Defense of the SeaBase 4

 足ヒレを着けて泳ぐマーク2の姿は、どこか人魚を想像させた。
 それは腰をくねらせるようにして、揃えた足を一つの尾に見立てているためだろう。
 マーク2は指でちょいちょいと先を示した。
 隣に居るマーク3が先行する。
『ちょっと待ちなさいって!』
 エリスはマーク3の背びれに手をかけ、牽引させた。
 こうして接触していれば直接通信が可能となる。
「恐がってる場合じゃないだろう?」
 子供の相手は苦手なのだろう、ムサシは馴れ合いを拒んでいた。
『正体も分からないのに手を出すのはただの無謀だわ?』
「どの道放置しては置けない」
『それで起きた結果に、あなたは責任が持てるの?』
「持つさ」
『……ダッシュに当たってたくせに』
「なんだと?」
 あっ、とエリスは失言を肯定するように漏らした。
『なんでもないわよ!』
「どういう意味だよ!?」
『お目当ての、近いわよ?』
 あからさまに話を逸らされ、ムサシはちっと吐き捨てた。


(失敗しちゃった)
 エリスは自分の迂闊さを罵った。
 アスカから事の顛末は聞き出した。
 サードチルドレンから情報を引き出すために送り込まれたスパイの少女。
 彼女と、他二名による戦自少年兵の脱走劇。
 その結果としてはじき出した答えは……
(ダッシュに、碇シンジに当たってどうしようってのよ?)
 やはりよく分からない、と言うものだった。
 戦自に徴兵され、それが嫌で脱走を試みた。
 そこまではいい、だが巻き込まれた碇シンジにどのような罪があるのだろう?
 好きだの愛しているだのと弄ぶだけ遊んだ少女は、シンジの目の前で他の男と抱き合い、去っていってしまったのだから。
 その果てにどの様な結果を見たからと言って、彼に当たるのは筋違いと言うものではないのだろうか?
(サードインパクト、か……)
 あれを起こしたのがシンジであるとするのなら、確かに死に追いやった責任はあるのだろう。
 だが自分で還ることは出来たはずなのだ、それをしなかったのはマナと言う少女だ。
 ムサシには、あの穏やかな心地好い世界以上の魅力が無かったと言う事になるだろう。
 マナはシンジを振ってムサシを取っている。
 そして今度は、ムサシよりもあの世界を選んだのだから。
(見る目ないわねぇ……)
 エリスはアスカの思い人をふった事に憤慨していた。
 自分の知らない碇シンジと言う少年がどれほどの人物だったのかは想像の域を出ない。
 それでもクローンに固執するアスカを見ていれば、それだけ深く思わせる人物であったのだろうと人物像を形作れる。
 ムサシを見ていて、そのシンジよりもムサシが上とは思えないのだが、あばたもえくぼ……、アスカがクローンをシンジ同様に愛しているように、マナと言う少女もムサシに何かを抱いていたのかも知れない。
 それが碇シンジと言う存在よりも、魅力的な何かに見えてしまったのだろう。
 エリスも女の子だから夢想は出来た。
 だが面白くない。
 アスカの思い人を振った事がだ。
 魅力に乏しい少年だったとは思いたくなかった、そんな少年に惚れるほど、アスカが安っぽいとは想いたくなかったから。
 そしてこのムサシと言う少年。
(どうでもいい、って感じなのに……)
 小首を傾げる、とても好人物とは思えなかった。
 戦自からの脱走劇、その責任をこの少年は取ったのだろうか?
 結局はシンジを苦しめ、逃亡にはまた別の人間の手を借りている。
 置き去りにされたシンジは他人の手を借りて立ち直った。
 自棄的に。
 逃亡はネルフのエージェントの手助けを受けた。
 それも借りっぱなしで、甘えただけだ。
 なのに今、彼は一連の事件に関して全く謙虚になっていない。
 そんな人間だけに、先の言葉は看過できないでいた。
(『責任は取る』、ですって?)
 それが言えるのは本当に責任を取るつもりが無いからだろう。
 あるいは取り方を軽く考えているからか?
 イヴを降りる?、死んでお詫びする?
 それはただ単に、自分の中でけじめを取るに過ぎない行為だ。
 責任に伴う謝罪は何も成されない。
 この作戦では、最悪基地を失い、多くの死者を出す事になる。
 その遺族に果たしてどの様なお詫びをするというのだろう?、少なくともエリスには逸れが見えない。
 だからエリスは、慎重に事を進めたいと、少々臆病気味になっていた。


(堅くなってるわね?、無理もないけど)
 前回の戦闘は圧倒的戦力差を持っていた。
 しかし今回は違う。
 未知数の敵が相手だ、ミスは少ない程よいのだが……
 既にムサシが上げていた通信用のブイは水中に没している。
 アスカは今、ムサシと居るはずのエリスを想っていた。
 躍らされたとは言え、ドイツ支部を破壊し、少なからず負傷者を出したのだ。
 自分の子供である部分に突け込まれた形で。
(傷ついたでしょうに……)
 プライドが。
 だから臆病になっている、今はそれが上手く働いて彼女に思慮深い所を与えているように見える、しかしだ。
(臆病過ぎるのもねぇ?)
 思い切りの良さが無ければエヴァは扱い切れない。
 アスカはそう考えていた。
(エリス……、あんたは一人で世界を征服する事だって出来るのよ?)
 もちろん他のエヴァが出て来なければの話ではあるが。
 とにもかくにも、それだけの力を与えられているのである。
 圧倒的な力は全てを叩き潰すことができる。
 例えどの様な問題でも、だ、もちろん暴力的過ぎる発想ではある。
(何処で踏ん切りをつけるかなのよねぇ?)
 力を使い始めて、それでもまだ迷うようであれば、中途半端な破壊力が被害を広げていくだけだろう。
 それを抑えるためにも、割り切る心は必要なのだ。
(失敗する事を怖れないで、……それよりも成功させる気概を見せて)
 使うべき所で、力は使うべきなのだから。
 アスカはエリスに、かなりの期待をかけていた。


「大きい……」
 透明度の高い水を通しても、ぼやけてしまうほどにその影は大きかった。
「それに早い!」
『予想を越えてはいない、やれる』
 ムサシの根拠の無い言葉が神経を逆なでする。
(こいつ!)
 いちいち無責任で、思慮に欠けていると感じるのだ。
 怪獣の大きさは約三百メートルと大型空母にも匹敵した。
「50ノットを越えてるわよ?、この深度で」
 海面から約千五百メートル。
 海水もそれなりに圧力を持ち、密度を高めている。
 その中で水流の影響を受けつつもUMA(未確認生物)は時速八十キロから九十キロを維持して、何処かへ向かうように泳いでいた。
 驚異と言う以外の何者でも無い。
「こっちに来る!」
 身を捻る姿を捉える。
(首長竜?)
 長い首、丸く大きな胴体、尻尾は意外に短いが、手びれと足びれは大きく見えた。
 慌ててマーク3から手を離し、エリスはマーク2に距離を取らせた。
「くうっ!」
 歯を食いしばるエリス。
 竜が通り抜ける時の水流に巻き込まれ、翻弄されたのだ。
 一瞬上下を見失う。
「このっ!」
(浮上するつもり!?)
 エリスは慌てて後を追った。


「ジーザス……」
 誰かがこぼした、あるいは複数の人間だったかもしれない。
 エリス達の支援のために、海上には四隻の巡洋艦からなる船団が配備されていた。
 その船の間に、それは姿を現した。
 海を割り、伸び上がる様に天を突く長い首。
 白い竜。
 全身は魚の腹のような白さをしていた。
 光沢が見られない事から、さほど堅くは無いのだろう。
 あるいはそれが深海で生息するための条件なのかもしれない、固い物質は圧壊しやすいのだ。
 倒れるように海面を叩く。
 起こった波に船は木の葉のように揺さぶられた。
 それが兵士達に正気を取り戻させる。
「面舵!、距離を取れ!」
 竜の頭はミミズのように首の延長となっていた。
 目玉も無く、ただ真ん中からぱっくりと上下に割れている。
 それが口なのだろう、奥にはエヴァの様なごつい舌が蠢いていた。
「あんな生き物が……、あんな!」
 何処か浮き足立ち、みな正常な判断力を失っていた。
 だから気が付かなかったのだろう。
 竜の首は、ハワイ補給基地に向けられていた。


(これは)
「碇君」
 シンジの鋭く細まった目に、レイは確認を取るため問いかけた。
 レイを押しのける様に席を奪う。
「間違い無いよ……、狙いは、僕だ」
 レイの顔から血の気が引いた。
(この肌の色……、ぼやけてるけど覚えてる、これは)
 じっと監視船からの映像に見入るシンジ。
 ぶよぶよとした張りのない肌は、地下の巨人、レイの、カヲルの姿を取った、あの『人間』と同じものに見うけられた。
(使徒、なのか……)
 リリスの崩壊した肉体、その組織片は全て回収されたわけではない。
 あまりにも巨大過ぎる肉片は、今も世界の何処かでは腐り続けているだろう。
 南極の氷以上に水位を押し上げた物体である。
(魂が無くても肉体は生まれる、本能だけで行動できる……)
 それが次々と現われた使徒の正体。
 そしてリリスの、アダムの魂は封じられたわけではない。
 消滅したと考えるのが妥当であった、それはシンジが拒絶したからなのだが。
 魂は無くとも肉体は存続できるのかもしれない。
 シンジはちらりとレイを見た、リツコの言葉が思い出される。
『魂は生まれなかった』
 だがレイの体はコピーできた。
(僕からは……、匂いでも感じるんだろうか……)
 そうなのかもしれない、間違い無くシンジは人としてアダムに近いのだから。
「こちらへ進路を取っています!」
「即時出港可能な船は出させろ、待避だ!、守備隊は全砲門を化け物へ向けろ!」
 指示が飛ばされる。
 対潜魚雷、及び対艦砲が向けられ火を吹いた。
 基地からはミサイルが打ち上げられた。
「直撃します!」
 双眼鏡を覗いていたトーマスが叫んだ。
 水平線の向こうで、ちかちかと光が明滅する。
 シンジは望遠映像を注視した。
 爆発の黒煙と水柱の狭間から、UMAは泳ぎ出る。
「……血を、流してる」
 てっきり無傷だろうと予測していただけに、シンジは少なからず衝撃を受けた。
(使徒じゃないのか?)
『やれるぞ!、敵はただの生き物だ!!』
 トーマスの勢いに乗った指示が、さらなる攻撃を促した。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。