Defense of the SeaBase 6

 全長三百メートルの海竜が、時速50ノットの速度で海面に飛び出した。
 そのジャンプはホエールやオルカの様に優雅なものではあったが、それは側面から見ての話しである。
(でかい!)
 それを真正面から見たアスカは、まさしく小山が跳びかかって来たような錯覚を覚えた。
 海水が竜に引きずられるように盛り上がり、引きずられるように周囲を固めていた船が引き寄せられていく。
「こんちくしょぉおおおおおおおお!」
 意味不明の雄叫びを上げて、アスカはATフィールドを全開にした。
 竜の勢いに乗った質量を受け止める、弐号機で直接受け止めてはならない、なぜなら足場を踏み抜く可能性があったからだ。
 ATフィールドであれば、上手くやれば空中で止めることができる、そんな算段があった、しかし。
「だめ!」
 ATフィールドにぶつかった竜の首が、後を追うような自らの胴体に圧し潰された。
 無様に首が折れ畳まれていく様を、アスカは壁越しに見る事になってしまった。
「あっ!」
 そしてその次には気を取られた自分を呪った。
 推定重量を計算するまでもなく、落ちた竜の重さに基地が傾いたのだ。


「きゃっ」
 ドズンと深度七の直下型地震にも似た震動に、立っていたレイはその辺りの機械へ向かって投げ出されかけた。
「あっ」
 しかし気が付けばシンジの膝の上に居た。
 左の腿にまたがるように座らされていた、腰に回された腕に、抱き支えられ、寄せられたのだとようやく理解する。
「アスカ、踏ん張って!」
 だがそれを成したシンジは、ぽうっと頬を染めたレイを見てもいなかった。
 反射的に伸ばした腕がレイに届いただけなのだろう。
『わかってるわよ!』
 多少不機嫌になりながらも、レイは視線の先を弐号機に切り変えた。
 傾いた基地が揺り返しをくり返して均衡を取り戻そうとする。
「中央ブロック付近に亀裂発生!」
「基本構造部に歪みが出ています!」
「沈むかどうかだけを調べろ!」
 バータフのヒステリックな指示が飛ぶ。
 これだけ巨大な構造物の片側が完全に水中から浮き上がったのだ。
 中折れしなかっただけでも運が良いと信じるしか無い。
「弐号機は?」
 基地に半ば乗り上げた怪獣を抑えるのに必死になっていた。


「まだ生きてる!」
 恐ろしいまでの生命力だった。
 傾きスロープのようになった基地甲板の上に乗り上げたUMAは、そのズタズタになっている胴体を晒した。
 内臓までが爆雷によって焦げ付いている。
『お姉様!』
『巡洋艦を突っ込ませる!』
 ムサシの号令に従って、船が左右から海水に浸かっている海竜後部を挟み潰すように突撃した。
 基地の甲板は海上十数メートルの位置にあるのだ、基地が傾き沈んでくれた事が都合よく作用していた。
 奇妙に折れ曲がった首を抱え込み、弐号機はUMAが逃げるのを防いでいた。
 ブシャ!
 UMA胴体部に船の艦首が突き刺さった。
 ギシャアアアアアアアアアアアアアア!
 竜の悲鳴が上がる。
 振り回すように弐号機を放り出す。
『撃てぃ!』
 トーマスの声は砲声にかき消された。
 突貫した無人船の砲門が火を噴いた。
 閃光、爆音、煙と、視覚聴覚嗅覚が潰される。
「ひっ!」
 最後の抵抗とばかりに折れた首を振り回し、弐号機を跳ね飛ばす竜。
『お姉様!』
 エリスは海に落ちたアスカを拾うために移動した。
 専用装備のない弐号機は沈むだけなのだ、ケーブルで繋がってはいるものの、基地もいつ沈むか分からない。
 沈んだ基地に引きずり込まれたのでは目も当てられない。
「あたしは大丈夫、それより!」
 アスカはかろうじて、シンジを!、と叫びかけたのをなんとか隠した。


 アスカは弾き飛ばされる瞬間、竜の口腔の奥にあるものを見てしまっていた。
 それはシンジに、ある記憶を呼び起こさせるものだった。
 誰にとっても、とても懐かしい顔だった。
 エヴァ量産機。
 その口を開き、這い出して来た綾波レイの顔。
 あくまでシンジの心を投影した物が現出したに過ぎなかったが、おぞましい光景であったことには違いが無かった、そして、今も。
「マナ……」
 とても妖艶に、そして誘うように笑っている。
 口の中から、這い出して。
 なめくじの頭のように竜の首は長く伸びていた。
 大きく開いた口からは頭髪のない頭が首の筋を張りながらもシンジを求めて這い出して来ていた。
 元の倍以上の長さに達しながらも、UMAの首は重さに負けることなく指令塔との間に橋をかけようとしている。
『う、ああ……』
 ムサシの呻く声が聞こえた。
 思わぬ再会に動揺してしまっているのだろう。
 シンジはぎゅっと胸元を掴まれて、ようやくレイの縋るような目が真近くにあるのに気が付いた。
(わかってる)
 レイには量産機が見せた変容に関する記憶は無い。
 レイの行動は単純にマナに対する心情が揺り返しを受けて、シンジが自分から離れていくのを恐がったのだ。
 だがそれで正解だった。
(あれは、マナじゃない)
 レイの温もりと香りに、シンジは自分が居る場所を自覚した。
 ついに竜の首は塔に達した。
 腹から下は無残にも砲撃によってえぐられ、意外にもただの生き物のように腸だのなんだのをこぼしていた、が、それでもまだ生きていた。
『シ・ン・ジ』
 ただパクパクと動かしただけなのだろうか?
 偶然にも『彼女』の唇の動きはそう読めた、そして……
「きゃっ!」
 レイが何度目かの悲鳴を上げる。
 押し付けられた顔にガラスが割れ、フレームがひしゃげた。
 塔そのものも押し曲げられ、歪んだ。
 直径十メートルは楽にあるだろうか?
 瞳だけでも何メートルもある、そんな巨大な顔がシンジに微笑みかけていた。
『何を、願うの?』
 その場に居る全ての人間がそれを聞いた。
 聞かされたのか、あるいは聞こえてしまったのか?
『マナぁああああああああああ!』
 感情に振り回されたムサシの絶叫が割り込みをかける。
 彼にとってマナの顔を持つものはマナと同じなのかもしれない。
 そしてマナは、自分ではない男に語りかけているのだから。
 だがマナは彼の呼び掛けに答えた。
 傷ついた腹部から肉片交じりの竜の血が触手のように幾重にも伸びた。
 それはマーク3を絡め取る。
 グシャ……
 嫌な音がした。
 マーク3は奇妙な形にねじり折られた。
「バカだね……」
 シンジは優しい目をマナに向けた。
「ごめん」
 そして手をかざす。
「僕はもう……、何かを望むのは、やめたんだ」
『てぃやあああああああああ!』
 横殴り。
 ズンと巨大なものが踏み込んだ震動が、シンジの腰を椅子から浮かせる。
 ぶれるように消えたマナの顔、代わりに立っていたのは拳を振るったアスカの弐号機。
 腰を捻るように繰り出したフックが、見事マナの頬を陥没させていた。
『おとなしく死んでりゃいいのよ!』
 さらに蹴り跳ばす。
『あんたわぁあああああ!』
 首を締めて持ち上げる。
『トーマス!』
 見事な艦砲射撃だった。
 パンッと弾けるように竜の頭部は消し飛んだ。
 鮮血が散って、弐号機をまだらに彩る。
 その血は指令塔までも染め、一雫だけシンジの右の目を閉じさせた。
「……マーク3は?」
 シンジはその血を拭い取りながら誰かに尋ねた。
「……被害甚大、パイロットは意識不明、身体に異状無し、フィードバックの過付加で気を失っているようね」
 シンジに答えてくれたのはレイだった。
「そっか、よかった……」
 正確には、他に答えられるほど余裕のある人間が居なかっただけである。
「何が……、良かったものか」
 無茶苦茶だ、とバータフは青い顔で呻いた。
 シンジは小さく笑った。
「負けても人類が滅亡するわけじゃなし……、それより、これからが大変だと思いますよ?」
「なに?」
「……あの怪獣、一匹だけだといいですね?」
 バータフはシンジの物言いに、今度こそ言葉を失って大口を開けて自失した。
 無敵のATフィールドを持つはずのイヴの大破。
 そのイヴ二体とエヴァ一機をもってしても出した甚大な被害。
 ATフィールドによってエヴァは無敵になろう、しかしそれ以外のものはこれ程までに脆いのだ。
「どうしろと、言うのだ……」
 その答えは、ひとまず据え置く以外に方法は無かった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。