L.A.S.Defense of the SeaBase 3
「……どう思う?」
シンジはムサシの言葉に、レーダーから顔を上げた。
「よくわからないよ……」
「そうか」
基地管制司令室。
巨大な人工島の上にある、もっとも高い塔である。
部屋はその中階にあった。
「どうなんですか?」
シンジはこの基地の司令官であるバータフに振った。
黒人である、やや腹の出かたを気にしているのか?、ベルトを強く締めている。
その隣にはトーマスがいた、めでたく艦隊司令代行に格上げされて同室を許されたのだ。
「この基地の欠点として、水中からの攻撃には脆い……、それだけに索敵には力を入れている」
バータフはそれに絡んで、ハワイの街並みが沈んでいるこの場所に陣を構えているのだと説明した。
浅瀬であれば潜水型の艦による侵入は困難であるし、また防衛側としても網を張りやすいと。
「しかしこいつは」
つい二十分前のデータを表示させて、手で叩く。
「この通りだ」
水中探知機に映った影は、この基地の高性能レーダーを使っても像がぼやけていた。
「……水中の温度差、にも見えますけど」
温水と冷水の境目が層を成す、その影にも見えるのだ。
「素人にはそうだろうな?」
ムサシは鼻でシンジの意見を笑い飛ばした。
「ステルスとも違う、それにマーク3の反応だ」
ムサシが持ち込んだデータはパターンパープルを示していた。
「使徒?、まさか……」
「まさか?、なぜそう言えるんだ?」
険を強める。
「そのためのイヴシリーズ配備だと俺は聞かされている」
「それこそ聞きたいよ」
見た目上、年上であるはずの青年に問い返す。
「使徒の存在なんて、ネルフじゃ公式発表されてないはずだけど?」
含んだ物をぶつけ合う。
お互い歩み寄ろうと言うつもりはないらしい。
「今はこれの正体を探る事が優先だ」
二人の確執をバータフは遮った。
見ていても気持ちの良いものではないからだ。
「もしこれが使徒だとしてだ……、大きさは空母にも匹敵するぞ?」
全長は約三百メートル。
「こんな巨大な生物が水深千メートル前後の浅瀬で活動できるものなんですか?」
素朴な疑問を漏らすトーマス。
水は深度を上げるほど密度が薄まり、軽くなる。
砂を蹴るよりコンクリートを足場にした方が速く走れるのと同様に、この巨大生物が生息活動を勤しむためには海溝こそが相応しいのではないかと考えられた。
当然、それについてバータフは考えを及ばせている。
「……深海から出て来たのかもしれんな、水圧から逃れて巨大化したのかもしれん」
バータフはムサシに振った。
「さて、我々はこの深度で有効な索敵能力を持ち併せてはいない」
あったとしてもせいぜいが音波探知器と視界が数メートルしか得られないカメラである。
それに対してイヴやエヴァは……
「わかってる、俺が行く」
ムサシは雄々しく頷き返した。
当てつけるようにシンジを見てから……
「チルドレンとイヴを無事運搬するために俺は来ているからな?」
その中に、『ダッシュの監視』について、含まれてはいなかった。
『なぁんであたしが……』
ぶちぶちとエリスの呟きが聞こえる。
『文句言わない!、行けるもんならあたしが行くわよ!』
『はぁい……』
ザッとノイズが走る。
エリスもムサシと共に、ハワイ沖の深海に向かって泳ぎ出すことになっていた。
シンジは司令塔の窓から外に目をやった。
赤い巨人が地平線を眺めている。
アスカだ、一応監督と言う立場に立って総指揮を取っていた。
「碇君」
シンジは気遣う声にハッとした。
いつの間にか拳を強く握り締めていたらしく、手が白く変色してしまっていた。
「ごめん……」
「少し、休んで……」
「……うん」
迷ったが、レイの目と手渡されたコーヒーの香りに提案を受け入れる。
通信士の席を譲り渡して、シンジは適当な壁際にもたれ掛かった。
「バカシンジが……」
アスカは知らずにこぼれてしまう独り言を隠すために、自分からの音声送信はカットしていた。
状況を知らせるアナウンスが騒音のように耳に触る。
深くシートに背中を預け、入り気味になる力を無理に抜く。
(あの頃に比べたら……、ね?)
再会して間もない頃は大変だった……
死さえもシンジは選ぼうとしたのだから。
それに比べれば、少なくとも目前の事柄から逃げ出さないだけ、格段に良くなって来ている様に思えるのだ。
(良くなってる?、本当に?)
それは怪しい。
意固地な程に罵られる事を選んで、今では存在事態を汚らわしいと……、クローンであると言う理由すらも捏造して、人に与えて。
嫌悪しやすいように心掛けて。
そこまでする必要が何処にあるのか?
『僕を捨てないで!』
そう叫んでいたシンジが、今では別人のようである。
「あたし達が着いていけなくなって……、離れちゃったとしても、あいつは……」
今の状態を続けるのだろうか?
孤独の中で、味方を失っても耐えるのだろうか?
今度は逃げだしもしないで。
「今はいいわよ……、あたしやレイが居るもの」
甘えて、辛い物を堪えずに吐き出してくれるから。
(レイの中に出したのよね?、あいつ……)
それは重大な事だった。
欲情しただけではないと言う事実がそこに含まれるから。
その様な後ろめたい感情すら抱く余裕を持たないほどに、強く求めたのだろう。
レイにある何かを、シンジは。
「あの子……、泣いちゃったわね?」
ふうっと首を横向け、海を眺める。
(あの子には……、辛いかもしれない)
アスカのように、それは駄目だとシンジに言えない。
だが言わなければ間違った道を歩むシンジを止められないのだ。
(駄目よ、あたしにも止められないもの……)
絶望的な想いは、シンジに他の道を指し示す事が出来ないからだ。
最善の道、成すべき事を説けない以上は、良かれと想ってやっている事を否定できない。
図らずもレイと同じように肯定してしまう。
『僕を捨てないで!』
今のシンジに、それを言わせる事が可能だろうか?
(無理ね?)
捨てないでと言っていたシンジは……
弐号機へ融合すると言う自殺を行い、自ら全てを捨てたのだから。
捨てないでと救われる事を望んでいたシンジは、もういない。
では今生きているシンジは、何を求めているのだろうか?
補完を経て還えった三人だからこそ、異常なまでに気易いし、信頼感も備わっている。
シンジのやっている事には、特に反対できるような事は見当たらない。
結果もあるし、良い事でもある。
だが最善ではない。
誰よりもシンジにとって。
見ていても辛過ぎる。
しかしシンジ自身は、その辛さを心地好さに変えている節が見受けられる。
存在の否定。
自己の否定。
感情の否定。
クローンとし、チルドレンでありながらも役立たずと名乗り、何と言われても反論しない。
開き直りか、絶望しているのか……
「タチ悪いわよ」
吐き捨てる。
結局、何も変わっていないのかもしれない。
変わったのは表層の行動のみで、根底にある物は変わってないように思えるのだ。
再会した時、シンジは自己の世界に閉じこもるために、他人からの接触に脅えていた。
その世界が変わっただけで、結局シンジは自分の世界に閉じこもっている。
そこから出て来てはいないように感じられる。
そして息の抜き方を、甘えると言う方法に見付けたシンジは、ある意味歯止めがかからなくなっているようにも思えてならない。
(リミッターになるはずのあたし達が、逆に気を緩ませてるなんて……)
緊張を緩和させる事が、抜き差しならない所まで踏み込ませる事になってしまっている。
踏みとどまらせる言葉を口にしなければならないのだろう、やはり。
問題は、それがどの様な言葉であるか?、それだけだった。
「ふぅ……」
シンジはレイに仕事を取られた事で、暇を持て余し始めていた。
忙しなく情報が飛び交っている、自分が部外者のようで落ちつかないのだ。
レイはレイで気を遣っているのか、側には来ない。
二機のイヴとの通信を行うために、通信ブイの設置を行う支援艦隊の配置を追っていた。
(……あてられたかな?)
シンジは、そのような気のはやりを焦りとして分析した。
ムサシの気迫に気疲れをしてしまっていたのだろうとも。
眩しいほどに真っ直ぐに感情を見せる、それは自分にはできない事だ。
(情けない……)
それが出来ないというのならまだ良い、出来ないことなら出来るようにすればよい。
だがそうではないことを、シンジは自分で良く理解していた。
(結局……、恥ずかしいんだよなぁ?)
苦笑いを浮かべる。
自分が熱くものを語るような姿を見せればどうなるだろう?
キザッたらしく、アスカやレイを口説いたとすれば?
照れがあるからできない、それだけだ。
恥ずかしさを理由に避けている、逃げているのだ。
向かい合おうともしていない、くだらない事でも。
(それだけ……、だよな?)
シンジはコーヒーの波をじっと見つめた。
以前ほど二人の側に居ていいのか?、などとは考えていない。
むしろ今では、あそこまでしてくれた二人である、側に居なければ失礼だろうと思っていた。
(綾波……)
目を向けると何かを感じ取ってくれたのか?、彼女は微笑をシンジに返した。
小さく頷くシンジ、心配をかけないように作り笑いを浮かべることは忘れない。
(綾波って……、やりたいこと、ないのかな?)
今度一度聞いてみよう、とシンジは思った。
もしあるのなら自分の我が侭は抑えるつもりでいた。
第三新東京市で暮していくのなら、かなりのゆとりを持てるだろう。
そのゆとりは自分自身の趣味にあてる、自由な時間になるはずだ。
レイの生活に付き合っていくだけでも、それなりに生きてもいけるだろう。
(それもいいかもしれないな……)
と、レイの後ろ姿を微笑ましく見守る。
(……綾波は、何になりたいのかな?)
エヴァのパイロットであること、チルドレンであることは、その想像には当てはまらなかった。
既に自分達はそうであり、また強制でもある。
なりたかったのではない、ならされたのだ、あるいは始めからエヴァのパイロットであった。
だがだからと言って、エヴァのパイロットと言うだけで終わらなければならない事も無いだろう。
(アスカは……、研究員で終わるつもりなんだろうか?)
アスカはネルフ内にあるマヤの研究室で働いていた。
そこでなら非合法な実験ですらも可能だからだ。
人道に外れるかどうかは研究者のモラルに期待されて、かなりの自由を保証されていた。
(でも……、それでいいのかなぁ?)
惚ける、もう後二年で二十歳を迎えてしまう。
アスカこそ駆け足で生きて来たようなもので、十三で大学を卒業、十四でエヴァのパイロットになり、そして……
現在は世界最高峰の機関の研究室にて、これまたトップの補佐をも務め上げている。
(わかんないや……)
恐らくそれで満足はしないだろう、飽きて次の何かを求めて動き出すだろう。
それは想像に難くない、だがシンジはアスカの趣向や思考を知らな過ぎた。
(結局……、知ってるようで何も知らないんだな、アスカのこと……)
それはもちろんレイにも当てはまることだ。
『女性は永遠に向こう岸の存在だよ』
かつてそう諭してくれた人が居るが。
(何を求めてるんだろう?)
それが自分であると思えるほど、シンジは増長していなかった。
ふいにシンジは、トウジに殴られた時のことを思い出した。
遥か昔のことではあるが。
頬をさする。
(あれは……、ハルカちゃんが、怪我をして……)
今では無事に退院しているが。
初陣のすぐ後のこと、もう昔の記憶である、否応なく霞みがかって薄れ始めていた。
激昂するトウジ、マナのことで憤るムサシ。
あるいは加持とミサトの関係に嫉妬するアスカ。
感情的な迸り、自分はと言えば、他人に憤りをぶつけた事すら無かった。
『何も言ってくれないのに、わかるわけないよ!』
自分こそが叫ぶべきなのかもしれない。
段々と羨ましくなってくる。
(いいさ……)
どうせ自分にはその様な真似は似合わないのだから。
似合わない、で、口を閉ざしてしまえるのならその程度の思いでしかないのだから。
と、急に部屋全体が騒がしくなった。
「『白鯨』より入電!、UMAを発見とのことです」
シンジは意識を切り変えた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。