L.A.S.Defense of the SeaBase 5
アスカは基地のカメラよりもよほど高性能な弐号機の目で見てUMAを分析していた。
(純粋な使徒じゃないわね?、むしろ使徒の細胞が生物を変質させたって感じかしら……)
過去の使徒を思い返す。
葛城ミサトは使徒を人だと解いたがそれは誤りである。
セカンド、サードインパクトにて、影響する範囲内に居た生物は、全て命を刈り取られている。
限定された範囲の全ての生命が消失したのだ。
それは彼らが『生命の果て』を摸索する存在であり、『人』という限定された種ではない事を指している。
(使徒の肉片か……)
使徒は人の代役には成りえなかった。
しかし現存する生物の過当競争が終わったわけではない。
(深海に流れ着いた肉片を食べて、組織構造が変質したのね?、S2機関に『汚染』された生物ってとこかしら)
アスカは弐号機を、基地のやや中央よりに立たせていた。
下手に端に寄れば、エヴァの質量によって基地のバランスが崩れてしまうからだ。
その程度で浮力を失うほど柔ではないが、現在、迎撃のために砲火を開いている者達にとっては厄介な事になるだろう。
ATフィールドを展開しないのも、こちら側からの攻撃を行えなくなるからだ。
(基本が地球上の生物だってんなら、いきなり『撃って』くるようなことはないでしょうけど……)
希望的観測を述べる。
(甘いかしらね?)
形状から判断できないのがいつものことだった。
アスカは上唇を舌で舐めた。
それは久々に感じる『敵』からのプレッシャーによる、無意識の圧迫を自覚した瞬間でもあった。
「艦隊を左右に展開させろ、エヴァ弐号機に応援要請!」
トーマスは艦隊の指揮を取りながらも、被害を最小限に抑える方向を選択していた。
それは前回の戦闘で学んだ事でもある。
(海軍気質か)
船を沈められることは最大の不名誉である。
だからと言って艦を捨てるなど言語道断、しかし船はあくまで『建造物』なのだ。
(幾らでも新造できる、金などネルフに出させればいい)
表立っては口にしないが、恐らくはアスカなら分かってくれるだろうと口の端に笑いを浮かべた。
(こんな事を考える自分は、臆病なのだろうな)
だがそれでも良いと思えてしまったのだ。
その場のテンションに任せて死を選んだとして、残された親は、妻は、子は、家族親戚はそれをどう思ってくれるのだろうか?
誇ってくれるかもしれない、しかし悲しみもするだろう、なら。
(けなされてもかまわんさ)
どの様な目で見られようとも、生き残る事こそが重要なのだ、でなければあの黄金の世界からの回帰など望まなければ良かったのだから。
(すべからく、我々は生きている)
そして生きる事を選択したのは自分自身なのだ。
(なら、自分の命には責任を保たないとな?)
寿命を全うさせること。
トーマスは、己の役目をそう見定めていた。
『正面、来ます!』
(来なさい……)
アスカは唇を軽くなめた。
LCLの味に舌の感覚は麻痺している、それでも味覚がおかしくならないのは。
(シンジのおかげね?)
上がった後の一杯のお茶が正常な感覚を保ってくれているのだと考える。
(死なしゃしないわよ)
アスカの背後には指令塔があり、そこにはシンジが居るはずなのだ。
自己管理能力が自覚出来るほどずさんなアスカにとって、シンジの存在は清涼剤以上の生命線に近いものであった。
それを失うわけには、絶対にいかないのだ。
(負けられないのよ、このあたしは!)
そんな理由をでっち上げている自分がおかしくなって、アスカは意気を高揚させた。
「ATフィールド……」
『待って、アスカ!』
シンジの叫びにアスカはたたらを踏んだ。
「なによ!、イヴ!?」
使徒は軽く首を上げた後、そのまま海面をくぐるように潜り込んだ。
海中を回り込んだマーク3が、その正面進路を邪魔したからだ。
『たりゃああああああああ!』
アスカに似た声を上げて、エリスは真下からの攻撃をかけた、マーク2は交差する一瞬、無防備になっていた怪物の腹にナイフを突き立てた。
ガボガボと空気の泡を吹い、怪物は身悶えた。
赤い血が水にじわりと広がっていく。
『今よ、魚雷を打ち込んで!』
エリスは海面から躍り上がるようにジャンプして、少し離れた場所に着水した。
「やるじゃない」
称賛するアスカ。
すぐエリスの上げた水柱を、爆雷、魚雷の水柱が飲み込んだ。
「使徒は!」
『健在です!』
(流石ね……)
ちっと舌打ちする、あれが使徒であるのなら、容易な事では倒せないだろう。
(条件付けが難しいわね?)
使徒との戦闘は単純にコアを破壊する事では終了しないのだ。
コアを保たない使徒が居た、あるいはS2機関の搭載すらも怪しいものが存在した。
粘菌等はエヴァを乗っ取った、だがなぜエヴァの破壊によって粘菌使徒は死滅したのか?
答えは簡単である、生物として負けを認めたからだ。
アダムの肉体は次の使徒へと移り変わる度に、この星で生きるための適切な形態を摸索していた。
その形状を『不適切』と判断させる事こそが、勝利の要因だったのである。
殲滅条件さえ定義できれば、排除方法はそれ程大きな問題には成りえない。
それがサードインパクト以降、マヤによって教えられた解説だった。
(でもこいつは)
アスカはイヴ経由の画像を睨んだ。
使徒モドキとでも言えばいいのだろうか?
サードインパクトは全ての生命を還元した。
それでもなお、動物には己の形を取り戻すだけの力があった。
それは下等な生物になるほど顕著であり……
(その中に、こんなのがいる)
ある意味、これも補完の形なのだろう。
そう思うと一概に殲滅していいものかどうか戸惑いが生じた。
首長竜も自然派生した生き物なのだから。
(結局はやるしかないんだけどね?)
今更やめるわけにもいかないだろう、しかし。
(参ったわねぇ……)
ある程度負けを確定させてやれば自爆すらする使徒とは違い、あの怪物は生命活動を停止するまで抗うだろう。
最悪、逃亡もあり得るのだ。
(手負いの化け物が野放しってのは、ぞっとするわね?)
ならここで確実に倒しておかなければならないだろう。
なんとしてもだ。
(さてと……、どうやって)
化け物はマーク3に体当たりを敢行、押しのけるようにして基地を目指し、再び速度を増し始めた。
体当たりは無いだろうと考えたい、通常の爆雷で傷つくことから、外皮は余り堅くないのだろうし。
ATフィールドで補強されて、あの速度で突撃されたのなら……
(間違いなく、沈む……)
『アスカ』
「なによ?」
さっきは止めてごめん、と言外に言ってるのを感じ取る。
お互い言葉に含んだものを読み取れるようになった分だけ、間違いなく距離は縮まっているだろう。
アスカはそれに対して心を和ませ、落ちついていくのを感じた。
『この基地を捨ててでもあいつを倒して』
「わかったわ」
アスカはその手伝いを自分に振ってくれた事に感謝した。
……多分にレイへの嫉妬を含んだままで。
「戦艦二隻による、零距離射撃!?」
バータフは正気を疑うような視線を向けた。
シンジが余りにも無謀な策を言い出したからだ。
「ばかな、この基地を放棄するというのか!?」
あれが使徒と同質であるのなら、間違いなく爆発を起こすだろう。
その波は下手をすればこのハワイ基地を沈める事にもなってしまう。
「無茶を言うな!、この基地だけで国が一つ傾くのだぞ!」
シンジはエヴァと値段的に釣り合うのなら、大したことは無いのだなと考えたが、さすがに口にはしなかった。
代わりに無難な事を口にする。
「……エヴァ一機にイヴが二機、それにチルドレンが四人、全てを失うよりはマシですよ」
「そのような命令は認められない!」
レイは眉をしかめていた。
それはバータフが従わない事にではなく、チルドレンの数が一人足りない事への不信感だった。
「……水中へ逃がせばイヴですら捕えられない、やつがここを目指している以上、確実に倒せるチャンスは生かすべきですよ」
「しかし」
シンジは正面窓際の席に陣取ると、かつてのゲンドウのように手を組み合わせた。
「あいつは間違いなく、ここへ突撃を行います」
「なぜそう言える?」
「勘、ですよ」
「勘だと!?」
憤るバータフ。
「嘘を吐くな、お前は何を隠している!?」
シンジの言葉には確かな裏付けが存在している。
バータフは年の功でそれを読み取っていた。
だからこそシンジへの不信感を隠せない。
「……弐号機が、ここにありますからね?」
それは嘘であった、正解は『シンジ』がここにいるからである。
「奴が基地の上に上陸した所を弐号機で押さえさせます、その隙に両脇から戦艦二隻による特攻を行い、さらに砲撃を敢行……、運が良ければ船は残りますよ」
ボロボロになったとしても。
「だが基地の基礎基盤は歪む」
「そう思うのなら、早々に退去命令を出して下さい、まだ手すきの船がある、今の内なら避難は可能ですから」
バータフはそれ以上何かを言うのをやめた。
怪物は刻一刻と迫ってきているのだ、どの道基地は無事ではすまないだろう。
さらに基地が沈んだ時の海の荒れ方を思うと、安全な海域まで逃げられるだけの余裕は与えてやりたかった。
忌ま忌ましげにシンジを睨む。
しかしシンジのポーズを崩すことは出来なかった。
「……聞いた?、トーマス艦長」
呆れているようだったが、アスカは別の意味で苦笑していた。
(ミサトの真似して……)
シンジに具体的な作戦を練るほどの能力などもちろん無い、なら、知っている中で有効に思えるものを持ち出すだけだ。
その単純な理由を、アスカは簡単に見抜いていた。
『いやはや、無茶な作戦を立てますね』
「マーク1、マーク3は奴を追い込んで!、あたしは……」
受け止めてやる、と、弐号機の両腕を大きく広げた。
総員退去。
その命令に、一部の人間は従わず、そのまま残る事を望み、選んだ。
もちろんその中にはバータフも居た。
「……逃げないんですか?」
「君はどうなんだ?」
シンジは苦笑した、言い返せなかったからだ。
「綾波は……」
「碇君が、残るなら」
「ありがとう」
左肩にレイの両手の温もりを感じる。
シンジは素直に感謝した。
しかしレイの内心までは見抜けなかったが。
(何があっても、わたしがいるもの)
万が一の時には『力』を遣う事を厭わないつもりでいた。
それで『秘密』が公になったとしてもだ。
(この人が、居るから)
ただ一度愛し合っただけで、そこまで絆が結べたと考えるのは危険であるが、レイは恋愛に疎かった。
シンジと繋がった事に対する興奮が持続している、またそれを疑う心を知らない。
現実にシンジは受け入れてくれたのだから。
レイは伴侶としての態度を固めていた。
(生きるのが義務なら、死ぬ選択も自由か)
アスカはその考えを頭から否定するつもりは無かった。
この世界に返って来た人達は、誰しも何処か心が欠けていた。
だからこそのシンジでもある、しかしこうも考えられるのだ。
理不尽な死に抗った、身勝手な人達。
そして身勝手ゆえに、死に場所は自分で決めようとしているのだと。
彼らは突然に与えられた幸福よりも、自ら幸せを作り、そこに価値を付加しようとしているのだ。
その結果として満足の行く死を迎えようとしている、ならこの戦いで命を落とす意味合いも、彼ら自身が決める事ではないのだろうか?
無駄死にかそうでないかは、歴史家や他人が語ることではないのだ。
(だからみんな、頑張ってよね?)
例え死者が出たとしても、アスカは知るもんですかと割り切った。
自分に出来る事はそう多くなく、勝手な他人の世話まで面倒を見てはいられないのだから。
自分勝手に生きて、自分勝手に死になさい。
それを具現した形が加持リョウジである事に、もし思い至ることができていたら。
そのような思索は、絶対に否定されていただろう。
そこには残された者の想いなど、まるで計算されていなかったから。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。