「どういう意味やねん!」
イメージ、というものがある。
映像の世界でとかく用いられる関西弁だが、東京の暴力団が何故関西弁なのか?、疑いもなく受け入れられているのはそういうイメージが定着してしまっているからだろう。
実際、鈴原トウジの怒声はそのイメージを正しく認識させる力があった、しかし……
「そのままの意味よ!」
返した彼女の声にはそれに匹敵する鋭さがあった、声の高さから可愛さが先に立ってしまうが、それでも込められている意思の強さでは負けていなかった。
教室、中央で対峙しているのは鈴原トウジと綾波レイであった、クラスメートたちは周囲を取り巻いて成り行きを見守っている、……その空気はトウジよりであったが。
「それは……、この間のは、あたしが悪かったとおもってるけど」
トウジの後ろでヒカリが言った。
「でも鈴原だって」
「だからって!、殴るってどういうこと!?、誰がそんなこと頼んだの!」
「レイのためを思って!」
「友達を怪我させられて怒らない人が居ると思ってるの!?、鈴原君のせいで碇君もう『前みたい』に笑ってくれなくなったのよ!?、どうしてくれるの!」
「ど、どうて……」
「それが鈴原君の優しさだとおもうし、親切だとおもうよ?、だから今までは何も言わなかったけどね」
視線を逸らす。
「鈴原君のせいで……、あたしがやらせてるって、言う事を聞かない奴を殴らせてるって陰口叩かれてるのよ?、どんどん友達になれたはずの人がいなくなってく、もう嫌なのよ!」
レイが叩きつける中、唖然とした様子でシンジは佇んでいた。
これはなんだろうかと傍観していた。
そしてカチャカチャと端末を弄って、その会話の記録を取っている少年に気が付いた。
「……えっと」
「相田だよ、相田ケンスケ」
「うん……、なにやってるの?」
頭越しに覗かせてもらう。
「こんなの取って」
「まあ、趣味だよ……、トウジはああだからな、けど綾波のいうことにだって一理あるだろ?、後で先生に説明しなきゃいけないようなことになるかもしれないからな」
「でも相田くんって、鈴原くんの友達じゃなかったの?」
「親友だけど、だからってあいつのやってることが全部正しいなんて思ってないよ、止める理由が無いから好きにさせてるだけさ」
「ふうん……」
適当な相槌にケンスケはシンジを見上げ、首を傾げた。
自分を殴った共犯者とこうして話す。
(わだかまりがない、どうでも良いと思ってる?、綾波レイに関心がない……、違うな、なんだ?)
かけている眼鏡を光らせる。
だが成り行きを見守っているだけのシンジの心など、彼に読めるはずも無かった。
LOST in PARADISE
EPISODE01 ”どうしても”
綾波レイ。
世界で最初にジオフロントと呼ばれる大地下空間での実験のために選出、参加が決定されたチルドレンである。
”ファーストチルドレン”
俗にナンバーズと呼ばれるチルドレンである、現在は彼女一名だけだ。
選出はアトランダムに行われるが、正式に参加が決定されるのは能力毎に厳選された者のみである。
二年後に控えている実験で、未だナンバーズは彼女一名のみ、それだけでも敷居の高さは明らかだった。
選考基準については極秘とされている、しかし彼女には当たり前に選ばれるだけの能力があった、それは……
「あ、あ……」
後ずさるクラスメートに、レイは薄く笑みを浮かべた。
前髪が『無風』に『揺れる』、額の数センチ先に青白い鬼火が漂い、ノイズと見紛う何かを大量に表示していた。
「……これが何か、知ってるよね?」
トウジはレイの脅しに虚勢を返した。
「それがどないしたんや!」
「ほら!、怖がってる」
冷笑に体を強ばらせる。
「なんやと……」
「鈴原君のおかげで随分と優しい『ふり』をする人には恵まれたけどね……、結局そうやって、人を可哀想だって見下してるんじゃない、そんな人いらないのよ」
何かを言おうと口を開きかける者が出る度に、レイはその動きを目で制した。
彼女の赤い瞳に誰も言葉を紡げなくなる。
「……優しくしてあげてるんだから、感謝しろって言われてるみたいで、どれだけ居心地が悪かったか、わからないでしょ?、……そんなつもりはなかったなんて言わないでね?、少しでも頼まれた事を嫌だって言ったなら、なんて口にされたか言わせないでね?、わたしは碇君を取る、そう決めたの」
「……なんでや」
「理由なんてない、それが理由」
「わかるか!」
「わからないでしょうね、だから碇君なの……、でもそれじゃ不親切だから教えてあげる、これだけ話してても気付かないみたいだから」
レイは一つ息を吸い込んだ。
耳を傾ける体勢を待つために。
「……面倒を見てやってるんだから、言うことを聞け?、自分の方が優しくしてやってたのに、どうして言うことを聞かない?、自分達が友達は選別してやる?、勝手に友達を作るな?、それって優しさ?、単に自分本位の身勝手じゃない、わたしはわたし、あなたじゃないわ、わたしが大事にする人はわたしが決めるの、あなたに決めてもらう必要は無い、同様に碇君が友達とする人は碇君が決めればいいわ、わたしは選ばれるように努力する、だからあなたに邪魔されたくないの、わかる?、あなたが余計な事をすればするほど、わたしはわたしって人を誤解されてしまうのよ、あなたがそれに気付かない以上、わたしはあなたと縁を切らせてもらうしかないわ、どう?、表面でいい人を気取るあなたの方が、よっぽどタチが悪いってこと、わかった?」
くるくると青い玉の表面を白いまだらが流れ続ける。
シンジが魅入っているのはそこに浮かんでいる映像だった。
レイだけが『視る』ことができるはずの。
『未来』だった。
「警報を止めて!」
何処なのだろうか?、壁際に身を寄せる三つの塔がオペレートルームを形成している施設だった。
その正面には巨大な空中投影式の映像が表示されている、『ALERT』と赤文字で点滅していた。
「早く止めなさい!、波長の特定急いで」
鋭い声で檄を飛ばしているのはミサトであった。
「確認取れました!、発生源は第一中学校ですね、パターンの照合、レイちゃんです」
あちゃーっとミサトは天を仰いだ。
「またやったの?、あの子」
「あら?、あなたがそれをいうの?」
ぎくりとする。
「あ、あら……、赤木博士」
顎を引き、目をつりあげているのは白衣姿の女性であった、金色の髪は眉の色から染めているのだと判断出来る。
白衣の下は青い服に黒のタイトスカートだった。
「観測された情報を見せて」
「はい!」
この場に居るオペレーターは眼鏡に短髪の青年、それに髪の長い目つきの悪い男、そしてショートカットの女の子だった、その唯一の女性がモニターに表示し、赤木リツコに覗かせた。
「……重力震、時空震も、よっぽどのことがあったみたいね」
「まさかどこかが動いて」
「それなら保安部から報告が来るはずよ、個人的にでしょ」
「そっかぁ……」
ほっとしたところを彼女は叩いた。
「安心するのは早いわ、……この頃かなり不安定だったの、知ってるでしょ?」
「学校関係?」
「保護観察官の話じゃ不登校が増えてたそうじゃない」
「最近は安定してたのよぉ……、シンちゃんのおかげだけど」
「彼?、わたしから見ると小康状態だったとしか思えないんだけど」
「どういう意味よ?」
「そのままの意味よ、……きっとレイはどう動くか迷ってたのね、そして心を決めた」
「けど『力』を使うなんて」
顔を歪める。
「ねぇ?、そんなに凄いの?、あの子の力」
呆れた、とリツコ。
「あなたそんなことも知らないで彼女に物捜し頼んでたの?」
てへへと笑うミサトに溜め息を吐く。
「……いいわ、教えてあげる」
いい?、と妙な念押しをした。
「彼女の力はね、一種の千里眼なのよ」
「千里眼……、って遠くを見るあれ?」
「そうよ」
先程のショートカットの彼女の席、その背もたれに腰掛けた。
「とは言っても、千里眼そのものじゃないわよ?、ただの比喩だから、人間の目は光の反射を捉えて結像させているけど、あの子の『眼』は光よりも速い『何か』を発して、その反射光を視ているの」
「つまり、未来?」
「検証も実験もしていないからわからないわ、あの子が気まぐれに使った時に、わたしが個人的に情報を集めて調べているだけだから」
だからこれは憶測だと言う。
「具体的には判断出来ないけど、あの子はその気になれば未来『でも』視れるわ、他にどれだけの応用を持っているのか……、透視程度は確認されてくれたけどね」
「凄いのね……」
「そうでもないわ……、その眼のせいであの子の精神年齢は、一時知能指数の測定も出来ないくらいの数字に達していたもの」
「は?」
「当時の担当医師の話だと数千、数万年の可能性もあると……、当然ね、わたしたちの一年を数千分の一以下の時間で『見知って』、世界の終末まで視てしまっていたんだから、碇司令……、あの人が彼女を引き取るまで、まるで屍のようだったわ」
「世界の終末ねぇ……」
「その時期がいつなのか知っているのは、……彼女だけよ」
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。