「またか」
 とシンジは呟いた。
 唸る戦闘機と、練り歩く使徒。
 そう、全てはこれまでと同じ。
 何もかもが同じ。
 シンジは轟然と立つ。
 ヘリが落ちて来ても動じなかった。
「シンジ君!」
 その内、青い車が滑り込んで来た。
「お待たせ!」
「ミサトさん……」
 シンジは何の感慨もなく車に乗り込むと、「行きましょう」と促した。


「エヴァンゲリオン……」
「何故知っているの?」
 リツコは問いかける、だがシンジは答えない。
「シンジく……」
「良く来たな」
「父さん」
 距離があるからなのだろうか、ゲンドウはその目に気が付かなかった。
「ふっ、出撃……」
「まさか、この子を使うって言うの?、無理よ!、今来たばかりで」
「シンジ、乗るなら早くしろ、でなければ帰れ!」
 ゲンドウの怒声に静まり返る。
 やがて辺りに響いたのは。
「わらって……、いるの?」
「シンジ君?」
 シンジは嘲笑を上げていた。
「乗れだって?、これに?」
「そうだ」
「いいよ、乗るよ、その代わり父さん」
「なんだ」
「一つだけ欲しいものがあるんだ、それをくれるなら、ね」
「わかった」
 この時、深く考えなかった事を、ゲンドウは一生後悔する事になる。


「コンタクト開始」
「シンクロ率……、あがりま、い、いえ、ゼロを示しています!」
「なんですって!?」
 慌てふためくリツコに、冬月が見かねて声を掛けた。
「計器の故障ではないのかね?」
「いえ、でも」
「ほら見なさい、ろくに訓練もさせてない子を乗せるから」
 苛立たしげに言い返した。
「あなたエヴァの仕様書を読んでないの?、シンクロ率はエヴァに対する適応力を示すのよ、プラスとマイナスはあっても、ゼロなんて理論上あり得ないわ」
 冬月は僅かに頬を引きつらせながら訊ねた。
「碇、どうする」
「レイを起こせ」
「しかしレイは」
「死んでいるわけではない」
 その瞬間、施設は揺れた。
「奴め、ここに気付いたか」
 使徒は街でも最も弱い部分、エヴァの射出口を破壊し、潜行を始めていた。
「レイはどうした、シンジを!」
「そ、それが……」
「ダメです、初号機、こちらのコントロールを受け付けません」
「なんですって!、リツコ!?」
「わからないのよ!」
 泣き叫ぶ。
「使徒、ジオフロントへ侵入!」
 砲火が飛び交う、だが。
「ちっ、ATフィールドが有る限り、無駄ね」
「メインシャフトに取り付きました、これ以上は、もう!」
 ゴォン!
 近い場所から、激震が来た。
「なに!?」
「エヴァ初号機が起動しています!」
「なんですって!?、シンクロ率は!」
「ひゃ、百を越え……、いえ、測定不能!?」
「そんな……」
 愕然とする中で、初号機は橋を押し潰して拘束具から抜け出した。
「まさか、暴走……」
『発令所、聞こえますか……』
 シンジから通信が入った。
『使徒を追撃します』
「シンジ君、ちょっと待って!」
「ダメです、こちらからのアクセスは今だに……、一方的な通信です」
「どうなってるのよ!」
 その間にも初号機は使徒を追ってメインシャフトを降下している。
 その時、シンジは呟いた。
「二十三回目くらいだったかな?、ここがまだ建設途中で、隔壁が動かない事に気が付いたんだよね」
 着地、だが使徒はもうヘヴンズドアの前にまで移動している。
 初号機は、いや、シンジはエヴァにナイフを抜かせた。
「こんなものがあるから、僕だけが面倒な事になるんだよ!」
 シンジはエヴァを突撃させた。
 何事かと振り返った使徒のコアを貫き、その勢いで扉を破った。
「お前なんかが居るから!」
 さらに振り上げ、突き刺す、使徒は初号機に取り付いて自爆した、その熱は、十字架にかけられている何かすらも燃やしつくした。


「答えろ、何故動かなかった」
 シンジはゲンドウに対して、にやにやと笑うだけだ。
「答えろ、何故だ」
「なにを苛々してるのさ?」
 その態度は、表面上こそ反対であるが、内容はゲンドウと同じ、内心を悟られないための偽装である。
「起動準備は終わってるのに、出撃の一言を叫ばなかったのはそっちだろ?」
「むっ…………」
「だから勝手に動いたんだよ、これ以上は、間に合わないと思ってね?」
「何を考えている……」
「知っている、と聞くべきなんだよ」
 シンジは手を挙げて、振り下ろした。
 キィン!
 高音を響かせて、ゲンドウの肘掛ける机が、半ばから切り落ちた。
「な、に?」
「サードインパクトでね、僕は初号機の搭乗前からサードインパクトまでの輪廻の輪に囚われたのさ、以来こうして、百を越えてもくり返してる」
「なんだと?」
「サードインパクトだよ、父さん、信じなくてもいい、どうせこの世界でも同じようにサードインパクトを迎えるんだ、良かったね?、その時に母さんに会えるよ、捨てられるけどね」
 ゲンドウの目に動きが生まれた。
 動揺したのだ。
「なにを……、考えている」
「なにも?」
 シンジは肩をすくめた。
「言ったろう?、どうせサードインパクトまでの一年があるだけなんだ、百七回……、今度で百八回目だけどね?、これだけくり返してると、父さんよりも物知りだし、詳しいよ、それに、父さんの気持ちがわからないほど子供じゃない、むしろ、父さんの考えが『若い』と言えるくらいに歳をとっているからね?」
「だから……、どうだと言うのだ」
「これだから若い者は困る、人の話を聞きやしないんだから」
 シンジはおどけて言った。
「まず、初号機に乗る時に出した約束を果たしてもらうよ」
「む?」
「綾波レイを貰う」
「なんだと!?」
「拒否はさせない、地下の全員も貰うよ、今の僕には全てに命を吹き込む事くらい容易いからね?、あれで中々物覚えが良い、生活にも張りが出るよ」
「張りだと?」
「この歳になっても精力が衰えなくてねぇ」
「貴様!」
「それに、どうせ僕には保証をくれないんでしょう?、何人かは売り飛ばす、例えば……」
「させると思うか?」
「なら僕と戦うの?、ATフィールドを張れる僕と」
 むうっとゲンドウは唸った。
「どうしてそう頭が悪いんだろうね?、家と金を与えると言えば済む事だろう?、それとも、母さんの顔が惜しい?」
 ゲンドウの顔にあからさまな殺意が浮かんだ。
「シンジ……」
「交換だよ」
「貴様になにがあるというのだ」
「母さんさ」
「なに!?」
「言ったろう?、今の僕は使徒だよ、十八番目の使徒さ、父さんや、老人が望んだ使徒だよ、完全なる人間さ、僕の力なら母さんをサルベージする事もわけないんだよ」
「む、う……」
「僕にとっても、魂が込められている初号機よりも、心も何も無い素体の方が操り易いんでね、どうする?、それでも僕を殺すと言うの?」
「だとしたら、どうする」
「別に?」
 ぴくりとゲンドウの眉が跳ね上がった。
「死んで欲しいなら死んであげるよ、実際、五十六回目くらいから七回くらいそうして上げたからね?、でも僕は結局ここに居る、死は生への輪転を起こすだけで、僕にとっては意味が無いんだよ」
 シンジの勝ちだった。
「わかった……」
「なら、僕はこれから地下に降りる、全員を連れて来るから、上がって来るまでに人数分の服と、住む場所と、キャッシュカードを用意しておいて、下に何人いるかくらいわかってるんだろう?」
「ああ……」
「父さん……」
「なんだ」
「僕が憎い?」
「……ああ」
「それはお互い様だね」
「なんだと?」
「何十回も裏切られて、僕は父さんを見限ったんだ」
「シンジ……」
「それはそれは苦しかったし、悲しかったよ、何度命を狙われたかもしれない、今更なのさ、僕はただ、父さんと同じ家に住んで、おはようと言って、おやすみなさいと言葉を交わしたかっただけなのに」
 シンジは返事を待たずに退出していった。
 もはやそれすらも幻想なのだ。
 輪廻の初期の段階で、前向きに生きようとしてその全ての希望を踏みにじられて来たのだから。



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