「ごっめーん!」
 パンッと両の手のひらを打ち合わせ、レイはぺこぺこと頭を下げた。
 碇シンジの部屋である、一応の整頓はついていたが、レイと違ってベッドは無い、布団は隅に積み上げられていた。
 シンジはほぼ土下座に近いポーズで、お尻を持ち上げふりふりと振るレイに溜め息を吐いた。
「……いいけど、僕に謝られてもさ」
 起き上がり、てへっと頭を掻く。
「なぁんか思った以上に怒るんだもん、こっちも意地になっちゃって」
 大半の人物と縁が切れたというのに、レイは妙に明るかった、空元気でもなく、その笑顔はシンジとデートした時のものに戻っていた。
「思わず言っちゃったって感じ?、でもすっきりしたぁ!」
 レイはうーんと背伸びをすると、そのままぽてんと後ろに倒れた。
 ──ゴチン!
 ……小型冷蔵庫に頭を打って悶絶する。
 シンジは痛そうだなと顔をしかめたが助けはしなかった、転がり回った彼女のスカートがめくれて、見えた下着に硬直してしまったからである。
 頭を押さえたまま涙目で唸る、こわごわとタンコブの状態を確かめようとして、シンジの様子に気が付いた。
「なに?」
「あ……、なんでもないよ」
「ん〜〜〜?」
 疑惑の目を向ける、しかし確かめようが無い、レイはまあいいか、と後回しにした。
「シンジクンには迷惑かけちゃうことになったけど、でもね?、いつか言おうっておもってたから……」
「あれでしょ?、居心地悪いって言ってたやつ」
「うん……、贅沢かなって思うんだけどね、ホントの友達なんて」
 シンジは顔を歪めた、まだ耳にこびりついていたからだ。
『──のくせに!』
 そう叫んだ人間が鈴原に殴られたことは言うまでもないが、彼らにとって決定的なのはレイのこの笑顔が永久に見れなくなったと言うことだろう。
 無表情を作り出した綾波レイの冷気は凄まじかった、誰もが絶句し、恐怖から目を逸らした。
 その時、視線を合わせたのはシンジだけであったし、彼女の瞳に本当の感情を……、憂いや、悲しみと言ったものを見て取ったのもシンジだけであった。
 気が付くとあぐらを組んでいる膝の上にレイの頭があった、じぃっと見上げていた、前髪が上がって広くおでこが光っていた。


「俺知ってる!」
 誰かが叫んだ。
「碇のオヤジって総司令だろ?、どうせ気に入られようって……」
 その瞬間、レイの表情が消えた、相田ケンスケはシンジを確認したが……
 苦笑しているのを見て、ついつい声をかけてしまった。
「ほんとなのか?」
「総司令っていうのは初めて聞いたけど……、そうみたいだね」
「焦らないんだな?」
「なんで?」
「七光だってことだろ?」
「だからなんで?」
「え?」
「父さんの名前なんて出したっていいことなんて無いのに」
「司令だろ?」
「こんな風に思われてるのに?」
 顎でレイに向けられた罵声を指し示す。
「ほら、いいことなんてないじゃないか」
 ケンスケはなるほどねと頷いた、この直後である、トウジがキレて乱闘騒ぎになったのは。
「いっつぅ……」
「やり過ぎなんだよ」
 夕暮れを過ぎた街角、ゲームセンター正面のガードレールにトウジとケンスケは腰かけていた。
「そやけど、あれはあらへんやろ……」
 ケンスケは冷ややかに評価する。
「そうか?、確かめもしないで碇を殴ったのは誰だっけ?」
「……」
「力づくじゃ脅しと同じだろ?、そりゃ反発するって、腹の中にも溜め込むだろうし、それをやらせてる綾波が恨まれるのは当然じゃないか」
「ほな放っといたら良かった言うんか?」
「さあね?、綾波ってそういう話ししないからさ、喜んでるのか嫌がってるのかわからなかったし、だから止めなかったけど」
 トウジは項垂れた。
「わし……、またやってもうたんかなぁ?」
「……ハルカちゃんのことか?」
 ケンスケは体の弱い彼の妹が、公園などでよく仲間外れにされているのを知っていた。
 ただの仲間外れならいい、彼女と遊ぶと何かあった時、この暴力王子が駆け付けて来る、それを怖がってみんな敬遠してしまっているのだ。
「どないしたらええんやろ……」
 さあね、とこの親友は突き放した。


 ごろごろと喉が鳴る。
 レイである。
 頭を乗せたレイが見せている白い喉になんとなく惹かれて、シンジはその顎を両手で持つようにしていた、動かしているのは右手の人差し指だ、レイは顎元を掻かれて気持ちよさそうに目を細めていた。
「……気持ち好いの?」
「ううん、別に」
 はっきりと、がっくりと来る事を言う。
「気持ち好くはないよ?、でもかまってくれてるのが嬉しいから……」
 シンジはそのセリフに顔を背けた。
「それは……、違うよ、ただ怖いだけだから」
「怖い?、何が?」
「僕も似たようなものだから……、かまって欲しいってことあるし、でもかまって欲しいって思うと邪魔だって言われたから、邪魔だって……、凄く辛かった、それでも笑ってなくちゃならなかったから」
「シンジクン……」
「こうして欲しいんだなってわかるのに……、見捨てる事なんて出来ないじゃないか、それだけで、優しいわけじゃ」
 その顔に手を這わせて、レイは自分に目を向けさせた。
「迷惑?」
「ちっ、違うよ!、迷惑ってわけじゃ」
「好かった」
 ほっとした様子を見せる。
「だって……、『あれ』、見せたから、避けられるかと思っちゃった」
「あれ?」
「覚えてない?、学校で……」
「ああ、あれね」
 苦笑する。
「それも誤解だよ……、良く分からないだけで、驚いたけど」
「……普通は怖がるとおもうけど」
「そうなの?」
「そうなの!」
 う〜んとシンジ。
 見えたものはこれから先のことだった、あの教室で、ああいう態度を取ったためにどうなってしまうかだった。
 だからと言ってシンジには、経験からまあそうなるだろうなと判断出来る事だったし、それが何に繋がるかは正直理解できない。
 想像が現実になる恐怖、シンジにとってはとっくに麻痺してしまっている感情だった。
「正直……、あれがなんなのかわからないからだと思うけど」
 ぼそぼそと。
「たぶんどうでもいいんだよな、他人のことなんて関係無いし」
「あたしのことでも?」
「え?」
「あたし、他人かな?」
 あ、とシンジは失言に慌てた。
「ごめん!、そんなつもりで言ったんじゃないんだ!」
「ほんと?」
「うん……、ごめん」
「じゃあ」
 にまっとレイ。
「教えてくれる?」
「教えるって……、なにを?」
 レイはシンジの手を掴むと、そのまま指を絡めるように握りこんだ。
「……あたしって、シンジクンのなに?」
 もじもじと指を弄ばれる、それでもシンジは……
「友達だよ……」
 そう答えた。
「友達だよ、うん」
「ただの?」
「うん……」
「ただの?、シンジクンってただの友達とこんなことできちゃうん、だ!」
「わぁ!」
 後ろ回りの要領でレイは腰から下を跳ね上げた。  シンジの首に足を絡める、そのまま腿とパンツで窒息させて楽しむ予定が……
 ──ゴン!
 勢いが突き過ぎてお尻でシンジを押し倒してしまった、慌てて尻をどける、しかし彼女のお尻は凶器であった。
「……やっちゃった」
 シンジは鼻血を吹いて気絶していた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。