「じゃあ行こうか?」
 デパートの入り口。
 碇シンジ25歳が手を差し出す。
「ね?、レイ」
「うん☆」
 髪に隠れてはいるのだが、わずかに頬が赤らんでいる。
 恥じらうように手を重ねるレイ。
「行きましょう」
 感慨深げに、背後から二人を見守っているカヲル。
 紳士淑女型ロボットコーナー、二人がにこやかに見上げたそこには、どらエヴァンが飾られていた。



 夕焼けの中を疾駆する者たちが居た。
「僕の使命は、君を連れ帰る事だよ、どらエヴァン…」
 問いかけられたどらエヴァンは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて足を止めた。
 河川敷きで対峙する二つの影。
 ふわりと清涼な風がカヲルの髪をそよがせた。
「もはや君の帰るべき未来は無い、それでもかね?」
 重々しく問いかけるどらエヴァン。
「過去と未来は全ての事象においてリンクしている…」
 確信をもって顔を上げる渚カヲル。
「僕はどらエヴァンを捕獲し、未来に連れ帰り、そしてユイ母さんに引き渡す予定だった…」
 ピクリとゲンドウの片眉が跳ね上がった。
「そして母さんはどらエヴァン…、君を僕と同じ有機生命体に変造するつもりだった、そうじゃないのかい?、母さん…」
 いつの間にかどらエヴァンの背後にユイが控えていた。
 顔色一つ変えずにカヲルの出した答えを聞いている。
「そして人となった二人は過去へと帰る、そう、碇ユイと六分儀ゲンドウが誕生して…」
 ユイが唇を引き結んだ。
「そして碇シンジが誕生する、違うのかい?、ユイ母さん…」
 ユイはゆっくりと頷いた。
「そこから始まり、そしていつまでもくり返される過去と未来の変動…、永遠にくり返されるつじつま合わせと無限のループ、それこそが真実なんじゃないのかい?」
 ふっとどらエヴァンの体から力が抜けた。
「かもしれんな…」
「どらエヴァン?」
 怪訝そうな顔をするユイ。
 どらエヴァンはくいっとメガネを持ち上げた。
「本来あるべき未来へと導く、それが君の成すべき事ならば仕方が無い…が」
 どらエヴァンの全身が、黄金色に輝き始めた。
「わたしは、わたしの未来へ飛ぶとしよう」
「待…」
 瞬間、夕焼けよりも遥かに明るく赤い光が、カヲルとユイを巻き込んでいた。



てけてけん♪
碇シンジとみんなとの...の巻

ふぁ〜んふぁ〜んふぁ〜〜ん…




 めりー、クリスマス!
 パンパンパン!
 アスカの家は普通の邸宅とは違う、だから普通よりもずっと豪華で豪勢なパーティが行われていた。
「雪だわ…」
 誰かの呟きと共に、コウゾウに招待されたゲスト達が、みな降って来る雪に見入り出した。
 パーティ会場の、大きな窓に集まっていく。
 夜の暗闇から舞い落ちるもの。
 そんな中、小さな部屋でくつろいでいる子供達が居た。
「ホワイトクリスマスですぅ、ロマンチックですね?、シンジ様…」
「って、なに強引に二人っきりの世界を作り上げようとしてんのよ!」
 比較的小さな部屋…と言っても十数畳分はゆうにあるのだが、そんな部屋でソファーにくつろぎ、シンジはにこやかに笑っていた。
 いや、笑っている振りをして、ひくついていた。
 今しかない!
 シンジはこっそりと逃げ出した。


 まずいよなぁ、もう30分でイヴ終わっちゃうよぉ…
 それよりも問題なのは…
 綾波、やっぱりずっと待ってるんだろうな…
 シンジは庭園を走っていた。
 シンジももう14歳、そこそこ男の子にはなっている。
 懐かしの場所。
 レイのスケッチブックを覗いた初めての場所に足を向けていた。
 うっすらと積もる雪の上に、シンジの足跡が残されていく。
 綾波、いるのかな?
 毎年同じように不安な思いを抱いていた。
 おかしいよねこんなのは…
 それを思い出して苦笑してしまっていた。


「綾波ぃ!」
 シンジが声を張り上げると、レイはゆっくりと振り返った。
「碇君…」
 胸元の手が、きゅっとわずかに引き結ばれた。
 シンジよりも背の高くなったレイが、安堵したように微笑んだ。
 それはアスカにも見せない、シンジにだけ向けられる気の許した表情だ。
 はぁはぁはぁ…
 シンジは膝の上に手を突いて、息が整うまで肩を揺らした。
「はぁ、はぁ、ごめん、遅くなって…」
 それからゆっくりと顔を上げる。
「いい、来てくれたから…」
 レイは照れたように夜空を見上げた。
「…綾波」
「雪ね…」
「うん…」
 シンジがはぁっと息を吐いた。
 もやもやしたものが白い塊となって胸から吐き出されていく。
 レイも同じように息を吐く。
 庭園、シンジがレイの目の前で落ちたあの池。
 レイが座っていた場所に、今日は二人で腰掛けた。
 寒い中、それでもお互いの体温を求め合うかの様に、肩を寄せ合う。
 しばらくして、レイが先に動いた。
「これ…」
 シンジの前に小さな、リボンのかかった箱を持ち出す。
「あ、あの、さ…」
 シンジはそれを受け取るかどうか迷った。
 レイの瞳に、一瞬寂しげなものが浮かぶ。
「ごめん…、僕、今年も何も用意できなかったんだ…」
 その事情をレイは知っている。
「だから…」
「でも…」
 レイは瞳を覗きこんで遮った。
「気持ち、だから…」
 レイはシンジの手に箱を乗せた。
「綾波…」
 シンジは箱とレイの手を包み込むように掌を重ねた。
 照れるように顔を背けるレイ、だがレイは何かが近付いて来るのを感じて少しだけ顔を横に向けた。
 あ…
 シンジの顔がすぐ側にある。
 優しげな瞳がせまってくる。
 碇…、くん。
 レイは望んでそれを受け入れようと、瞳を閉じた。
 シンジに合わせるように顎を上げ、唇を尖らせる。
 シンジの頬が、レイの頬の髪をわずかばかり押しのけた。
 口付け。
 二人ともそれ以上は求めない、ほんの少しの触れ合い、それだけでシンジは離れた。
 レイの瞳が喜びと嬉しさに潤み、頬は上気して桜色に染まっていた。
 シンジも照れるようにはにかんだ。
「…クリスマスプレゼント?」
「うん…」
 それからお互いに顔を合わせられなくなって、レイはうつ向き、シンジは星空を見上げ続けた。
 …シンジがプレゼント一つ用意できないのにはわけがある。
 唯一の肉親であった、碇ゲンドウの死がその直接的な原因であった。
 とっくに戸籍からは外されていたが、それでもシンジにはショックな出来事だった。
 これ以上、先生にも頼れないよな…
 だからシンジは家を売り払った。
 それがシンジに残された、唯一の財源だったから。
「マンション…」
「え?」
「不便?」
 シンジは心配をかけまいと微笑んだ。
「そんな事は無いよ…」
 シンジは今、取り壊し寸前のマンションに住んでいた。
「…お風呂のあるとこは、借りたいけどね」
 ボイラーはとっくに故障していた。
 シンジは自分の肩口をくんっと嗅いだ。
「…臭いや、やっぱり」
 逆にレイからは甘ったるい香りがしてくる。
 ミルクの匂いかな?
 シンジはそっと座り直して、距離を置いた。
「碇君?」
 寂しそうな声、冷気が離れた部分の熱を奪い去っていってしまった。
「ごめんね…」
 自分でしたことながら、寂しさに悔いてしまう。
 触れ合いたい、なによりも側に居たいと思う。
 違うんだ、居てもいいと、許してもらいたいんだ…
 誰に?
 誰にそれを聞けばいいのか分からない。
 シンジは隠れてため息をついた。
 僕は、いつまでレイの友達でいられるのかな?
 心の中でだけ、シンジは「レイ」と呼べていた。


 アスカとミズホがいつものようにケンカしている。
 学校、教室。
 中学二年生になっても、シンジ達は一緒のクラスでじゃれあっていた。
「バカシンジぃ!、あんた何ぼうっと見とれてんのよ!」
「え?」
 シンジは頬杖を解いてアスカを見上げた。
「ごめん、なに?」
 ぷうっと怒りに頬を膨らませると、アスカはシンジのほっぺをつねり上げた。
「痛い!、痛いってば!」
「なによレイばっかり、じぃっと見とれちゃってさ!そんなにあの子が気になるわけ?」
「シンジ様ぁ〜」
 ミズホも瞳をうるうるとさせて、机の端に噛り付いた。
「ち、違うよ、そんなんじゃなくて…」
 レイの体が、シンジの言葉にピクリと跳ねる。
 違うの?、碇君…
 だけどシンジは気がつかない。
「…ただ」
「たぁだ?」
 アスカの顔をじっと見上げるシンジ。
「な、なによ?」
 その眼差しに、わずかに赤くなって引いてしまう。
「なんでもない」
 結局答えなかったので、シンジはアスカに張り飛ばされた。


 レイは昔のような拒絶は捨て、今では好意を受け入れるように努めていた。
 だからなのかな?
 すらりとした肢体、線の細い顔立ちに、小さな唇と細い指。
 レイはどこから見ても、りっぱな「お嬢様」に育っていた。
 でもそれは、アスカだって同じことだ…
 レイよりもずっと陽気で明るいアスカ。
 おてんばと言う言葉がピッタリと当てはまる、その上猫を被る時は完璧なので、始末に負えないことこの上ない。
「身分の違いなんて、気にする必要ないと思ってた…」
「…碇君」
 シンジの心の内、それはレイも何となく察していた。
「いつまでも、一緒に、いるから…」
 そっとシンジの手に手を重ねるレイ。
 シンジはレイの告白に、首をゆっくりと横に振って遠慮した。
「無理だよ」
「何故?」
 そんな悲しい事を言うのよ?
 シンジに答えを求めてしまう。
「…だって、僕は高校には行けないから」
 はっとするレイ。
 家を売り払ったとはいえ、高校に通い、さらに生活するほどのお金を捻出するのは不可能に近い。
 無理じゃないけど…
 その後が辛くなると想像がつく。
 生きていく為の、やむを得ない選択であった。
「それに、綾波達はみんな女子校に行くんでしょ?」
 顔をそらし、うつむくレイ。
 レイもアスカも令嬢が通う事で有名なその高校から、誘いの声がかかっていた。
 もちろん、父であるコウゾウは乗り気である。
「お養父さん、喜んで、くれるから…」
「うん…」
 無理をして微笑みを作る。
「その気持ち、わかるよ…」
 シンジはレイを応援するつもりだった。
 だって、僕もそうだったから…
 先生の部屋に居候していた時の自分のことを言っているのだ。
「僕は…、生きていくので必死だから」
 レイは言葉を紡げなかった。
 碇君、わたしと同じなのに…
 レイもどらエヴァン達による、自分の出生についての秘密を知ってしまっていた。
 シンジはもちろんだが、後知っているのはコウゾウのみである。
 父と母は別々。
 だがシンジとレイは、誰よりも近い、兄妹のような関係である。
 なのに、この差は何?
 レイは毎日を過分なぐらい安穏と暮らし…
 そしてシンジは、今日の食費をいかに浮かせるかで、いつもお腹を空かせていた。
 シンジはまた空を眺めていた。
 真っ暗な夜、でも雪を降らせる雲は灰色をしていて、目で良く見える。
 なぜ微笑んでいられるの?
 つうっと、レイの頬を涙が伝った。
「あ、綾波!?」
 ぎょっとするシンジ。
「なに泣いてるのさ!?」
 レイはごしごしっと、手の甲で涙を拭った。
「…碇君は」
「ん?」
「わたしを、大切だと言ってくれたわ」
「ああ…」
 そんな事も言ったっけ…
 シンジは遠い日の記憶を呼び覚ました。
「わたしは、もう一人の碇君だから…」
「違うよ!」
 シンジはレイを怒鳴り付けた。
「でも、同じ存在達から生まれた別々のものだから…」
「綾波は綾波だろ!」
 首を横に振るレイ。
「どちらかが幸せであれば、どちらかが不幸になるの…」
「違うってば!」
 シンジはレイの両肩をつかんでいた。
 痛いくらいに指が食い込んで来る、それでもレイは振り払おうとしない。
「綾波は綾波だよ、僕は僕自身で今の生き方を選んだんだ、それは綾波には関係のないことだよ!」
 きゅっと唇を噛むレイ。
「ごめん…、なさい」
「うん…、あ、ごめん」
 シンジはいま気がついたように手を離した。
 軽く肩をさするレイ。
 それを横目に見ながら、シンジは続けた。
「綾波には幸せなままで居てもらいたいんだ…」
 レイは肩をさすり続けている。
「僕は…、僕のことなら心配しないで、きっと一人でも…、一人でも大丈夫なようになってみせるから…」
 ぐいっと、シンジは最後まで言い切る前に抱き寄せられた。
「綾波?」
 シンジの頭を抱き込むレイ。
「わたしも、同じ…」
「綾波…」
 シンジは、レイの腕に手をかけた。
 離さないでと、お願いするように。
「自分から与えられるものを、何一つ、持ってないの…」
 惣流家において、レイはあくまで他人だから。
 碇君のように寂しさを越えられないし…
 人を安らぎや温かさで包んであげる事さえ出来ない。
「それが、わたしだから…」
 レイはシンジの頭を中途半端に離し、そしてもう一度近付いた。
 綾波…
 今日二度目の触れ合いはレイからだった。
 再びの口付け、だけど先程よりは微妙に長めだった。
 はあ…
 どちらから漏らしたものか?、離れた時に吐息が漏れた。
 綾波…
 レイの微笑みは純粋で、眩しい。
 それだけに真っ直ぐ見れなくなっていく。
 だって…
 家柄だけではない釣り合いを考えてしまっていた。
 僕は誰が見たって冴えない奴だし…
 レイは誰が見てもため息をつくような、神秘的な美少女であった。
 羨望の眼差しを向けるその他大勢の中にシンジは居た。
 それは一つの舞台に近い。
 シンジは特別待遇の招待客。
 一般客との違いは、時折視線を投げかけてもらえることだけ。
 その特別さは優越感を与えてくれる。
 でも、綾波と同じ舞台には立てない。
 僕はいつまでも観客で、綾波は…
 レイの瞳が優しければ優しいほど辛くなっていく。
 違うんだ、釣り合わないってバカにされるのが嫌なんだ…
 辛いと感じるのは、飛び交うヤジに対してだ。
 惨めには、なりたくないよな…
 それがシンジの、本音であった。


「こんなものが君の望んだ世界なのかい?」
 カヲルのATフィールドが、時の流れを裂いて分ける。
 カヲルの周囲を急流のように進んでいく『時間』
「いいや、これからだよ」
 ニヤリと、どらエヴァンは笑い返した。


「来ていたのかね…」
 戻ってみると、アスカとミズホは酔いつぶれていた。
 コウゾウが二人に毛布を掛けている。
 何があったんだろう?
 シンジの笑みがわずかに引きつる。
 もちろん、シンジが居なくなったのでやけ酒をあおっていたのだ。
 足元に転がっている、いくつものシャンペンの瓶。
「お邪魔しています…」
 シンジはコウゾウに頭を下げた。
「他人行儀なのは相変わらずかね?」
 キュッと引き結ばれる唇。
 シンジは押し黙ってうつむいた。
「いや、すまない…」
 その態度に、まずかったとわびるコウゾウ。
「嫌味のつもりでは無かったのだが…」
 それを聞いても、シンジは目を伏せたまま顔を上げようとしない。
 レイはそんなシンジの背に、軽く手のひらを当てて、温もりを伝えた。
 自分の不用意な一言を悔やむコウゾウ。
 アスカは寝ているのかね…
 いつもの怒りの声がかからないので、コウゾウは間をもてあましてしまった。
 レイとシンジでは、絶対にコウゾウに対して、負の感情を吐き散らしたりはしないのだ。
 だがそれでは壊れてしまうぞ…
 すでに壊れかけているようにも見える。
 コウゾウは深くため息をついた。
「ここは君の家でもあるのだから、そう遠慮することはあるまい?」
 しかしシンジはコウゾウの言葉を受け入れられない。
 その言葉の半分は本当であった。
 惣流家の財産のほとんどは、ユイ、またはどらエヴァン、そしてゲンドウによってもたらされたものなのだ。
 だから君には、それを引き継ぐだけの権利がある…
 その一言に、シンジは首を横に振っていた。
 一番嫌だと感じる視線に晒されたから。
 またなの?
 惣流家ゆかりの者たちの視線は、シンジにとても冷たかった。
 それはレイが惣流家に入った時のものと同質で、そしてそれよりも酷かった。
 またなのね?
 シンジはレイと比べられた。
 僕は、綾波のようにはなれない…
 だから逃げ出した。
 シンジに出来たのは、距離を保つ事だけだった。
 だから今も保とうとしている。
「でも、もう帰りますから…」
 シンジはコウゾウに頭を下げた。
「シンジ君」
 思わず呼び止めるコウゾウ。
「…なんですか?」
 シンジはコウゾウと目を合わせた。
「君は…、これからどうするのかね?」
 シンジは苦笑して、素直に答えた。
「わかりません…」
 その疲れ切った笑いに、コウゾウは「そうかね…」としか答えられなかったのであった。


「情けない男だな…」
 キッと、カヲルはどらエヴァンを睨み付けた。
「あなたがそう仕向けた」
「…違うな」
 カヲルのフィールドが一瞬揺らいだ。
 これは!?
「全ての事象は未来へとリンクしているのだよ…」
 アンチATフィールド!
 絶対障壁を越えて、時の流れがカヲルに襲いかかろうとしていた。


「こらー!、バカシンジィ!」
 バンッと勢いよくドアを開ける。
 シンジの住んでいる部屋。
 かび臭い!
 中学ももう卒業、今日は合格発表の日。
 シンジは結局コウゾウの援助を受けて、高校進学を決めていた。
 あまりの汚さに、アスカはズカズカと靴のままで上がり込む、レイはちょっとだけ眉をひそめたが、結局真似をして土足で中へと上がり込んだ。
 靴の裏がべたべたとする。
 なによこの部屋!、病気になっちゃうじゃない!!
 アスカは不機嫌さを隠そうともしなかった。
「いつまで寝てんのよ!、このあたしが起こしに来てあげたんだからね!」
 ワンルームマンション、だからすぐにベッドが視界に入った。
 だがそのほんの少し前から、アスカは妙な違和感を感じていた。
 でも、気のせいよね?
 嫌な予感を振り払う。
「あれ?」
 きょろきょろと見回すアスカ。
「シンジ?」
 もぬけの殻だった、誰もいない。
「なんで?」
 わからなくて首を捻る。
 部屋の荷物はそのままだ。
 だが汚い部屋にも関らず、奇妙なほどに整頓されてしまっている。
「姉さん…、これ」
「なによ!、何か見つけたの!?」
 レイの手にしている物、それは一通の手紙だった。
「なになに?、アスカ、それにレイへ?」
 アスカは声に出して読み上げた。
 これ以上アスカ達のお世話にはなれません…
 ううん、たぶん恐くなったんだと思う。
 僕は大好きだった人達から捨てられました。
 だからもう捨てられたくありません。
 ごめんなさい。
 だから僕から何もかもを捨てる事に決めました。
 最低だと思う、一番嫌っていた事を、自分からするなんで…
 最低だよね…、僕は僕の嫌いな人間になる事を決めました。
 ごめんね、綾波、約束を破って。
 嫌ってくださって結構です、いや、嫌ってくれると嬉しい…
 たぶんもう二度と会うことは無いと思います。
 最後に、こんな僕でもかまってくれて嬉しかった…
 さようなら。
「…………」
 ぷるぷると、アスカの手が怒りに震えていた。
 なによ、これは…
 レイは黙ってその背中を見つめている。
 こちらは悲しみに涙が溢れ、意識を半分以上遊離させてしまっていた。
「なによ、これは!」
 アスカは叫び、手紙をぐしゃりと握り潰した。
 シンジはその頃、空港にいた。


 そしてシンジ君は居なくなる…、生きてはいるけど、側に居ないのなら同じことじゃないのかい?
 カヲルは「書き換え」られそうになっている自分に、必死にプロテクトを施していた。


「レイ、今日も食べていないのか…」
 コウゾウの言葉に、ゆっくりと精気の無い瞳を向けるレイ。
 窓際の豪奢なベッドの上で、半身を起こして風に心地好さを求めていた。
 でも、あの安らぎは得られない…
 レイはさわやかな風の中に空しさを感じていた。
 健康的とはとても言えない。
 痩せ衰えてはいなかったが、病的なほどに青白くなってしまっていた。
 ベッド脇の台の上に置かれている食事。
 それでも口は付けているのだ、スプーンの先がわずかにスープで汚れていた。
 綾波レイ、16歳。
「今日、アスカが飛び級で大学に入った」
「そう…」
 レイは相手を父親だと思わなくなっていた。
「よかったわね…」
「レイ…」
 辛そうな目を向ける。
「この街に居るのが、辛いかね?」
 脅えにビクリと体が震えた。
「シンジ君と過ごしたこの街が…」
 レイは冷たい目を作り直してから、コウゾウの瞳に相対した。
「捨てるのね…」
 何の話だか、戸惑うコウゾウ。
「…それでも、かまわないわ」
「レイ!」
 シーツが衣擦れの音を立てる。
 足を下ろす姿を見て、コウゾウは慌てふためいてしまった。
「何処へ行くつもりだ、レイ!」
 レイはふらつきながらも、自分の足で立ち上がった。
「…わたしがいなくなれば、あなたの心労は減るのでしょ?」
「何を言っている!」
 コウゾウは慌ててレイの体を支えた。
「…わたしには、もう何も無いもの」
 待つ人も…
 待つ場所も…
 ぐっと唇を咬むコウゾウ。
 シンジ君!、君は今どこに居るのかね!
 シンジでなければレイの心を開くことはできない。
 だがシンジの消息は、今だつかめてはいなかった。


 惣流・アスカ・ラングレーが18歳になった。
 アスカはたった二年で博士号を取得していた。
「まったく学生って、どうしてこう怠慢で使えないのかしら?」
 いつまでもあの街で待ち続けているレイとは違い、アスカはドイツの大学に入り込んでいた。
「逆だな、アスカが凄過ぎるんだよ」
 目の前ではにかむ男性に、頬を赤くする。
 カフェテラス、アスカは顔を隠すように紅茶の入っているカップを持ち上げた。
「それで、実験はどうだったんだ?」
 にやけた笑みで仕草を笑う。
「有能な助手が居てくれたらね〜、もう何週間かは短縮できたのに」
 アスカがおこなっているのは、二足歩行機械の制御プログラム開発であった。
 加持と言う30を越えている男は、そのハード側の企画開発部に所属している。
 それがいまアスカの目の前にいる男だった。
「碇ゲンドウが頓挫したと言う「アダム計画」、遅れに遅れた試作機も、これでようやく動き出すな…」
 感慨深げな加持、だがアスカは逆に表情を陰らせていた。
「…どうした?、何か悩み事でもあるのか?」
 それを怪訝そうに見やる加持。
 アスカはすっくと立ち上がった。
「もう行くのか?」
 ペロッと小さく舌を出す。
「ごめんねぇ?、今日妹がこっちに来るんだ、だから迎えに行ってあげなくちゃ…」
「そうか…」
 加持は特に残念そうな様子もなく、ただエスプレッソを一口含んだだけで、アスカを気軽に送り出した。


 人前での空元気を解き放つ一瞬、本当のアスカが垣間見える。
 アスカはとぼとぼと言った感じで、空港のロビーを歩いていた。
 ダメよ、これじゃあ…
 アスカは人目も気にせず、パン!っと自分の両頬を叩き挟んだ。
 レイに、パパに心配かけちゃうじゃない…
 一歩ずつ空元気を充電していく。
 本物の元気にならないけどね?
 アスカもまた苦しんでいた。


 アスカちゃんは不幸になるしか無いのか…
 カヲルの抵抗も限界に近づいていた。
 まだ気づかないのね…
 ふわりと、背後から抱きすくめられるカヲル。
 あなたは…
 光り輝く女の影。
 お母さん?
 カヲルは懐かしい感じに包まれていた。


「ほうらレイ、起きなさいよ!」
 アスカは勢いよくレイの被っていた布団を引っ張りはがした。
 気だるげにうっとうしそうな目を向けるレイ。
「なぁによ!、ここは家じゃないんですからね、あんまりうだうだやってると放り出すわよ!?」
 首筋を掻きながら体を起こすレイ。
 寝汗が酷かった。
 コウゾウに対してあのような態度を取るレイでも、さすがにアスカには逆らわなかった。
「…さってと、あんた今日はどうするの?」
 レイは小首を傾げた。
 どうと聞かれても、ここへはアスカの呼び出しがあったから来ただけなのだ。
 思った通りね…
 にんまりと答えないレイを見やるアスカ。
「じゃあちょっと付き合ってよ」
「どこへ?」
 一番昔のレイに戻っている、人との付き合いを極端に避けるような。
 だが皮肉にも、それがレイに体力を取り戻させていた。
 くれる物は貰う。
 貰えない物は欲しがらない。
「ペットショップよ」
「ペット?」
 ニヤリと笑うアスカに首を傾げる。
「飼うの?」
 アスカはビシッとレイを指差した。
「あんたが、飼うのよ!」
 レイはその言葉に、きょとんとした目を向けていた。


 そして僕たちは出会ったのか…
 カヲルの思考がとろけ出していた。
 幾度にもくり返された最適化によって失われていた『記憶』
 その過去が、いま再構築されようとしていた。


 レイが選んだのは一匹のマウスであった。
「あんたねぇ…」
 もうちょっと、犬とか猫とか…
 アスカはそういうのを想像していたのだが…
「これが、良い」
 と、レイは酷く気に入っていた。
 アルビノ、白い毛肌に、赤い瞳。
 自分を重ねてんのかしら?
 わからない、だが檻から出しているにも関らず、そのネズミは逃げようとはしなかった。
「おいで…」
 レイが手の平を差し出すと、その上にさっと乗る。
 調教されてたのかもね…
 アスカは深くは考えなかった。


 僕は気がついていたのかもしれない…
 カヲルはその誰かの温かさを受け入れていた。
 レイと僕が同じだと言う事を…
 金色にも見える長い髪が、一瞬だけ視界の端をかすめて消えた。
 カヲルの赤い瞳がより一層強い光を放ち、自己の主張を行っていた。


 まったくもう!
 雨の中、アスカは帰り道を急いでいた。
 頭からコートを被って走っている。
 アスカの住んでいるアパートは、レンガ造りで歴史もある古い建物を改装していた。
 その最上階全室を、アスカが一人で借りきっている。
 レイはその部屋の一つに居候していた。
 まさかあのマウスが…
 実験体だったのだ。
 遺伝素子を直接脳髄に注射し、その変化を見るための。
 賢くて当たり前だったんだわ!
 レイがナギと名付けたそのマウスからは、少なくとも5歳児以上の知能の確認が取れていた。
 どうして処分しなかったのよ!
 マウスは動物保護団体によって買い取られていたのだ。
 どたどたどたっと階段を一足飛びに駆け上がる。
 何事かと覗き見た大家が濡れた絨毯に顔をしかめたが、相手がアスカだと分かると怒らずに引っ込んだ。
「レイ!」
 アスカはバタンとドアを開けた。
「アスカ…」
 アスカはぎょっとした。
「あ、あんた何泣いてんのよ!」
 瞼が腫れ、頬がかなり濡れていた。
「ナギが…」
 視線を手元に戻すレイ。
 レイの合わせた手の平の上で、ナギがぐったりと横たわっていた。
 やっぱり!
 アスカはほぞを噛んだ。
 実験の結果、対象にされたマウスの9割が死亡していた。
 その事実を突き止めたのは、ナギの出所にたどり着いた瞬間である。
 生きてるのか!?
 驚いたのは向こうも同じであった。
 原因は体組織の変化による物。
 体作り替えるのと同じなのに!
 人間の脳が必要として、生成される物質はいくつかある。
 しかしマウスにそれが作れないのだ。
 なのに人間と同じ脳の造りなんて持たせるから!
 アスカはレイの手からナギを取り上げた。
「アスカ…」
 悲しそうな目をするレイ。
「何諦めてんのよ、あんたは!」
 アスカの叱咤に、レイは顔に飛んで来た唾の不快さも感じなかった。


 そして運命の流転が始まった…


「ここよ…」
 アスカがレイを連れて来たのは、何処にでもあるような動物病院であった。
 普通の家に看板がぶら下げられている程度の小さな病院。
「どうなるの?」
「…あたしも良くは知らないけどね?」
 もぐりの獣医らしかった。
 しかし腕はいいので、有名らしい。
 お金を取られたりはしない、ただの個人的なボランティアに近い。
「入るわよ?」
 普通の獣医ではどうにもならない、それは二人にとってもリスクの高い賭けだった。
 二度のノック、だが反応は無い。
「すみませーん!」
 アスカは鍵がかかっていないのをいい事に、勝手に中に入り込んだ。
「へえ…、いいじゃない?」
 それなりに落ちついた調度の室内に柔かな感じを受ける。
 キョロッと見回して、アスカは忘れてた事を思い出した。
 立ち尽くし、ナギを収めた篭を見ているレイが目にとまった。
 いっけない…
「すみませーんってばぁ!」
 返事が無いので、アスカは更に奥を覗き込んだ。
「いませんかぁ?」
「あ、はーい!」
 なにかしているのだろう、手が離せないと言った感じの返事であった。
「ごめん、勝手に入ってくつろいででくださいよ!」
 奥の奥からと言った大声。
「ほら、レイ」
「うん…」
 レイはナギが苦しまないよう、できるだけ篭を揺らさずに動こうとしていた。
 ナギはもうぐったりとしてしまっている。
 だから気付くのが半秒遅れた。
「おまたせ、ちょっと犬の歯を抜いてたもんで…」
 タオルで手を拭きながら、その青年は何気に出てきて、固まった。
 見間違えようが無い、それはそこにいる少女もおなじ表情をしていたからだ。
「…アスカ?」
 聞き覚えのある声、愕然とした呟きに、レイもふと顔を上げてしまった。
「なんで!?」
 ひゅ!
 シンジの質問も聞き取らずに、アスカはシンジの頬を叩いていた。


「これで良しと…」
 シンジは非合法な手段で手に入れていた薬で、ナギの発作を一応抑えた。
「でも気をつけて…、食事にこれを混ぜないと、また「栄養不足」で弱るからね?」
 小瓶を受け取り、頷くレイ。
 視線はずっとシンジに向けられている。
 レイはソファーの上に座り、揃えた膝の上にハンカチを敷いてナギを寝かせていた。
 手はずっとナギの背を撫でている。
 痛いほどの瞳。
 当たり前か…
 シンジはうなだれた。
「じゃあ…」
 居心地の悪さを感じて、シンジは背を向けようとした。
「また逃げるの?」
 ぐさりと、レイの一言が突き刺さった。
「…そうだよ?」
 すうっと息を吸い込み、完全に背を向けてしまうシンジ。
「なぜ?」
「どうしてさ?」
 レイの質問に、シンジも質問で聞き返した。
「なんで逃げちゃいけないのさ?」
 レイは驚いたように口ごもった。
「僕には何も無いから…」
「居所ぐらいはあったでしょうが!」
 逃がさないように、アスカはシンジの真正面に現われた。
「その子がどれだけあんたを待ってたと思ってんのよ!」
 胸倉をつかまれ、以前と同じように、うつむくシンジ。
「…でも、僕には上げられる物が何にも無かったんだ」
 シンジはギュッギュと、何度も手のひらを握り直した。
「何も無かったんだ、僕は欲しい物ばかりで、二人を見ていて羨ましかったんだ…」
 今だからこそ隠さず吐きだせる想いだった。
「見ているだけで辛かった、優しくしてくれる家族、仲のいい友達、温かい家、誰からも愛されてて…、それに僕は嫉妬してた」
 シンジは脅えるようにアスカを見た。
「それは今でも変わってない…」
 アスカは聞いていないかの様に室内を見回していた。
「…良い家じゃない?」
 追及されなくて、ちょっとだけシンジはほっとした。
「…住み込みで働いてたんだ、今はもう僕の名義になってる」
「なんで?」
「死んじゃった」
 シンジは努めて明るく答えていた。
「え?」
「死んじゃったんだ、やっぱり…」
 やっぱりって…
 シンジが背中に背負っている影を感じる。
「結局、僕が好意をよせると、みんな不幸になるんだよね…」
 僕はやっぱり死ぬべきだったんだ…
「違うわ」
 レイは首を振って否定した。
「綾波?」
 ナギの頭を指先で掻いている。
「碇君は寂しい人を嗅ぎ分けるから…」
 気持ちが良いのか?、ナギが体を伸ばしていた。
「なんだよ、それ?」
 もう大丈夫かなと、ほっとする。
「自分と同じ匂いを持つ人を見付けるから…」
 振り返る、シンジは視線を合わせて、外せなくなった。
「綾波…」
 赤い瞳がシンジを呪縛する。
「碇君は、優しさで包んでくれたわ」
 胸が傷む。
 シンジは服の胸元をつかんで痛みに変えた。
「碇君が居なければ、わたしは…」
 誰の優しさも受け入れる事ができなかった。
 レイは値踏みするようにシンジを見上げた。
「その人は…」
「え?」
 レイは言い直した。
「ここに暮らしていた人は、どうだったの?」
「それは…」
 シンジは思い返した。
 後のことは君に任せるよ…
 シンジの両手を包み込むように握り、そして口髭の白いおじいさんは逝ってしまった。
 幸せそうに微笑んで…
「でも僕は何もしていない!」
 シンジは罪悪感を感じていた。
「僕はただ愛想で笑っていただけなのに、勝手に…、勝手だよ、みんな!」
「そう思っているだけなのに…」
 レイは自分の与えてもらった物を大切にしていた。
 それを今は、膝の上の小さな連れ合いに分け与えている。
 だから、わかるのよ…
 意識して、そうしているから。
「放っておけないのね…」
 ナギに自分を重ねてしまうのは仕方の無い事。
 レイはナギを通じて自分を見ていた。
 でもその通り道に、間違いなくナギに対し抱いている感情がある。
 シンジを真っ直ぐに見つめるレイ。
「愛おしい?」
 ぎくりとするシンジ。
「慈しむと言う事なのね、これが…」
 ふっとその表情が柔らんだ。
「綾波…」
 その笑みに魅入られてしまうシンジ。
「レイ?」
 アスカも呆然としてして立ち尽くしてしまった。
 初めて見たわ…
 母親のような笑み。
「碇君…」
 ドキッとしてしまうシンジ。
「な、なにさ…」
 レイはおかしそうに口元に手をやった。
「何がおかしいのさ?」
 それを訝しむ。
「だって碇君…、シンジ君が嘘ばかりつくから…」
「え?」
 シンジはキョトンとしてしまった。
「どういう意味?」
「どういう意味よ」
 アスカは苛ついた。
 レイが「シンジ」と名前で呼んだのが気に食わなかったのだ。
「…わたし達は、糸なんだわ」
「え?」
「糸?」
 シンジとアスカは顔を見合わせた。
 意味、わかる?
 わかんないわよ、バカ!
 お互いの目だけで確認してしまう。
「あの頃のわたし達は、ただ絡まっていただけ…」
 それもかなり複雑だった。
 レイはシンジを見据えた。
「だからシンジ君は、一番簡単な方法で自分を取り戻したのね…」
 糸を裁ち切って、無理に解いて、消えていった。
 残ったのは、ばらばらにほつれてしまった何色もの糸くずだけ…
「わたしが見ていたのは、その捨てられてしまいそうなゴミの部分だったんだわ…」
 レイはシンジを見すえた。
「もう逃げないで」
「でも!」
 シンジの言葉を遮ったのはアスカだった。
 レイと乗り出したシンジとの間に割り込む。
「あ、アスカ!?」
 シンジは首に抱きつかれた。
「…ちゃんと結んどきなさいよね?」
「え!?」
 シンジは「初めて」感じた女性の包容とその柔らかさに慌てた。
「あああ、アスカ!?」
「糸は…」
 シンジを至近距離から見上げるアスカ。
「結び付ける事だって出来るんだからね!」
 押し付けるように唇を与える。
 あ、アスカ…
 シンジは引きはがせなかった。
 ただ硬直して、動けなかった。
 綾波…
 視界に入っているのはアスカの頬と耳、それにその向こうで笑んでいるような、怒っているようなレイの姿であった。
 唇がゆっくりと離れていく…
 吐息のようなため息が、どちらともなく小さく漏れた。
「ありがとう…」
 シンジはアスカの両肩に手をかけ、抱きしめた。
 ぽてっと、シンジの肩口に重みがかかる。
 アスカ…
 頭の重みが心地良い。
 シンジはその髪の香りに埋もれた。
 同じ存在から生まれた、別々のもの、か…
 しかし瞳はレイを見ている。
 シンジはアスカの髪を掻き、指を絡めながら、いつかのレイの言葉を反芻した。
 だけどそれはもっといい意味での解釈で…
 分かたれたもの、なんだ…
 お互いを重ね合わせて、温もりを感じている。
 繋がった気がした。
 シンジからも、ほどけてしまわないよう結び目を括り上げられたような気がした。
 ほどけないようにしたい…
 シンジはアスカの重みを感じていた。
 そしてレイの瞳に答えていた。
 この日シンジは、アスカとレイと言う二つの糸に、両端を結び上げられてしまったのだった。


「こらちょっと待ちなさいよ!」
 ドタドタとアスカが走っていく。
「アスカ!、みんなが恐がるからやめてよ!」
「このバカがあたしの本に糞たれたのよ!」
 白いマウスの尻尾をつまんで持ち上げる。
 ちなみにみんなとは、預かっている動物達のことだった。
「はぁ、まったく…」
 シンジはゴムボールを咥えたまま、外れなくなってしまった犬の診察に戻った。
 横になっているドーベルマンの顎には、すっぽりと黄色いゴムボールがはまっていた。
 アスカ、レイと一緒に住むようになって一ヶ月。
 くすくすと犬の飼い主である女性が、含み笑いを漏らしていた。
 照れ隠しに、ポリポリと後頭部を掻くシンジ。
「先生の所はいつも賑やかですね?」
「…先生はやめてくださいよ」
 シンジは苦笑して受け流した。
「奥さんとも仲がよろしくて…」
 視線が白衣の背中に投げかけられる。
 ゴムボールから空気を抜く用意をしていたレイが固まった。
 白衣姿で注射器の針の大きさを選んでいたのだが、奥さんとの言葉に手元が狂って針を取り落としてしまったのだ。
 奥さん…、わたし?、わたのこと?
「な、何を言うのよ…」
 むうっと診察室を覗き見るアスカ。
 くっ、いま怒鳴り込んだら、まるで嫉妬してるみたいじゃない…
 もちろんそのおばさんはアスカの事も知っている、知っていてからかっているのだ。
「からかわないでくださいよ…、それじゃ、レイ、手伝って」
「うん…」
 レイはシンジの隣に並んだ。
 一緒に暮らすようになり、お互いに出来る事、出来ないこと、どちらかなら出来る事…
 それを一つずつ確認していた。
 入り口から見え隠れしている長い髪が目にとまる。
「アスカも、早く大学行かないと遅れちゃうよ?」
「わかってるわよ!」
 アスカは怒鳴って姿を消して…、もう一度だけ戻って来た。
「あ、そうそう、シンジ、今日友達が来るからね?」
「へ?」
 シンジは間抜けな声を出した。
「…珍しいね、アスカが友達を呼ぶなんて?」
「まったく、誰にも言ってないのに、どうやって嗅ぎ付けたんだか…」
「なんだよ、それ…」
 アスカの不可解な言葉に首を捻ってしまう。
「後で分かるわよ!、学校行って来るから、あんまりレイといちゃつくんじゃないわよ!」
「わかってるよぉ…」
 さてとっと振り返る。
「あ…」
 そこに待っていたのは、顔をそらして笑いを堪えているおばさんと、じぃっと非難するように横目で見ているレイの姿であった。


 お昼。
 ことりとレイの前に、食後のシナモンティーを置く。
「ありがとう…」
 レイの言葉に、笑顔を返事に代えるシンジ。
「それは僕のせりふだよ…」
 シンジは正面の席に腰掛けた。
「どうして?」
 首を捻るレイ。
「僕は…」
 シンジは照れるように口にした。
「だって、あのまま逃げ出してたら、きっとまた後悔してたから…」
「そう…」
 レイは紅茶を口にした。
 少し、濃い…
 わずかに顔をしかめてしまう。
「でもさ」
 シンジの呟きに、出しかけた舌を引っ込めた。
「シンジくんはやめてよ」
「どうして?」
 言いにくそうにするシンジ。
「だって、恥ずかしいから…」
 レイはどうしようか迷った。
 でも、ダメ…
 決心したから、そう呼んだのだ。
 いまさら戻りたくない…
 レイは真っ直ぐにシンジを見て、答えた。
「だって、わたしは…、シンジくんも、碇でもあり、綾波でもあるもの…」
 ビクリとシンジが脅えた。
 忘れかけていたのに…
 忘れようよと、レイに情けない顔を向けてしまう。
 それを微笑みで受け入れるレイ。
「だから、名前で呼ぶの」
「レイ…」
 レイの口の中が、ほんの少しだけ乾きを帯びた。
「いつか…」
 緊張を自覚する。
「いつか、どちらかの姓にまとめてもらいたいから…」
 レイは言い切ってから、顔を真っ赤にして背けてしまった。
「レイ、それって!」
「知らない…」
 顔いっぱいに笑顔を広げるシンジ。
「ありがとう…」
 シンジはテーブルの上のレイの手に手を重ねた。
「シンジくん…」
「ありがとう、レイ」
「シンジくん、わたしは!」
「わかってるよ…」
 シンジは微笑んだ。
「僕たち、本当の兄妹になれるよね?」
 レイは思いっきり突っ伏していた。


 そう、そうなのね…
「なんだよぉ、レイー!」
 ドンドンと戸が叩かれる。
「早く出てよぉ!」
 レイはトイレでいじけていた。
 疎いのね、昔はキスまでした仲なのに…
 苦悩と煩悩を抱いているようだ。
 一人になってから、女っ気なしで過ごして来たシンジ。
 彼の思考の範疇に、プロポーズなどと言う言葉は無かった。
「も、漏れちゃうよぉ…」
 かなり切羽詰まった声が聞こえる。
 ゴンゴンゴン!
 表のドアノックの音が聞こえた。
「はぁーい!、ほらレイ、お客様だよ、頼むから応対してよぉ!」
 いくらなんでも堪えたままではあまりに辛い。
 ガチャリと戸を開けレイが出て来た。
 慌てて駆け込むシンジ。
 だが一応やっぱり、余計な一言を放ってしまった。
「流しておいた方が良いと思うよ?」
 シンジはてっきり、大きい方だと思っていたのだ。


 ゴンゴンゴン!
 ノッカーが重い音を響かせている。
 すりガラスの向こうに人影、髪が長い事から女の人だと知れる。
 お客様?、いいえ、違うわね…
 動物を連れていないとレイは判断した。
 ならアスカのお友達ね…
 ドアノブに不用意に手を伸ばす。
「はい…」
シンジ様ぁ!
 飛び込んで来たのは女の子であった。
 盲目的にレイの首に噛り付き、感動に体を打ち震わせている。
「はううん、シンジ様、シンジ様ですぅ!、どうして居なくなっちゃったんですかぁ!って…、はううううう!、胸がぁ!」
 ミズホはレイの華奢な体に驚いた。
「そ、そんな!、いっくらミズホと離れ離れになるのが寂しかったからとは言え、性転換なさるなんてぇ!
 レイとミズホの胸がお互いを潰している。
 面白いので黙っているレイ。
「でもでも、シンジ様でしたらどちらでもOKですぅ!、ちょっと倒錯の世界も良いかなって、ポッ☆」
 シンジ様ぁんっと、甘ったるい声を出した所で、ようやくレイがプチンとキレた。
「いい加減にして…」
 低くくぐもった声を出す。
「はうううう!、シンジ様はミズホがお嫌いになられたんですかぁ!?」
「まだわからないの?」
 レイの胸に胸を押し付ける。
「あううううう!、ミズホは、ミズホはシンジ様のことだけをお慕いしてまいりましたのにぃ!」
 負けてる…
 レイのこめかみに青筋が浮かんだ。
「帰って、迷惑よ」
「ふええええん!」
「って、何を騒いでるのさ?」
 ほへ?っと、ミズホは奥から出て来たシンジに唖然とした。
「で、でわ、これは…」
 自分が抱きついている物を、さわさわと触って確認する。
 ぞわわわっと、背中を触られたレイが総毛だった。
はうう!、シンジ様が、シンジさまが増殖してしまわれましたぁ!
 レイはあまりの気持ち悪さに、強ばったまま固まっていた。


「あんたもバカねぇ…」
 マグカップ越しの冷たい視線に、ミズホは小さくなって消えそうだった。
「はうん、シンジ様ぁ…」
 シンジの腕にすがりつく。
「酷いよミズホ…、僕とレイを間違えるなんてさ…」
 ニコニコと軽口をたたく。
「からかわないでくださいぃ…」
 ミズホは昔のシンジがそこに居たので、安心してくつろいでいた。
 きょろきょろと室内を見回している、昼間からずっとだ。
「そんなに珍しい?」
 興味ありげにアスカが尋ねる。
「はい…、靴のままと言うのも慣れませんし…、なんとなく余所様のお家に来たって感じがしますぅ」
 シンジの表情が一瞬陰った。
 それをいち早く察するアスカ。
「あんたねぇ…」
「でもでもぉ、このお家がわたしとシンジ様のすぃ〜とハウスになるのかと思うとぉ、ミズホはとっても幸せですぅ」
「ってなに言ってんのよ!」
「ほええ!?」
 せっかくうっとりとしな垂れかかったのに、ミズホはあっさりと引きはがされてしまってブーたれた。
「ここはあたし達の家なの!」
「そ、そんなぁ、シンジ様ぁ!」
「え!?、なに…」
 逃げようとしていたシンジが振り返る。
「シンジ様は、わたしと添い遂げてくださる為に、修行の旅に出ておられたんじゃないんですかぁ?」
 なんだよ、それ…
 シンジはあまりの思い込みの激しさに、つい呆れそうになってしまったが…
「シンジ様ぁ…」
「うっ…」
 っと唸ってしまった。
 …うるうるミズホは、最強バージョンの一つであろう。
「シンジ様ぁ…」
「あ、あの、そ、そのような気もしないでも無いような気もする辺りが、その…」
 スパァン!っとアスカのハリセンが炸裂した。
「って、あんたもはっきりと否定しなさいよね!」
「嬉しいです、シンジ様ぁ!」
 だぁ!っと、飛び付きに行きそうになったミズホをも、アスカは素早く組み伏せた。
 シンジは困り顔で、立ち去るべきかどうかを悩んでいた。
 スカートでそう言うことするのは、やめた方が良いと思うんだけど…
 言いたい、が、言えない、それを悩んでもいる。
「どうしたの?」
 トレーに紅茶のおかわりを持って来たレイが、怪訝そうにシンジを見やった。
 その頭の上で、ナギも首を傾げてシンジを見ている。
「…こんな時、どうしていいんだかわからないんだ」
 おろおろするばかりのシンジに呆れるレイとナギ。
 レイはアスカの四の字固めを逆四の字で返しているミズホを見て、ため息をついた。
「…笑えば、良いと思うわ」
「うん…」
 苦笑いを浮かべるシンジ。
「なにニヤついてんのよ!」
 すかさずアスカの靴が飛んで来たことは言うまでもない…


 僕はレイに惹かれていた…、それは僕とレイが近しいものだったからにすぎない。
 カヲルの形が変わり始める、小さく、小さく、それは命の大きさに匹敵する。
 シンジ君、君は好意に値するよ…、彼女の凍った心を、そこまで氷解させたのだからね?
 時の狭間の向こうに、カヲルは一つの淀んだ空間を見つけていた。


「もう!、いいかげん起きてくださぁい!」
 アスカの布団を引っぺがそうとしたが、無駄だった。
「ううん、シンジぃ…」
 もぞりと布団を巻き込むように寝返りを打つ。
「むかっ!、ですぅ」
 ミズホは起きてくれない事にではなく、その呟きに嫉妬した。
「とぅえい!、ですぅ!!」
「うひゃあ!」
 ベッドごとひっくり返された。
「あああ、危ないわねぇ!」
 すんでの所でかわしていた。
「早く起きてくれないからですぅ!」
 危うく一回転したベッドの下敷きになる所だった。
 アスカも自分の寝坊が悪いと分かっているので言い返せない。
 それを良しとして、調子に乗るミズホ。
「余所様のお宅に居候してる身分で図々しいんですぅ、いつまでもだらけているのは、このわたしが許しませぇん!」
「くっ!、人が下手に出ていれば…、大体なによ、あんただって居候してる身分でしょうが」
 アスカも苦しい反撃を試みる。
 しかしあっさりとかわされた。
「ふふぅんですぅ、わたしはシンジ様の許嫁だから良いんですぅ!」
 まったく…
 アスカは相手にしていてはきりがないと、シャワーを浴びに起き上がった。


 シャワーから出て来たアスカが一番初めに目にしたものは…
「どうかな?」
「…いいと思うわ」
 と仲むつまじく朝食を作ってる、シンジとレイの背中であった。
 アスカを除いて、みんな22歳になっていた。
 共同生活をはじめて4年。
「あ、アスカ起きたんだ」
「おはよう、アスカ」
 二人とも屈託無く笑うようになっていた。
「おはよう…」
 ぽりぽりと頭を掻き、椅子に座る。
「おはよう、ナギ…」
 ナギはかじっていたチーズから顔を上げると、「キキッ」っと一度だけ元気に鳴いた。
 再びレイの背中を見つめるアスカ。
「レイ?」
「なに?」
 言い辛そうに口にする。
「ナギ借りてくわね?」
 はぁ…っと言うため息が聞こえた。
「そう、わかったわ」
 いつものこと、しょうがないとばかりの返事。
 また見世物にするつもりなのね?
 皆と飲んでいて、たまにそう言う事をするのだ。
 レイはそれだけを心配していた。


 これが僕の最後の記憶か…
 混沌とした汚泥のようなまどろみの中にカヲルは浮かんでいた。
 あたしの言うことがわかる?
 マウスは一度だけ、首を縦に振った。
 良いのね?、とは言ってもあんたの寿命は、もうないんだけど…
 マウスとしてではなく、肥大化した脳がナギの寿命を縮めていた。
 これはあんたが生まれ変わるための儀式にすぎないわ…
 プシュッと、アスカはナギにスプレーを吹き掛けた。
 次に会う時はナギ?、もっとあたしにもなついてよね…
 眠気がナギに瞼を閉じさせる。
 レイは母さんだったけど、アスカは大事な友達だったね?
 焦点のぼやける赤い瞳は、最後の最後までアスカを見ている。
 ナギはアスカに伝えようとしていた。


 そう、僕はまだ伝えてはいないね…
 カヲルの周囲の時の流れが、急に加速を始めていた。
 汚泥から真っ白に光り輝くカヲルが飛び出す。
 わたしは、許しては貰えないかもしれないわね…
 レイはちゃんと許していたよ。
 辛い気持ちが込み上げていた。


「なんでそんな勝手なことしたんだよ!」
「だってしょうがなかったのよ!」
 アスカは帰って来るなり、レイに向かって頭を下げていた。
「ごめん…」
「なに?」
「ナギが、死んだわ…」
「そう…」
 レイは黙って受け入れた。
 アスカはそう言う類の嘘をつかない。
 あまり動き回らなくなったナギを見ていて、予感があったのかもしれない。
「なんでだよ!」
 でもシンジは抑えが効かなかった。
「ナギは!?」
「…院内で処理したわ」
 シンジの顔が、かあっと怒りに赤くなった。
「なんでそんな勝手なことしたんだよ!」
「だってしょうがなかったのよ!」
 涙が頬を伝って飛び散った。
「ここまで生きてくれた事が奇蹟だったのよ!?、ナギはうちの大学でも重要機密扱いになってたんだもの!」
 くっと歯噛みをしてしまう。
 人並みの知能を持つ特殊なマウス。
 ナギがシンジ達と暮らしてこられたのは、ひとえにアスカの働きかけがあったればこそなのだ。
 アスカと言う少女ではなく、惣流財閥の現頭首としての、アスカの働きかけがあったからこそ…
「だからって、何も話してくれないでさ…」
 結局、僕はアスカにはいらない人間なんだね…
「話したらどうにかなったってぇの?」
 冷たい視線に、シンジは顔を背けてしまった。
「あんたがどうにかしてくれたのかって聞いてるのよ!」
 シンジの肩をつかみ振りむかせる。
 くっとシンジは唇を咬んでいた。
 まただ…
 目も閉じている。
 また僕はなにもできなかった…
 何もさせてももらえなかった。
 無視されたんだ、はじめから、役に立たないって…
 無視されたんだ…
 シンジの呼吸が落ちついていく。
 再び瞼を開いた時、シンジの瞳からは光が消え失せていた。
「シンジくん…」
 シンジの真後ろに立つ。
 そっとシンジの背を抱きしめるレイ。
「命は、いつか果てるものだわ…」
 その言葉にシンジは強く反論した。
「でも、また死んじゃったんだ!」
 僕は、僕は!
 シンジはレイの体にすがりついた。
「シンジ君…」
「また、また…」
 言葉つまっているのか、息さえも出来なくなる。
「シンジ様…」
 ミズホも何と言っていいのか分からない。
 でも…
「辛いのは、アスカさんも同じですぅ…」
 ミズホは立ち去ろうとしていたアスカを呼び止めた。
「いいのよ、ミズホ…」
「だめですぅ、だってずっとナギを見ておられたんじゃないですか…」
 ミズホはにっこりと微笑んだ。
「ミズホ…」
「一番死期を知っておられたのはアスカさんですぅ、一番心を苦しくしておられたのもアスカさんですぅ…」
 アスカの顎先を流れ落ちた涙が、ポタリポタリと滴を散らした。
「あたしは…」
「ですから、悪者になるのはやめてくださいぃ…」
 うつむくミズホ。
 ミズホは本当に心苦しそうに手を組み合わせた。
「あんた…」
「わたし、知っていましたぁ…」
 顔を上げるミズホ。
「今日、この日にナギさんが死ぬ事を…」
 アスカ、レイ、それにシンジまでもがミズホを見た。
「なんで!?」
 アスカの叫びににっこりと微笑む。
「だって、ここにシンジ様がいると教えてくださったのは…」
 ふんふんふんふん♪
 突然第九の調べが鼻歌で聞こえて来た。
「誰!?」
 警戒するレイ。
 シンジは駆け出し、庭にある大きな木に駆け寄った。
「シンジ!」
 アスカも慌てて後を追った。
「僕を忘れてしまうなんて、冷たいんじゃないのかい?」
 木の上、3メートルほどの頭上。
 一番太い枝に腰掛けている少年が居た。
 君は…
 一瞬誰だか分からなかった。
 銀髪に黒いスーツ姿の青年。
 赤い瞳がシンジを見つめる、口元に浮かぶうすら笑い。
「…渚、くん?」
「正解だよ」
 カヲルはゆっくりと、ぱんぱんと拍手をした。
「でも、どうして…」
 どらエヴァンはもう居ない。
 青いタイツを捨て、普通の格好をしたカヲルが、ひょいっと枝から飛びおりた。
「あ、あぶ!?」
 思わず目を閉じるシンジ、だが怖々と開けて見ると、まるで何事も無かったかの様にカヲルはそこに立っていた。
「あいかわらず心配性なんだね、君は…」
 くすりと笑うカヲルに憮然とする。
「なんだよ!、驚かせておいてさ…」
 口を尖らせたが通じなかった。
「ごめんごめん、やあアスカちゃん、それにレイちゃんにミズホちゃんも」
 馴れ馴れしい挨拶。
 アスカはその笑顔に身構えた、ミズホはあいかわらずニコニコとしている。
 レイはじっと、皆の一番後ろから睨みつけている。
「一体、どうして…」
 真正面に立たれて、シンジは体を硬直させてしまった。
 かつてのどらエヴァンの言葉が思い浮かぶ。
 未来を変えてしまった者は…
「もう、どらエヴァンは居ないのに…」
「そうだね?」
 カヲルは優しげな笑みを浮かべた。
「僕なの?」
 シンジは怖々と告げた。
「なんだい?」
「僕が…」
 生きてるから?
 やっぱり死なせてもらうべきだったの?
 シンジは恐くなっていた。
 目の前の存在が。
 死を持ち込むはずの少年が。
 死!?
 シンジはびくりと震えた。
「シンジ?」
 その様子をおかしく感じるアスカ。
 なんで?、どうして恐がってるんだよ、僕は…
 シンジはばっと振り返った。
「な、なによ!」
 驚いたように後ずさった、それ程にシンジの表情が強かったのだ。
 驚きとその意味を確かめようと見開いている瞳。
 そうか、僕は!
 アスカに続いて、ミズホとレイを見やった。
「シンジ様ぁ…」
 そのシンジの態度に、ミズホは不安そうにしてしまう。
 レイはコクリと頷いた。
 そう、なんだね…
 シンジは己の手のひらを眺めた。
 あんなのはもう、嫌なんだよ…
 何も出来ず、一人寂しいのは…
 失いたくないものがここにある、それがシンジに恐さを悟らせていた。
 カヲルと向かい合う、シンジは決意をみなぎらせて死と立ち向かおうとした。
 が、力が抜けてしまった。
 どうして?
 カヲルが微笑んでいたからだ。
 皮肉でもバカにしているものでも無い。
 カヲルは本当の笑みを浮かべていた。
「何で笑ってるんだよ、渚くん!」
 カヲルはシンジを無視して、レイと、次にアスカと見つめ合った。
 赤い瞳に白い肌が、アスカに直感を働かせる。
「まさか!」
「ナギね…」
 レイが後を引き継いだ。
「え!?」
 シンジは意味が分からず、二人とカヲルを交互に見やった。
「ナギって…、ネズミさんのですかぁ?」
 ミズホの間抜けな問いかけに、にっこりと笑むカヲル。
「そう、『ナギさ』、かつてはみんなそう呼んでいたね?」
 からかうようなカヲル。
「ほええええ!、そうだったんですかぁ!?」
「うそ…、でしょ?」
「いいや」
 呆然とするシンジに、カヲルは目を閉じて首を振った。
「本当のことだよ、名前が渚となったのは、みんながその台詞を誤解したからだけどね?」
 だけど…
 シンジはおかしいと感じていた。
「僕の生きてる世界で出会ったナギが、どうしてここにいるのさ?」
 シンジは本来死亡している。
 それにレイだとて、生まれい出るはずのない存在だったのだ。
「アスカちゃんの大学のマウス、実験台にされた事に代わりはないさ」
「実験台!?」
 シンジはアスカに答えを求めた。
 レイも激しく睨み付けている。
「あ、あたしは…」
「そう責めないであげておくれ…」
 悲しそうにするカヲル。
「僕も仕組まれた子供だからね、そうなるのが自然なのさ…」
 再び顔を上げた時には、自重気味の表情が浮かんでいた。


 皮肉なものだね…、歴史を正すはずの僕こそが、最後の要として未来に送り込まれていたなんて…
 カヲルは封印されていた記憶を取り戻していた。


「じゃあ、渚くんも…」
「カヲル、でいいよ?、シンジ君…」
 とてもくつろげる状態では無かったが、とにかくリビングで差し向かい、カップを傾け合うだけの余裕は取り戻せていた。
 シンジの隣にはミズホが座り、シャツの袖をつかんでいた。
 しかたがないか、一番事情を知らないんだし…
 でも説明するつもりはない。
 知らない方がいいわ、シンジ君が死にかけたなんて…
 本当なら死ぬはずだったのだが…
 でも、どういう風に説明したんだろう?
 ミズホは脅えるというよりも、混乱しておろおろとしている。
「ネズミさん、ネズミさんでしたなんて、ふええ…」
 ミズホとは反対側に座っているレイ。
 その後頭部をアスカは立ったまま睨み付けていた。
 後できっちりと説明してもらうわよ?
 その目線は、実に険しい。
「カヲル君も、あの人の?」
 頷くカヲル、だが微妙に眉根が寄っている。
 あの人、なんだね?
 シンジは母とは認めていない、それが少しばかり気に障っていた。
「シンジ君は…」
 紅茶から口を離すカヲル。
「辛いのかい?」
「え?」
「生きている事がさ…」
 シンジは口ごもった。
 …でも言わなくちゃ、今言わなくちゃいけないんだ。
 いつもは誰かからの追及を受けて口走る事を、シンジは自分自身に急かされて口にした。
「辛かった…」
 ミズホがびくんっと震えた。
「辛かったんだ、でも今は辛くない…」
 ミズホの手に手を添えるシンジ。
 シンジ様?
 ミズホは恐る恐ると言った感じでシンジの顔を覗き込んだ。
「今はみんながいる、だからここに居たいんだよ」
 シンジはカヲルを見つめたままで、ミズホの手を握り締めていた。
 僕はここに居てもいいんだよね?
 居てもいいと望んでくれているんだよね?
 ミズホは耳に聞こえない声に、体重を預ける事で答えにした。
 そんな二人に、カヲルは相好を崩して喜んだ。
「そうかい…、ならこれで僕も安心できるよ…」
 ほっと一息をつくカヲル。
「…なによそれ?」
 組んだ両腕の上で、右手の人差し指が忙しなく動いていた。
「まどろっこしいわね?、大体あんたの用事ってなんなのよ?」
 苛つきに合わせて、トントントンっとリズムが早くなっていく。
「つれないね、アスカちゃん…」
「なによ?」
「僕は君に会うために帰って来たのに…」
 並の女の子であれば、その微笑みだけで十分撃沈できたであろう。
「はん!、そんなのでごまかされないわよ、このあたしは!」
「どうしてだい?」
 そんなの!、シンジので慣れてるからに決まってるじゃない!
 アスカはつられそうになって、「うぐ!」っとぎりぎり飲み込んだ。
「知らないわよ、ばか!」
 赤くなってそっぽを向く。
 アスカ、あんまり嫌な気してないのかな?
 側に居たいと自覚できたからかも知れない、シンジは急に嫉妬心を込み上げさせた。
「そんなことを言うために帰って来たの?」
 レイは興味がないのだろう、だがカヲルはその笑みをレイにも向けた。
「僕と君は同じだね?」
「なにが?」
「仕組まれた事がさ…」
「カヲル君!」
 シンジは怒り、立ち上がっていた。
 し、シンジ様?
 振り払われてしまい、呆然とするミズホ。
「仕組まれたって、何の話しよ?」
 アスカも怪訝そうに首を傾げる。
「そんなことは関係ないだろ!」
「あるんじゃないのかい?」
「なんでだよ!」
「でなければ、シンジ君はここにはいられなかった…」
 シンジは言葉を失った。
 でも言って良い事と悪い事があるだろう!?
 それでも一度抱いた怒りは拭い去れない。
「…本当にレイの事が大切なんだね?」
 流し目をくれる。
 シンジはその目と言葉にうろたえた。
「なにを、言うのよ…」
 シンジの代わりに答えるレイ、こちらもかなり動揺している、顔が真っ赤だ。
「あんた何言ってんのよ!」
「そうですぅ!、シンジ様はレイさん『も』大切にしてらっしゃるだけですぅ!、付属物として!!」
 ぞくり!
 二人の背筋に悪寒が走った。
 心なしか室温も10度は確実に下がっている。
「何か言った?」
「「あうう…」」
 怒ったレイほど恐いものは無いらしい。
 くっくっくっと、忍び笑いを漏らすカヲル。
「あんた何笑ってんのよ!」
「ごめんごめん、でもアスカちゃんが幸せそうで良かったよ…」
「なによ、それは…」
 ナギを冷凍したのはつい先程だ。
 アスカはその時の自分の姿を思い浮かべて恥ずかしくなった。
「あんた余計なこと言ったら…」
「余計?」
 カヲルの目が真剣になる。
「な、なによ…」
「何が余計なんだい?、僕にとってはとても大切な涙だよ…」
 はうっ!
 アスカはカヲルのマジな告白よりも、レイとミズホのニヤリと言う笑いの方が気になった。
「ななな、なによ…」
「お祝いは何がよろしいですかぁ?」
「よかったわね、アスカ…」
「だあ!」
 酒瓶の並んだ棚を倒そうとして、さすがに思いとどまるアスカ。
「ふざけたこと言い出さないでよ!」
「なぜ?、僕は本気だよ…」
 カヲルはかまわずに続けた。
「死に近付く僕にいつも語りかけてくれたね、君は逃げずに…」
 目の前の少年の顔に、ナギの面影が投影される。
 ってネズミの顔なんだけど…
 今ひとつしんみりとできない。
「そしてレイ…」
「なに?」
「泣きそうな時にはいつも、僕を抱いて眠っていたね?」
 レイの表情が泣きそうになる。
「僕は君を慰める力を手に入れたよ…」
 この一言に、アスカは一気に勢いを取り戻した。
「…よかったじゃない」
 うりうりと肘でレイを突っついたが、やはりギロリと睨まれて引き下がった。
 こっわ〜…
 レイの周囲だけ光度が40%程落ち、睨む瞳だけ異様な殺気を込めて光を放っている。
「そしてミズホちゃん…」
「あ、あう?」
 ミズホは嫌な予感に震え上がった。
「…特に思い出が無いのはどうしてだろうね?」
 予想外の言葉、ミズホは悲しげに瞳を伏せた。
 それは…
 はっきり言って、ミズホはナギを避けていた。
「…知ってるよ?、君が僕を避けていたわけを」
 小さく首を振るミズホ。
 言わないでくださいぃ…
 それは言葉にできない為の意思表示…
「飼っていたんだね、君も…」
「え?」
 尋ねてしまったのはシンジだった。
「飼っていたのさ、ハムスターを…」
 カヲルは辛げにシンジと視線を合わせた。
「そして野良猫に食い殺されてしまった…」
 はっとシンジは何かに気がついた。
「だからミズホ!」
 猫が!
 ミズホはコクンと頷いた。
 その様子を、微笑ましげに見やるカヲル。
「優しいね、君は…」
「そう、ですかぁ?」
 わざとそっぽを向くカヲル。
「そうだね、その優しさ、好意に値するよ…」
 カヲルの向いた先にはシンジが居た。
「…でもダメだよ」
「なにがさ?」
 カヲルの不可解な言葉に尋ね返す。
「僕にはもう、心に決めた人がいるからね?」
 ニヤリと口の端をつり上げる。
 あんたよ…
 あなたでしょ?
 互いに水面下で譲り合うアスカとレイ。
 カヲルは苦笑して首をすくめた。
 そして晴れやかな笑顔を見せる。
「さあ行こう、シンジ君」
「「「「え!?」」」」
 全員の顎がカクンと床まで落ちていった。
「ななな、何で僕なの!?」
 思いっきり引きまくる。
「そんなの決まってるじゃないか…」
 カヲルは頬を赤らめた。
「僕は覚えているよ?、シンジ君…」
 艶やかな視線が悪寒を誘う。
「僕の具合が悪くなると、必ず君が世話してくれたね?」
 シンジはぶんぶんと首を振る。
「だってそれは!、そうだアスカが心配して!」
「あああ、あたしぃ!?」
 ソファーの後ろに隠れるアスカ。
「僕の背を、お腹を、そして大切な所まで君になぶられてしまったこと、今でも覚えてるよ…」
 ぞぞぞぞぞっと総毛立つ。
「気持ち悪い言い方やめてよ!、あれはただの触診じゃないか!!」
「でも君に可愛がってもらったことは事実だよ…」
「うう、確かに可愛がってたけど…、ニュアンスが…」
 そうだっと、今度はレイに振ろうとする。
「そうだよ、レイだって可愛がって…」
 ギロリ!
「あ〜う〜…」
 やはり最後まで言えなかった。
「シンジ様は渡しませぇん!」
 不甲斐ないシンジの前に、自らを盾にして頑張るミズホ。
「まあそう言うだろうね?」
 カヲルはそんなミズホにあっさりと引いた。
「ふえ?」
 余裕の笑みを見せるカヲルを不気味に思う。
「でも僕はもう、シンジ君とは裸の付き合いをした仲だからね?」
「ほええええええ!?」
「だから心だって大きくなるのさ…」
「シンジ様ぁ!」
「う、嘘だよ!、ちょっとレイなに疑ってんだよ!、あああ、アスカ包丁なんて研がないでよ!」
 命の危険を感じて涙する。
「カヲル君も!、どうしてそんな嘘つくんだよ!」
「…本当のことだよ、覚えてないのかい?」
 カヲルはすがりつくようなシンジに微笑んだ。
「ないよ!、無い事を覚えてる分けないだろう!?」
 その答えに悲しそうな顔をする。
「そうなのかい?」
「あ、いや、その…」
 しゅんとしたカヲルに、シンジはつい優しくしようとしてしまった。
 ヒキッ!
 だが女の子3人の刺すような視線に思いとどまった。
「あんたもねぇ、嘘つくんなら、もっとマシな嘘つきなさいよ!」
 にやっと恍惚ともとれる表情を作る。
「嘘じゃないさ…、僕の肌に手を添えて、シンジ君はいつも優しく支えてくれたね?」
 シンジは右と左のどちらに逃げ出そうか考えた。
「そして手で湯をすくい上げ、暖まるように肩にかけてくれたじゃないか…」
 右はレイで、後ろはアスカか…、ってミズホが左に居るじゃないか!
 もちろん真正面はカヲルである。
 シ〜ンジィ…
 ひいいいいぃ!
 地の底から響くような声にシンジは震え上がった。
「そして最後はドライヤーで乾かしてくれたんだ」
 ああもうだめだ…
 失禁寸前まで追い込まれていく。
 シンジの魂は、半分体を離れていた。
「僕の体毛をね?」
「はあっ!?」
 マサカリを振り下ろす寸前で、アスカはその一言を聞き咎めた。
「体毛?」
 シンジもはっと我に返った。
 その目前に、マサカリの影が落ちている。
「あわわわわ!」
 ゴトン!
 シンジは股の間に落ちた刃先にぞっとした。
「そうだよ?」
 にっこりと邪気の無い笑みを浮かべるカヲル。
「マウスだった頃の僕をお風呂に入れてくれてたのはシンジ君じゃないか」
 シンジはへなへなと腰を抜かし、カヲルの上には怒りに満ちたタンスだの冷蔵庫だの乾燥機だのが積み上がっていったのだった。


「なんだい、これは?」
 そんな和やかな風景を見つめているカヲルが居た。
「これもあり得たかもしれない未来だ」
 彼らだけに許された、箱庭を見下ろすような視点で会話を続けるどらエヴァン。
「こんなものが?」
「皆が幸せになれる世界だ」
「違うね、都合を繋ぎ合わせただけの世界じゃないのかい?」
「ならば壊すのかね?」
 ビシ…
 箱庭にヒビが入った。
「何をするつもりだい?」
「壊すのだよ、何もかもを…」
 バシィ!
「それが君の望みなのだろう?」
 箱庭がくだけ散った。
 シンジ達もその中で、笑みを浮かべたまま灰色のつちくれに変わって壊れた。
「君は神のつもりなのかい?」
 嫌悪感をあらわにするカヲル。
「違うな」
 ニヤリと笑むどらエヴァン。
「そこにはわたしとユイの幸せが無い、それだけだよ」
 鬼ごっこを続けるつもりなのかい?
 カヲルは後を追おうとして、できなかった。
 なに?
 背後の壊れた箱庭が復元されていく。
「これは!?」
 そこに戻って来るのは、青い青い、丸い星。
 その中心には、シンジが居る。
「なぜ?、そうか!」
 そうか、そう言う事か、ユイ母さん!
 カヲルはいつの間にか居なくなっているユイの事を思い出した。


 アスカが来て…
 レイが一緒に訪れて、そしてやがてミズホもやって来た。
 カヲル君が現われて、僕の周りはとても賑やかになってしまった。
 お母さん…
 シンジは呟いていた。
 僕は幸せなの?
 シンジは知らなかった。
 その時間こそ、どらエヴァンが壊そうとした瞬間なのだ。
「シンちゃん?」
「レイ…」
 シンジはベッドに横になったままで、部屋の入り口に立っている少女を見やった。
 もう、女の子じゃないか…
 苦笑する、レイはもう立派な女性であった。
「なに泣いてるの?」
 心配げに寄って来る。
 白いネグリジェは今にも透けそうだ。
「なんでもないんだ…」
 レイはシンジの頭の横に腰掛けた。
「…うそ」
「嘘じゃないよ…」
 レイの手のひらが、シンジの髪を撫で付ける。
「嘘ね、シンちゃんはいつもそう言うもの…」
 なんでもない。
 大丈夫。
 それがシンジの口癖だった。
「まだ慣れないの?」
「なにをさ…」
 本当は分かっている、分かってはいたが…
 恐いんだ…
 それを口にすることはできない。
 人に頼ること。
 馴れ合うこと。
 分かち合うこと…
「できるわけないじゃないか…」
 シンジは腕で顔を隠す。
 元々不完全な僕たち…
 何かが欠けている僕たち、だから誰かに埋めてもらいたがっているのに…
 その半分を誰かに預けてしまうこと。
 そのさらに半分で、誰かを埋めてあげようと頑張ること。
 恐いに決まってるじゃないか…
 自分を切り売りしていくような真似。
 人の為に傷つく勇気。
 できるわけないよ!
 シンジは泣きそうになって訴えた。
 訴えていた、しかし心の中で。
 いつものように、声には出さず…
「ごめん…」
 シンジは声を振り絞った。
「心配させちゃったね?、でも大丈夫だから…」
「ん?」
「明日には、元に戻るから…」
「いい…、このままでも」
 レイ?
 シンジは腕を退け、レイと見つめ合った。
「…このままのシンちゃんの方がいいの」
「どうして…」
「泣いて、悲しんで、苦しんで…、その方が人間としてリアルだから…」
「レイ…」
「本当のシンちゃんが見えるから、わたしは、好き…」
 レイは赤くなった頬を隠すように顔をそらした。
 本当の、僕か…
 シンジは深く息を吐いた。
「そうか、そうだね…」
 晴れやかに笑む。
「ありがとう、レイ…」
 僕を嫌わないでくれて…
 レイの一言までが壊れていく世界であった。
 だけどシンジの心のありようが変わった瞬間、世界は力を取り戻していた。


「そうか、そういうことなんだね?、ユイ母さん…」
 カヲルの前に、一抱えもありそうな水の玉が浮かんでいる。
 その向こうに見えるのはユイだ。
「そうね…、ATフィールド、それが真の答えよ?」
 にこやかに微笑むユイ。
「時間の流れがなぜ見えるのか?、こんなにも激しくまとわりつくのかとても不思議だった…、そこに答えがあったのに、僕がバカだったんだね?」
 カヲルはゆっくりとその玉を回し始める。
「そう、僕はおろかな愚者であった…」
「でもそれに気付いた時から…」
「僕は歩き出してしまったんだね?、ユイ母さん…」
 問答の全てがカヲルの中で整理されていく。
 記憶とは人の感情の積み重ねなんだね?
 碇シンジの想いが見える。
 そして感情の荒波が時を作る…
 この押し流されるような抵抗感こそが、まとわりつくような感触こそがその証し…
 しつこく、粘りつくような…
 それでいて一時もとどまることなく、流れ続ける。
 それこそが時の正体。
 泳ぐことはできない、人はただ流れ続けるしかない…、心のままに。
 それを可能にしたATフィールドはすなわち浮き輪の様な物なんだね?
 人の心が創り出す壁。
 この感情の渦の中で、己を浮かび上がらせる絶対の障壁。
 それがATフィールド、誰もが持ちえる力でありながら…
 己を確立できない人類には、決して持ちえなかった幻の力。
「母さん…、あなたは僕に何を望むんでいるんだい?」
 ユイはニコリと微笑んだだけで、何も答えずに消えていった。
 薄まるように存在感を希薄にして。


 歌?
 シンジは真夜中にもう一度目を覚ましていた。
 歌だ…、歌が聞こえる。
 それは窓の外から聞こえて来ていた。
「カヲル君かな?」
 なんとなく、ただなんとなく起き上がり、歌の出所を探して歩く。
「…やっぱり」
 カヲルであった。
 やって来た時と同じ木の枝の上に腰掛けている。
「カヲル…、くん」
 ぴたりと歌がやんだ。
 月明かりを浴びて半分ぼやけている姿は、まるで神の御使いのようにも見えてしまう。
「あ、ごめん…」
 謝るシンジにくすりと笑う。
「何を謝っているんだい?」
「あ、いや、だって…」
 ますますカヲルは笑みを深めていく。
「おかしな人だね、シンジ君は…」
「なんだよ、もう…」
 照れを隠しながら返すシンジも、多少笑いが込み上げている。
「ごめん、ごめん、なんとなく月を見ていたくてね」
「月を?」
 シンジはカヲルの足元で、木に寄りかかるようにもたれ掛かった。
「そうだよ?、月は良いね…、物言わず静かに、いつもいつまでも僕たちを見守ってくれている…」
 そうだね…
 シンジはカヲルの独白を邪魔しないように心で答えた。
「それは君にも言えるんじゃないのかな?」
「え?」
 シンジはカヲルを見上げた。
「そうじゃないのかい?」
「違うよ…」
 シンジは先程までの気分をうち捨てて吐いた。
「僕は、そんな…」
「自分を卑下するのはやめた方がいいよ」
「でも…」
 すがるような目を向ける。
「君には自信が必要だね?」
「自信?」
 ふわりとカヲルは中に飛んだ。
 次にはふっと、シンジの正面でわずかに空中に浮いてとまる。
「何の自信さ?」
「君はみんなの言う、「してもらったこと」がわからなくて不安なんだろ?」
 シンジは言葉につまってしまった。
「図星…、だね?」
「…そうかもしれない」
 カヲルは笑みを絶やさずに続けて説いた。
「それが分からないから、感謝されても他人事のように感じている、君に足りていないのは自覚と実感だよ…」
「実感…」
「何をして来たかって事さ…」
 カヲルは手を差し伸べた。
「さあ行こう?、シンジ君…」
「カヲル君?」
 カヲルの手を不思議に見やる。
「未来へ旅立つ為の第一歩を踏み出すには、今この時しかないんだよ…」
 シンジは脅えを見せていた。
「どうして、今なの?」
 それを払拭するように、カヲルはシンジを抱き包む。
「カヲル君!?」
「まだ君は知らないんだね?」
「なにをさ…」
 この世界を支えているのは、君の悲しい思いだと言う事を…
 次の瞬間、シンジはあの時の流れの中に放り出されてしまっていた。


「ここは?」
「時間の流れの中だよ」
「時間の…」
 金色の世界。
 そこには穏やかなように見えて、粘りつくような重い空気が立ちこめていた。
「これって…」
 その粘つく物を指にからめてすくい上げる。
「時の流れだよ…」
「時の流れ!?」
 シンジは呆然と周囲を見渡した。
「…ここ、知ってる」
「そうかい?」
「そうだよ、ここは大人になった僕とレイが向かい合った場所じゃないか!」
 シンジを取り巻く空気が軽くなった。
「なに?」
「良く感じてごらん?」
 シンジは恐がるようにカヲル見たが、カヲルの笑みに腹を決めて瞳を閉じた。
 真っ直ぐに立ち、その感覚を確かめる。
 …レイ?、それにみんな。
 泳ぎ漂っているのは、半透明の乙女達だ。
「君は気付いていなかったんだね?、だからわからなかったんだよ…」
「なにがさ?」
 首を傾げるシンジ。
「君が世界の中心だということにさ」
 あるいはそれは、渦の中心と言えるかもしれなかった。
 ゴウ!
 シンジを取り巻く風が吹いた。
「レイ!、アスカ!、ミズホ!」
 慌てるシンジ。
「大丈夫だよ…」
 カヲルはその暴風の中で、平然と立っている。
「それが時の流れさ」
「へ?」
 シンジは慌てて三人の姿を探した。
「あ…」
 三人は常に渦の中心に一番近い所で泳いでいた。
「君と言う人が居て、みんなと言う世界があったんだよ…」
「そんなの…、じゃあ僕のことなんて知らない人達はどうなるんだよ!」
 カヲルは優しく説いて教えた。
「確率の問題さ…」
「確率!?」
 微笑みを絶やさない。
「いつか出会うかもしれない確率だよ…、一生涯出会わないかもしれない確率」
「なんだよ、それは…」
 カヲルはシンジに教え諭した。
「君と友達になれた確率、君が男であった確率、男でなかったかも知れない確率、君が今ここに居る確率、彼女達が存在しえなかった確率、つまりは…」
 産まれて来たと言う奇蹟の確率。
「それが…」
「君自身の奇蹟なんだ」
 だから自信を持ってみないかい?、今ここに在ると言う事に。
 カヲルはシンジの頬に軽く口付けた。
「さあ戻ろうか?、シンジ君…」
「カヲル君…」
 シンジはカヲルの温かさが触れた頬を抑えて赤くなっていた。
「これで分かっただろう?、シンジ君」
 シンジは反射的に頷いていた。
「これは君があそこに居てもいい理由ではないもしれない、けれど君が居ること、それが彼女達の存在理由にはなっているんだよ…」
「でも僕はそれに甘んじてる僕が嫌いだ…」
 ビシ…
 わずかに空間がひび割れた。
「でもそんな僕でも、こんなにも側に居ようとしてもらえてたなんて…」
 ひび割れが空間を縦横に駆け抜けていく。
「それは幸せな事なんだよね?」
 パリン!
 空間が割れはぜた。
「気付いたよ、だから僕はこの幸せを手放したくない…」
「なら君はどうするんだい?」
 シンジは瞳に強い意思を込めてカヲルに向けた。
「僕は僕を変えたい」
「そうなのかい?」
 カヲルの口調に試す物が混ざる。
「それが彼女達の嫌いな君になる事だとしても?」
「でもこのままじゃ後悔が募るばかりだから…」
 誰も幸せにできないで…
「脅えてるだけになっちゃうから、それはしたくないって思った」
 シンジは逃げちゃダメだと呟いていた。
「誰のためにだい?」
「自分の為に…」
「正直なんだね?」
「それを望んでくれてる人が居ると分かったから…」
 シンジはカヲルを見据えた。
「そうなんだろう?、カヲル君…」
「そうだね…」
 カヲルは極上の笑みを浮かべた。
 そして割れ砕けた空間の向こう側に、青い世界が広がりだした。


「…夢?」
 シンジは差し込んで来る朝日に気だるげな視線を投げかけた。
「夢…、だったのかな?」
 かもしれなかった。
「でも、いいや…」
 シンジは反動を付けるように起きあがった。
「まずは信じてみる事からはじめよう!」
 バタバタバタ!
 部屋の外に、誰かの駆け音が聞こえて来た。
 多分ミズホかアスカだよな…
 苦笑するシンジ。
「よいしょっと…」
 シンジは含み笑いを押し隠して、飛び込んで来る誰かのために、タヌキ寝入りを決め込んだ。


 それから5分も経たずに、ぶわっちぃ〜ん!と言う派手な音が鳴り響いたのは言うまでもない。


 パパン、パーン!
 昼間っから派手な花火が上がっている。
 ここは全世界的規模でチェーンを展開している総合百貨店、『ソウリュウ』のドイツ本店だ。
「アスカは?」
「社長室でしょ?」
 今日はソウリュウの創業祭である、それも全世界規模で行われているのだ。
「ミズホも来れたら良かったのにね?」
 口を尖らせ上目使いにシンジを見やるレイ。
 つねり。
「痛っ!、何怒ってるんだよ…」
「ふんだ!」
 レイはそっぽを向いてしまった。
 ちなみにミズホはアスカの秘書としてついていっている。
「さあ行こうか?、シンジ君」
 すっとカヲルとシンジの間に割り込むレイ。
 シンジとカヲルはレイの頭の上で視線を合わせて、お互いクスリと苦笑を浮かべた。


 そう、ここから全てが始まったのだ…
 どらエヴァンは『ソウリュウ』の超目玉コーナーに忍び込んでいた。
 すなわち本日初出荷される紳士淑女型ロボットのコーナー、そのディスプレイ用ショーケースの中である。
 そしてシンジ、今度は手段を選ばん、お前を亡きものとし、わたしは永劫の幸福を手に入れるのだ…、シンジよ、これは決して至福ではないが、断腸の思いと言う奴だ、諦めてくれ…
 やけに言い訳がましくなっているどらエヴァンである。
 ふむ…、それにしても開店はまだか?、間が保たんな…
 どらエヴァンはふと隣に並んでいるものに目を向けた。
 にこりと微笑み返す少女型ロボットが一体…
 ユイか?、いや、違う、違うのだが…
 今そこに居るユイが、どらエヴァンのことを知ろうはずがない。
 そうか…、店頭表示用にプログラムされているのだな?
 それでも悪い気はしないようである。
「あ〜、君は…」
「ユイ、と申します」
 にっこりと微笑んだ瞬間、その背後にユリの花が咲いていた。
 可憐な…
 もちろんのぼせ上がったどらエヴァンが、それが元々内蔵されていた立体映像投影装置による機能だなどと、気付くことは永遠に無いのであった。


「ねえ、シンちゃん?」
「なに?」
 シンジはずらりと並んでいる、どらエヴァンと同じ顔に脅えていた。
「なに強ばってるの?」
「…だって、父さんが見てるみたいで」
 つくりは全く同じである。
 シンジはあえて父にすり替えた。
「そう…、でもわたしは恐くないわ」
「どうしてさ?」
 意地悪く微笑み、シンジの腕に組み付くレイ。
「だって、シンちゃんと結び付けてくれたのは…」
 レイは言葉にするのも惜しげに、万感極まった目を機械人形へと向けた。
「…そうだね」
 カヲルが見ているのもかまわずに、シンジはレイとの繋がりを楽しんでしまうのだった。


 どらエヴァンなら頼れるかもね?
 シンちゃんが何処かに行ったとしても?
 行って欲しいの?
 バカ…
 ごめんごめん、でも最近は遠くまで診察に出かけなきゃいけないようになったしね…
 寂しくなることは…、あるけど…
 …
 ……
 ………
 なら、一体買ったらどうだい?
 え?、でも…、高いから。
 そうね…
 相変わらずの倹約家だね、君達は。
 笑わないでよ…
 そうよ。
 ごめんごめん、それより、一体ぐらいならアスカちゃんがお金を出してくれるさ…
 そっか、そうだね?
 だめよ…、そんなの。
 どうしてさ?
 ……
 アスカちゃんに大きな顔をされてしまうのが気に食わないんだね?
 ガス!
 れ、レイ…
 シンちゃんは気にしなくてもいいの!、さ、向こうに年齢別のが並んでるみたいだから、行きましょう?
 でもカヲル君が…
 死にはしないわ。
 つ、冷たいね、敵には…


「見てシンちゃん、この辺りシンちゃんにそっくり!」
 10歳ぐらいのヴァージョンになると、確かにシンジの幼い頃の顔と区別が付かなくなっていた。
「お姉ちゃんってば、お父さまをモデルにしたって言ってたけど、ほんとはシンちゃんも混ぜちゃったんじゃないかしら、ね?」
「…かもしれないね?」
 つい苦笑してしまう。
「でも情けないよなぁ…」
 シンジははしゃぎ回るレイの背中にぼやいてしまった。
「どうして?」
「…結局、僕にはレイ達に何もしてやれることがないままだ」
 レイはちょっとだけ眉をひそめた。
「シンちゃん…」
「わかってるよ、何もじゃない…、けど形に残せないのは辛いよ」
 シンジはケースの一つに手をついた。
「実感が持てないから?」
「かもしれない」
 シンジは素直に頷いていた。
「物を渡すと、大事にしてくれるでしょ?」
「そうね…」
「それを見てると安心できるんだ…、僕はまだ嫌われてない、見捨てられてないって」
 真っ直ぐにレイを見れずに目が泳いでしまっている。
「シンちゃん…」
「ごめん、でも不安なんだ…、いつも確認していないと、何もかもを失いそうで、自信が持てないんだよ…」
 レイはシンジの隣に並ぶと、シンジの手をきゅっと握った。
「…ね?、一つだけ買いましょうか?」
「え?」
 シンジは驚いた。
「だって高いよ?」
「…貯えもあるし、ローンを組めば何とかなるわ?」
「でも…」
「シンちゃん…」
 シンジの肩にもたれかかる…
「大切にするから、ね?」
 シンジの胸に、何かが広がる。
「うん!」
 シンジははしゃぐように選び出した。
 そしてあの運命の瞬間が訪れたのであった。


 まったく、いい雰囲気だったというのに…
 どらエヴァンは洗濯物を干しながら毒づいていた。
 ユイ…、すれていないユイも良いものだな?
 どらエヴァンは思い出し笑いを浮かべていた。
 弾む会話と、ころころと気持ちよさげに漏れて来る笑い声。
 ユイ…
 日増しに想いは募りを高める。
「あ、それが終わったらこっちやっといてね」
「…了解した」
 赤毛の長い髪が、視界の隅に引っ掛かった。
 よくあれで女性だなどと言えるものだな…
 どらエヴァンは彼女が家事をした所を見たことがない。
 ガッシャーン!っと、いきなり食器の割れる音が響いて消えた。
「きゃああああ!、ま、またやっちゃいましたぁ!」
「だめよミズホ!、どらエヴァ〜ン!」
 ふうとため息をつく。
 しかしやらねばな?
 台所に入るどらエヴァン。
 ミズホが隅っこでしゅんとしていた。
「ごめんなさい、お願いできるかなぁ?」
「もちろんだ」
 レイのお願いに胸をはる。
「ありがとう、どらエヴァン!」
 チュ!
 レイはどらエヴァンの首に抱きつき、『いつものように』一足早いお礼をした。
「じゃ、後はよろしくね?」
「ああ、わかったよ、レイ…」
 いい女になったな、レイ…、はっ!
 自らの背後に殺気の塊を感じるどらエヴァン。
「どーらーエーヴァーンー…」
 嫉妬の塊と化している青年がそこにいた。
「シンジか…」
「今なにをしてたんだよ!」
「ふ…」
 くいっとメガネを持ち上げるどらエヴァン。
「問題無い」
「おおありだよ!、レイもなんだよ、なんでどらエヴァンなんかと!」
「なんかだと?」
「ああ」
 バチバチッと火花が散る。
 嬉しい…、シンちゃん、嫉妬してくれてるのね?
 ミズホのジト目を一身に受け、いやんいやんをしているレイ。
「うわああああ!」
 それを見て何故だかシンジは涙を流した。
 振り上げ、突進する。
 ガス!
 それに右を合わせたどらエヴァン。
「く、クロスカウンター…」
「ふ、青いな」
 ずるりとシンジが崩れ落ちた。
きゃああああ!、シンジ様ぁ!」
 ミズホが悲鳴に近いかなきり声を上げる。
「るったるったるんっと、なぁによシンジが…、きゃあああああ!、なにやってんのよあんたわ!」
 むむ!
 とっさに身を翻すどらエヴァン。
「あ、こら!」
「逃げちゃダメですぅ!」
 バシュ!
 まぶし!
 アスカは目を焼かれるような光にデジャヴを感じた。
 あれって…
 そう、アスカが見た光。
 どらエヴァンのタイムジャンプの光だった。
 そっか、じゃあ!
 全てはここからくり返す。
「シンジ様、シンジ様、シンジ様ァ!」
 ミズホが泣きそうになりながら、シンジの体を揺すっている。
 レイはいやんと身をよじっている。
 ふふ…
 何となくおかしくなって、微笑んでしまうアスカ。
「何笑ってるんですかぁ!」
 その顔面に、ミズホの頭にエプロンがパシッと叩き付けられた。
 ずるりと落ちたその後で、アスカの形相が一変した。
「あんたなにすんのよぉ!」
「アスカさんがバカなんですぅ!」
 ぎゃーぎゃーぎゃー!
「シンちゃん、うふふ…」
 その異様な光景を見やるカヲル。
「…何をしているんだい、シンジ君?」
「カヲルくん、助けてよ、カヲル君…」
 シンジは床に這いつくばったままで泣いていた。
「平和だね?」
 眩しげに眺めるカヲル。
 ぎゃーぎゃーと騒ぎの起こるドイツの片隅。
 全てはそこからくり返し。
「意識が遠くなって来た」
 シンジの未来は、まだ明るい。

それではみなさま、
さーよぉ、な〜ら〜(;;)/〜



 ひろぉがぁるぅ、世界の彼方から、あああ〜
 なぁにぃがぁ、呼ぶと言うのだろう?
 希望の星ぃ、胸に抱いてぇ〜
 今日も、暗躍〜、ひぃとぉりぃ
 GO!GO!、ユイちゃ〜ん
 GO!GO!、ユイちゃ〜ん
 GO!GO!GO!GO!GO!…
「まあ、人聞きの悪い」
 ぷつっ、サー…

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