「いったぁ……」
「ごっめーん!、シンジクン、大丈夫?」
パンッと手を合わせる、何かとわびる事ばかりできてしまう、わざとではないのだが……
顔を伏せるレイ、ややあってシンジの顔を覗き見て……
「ぷっ」
吹き出した。
「なに笑ってんだよ」
「ぷっ、くく、ごめん……」
「まったく……」
シンジは鼻頭を掻いて顔をしかめた、よく鼻が折れなかったなと溜め息を吐く。
その穴には両方ともティッシュが詰まっていた、余った分が口の息にふわふわ揺れる。
レイのツボにはまっているのはこのティッシュであった。
「ゴメン、シンジクン、大丈夫?」
「痛いよ、けっこう」
「ごめん……」
流石にこれはマズかったと思ったのか、しゅんとした。
「でもシンジクンも悪いんだからね」
「なにが?」
ぷっとふくれる。
「ただの友達なんて言うから」
「……他になにがあるの?」
「もう!、あたしただの友達にキスしたりしないもん!」
立ち上がってまで怒る彼女に、シンジはまともに赤面した。
「……ごめん」
「いいけどっ、シンジクンがそういう人だっていうのはわかってきたし!」
ぺたんと座る、そして身を乗り出し、上目遣いになった。
「ねぇ……、シンジクン?」
目を覗き見るようにして訊ねる。
「普通ね……、オトコノコって、女の子が部屋に来てたらエッチなこと考えたりしない?」
「は?」
「一回キスしてるし……、またしたいとか思わないの?」
あたしは……、と続ける。
「してもいいけど」
恥じらいを見せる、しかしシンジは顔をしかめた。
「ごめん……」
「え?」
「ごめん、僕には……、出来ないかもしれない」
「どうして?」
「だって」
寂しそうに。
「僕は僕を信じてないから」
──はっ!、あんたなんかとキスするわけないじゃん、バッカじゃないの?
一年生の時だった。
なんだったのかは忘れた、たまたま『彼』と二人きりになってしまった。
『ねぇ?、キスしようか……』
そう呟いてしまった自分に驚いたのを記憶している。
ぼんやりとしていた記憶が思い起こされる、教室だった、夕暮れはまだ遠かった。
そうだったと思い出す、『オンナのコの日』を盾にサボって教室で休もうとしたのだ、授業は体育だった、誰も居ない教室は適度に静かで心地好さそうだった。
そこに彼も居た、なんであんたがここに居るのよ、そう訊ねるとバレーボールだからと答えた。
寂しそうだった、窓の外を見て憂いていた、気が付けばそのセリフが口からこぼれていた。
あの時、もし、彼がおどおどと焦らないで、うんと言っていたらどうだっただろうかと考える。
思えばその時が唯一彼に対して素直に口を滑らせた時では無かっただろうか?
後にバレーボールだけでなく、団体競技になると彼は授業に出ないのだと知らされた、理由は簡単だった。
『自分』だ。
「……嫌な夢」
アスカは寝苦しさから起き上がった、深夜の十二時、一時間程度寝ただけだった。
それでも寝汗は凄かった、寝間着を脱ごうとし、思い直し、下着とタオルをタンスから取り出した、それと換えのパジャマもだ、汗がつかないように注意して持つ、シャワーを浴びるつもりなのだろう。
ふとアスカは机の上のペットボトルに目を向けた。
深緑色の500mlのペットボトルだ、その中には底に砂、そしてカラフルなビー玉が一つだけ入れられていた。
詰まっているのは水だ。
ペットボトルの底にあるへこみには水が漏れないように注意して、発光ダイオードが仕掛けられていた、電池とともに。
もうひとつ、砂に隠して発熱板が仕掛けられている、それが熱を生んで水に対流を作っていた、ビー玉と、砂に混ざる水晶の光を揺らして見せていた。
……教育番組の科学講座でやっている様な、チャチな手作りの作品だった。
胸が重く、辛くなる、暗闇の中で見る淡い輝きは寂し過ぎた、本当は奇麗なのに。
あの時は……、このプレゼントを貰った時には、下らないものに思えてしまった、ぬいぐるみや、ケーキ、色々なプレゼントがあまりにも眩しくて。
しかしいま手元に残っているのはこれだけだった、後は片付けたかなにかをして無くしてしまっていた。
良く見ればペットボトルには白い傷が付いていた、捨てようと思ってごみ箱に押し込んで付いた傷だった。
どうして捨てなかったのか、直したのか、どんな気まぐれだったのか、今ではもう思い出せない。
それでも捨てなくてよかったと思っていた、同時に彼に何か上げたことがあるだろうかと思い鬱になる。
上げるどころか、譲った事も無い、物も、何かの出来事でもだ。
なんでもかんでも譲らせた、それが許されると思っていた、考えてみれば彼があの日、勝手に帰るなど当たり前だったのだ。
誕生日は十二月三日、そしてクリスマスパーティーはイヴだった。
誕生日でプレゼントをバカにされて、どうして胸を張って出席出来るだろうか?
脅えたように隅に居た、記憶にある、相手もいなくて、ここに居ていいのかと言う顔をしていた、それも覚えている。
覚えていないのは、彼があのクリスマスパーティーにプレゼントを持って来ていたかどうかということだった、ああ、と思い出した、確か既製品のハンカチだったはずだと。
皆と同じように、そこらで買った、妥当なものだったと。
あれを手にしたのは誰だっただろうか?、どの道何年も前のことだ、とっくに捨ててしまっているだろう。
アスカは歩み寄るとボトルを持ち上げ、軽く振った。
砂に混じったガラスのような水晶の屑が、水に舞って光りながら沈んでいく。
「明日……」
部屋の隅には段ボール箱が積み上げられていた、引っ越し用だ。
明日から彼女は第三新東京市の住人となる、その翌日からは彼と同じ中学に通う、もうクラス名簿は手に入れていた、シンジと同じなのは確認している。
自分は……、またやってしまわないかと、くり返し、あるいはまた傷つけてしまわないかと……
不安を抱えて、アスカはボトルを置いて、シャワーを浴びに部屋を出た。
──翌日。
「嫌な夢……」
シンジが見たのもアスカと同じ夢だった。
本気にした自分が情けなかった、彼女とキスしたいし、その先も妄想した、そんな自分は言われた通りにいやらしいのだなと知った。
「レイさんの言う通りだな」
朝の生理現象に苦笑する、あのような夢を見てもこうなるのだから、と。
(レイさんとまたキスしたいし、エッチだってしてみたい、させてもらえるかなって思う、結局そうなんだよな、最初を求めたら次が欲しくなるし、その先だって……、切りがない)
だから夢は抱いた瞬間にバカにするのが最上なのだと……
がちゃがちゃと入り口の方でドアノブが回った、次いでぴんぽんぴんぽんとベルが鳴る。
どうしよう、とシンジは迷った、レイなのはわかりきっていたから。
(きっと、このままじゃ僕はダメになる)
結局シンジは布団を被った。
夢の影響なのは、間違い無かった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。