのまま階段を跳ぶように下りて逃げていった。
 ガンガンガンッと、後頭部を段差に打ちつける痛そうな音が遠ざかって行く。
「あ……」
 シンジは呆然と口にした。
「なに?」
「さあ……」
 レイが同じように呆然とし、小レイはただ小首を傾げ……
「はっ!?」
 またも逃してしまったのかと、マユミが今更気がついた。


 ──体育倉庫の扉が開く。
『せぇの!』
 二人は息を合わせてす巻きにしたものを放り込んだ。
 ぼすっと石灰の白煙が上がる。
 バンッと強めに扉を閉めて、素早く開かないようにしんばり棒をかます。
「ふぅ」
「これで良しっと」
 二人は意図的にふがーっという抗議の声を完全無視した。
「後はゆっくりシンジ君と……、あれ?」
 マナはもしもーしと呼び掛けて見た。
 その背後では、ガンガンと戸が鳴っている。
「アスカ?」
「なによ」
 ガンガンガン!
「ここでなに言ってんのよぉっていつもの調子で言ってくれないと、ギャグになんないんだけど」
 ガンガンガン!
 しかしアスカはマナの望みとは真逆に、はぁっと強く溜め息を洩らした。
「だってあたし……、あんたみたいに愛してる、なんて言えないもん」
「へ!?、まだ気にしてたの?」
 ガンガンガン!
「やだなぁ、あれはつい言っちゃったってだけで……」
 ガンガンガン!
「冗談でも同じよ」
「アスカ……」
 ガンガンガン!
「でもシンジを渡したくないの!、絶対に渡したくないの!、シンジはあたしのっ、あたしだけのシンジなの!、けど!」
 ガンガンガン!
「そんなに苦しいなら……」
 ガンガンガン!
 アスカはぶるぶるとかぶりを振った。
「あんたが羨ましいわ」
 ガンガンガン!
「え?」
「だってなんの悩みもないんだもん」
 ガンガンガン!
「……馬鹿にしてる?」
 ガンガンガン!
「違う、羨ましいの、ほんとに……」
 ガンガンガン!
「ああもう!」
 ガン!
 マナはうるさいっと、戸を蹴り付けた。
「静かにして!」
 マナ……、と小さく聞こえた、どうやら猿轡だけは外したようだ。
「アスカ」
「なに?」
「あたしにだって、虐められた経験くらいあるよ?」
「は?」
 マナはこんこんと戸をノックした。
「ムサシ」
「……なんだよ」
「どうしてあたしが転校したか、知ってる?」
「みんなが虐めたからだろ?」
 マナははぁっと深く深く溜め息を洩らした。
「やっぱりわかってなかったか」
「おい!、マナ!」
「それがわかったら出して上げる」
 また騒々しくなる、しかしマナはアスカに行こうと誘ってその場を離れた。
「良いの?」
「良いの!」
「ってかさ、理由、違うの?」
 アスカは言いづらそうなマナに対して、命令口調で促した。
「話しなさいよ、ってか、話せ」
 なんで命令口調なんだろうかと苦笑してしまうマナである。
「なんでもないことなんだけどね……」
 マナはつまらない話だよと、前置きをして口を開いた。
「原因は、ムサシ」
「あいつ?」
「うん……、ムサシってね、前の学校じゃ人気があったのよ、それこそ渚君くらい」
「へぇ……」
「でもねぇ……、ほら、あたしって彼女だって思われてたじゃない?」
「ほんとに?」
「チャカさないで」
「ごめん……」
「でね?、面倒臭くなっちゃって……」
「はぁ?」
「だからさぁ……、みんな幼馴染だってだけで彼女面してってね?、ねちっこい真似してくるわけよ、あたし的にはさ、もう中学生になったんだし、男の子と遊ぶのも恥ずかしいしで」
「言ったの?、あいつに」
 マナはうんと頷いた。
「でもねぇ……」
 その先はなんとなくわかる気がして、アスカは想像を口にしてみた。
「言われたんじゃない?、良いじゃないか、放っておけよって」
「そんな感じ」
 だから嫌になって逃げ出したのだとマナはこぼした。
「だってね、なに言っても言わせとけば良いじゃないかって、そればっかりで、どーしてあたしがそういうこと言い出したのかってこと、まったくわかってくれなかったわけよ」
「そりゃ……、付き合ってると思ってたんなら、そうでしょうね」
「うん、だからね、もうこりゃだめだって思ったわけ、こいつになに言っても通じないって、わからせるのは無理だって」
「それで転校したの?」
「うん」
「でも……、じゃあシンジは?」
 それが誤算だったとマナは告げた。
「まさか今更……、今頃?、男の子を好きになるとか思ってなかったし」
「勝手な奴ね」
「うん、勝手」
 マナはそう言ってのびをした。
「ごちゃごちゃしたのは嫌い、ねちっこいのも嫌い、マターリしてるのが一番好き☆」
 アスカに対しても笑顔を見せる。
 つい十数分前までの翳はもうそこにはない。
「ごめんね」
「え?」
「ごめんなさい!」
 マナははっきりと頭を下げた。
「あたし、アスカにムサシとおんなじことしてたんだね」
「まぁね……」
「だからごめん、今度から気を付ける」
「はいはい」
 アスカは素っ気なく応答した、
「けどシンジのことは別よ」
「うん……」
 途端に会話が途切れてしまう。
 二人の中にはそこから先の問題を解決できる能力が、根本的に欠けていた。



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