……凄く単純な事だった。
「もう!、先に帰っちゃって」
「ひどいよねぇ」
 クリスマスのパーティーだった……、と記憶していた。
 誘ってもらったのが嬉しくて、でも会話に混ざると仲のいい友達ばかりで交わすから……
 疎外感ばかりがとても強くて。
 だから。
「先、帰らせてもらうから……」
「あ?、ああ、わかったよ」
 生返事、まあ良いか、と思ったのが間違いで。
「惣流さん、捜してたんだからね!」
「碇くんいなくなったせいで」
「人数余っちゃって……」
 後は遠くに感じて……
「ごめん……」
 それだけをくり返した気がする。
「ごめん」
「もういい!、そんな奴ほっときなさいよっ」
 そう言ったのは誰だったのか?
 たぶん、そのとき一番仲の好かった幼馴染だったとおもう。
 おもっている。
 そんな調子で……
「ごめん」
 自分の気持ちを押し込めて。
 もういいや、と他人事のように……
 孤独を選んだ小学校時代。
 実際、班わけで余り物に入れられてしまう以外、大した問題などなにもなくて。
 これでいいんだと、平穏に、無事に過ごした、過ごしてしまった。
 人を好きになる事も、嫌いになる事もやめて、無視して、無視されて。
 居心地の好さを手に入れた。
 心の何かを、代わりに無くして。
 ゴトンと揺れる、モノレールにしては珍しい震動に目を開く。
 列車は箱根を過ぎていた。
 もうすぐか、と……
 その少年は窓辺に頬杖を突いた。
 緑ばかりのど田舎だ、山と、田んぼが広がっていた。
 段々と本当に、この先に首都が移転される予定の都市があるのかと訝しくなる。
 落ち着かなくなったのか、彼は立ち上がって頭上のラックからリュックを下ろした、青色の。
 擦り切れているし、ほころびてもいる。
 彼はチャックを開けると、その中を漁って一通の手紙を取り出した。
 安物の封筒、宛て先は東京都武蔵野市、碇シンジ様となっていた。
 中身を取り出す。
 わけのわからない用紙に、殴り書きで『来い』の一言。
 彼は数秒それを眺めて、顔を歪めた。
 ──ビッ!
 二つに、四つに、八つに破って、肘掛けのゴミ入れに突っ込んだ。
 やけに不機嫌な様子で再び頬杖をつき、景色を眺める。
「今更なんの用だっていうんだよ、父さん」
 せっかく心を宥めようと、風情にのめり込もうとしたと言うのに。
 ──ファン!
 トンネルに入ってしまって、余計な苛立ちを感じさせられる事になってしまっただけだった。


LOST in PARADISE
EPISODE01 ”陥る逃避”


 第三新東京市は箱根一帯を崩す事によって整地された都市であった。
 南に芦の湖を望むこの地が、何故に首都移転候補地として決定されたのか、明確な理由は示されていない。
 敢えて言うなら二十世紀末に起こった世界的規模の災厄が上げられた。
 明確の原因の究明は十五年を経た今でも行われていない、災厄以降に確認された事象としては……
 一、地軸の変動。
 ニ、南極大陸の消滅。
 そんなところである。
 地軸が傾いた事で潮力に異常が生じた、とてつもないうねりを生んで、海は高く盛り上がった。
 地球が自転によって二周する間、この津波は消える事がなかったと言う。
 さらに南極大陸の消滅である。
 直接的な被害は海面の上昇だが、上昇した水位は海水の大気還元によっていずれは下がる、南極が再形成……、北極のように氷の極として再生すれば、ほぼ元には戻るだろうと目されている。
 北極の代わりに、今度はユーラシア大陸の一部が氷で閉ざされてしまうだろうと観測結果が出ているが。
 問題は……
 その大気還元現象にあった、一時的にであれ増大、膨張する大気圏が月との引力関係を崩すのではないか?
 ──月はいずれ落ちて来る。
 そんな絶望的な『噂話』を肯定するだけの情報が、広く一般人の手にまで入るところにあった。
「かぁー!、遅刻チコクちこくチコク遅刻ぅ!」
 が、安易な日常を感受するので精一杯な人間には、そのような『先』の面倒などまったく関係無いのだろう。
 坂道を勢いよく駆け下りているのは制服姿の少女であった。
 ありふれた髪形に普通ではないものが感じられた、色のせいだ。
 白い髪が空の光を受けて青色に輝いていた。
 真っ新な肌、瞳は茶色というには薄く、赤と言ってしまった方が良いくらいだった。
 中学生らしい、まだ膨らみの少ないまっすぐな手足を健康的に振って、全力疾走で駆け下りる、その口には食パンが……
「どいてドイテどいてドイテどいてぇ!」
 正面T字路。
「え?」
 ぼんやりと歩き出て来たのは先の少年。
 ──碇シンジ。
 彼であった。


「いったぁ……」
 ぶつかった衝撃が凄過ぎたのか?、ふたりとも尻餅をついて頭を振った。
「きゃ!」
 慌ててスカートを押さえる彼女にはっとする。
「ごめん!、大丈夫?」
 むぅっと。
「見た?」
「え?」
「……見た?」
 ゆらりと立ち上がって。
 ふっふっふっと。
「見た?、見たよね?、オトメの秘所地」
 漢字が違うと思ったが、少年は賢明にも頷くにとどめた。
 本当は見えなかったし、見る暇も無かった、だが言い返せなかったのだ。
(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ!)
 背を向けたら殺られる!、と熊ばりの気配に恐れおののき、身を小さくするので精一杯だった。
 一応、死んだふりは逆効果だろうと、それぐらいには動転の一歩手前では踏みとどまっていたが。
「……なに?」
 差し出された手に困惑する。
「見たんでしょ?」
「うっ」
「鑑賞代ちょうだい」
 シンジは目を丸くした。
「お金とるのぉ!?」
「大丈夫よ、パン代で我慢してあげるから」
 その時になって、シンジはようやくスズメがつついている食パンに気が付いた。
 ああ、と納得して立ち上がる。
「わかったよ……、これでいい?」
「ええ〜!?、せんえ〜ん?」
「少ない?」
「逆!、こんなにいらないって……、細かいのないの?」
「うん……」
 困ったな、と千円札をちらつかせたまま腕組みして足踏みする。
「もう!、しょうがないんだからぁ」
「え?」
「こっち!、こっちにコンビニあるから」
「ああ……」
「まったくもう、時間ないのに……、いいか、サボっちゃお、だから」
 手を引っぱりながら、振り向き、微笑む。
「朝ご飯、付き合ってよね」
 シンジはその屈託無い笑顔に対して、咄嗟に頷く事しかできなかった。


「そう言えば、名前なんて言うんだっけ?」
 連れこんだ公園で、実に千五百円分のスナックパンをペロリと平らげてから彼女は訊ねた。
 指を舐めて脂を取り、スカートで拭う。
 シンジの方はコーヒー缶の下にアンパンの袋が一つ潰れているだけだった。
「シンジ、碇シンジ」
「ふうん?、シンジクンね」
「君は?」
「レイ、綾波レイ」
「綾波さんか……」
 言った途端、あのね、と来た。
「あたしがシンジクンって言ってるのに綾波さんって」
「じゃあ何て呼べばいいのさ」
「レイちゃんとか、レイ!、なぁんて」
 男声で言って自分で照れる少女である。
「レイさんね」
「……ま、いいけど」
 ありありと不満を浮かべて。
「で、シンジクン、学校は?」
「そっちこそ」
「あたしはほら」
 てへへへへっと頭を掻く。
 護魔化し以外のなにものでもない。
 溜め息ひとつ。
 シンジはコーヒーを含みながら答えた。
「用事があってね、東京からこっちに来たんだ」
「あ、こっちの人じゃないんだ、なんだ……」
「なに?」
「ううん」
 頬を染めて……
「彼氏にしちゃおっかなって」
 ブバッと吹いた。
「なに言ってんだよ!」
「だってぇ」
 頬を両手で挟んでふるふると。
「あたしの家にはね、下着は彼氏まで、その中身は旦那さまにだけ見せましょうって家訓があって」
「うそでしょ?」
「うん」
「……」
「まあ、学校サボっちゃったからどうしようかなぁって」
 んっと伸びをしてから、手首に付けている時計を見やった。
「今から行くってのもねぇ、でも用事があるんじゃダメみたいだし」
 シンジは少しだけ考え込む素振りを見せた。
 手紙の、あるいはその相手のことを思いやったのだろう。
「……いいよ」
「え?」
「どうせ大した用事じゃないし」
「いいの?」
「うん」
 さっぱりとした顔をシンジは作った。
「別に時間がどうのこうのって用事じゃないしね、いいよ」
 やった、っと手を打つ……、はしゃぎ方が大袈裟だったがシンジは小首を傾げただけで深くは追及しなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。