「アスカに…、何をするつもりなんだよ、君は!」
 シンジは目には見えないが感じる気配に叫んでいた。


「それであたしに文句を言いに出て来たって言うの!?」
 アスカはくっと顔を伏せた。
「…あなたは、忘れているのね?」
 その態度にこそ、彼女は悲しむ。
「思い出して?、あの時のことを…」
 わたしはレイ、あなたたちの心を分けてもらって、いつか本当に取り戻すはずのレイの心よ?
「いつか取り戻すはずの…」
 呆然とする。
「そう、だけどわたしは三人の誰でも無いレイになってしまったの」
 芝居がかって泣き崩れる。
「ちょ、ちょっと…」
「でもね!」
 元気に喋る。
「わたしが生まれる方法って一つじゃないの!」
 一つじゃ…、ない?
 意味が今ひとつつかめない。
「そう…、思い、願い、そういった想念が、ガフの部屋と呼ばれる世界から、わたしを連れ出してくれるのよ!」
 それはトウジの妹、ハルカのように。
 見て、と彼女は世界に叫んだ。
「エンジェルホライズン、この先にあるのがガフの部屋よ?」
「それは何なの?」
 不安そうなアスカ。
「全ての魂の安息の地、自分と言う形を手に入れる前の命の源…」
「そこから、あんたが生まれ出るというの?」
 彼女はニコッと微笑んだ。
「そうよ?、お父さん、お母さんだけではないわ?、それはただ肉の形を与えてくれるだけの存在なのよ、でも喜んでくれる人、願ってくれる人、希望を、未来を、夢を、そのイメージをわたしにくれるのはたくさんの人達、わたしはそれを受け取り、与えられて、あの世界から飛び出すの!」
 お母さんのお腹の中に。
 レイをと言う形になって。
「だからあなたにもその可能性はあるのよ?」
「あんたを…、お腹の中に入れるって事?」
 アスカは無意識のうちに下腹を撫でた。
「それも誤解ね?、あなたに宿った命がわたしになると言う可能性があるのよ」
 三人のレイがレイ・エヴァンゲリオンという人格になる可能性があったように。
「わたしと言う女の子は、わたしと言う魂の形を編み上げた人の所へ宿るのよ」
 あたしの赤ちゃん?
 怖々とだが、震える手を少女の頬へと伸ばす。
「いつか生まれ出るわたしへの期待を感じるわ?、同様に恐いと言う怖れも感じる…、そしてわたしのことを夢見て、微笑んでくれている人達が居るの、それを望んでいるのはあなただけではなく…」
 至上の幸福が形となってそこにある。
「あたしが…、あんたを怖れてたっていうの?」
 だから彼女が迷い出た、アスカにはそう言っている様に聞こえてしまう。
「あなたは、碇君のことが好き?」
「好きよ…」
「あなたは、わたしを生んでくれる?」
 愛してくれる?
「レイとして、碇君の子供としても」
「わからない…、わからないけど…」
「あるいは碇君以外の人の子供であっても」
 頬に添えられた手の甲を、少女はそっと包み込んだ。
「誰でも…、わたしになる可能性を持っているのよ…」
 彼女を望む人が居るのなら。
「わかんない…、わかんないけど、でも!」
 それがレイとシンジでなければならない可能性を否定することに繋がるのなら。
 自分でも良いと言う希望がそこに生まれてくると言うのであれば。
「その時が来たら…、きっと!」
 その先は言わなくてもいいと微笑みで語る。
「なら、立って」
 アスカは誘われるままに膝を立てた。
「その想いを捨てないで、その想いを力に変えて…」
 アスカの中に息づくものがあった。
「この世に神がいるのなら、それはあなたのことだから…」
 何かを感じる。
「あ、槍!?」
「そう…、ロンギヌスの槍」
 それはアスカが取り込んだ力だった。
「陰と陽、光と闇、男と女、プラスとマイナス…、あらゆるものを二つに分かてる力、一つにできる強さ…」
「想い合う、心を…」
「繋ぐための力…」
 アスカの右手が熱くなる。
「感じて、碇君を…、隠さないで、あなたの心を」
 あたしの、心!
「その想いがあるかぎり、あなたは無敵なのだから」
 あたしは!
 手を横へと伸ばす。
 それとは直角に、赤い光の粒たちが、渦を巻くように集まり出した。
 現われるのはロンギヌスの槍、つかみ取ったのは惣流・アスカ・ラングレーだ。
 そうよ、あたしはアスカなんだから!
「誰よりも強いあなたが好き…」
「強くなきゃ、あのバカの尻なんて叩けるもんですか!」
 槍を使って世界を払う。
 お願い、碇君を助けてあげて…
 その声を最後に、レイの姿もかき消えた。


「アスカ!、アスカアスカアスカアスカぁ!」
 抱きかかえられる心地好さと、耳障りな呼び声が相反する感情をアスカに持たせる。
 うっさいわねぇ、もぉ…
 心配してくれてる事への嬉しさと、もっとまどろみたいと言うわがままな思い。
「起きてるわよ…、ばかシンジ」
「アスカ…」
 シンジは反応があった事に、ほっと胸をなで下ろした。
「よかった、急に倒れちゃうし、全然反応ないし心配したよ」
 アスカが倒れた原因が彼女だと言うことは分かっていたが、シンジはちょっとだけ嘘を吐いた。
「ん…」
 シンジを押しのけ、体を起こす。
「あたし、気を失ってたの?」
「一・二分だけど…」
 はぁっと溜め息。
「あんたねぇ、そんぐらいで大騒ぎすんじゃないわよ?」
「そのぐらいってなんだよ!」
 シンジ?
 ぽたぽたと落ちる涙に動揺してしまう。
「アスカがこのまま…、このまま死んじゃったらって僕…」
「シンジ…」
 そっとシンジを抱きしめる。
「僕もう嫌なんだ!」
 あの時のように。
 レイの様に。
 誰かが手の届かない所へ言ってしまうのが。
「二度と会えなくなるなんて、そんなのもう嫌なんだよ!」
 アスカの胸の中でぶちまける。
 こいつ…、あたしだけじゃない。
 レイも、レーもまだ…
 本気で好きになってないんだわ。
 纏わり付いているのは、さよならをする事への恐怖感。
 それと直面したくないからだ。
 ほんとにバカね…
 アスカはそれを和らげようと抱きしめた。


「はぁ…、べったべたの甘々ね?」
 ミサトはあっついわぁっと胸元をあおいだ。
 シンジとアスカ、二人の様子を監視していたのだ。
「ねぇ…」
「なに?」
「結局あれ、なんだったの?」
 画面に写っていた人影を指す。
「そうね…」
 リツコは適当な説明を探した。
「…ATフィールド同士の干渉、と言ったところかしら?」
「干渉?」
「直接ATフィールドを操れるシンジ君と、ロンギヌスの槍を内に宿しているアスカだもの」
 二つの不安が形となって現出した。
「そう言う事もあり得る、か…」
 嘘ね。
 リツコは自分の内側で、自分の考えを否定した。
 理論的には正しいけれど…
 直感の部分が警鐘を鳴らしている。
 あれは別個の生き物だ。
 あれは単体の生物だと。
 あれは生きている存在だと、心の何処かが訴えている。
 でなければ己の意志のままに行動するなどあり得ない。
 まさか『実在』していると言うの?
 まだ生まれてもいない者。
 あるいは三人の総意体。
 魂を持たぬはずの存在が。
 そこに固体として存在しえないはずの意識体。
 レイ・エヴァンゲリオン。
 彼女は、一体…
 なんのために現れたのか?
 どうやって『レイ』と言う魂の束縛を断ち切ったのか?
 冬月との会話のこともある。
 あの力はこれから調査するというのに…
 その力を使用するための武器は存在していた。
 あるいはアスカが、エヴァを構成する素材の中から直感だけで組み上げた?
 見た事も聞いた事も無い力を操るために?
 これは…、調べてみる価値があるわね?
 リツコの手は既にそのために動きを見せ、素早くキーを叩いていた。
 それを胡散臭げにミサトが見ている事にも気がつかないで…


続く



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