「で、こっちがオフィス街、でも会社帰りの人とか狙ってるお店多いからあなどれなくて、美味しいもの食べるならこっちがいいの、こっちはデパートとかショッピングモールとかが固まってるかな?」
 駅構内の券売機、その上の掲示板を指差して説明するレイに突っ込んで訊ねる。
「じゃあ遊べる場所って、こっち?」
「かな?、ゲームセンターとか映画館とかみんなそっち、でもなにするの?」
「なにって?」
「んーーー、何処に連れてってくれるのかなって」
「え!?、だって知らないもん、そっちが案内してくれるんじゃなかったの?」
「こういうのってぇ、男の子がエスコートするものじゃない?」
「女の子と一緒に行くような場所なんて知らないよ」
「知らないんだ?」
「なに?」
「ううん」
 ぷるぷると首を振る、そうするとサイドの髪が頬を叩いておかしかった。
「女の子と遊ばないのかなぁって思って」
「……」
「あ、ブルー入ってる?」
「わるかったね」
 拗ねながら、二人分の切符を買う。
「そっちはどうなんだよ?」
「どう、って?」
「誰かと遊んだりするの?」
 シンジはおや?、っという顔をした。
 堅くなって目を逸らしたからだ、なんとなく追及しかねて、話題を変えた。
「レイさんはゲームセンターとか行くの?」
「……うん」
「テレビゲームとか……、する?」
「する……、かな?」
「どんなの?」
「アクション系、すっきりしたいから」
「……勝てない時って、余計苛立ちそうなんだけど」
「そうよね!、それでついコントローラー投げちゃったんだけどっ、本体にあたって壊れちゃって、あ……」
 やっべーっとそっぽを向いて丁度いい物を見付けた。
「あ、ほら、電車来た」
「護魔化さないでよ」
 言いつつも安堵して話題を打ち切る、空気の払拭に成功したのだから、役目は十分果たされた。
 出勤、通勤時間はとうに過ぎている、がらがらの車両の真ん中の席に贅沢に腰掛けよう……、としたシンジの隣に、ぴとっと彼女は腰を下ろした。
「赤くなってる?」
「やめてよっ、もう……」
 ふふぅんと頬をつつかれて、余計に居心地を悪くされてしまうシンジであった。


「ちょっと待っててね」
 そう言ってコインロッカーから引きずり出したバッグを肩に、綾波レイは姿を消した。
 所在無げに立つシンジに関心を向けるものは居ない、警官でさえも無関心に通り過ぎていく。
 それは職務怠慢だからなのではなく、シンジを見てこれから犯罪を企んでいるなどととても想像出来ないからだ。
 放っておいても害は無い。
 シンジはそう見える少年だった。
「おまたせ!」
 戻って来た彼女に目を丸くする。
 ネック付きの袖なしサマーセーター、下は少し広がり気味のスカート。
 上はピンクで、下は茶系だった、砂と言っていいかもしれない。
 首にはネックレスが掛かっていた。
「どうしたの、その恰好」
「だってそっちが私服なのに、制服じゃつまんないでしょ?」
 ロッカーに鞄を戻して、腕を組み、行こうと引っ張る。
 シンジはちらりと腕を見下ろし、赤くなって目を逸らした。
 柔らかな肌と、見えてしまった胸肉、実際には脇なのだがシンジにはそう見えてしまっていた。
「こっちこっち」
 なすがままと言っていい。
「あそこ!、ヴァーチャルコースター、あれって一人じゃ乗れないし、前から一度乗ってみたかったの」
 ね?、っと期待に満ちた目で見られて断れるはずも無い。
 アミューズメントパークと言う名前のゲームセンター、その入り口にある固定球体は忙しなく動き、存分に中の人間に悲鳴を上げさせていた。
 怖いと言う類ではなく、喜色が強い。
 朝というにも昼というにも中途半端な時間だからか、まばらに見物人が居るだけで順番待ちというほどの列も無かった。
 それから中に入って、存分に悲鳴を上げた、次に本屋に寄って何の映画を見るか話し合い、デート形式にこだわるレイの恋愛物に負けてしまった。
 しかしレイにも誤算が強かった、シンジがのめり込んで泣いてしまったのである、こうなると冷めてしまってどうにも呆れるしかなかった。
 次に昼食、これは奢るとレイが誘った、ファーストフードだった。
 シンジはそれで良いとおもったが、それはレイのディナーを豪勢に奢らせようと言う計算に過ぎなかった。
 もう一本映画を見て、ゲームセンターで対戦ゲームを数種類こなして、下らない事を話しながら歩いて、お好み焼き屋で呆れるほどの枚数を食べて……
「はぁ、楽しかった!」
 駅、コインロッカーから鞄を取り出しながらレイは口にした。
 しかしその先は続けなかった、楽しかった一時もここで終わりだとわかっているからためらわれ……
 切なかったのだ。
 なのに、彼は。
「じゃあ、行くよ」
 あっさりと告げた。
「今日はありがと、楽しかった」
「ううん!、こっちこそ……」
 微笑する。
「あのね……、あたし」
 雑踏の中、告白する。
「本当は学校って行きたくなかったんだ、……友達とか居ないから」
「え?」
「見た目……、こうでしょ?、苛められるわけじゃないんだけど、みんな気を遣ってくれるから、居心地悪くて」
「そうなんだ……」
 レイは唐突に吹き出した。
「シンジクン、おかしい……」
「なんだよ?」
「ううん、なんでもない!」
 かすめるように……
 触れ合わせるだけのキスをして。
「じゃあ!」
 元気よく去っていければ恰好がついたのだが。
「……重い」
 バッグに一体どれだけの服を隠していたのだろうか?
 担ぎ上げてよたよたと行ってしまった。
「……しちゃったよ」
 ──キス。
 まあ、呆然としてしまっていたシンジにとっては、彼女が十秒で見えなくなろうと、十分かかって去ってしまおうと。
 大した差では、なかっただろうが。


「まいったなぁ……、ほんと、こんな時に遅刻しちゃうなんて」
 その頃、第三新東京市駅前のローターリー傍に駐車している車の中で、ハンドルに倒れ込んで呻いている女性が居た。
 背の半ばに届く長い髪、赤いジャケットにミニのタイトスカート、手には指の出る皮のグローブをはめていた。
 二十台の後半とおぼしき彼女は、長く躊躇した後に携帯電話を手に取った。
 ──トルルルル、カチャ。
「あ、リツコぉ?」
 猫なで声で機嫌を伺ったのだが、無駄だった。
『ミサト?、何やってるの』
「たはは……、ごみん、ちょっとねぇ」
『ちょっとじゃないでしょ?、こっちは待ちくたびれてるって言うのに……、それで、シンジ君は?』
「それがさぁ、……ちょっと遅刻しちゃって」
『いないの?』
「ごみん……」
『……あなた何時間遅れたの?』
「五時間ほど」
『居るわけないでしょ!』
 ミサトは電話を離して耳を押さえたが、それでも相手の罵声はしっかり届いた。


 葛城ミサトと言う女性が罵詈雑言を浴びせられている間にも、シンジは移動して夜の団地の狭間を歩いていた。
 酷く寂れた団地だった、ポツリポツリと明かりが灯っている、余り人は住んでいないのだろう。
 ──幽霊団地。
 その呼び方が非常に似合った。
 シンジが向かったのはその内の一棟、四階にある部屋だった。
「……覚えてるもんだな」
 慣れた足取りで記憶を辿る。
 見える幻、その情景。
 モノトーンの景色。
 駆け上がって、飛び込んだ部屋。
 入り口すぐの流しに立って、皿を拭きながらお帰りなさいと迎えてくれた……
 もう、顔も覚えていない母の姿。
 シンジは無造作に『その部屋』のノブに手をかけて……、離した。
 ふんふんと鼻歌が聞こえたからだ、それも女の子の。
 思い直してインターホンを押す、数秒。
「はーい!」
 聞こえた声にシンジは思わず後ずさりをした。
 聞き覚えのある声だったからだ。
「はぁいはいはい!、どなたですかぁって、ええ!?」
「やっぱり……」
 ドアを開いた状態で……
 あるいは開かれたドアを避けたような状態で……
「シンジクン!?」
「レイさん」
 一人はエプロン姿で仰天し。
 片方は先のまま……
 お互いにすくみ合ったまま、固まった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。