先頭にリツコ、その後にシンジ、レイは最後尾を固めていた。
 長い通路を歩いている、リツコはシンジを挟んでレイに問いかけた。
「レイ」
「はい」
「シンジ君に見せたの?」
 長い沈黙の末に。
「はい……」
「そう」
 エレベーターに乗り込む、二人が乗るのを待ってリツコは目的の階のボタンを押した、下だった。
「シンジ君、レイの力について聞いた?」
 シンジは見上げ、リツコの強ばった面にきょとんとした。
「いいえ?」
「聞かなかったの?、何故?」
「何故って……、言われても」
 レイに目を向けると、彼女も聞きたそうに上目遣いになっていた。
「……別に、関係無いし」
「関係無い、ね」
 レイを見、むぅっと口を尖らせている彼女に苦笑する。
「普通は聞かれたくない事だって気を回したり、あるいは恐怖心から避けるものだけど……」
「別に……、怖い感じはしなかったから」
「そう?」
「はい、……変な景色、光景?、が映ってるなとは思いましたけど」
 ぶっとレイは吹き、リツコは呻いた。
「シンちゃん!」
「え?」
「あたしの光!、何か見えてるの!?」
「見えてるって……、うん、まあ」
 リツコの目が妖しい輝きを帯びる。
「興味深いわね……」
「は?」
「レイのあれはね、レイの三つめの眼なの」
「目?」
「そうよ、第三眼と呼ばれる物、レイはそれを使ってあらゆるものを視ることができるの、一種の千里眼ね」
「千里眼って……」
 シンジはレイを見た。
「でも、あれって……」
「シンジ君に見せたのは?」
 レイはたぶんと前置きをした。
「あたしが視てた未来だと思う」
「未来、そう……」
 ふむ、と考える。
「レイの眼に視えるものはね、物理的に遠くにある物だけじゃないの、例えば封をされた箱の中から、近い未来まで視ることができるわ」
 じゃあ、とシンジ。
「僕が見たのって」
「レイの『眼』に反射した映像ね、間違いなく……」
 そうなんだ、とレイに尊敬の目を向ける。
「凄いんだねぇ」
「そ、そう?」
「凄いのはシンジ君もよ」
「え?」
「わたしたちには見えないの」
「見えない?」
「そう、レイの第三眼に映っているものなんて、ただのノイズとしてしか見えないわ、なのにあなたにはそれが見える、実に興味深いわね」
 なんとなくにじり寄られたような気がしてシンジは後ずさった、引きつった笑みを浮かべて。


 エレベーターが到着し、先頭に立ってリツコが下りた、シンジは疲労困憊しきって、レイの肩を借りていた。
「ごめん……」
「いいけど」
 レイも引きつっている、リツコの『それ』には自分も覚えがあるからだろう。
「はやくいらっしゃい」
『はい!』
 思わず揃って返事をする。
 レイは丸くなろうとするシンジの背を押しながら問いかけた。
「ねぇ?、シンちゃん……」
 ん?、と隈でも出来そうな目を向ける。
「なに?」
「怖くないの?」
「怖い?、何が……」
「さっきの、未来が見えるんだよ?、シンちゃんの未来も……」
 ああ、とシンジは背を伸ばして肩を揉んだ。
「僕にも視えたって言ったよね?」
「うん……」
「その未来だけどね……、僕が想像してたのと一緒だった」
「え?」
「同じだった、だから別に」
 なるほどね、と聞こえ、シンジとレイはリツコの背中に目を向けた。
「リツコさん?」
「レイ?、シンジ君の言いたいことはこうよ……、シンジ君は自分を取り巻く環境とか、状況を正確に把握して先読みをしているの、この先どうなるか、予測や予想は立てられる、あなたが視ていたものはシンジ君にとって当たり前と思える展開で、だから怖くもなんともない、違う?」
 最後の問いかけはシンジへ向けたものだった。
「……そうですね、そうかも知れません」
「でも結果が確定しているのなら、努力することを放棄するのが普通でしょ?、成功するか、失敗するか、それがわかっているのなら無駄な努力をすることはないもの」
 シンジは首を傾げた。
「それは違うと思います」
「未来は変えられる?」
「違います、そうじゃなくて……、なんて言うのかな?」
 たどたどしく言葉を紡ぐ。
「成功するか、失敗するかなんてどうだって良いじゃないですか、楽しいか、楽しくないか、面白いか、面白くないか、そんなの自分の勝手だし、例えレイさんに先を知られたって、そういうのには関係無いと思うし」
 シンジ君、とリツコは立ち止まり、振り返り、感嘆して見下ろした。
「あなた……、凄いわね」
「え……」
「そうね、確かにレイは外的に確認することはできるわ、わたしたちがその結末に辿り着くのは立証と言い換えられる、けれど何を思って邁進したのか、選択したのか、なにを感じ、何を糧にしたのかはそれぞれの個人の感性や感覚だわ」
「シンちゃん……」
 尊敬と、潤んだ瞳で見られてシンジは引きつった、それはそうだろう、孤独を好む自分はろくな人間にならないだろうと予測はついている。
 それについて何を確認されようと、自分はそれで良いと思っている、そんな『末路』でも『楽』なら良いと思っている、それについてどうこう言われたところで『勝手に言っていればいい』と思う。
 そんな当たり前の身勝手な考えを称賛されても困るのが当たり前だ。
 何を誉められているのか?
 シンジはわからないままに、レイに腕を組まれて引きずられた。
「ここよ」
 そして到着したのは倉庫らしい場所だった。
「……真っ暗ですよ」
 言った途端に電気が点く、眩しさに目を細め、慣れに従ってそこにあるものを良く確認し……
「!?」
 シンジは驚愕から言葉を失い、レイとリツコはしてやったりとばかりにほくそ笑んだ。


 その同時刻。
 暗くなった空を室内から見上げて、アスカがはぁっと溜め息を吐いていた。
 引っ越し屋がそれなりに内装を整えてくれたため、さして苦労する事も無く生活を続行出来ていた、ベランダへの窓から離れ、ベッドにぼすっと腰を落とす。
 赤い短パンに白いタンクトップとあられもない恰好だ、その姿で正面壁際の棚を見る、腰高の棚の上にはあのペットボトルが置かれている。
 再度溜め息、そして後悔と苦悩。
「なにやってんのよ……」
 項垂れ、股の間からカーペットを睨み付ける。
 肘を腿に突いて、手で作った支えに額を押し付ける。
 シンジが居た、驚いたようだが最終的に無視されてしまった。
 最初はつっかかろうかと、それをきっかけにしようかと思ったが出来なかった、何やら複雑な状況が作られていたからだ、いや。
 はっきり言って、怖れてしまったのだ、集団から弾かれてしまう事を。
 そうこうしている内にシンジから向けられていた意識の喪失を感じた、そういえば向こうでもそうだったなと思い出す。
 突っかかっていたのは自分で、シンジから接触しようとして来たことは無かったのだと。
「やるしかないのよ……、あたしには、もう」
 でなければ、自分が諦め、見限ってしまえば……
 シンジからは、絶対に振り返ってくれないから。
 話しかけてもくれないから……
「やるしか」
 ぐっと唇を噛み締める、その脳裏にはシンジと妙に仲の好い、青い髪の少女の像が浮かんでいた。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。