「へぇ?、惣流さんってぇ」
「そうなんだぁ?」
「で、さぁ……」
 少女たちがはしゃぎ、大声で情報を引き出し、周囲にばらまく。
 それに聞き耳を立てて必死に打ち込んでいるのは相田ケンスケ、彼だった。
 いっそのこと速記でも習えば良いと言わんばかりの速度だった。
 アスカを取り囲む輪に、一部の男子が入るかどうか悩みを見せていた、それほどに華やかなものをかぐわせる少女であるから、当然だろう、しかし、まだ恥ずかしさに負けてしまっているようなのだが。
「行かないの?」
 シンジはかけられた声に顔を上げた。
「レイさん……」
 ん〜〜〜?、っと首を捻っている。
「シンジクン……、惣流さんって知り合い?」
「え?、……なんで」
「驚いてたから」
 シンジは後頭部を掻いて、まあねと答えた。
「前の学校の人なんだ」
「聞いてなかったの?」
「別に……、友達でもないし」
「そっか……」
 そうよね、とレイ、考え過ぎかな?、と小首を傾げる、しかし人垣の隙間から見えたアスカの目に違うなと確信を深めた。
 見計るような目だったからだ。
「どうしたの?」
 そんなアスカに女生徒の一人が話し掛け、気が付いた。
「ああ、綾波さん?」
「え?、ああ……、そう、綾波さんって言うの?」
 誰もシンジを見ていたとは気付かなかった、まあ、当然だろうが……
「綾波レイさん、ファーストチルドレンなの」
「ファースト?」
「ナンバーズ、世界で最初に選ばれたチルドレンなの」
「ふうん?」
 面白い、と顔に出す。
「二人目は?」
「まだ」
「え?」
「まだ決まってないの、……でも碇君じゃないかって」
「どうして?」
 だって、ねぇ?、っと不穏な空気が漂った。
「……あの、ほら、綾波さんと一緒に居るのが碇君なんだけど」
「碇君って、ネルフの碇司令の子供だからって」
「それに綾波さんといつも一緒だしねぇ」
「司令の命令で碇君の面倒見てるとか?」
「単に機嫌取ってるだけかも」
 あははと笑う、そんな状態にアスカは何よそれ、と危機感を抱いた。
「あ、えっと……」
「あんまり近寄らない方がいいよ?」
「碇君はよくわかんないけど……、綾波さんって」
「え?」
「チョーノーリョク、持ってるから」
 はぁ?、っとアスカは間抜けた聞き返し方をしてしまった。


「それじゃ帰ろっか」
 そう声を掛けられて、見上げ、シンジは溜め息を吐いた。
 逃げようと思っていたのだが、昨日の朝の居留守が響いてしまっているようだった、逃がさない、と張り付けられたような笑顔が宣言していた。
 諦めて立ち上がる、視界の端にまた囲まれているアスカの姿が写り込んだはずだったが気にも止めなかった。
 教室を出て、廊下を歩く、シンジの初登校からまだ一週間と経っていないが、それでもレイの目立つ風貌からふたりの付き合いは目立っていた、人目が向けられる、もっともシンジ達は無視していたが。
「どうしたの?」
 それでも不快そうなシンジの頬の引きつりにレイは訊ねた。
「……なんでもないって言うのは無しね?」
「わかったよ」
 ここで不機嫌にゴネられるとまた人目を引いてしまうと思って諦める。
「惣流さんが転校して来てくれて助かったなって思って」
「え?」
「昨日まであれだったからね……、みんな惣流さんと話してる方が楽しいだろうし」
「ああ……」
 そういうこと、と……
「いいの?、シンちゃんはそれで」
 は?、とシンジ。
「良いもなにも」
「でも……」
 上目遣いになる。
「寂しくない?」
「寂しい?」
 キョトンとし、シンジは吹き出した。
「寂しい、か……、そうかもね、僕には良く分からないけど」
「なにそれ?」
「ん?、だってさ……」
 下駄箱に辿り着き、靴を履きかえ、外に出る。
「……学校が終ったらさ、家に帰って、本読んだり、ゲームしたり、CD聞いたり、それで十分楽しいし、それでいけないってことはないと思うし」
 レイは顔をしかめる、確かにそれはそうなのだ、最低限の触れ合いさえあれば十分に思える、しかし……
(あたしが居なかったら、シンジクンって……)
 全く、誰とも会話しないのでは無かろうかと思える、それだけではない。
 一向に物が増える気配の無い冷蔵庫はどうだろうか?、食生活の程が知れる。
 レイは半歩後ろにわざと遅れた、細い背中だった、自分の肩の方が余程しっかりしているのではないかと思えた。
 女子には皮下脂肪がある、それだけにふくよかになる、男子には筋肉が付く、だが筋肉は脂肪ほど早くは育たない、だからこそ男子は女子よりも発育が遅く見える。
 それを差し引いたとしてもシンジは貧弱に思えた、食べる物を食べず、積極的に動かないからだろうと想像する。
(これじゃあねぇ……)
 レイは再び横に並んで校門をくぐった、同時に隣人ではなく、チルドレンとしての思考を持ち出した。
(シンジクンって、苛められそう……)
 ジオフロントは閉鎖空間である、そのような場所で何年も過ごすのだから当然派閥は生まれよう。
 身を寄せるのもいい、孤独を気取るのも、しかしシンジのように力が伴わない人間は潰されてしまうだけだ。
(なんとかしないと……)
 レイとシンジの違いがここでも現れた、彼女にはシンジと違って安易に頼れる人間が居た、それは……
「シンジクン!」
「え?」
「ちょっと付き合って」
 シンジは首を傾げたが、特に拒否せず頷いた。


 −ジオフロント−
 旧箱根一体の地下にある巨大な球状空間である、もっともその球体の約九割が現在は埋もれてしまっているのだが。
 全長六キロ、高さ約0.9キロ、元を球形であったとしたなら、その九割を埋めた土砂が何処から出て来た物なのか?、地殻や地震による物なら、なぜ天井部分は崩れなかったのか?
 実は全くの謎とされている、現在は第三新東京市を支えるために、天井部分を二十層前後の特殊装甲板によって強化していた。
 しかしシンジが感動したのはそのようなことに対してではない。
「うわぁ……、本物のジオフロントだ」
 えっへんとレイが胸を張る。
 ジオフロントへの侵入ルートは実に複雑になっていた、それもそのはずで、地底空間の大地から九百メートルの直上に第三新東京市はあるのだ、高速地下鉄道に乗り、街の底から落ちてジオフロントの空を宙吊りになって外輪部へ、そこから別のトレインに乗り換えてようやく施設に入れるのである。
 遠い、が乗り物の速度が速いためそれほどの時間はかからない、シンジとレイが空を渡っている時にはちょうど夕方で、地上の集光窓から差し込んだ黄金の輝きによって地下の森は荘厳な姿を晒していた。


 シュッと気圧の抜ける音にミサトは扉へと振り返った。
「あれ、レイ」
「こんにちわぁ」
 同時にリツコも振り返る、目を細めて……
「駄目じゃない、部外者を連れて来ちゃ」
 しかし仕方ないわね、と言った感じであって、許容はしていた。
 萎縮しているシンジに微笑みを向ける。
「はじめまして、碇シンジ君ね?」
「あ、はい……、僕のことを?」
「知らないはずがないわ、碇司令の息子さんですもの」
 −ジオフロント内ネルフ本部、発令所−
 三つの塔がそびえるその中央塔の上だった、ここにだけさらに上がある。
 シンジは顔をしかめた、父の息子と言う呼び方に戸惑いを覚えたからだ。
「そんなに有名なんですか?、父さんって」
「そうね」
 ちょっとシンジの物言いに驚いた様子で……
「この街が遷都されるのは知ってるわね?、当然第三新東京市は前世紀の東京のように巨大な街となるわ、その人間が災害時に退避し、場合によっては長く逗留するためのシェルターとしてこのジオフロントは作られているの、あなた達が行う予定のこの密閉空間での生活体験テストは、この環境下におかれたことで、どの様なストレスが掛かるかを確かめるためでもあるのよ?、そのデータを元にして、この地下に様々な施設を構築しようと、そういうことになってるの」
 はぁ……、とシンジ。
「それで……、えっと」
「ああ、ごめんなさい」
 優しく微笑む。
「リツコよ、赤木リツコ、でこっちがミサト」
「葛城さんは知ってますけど」
 ああ、そうだったわね、と意地悪くミサトを笑った。
「また減給食らったんだものね」
「うっさいわねぇ」
 ふてくされた。
「それで?」
「え?、……ああ、えっと、その話しがどうして父さんに繋がるのかなって」
「その実験の全てを統括処理しているのが司令なのよ」
「その……、聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうして司令とかなんとか、軍隊みたいなんですか?」
 軍隊だからよ、とミサトが言った。
「正確には組織ね、誰かが上に立って要にならないと、みんな好き勝手にやっちゃうでしょう?、ここには住居としての機能だけでは無くて、自治のために必要な保安、治安部隊も整備されているの、武装もね」
「……物騒なんですね」
「子供達が約一千名、大人を入れても三千名になるかどうか……」
 リツコが不安を口にする。
「これが百万人なら問題無いのよ、けれど中途半端な数は余計な統率を生むわ、数百人単位のグループが形成されたとして、その数を三千から引けば、治安維持に務めるはずの人間は幾ら残ると思う?、彼らが脅えを感じて取り込まれる事を望まないはずがないわ、そうならないようにするためには、数の暴力に抗えるだけの力を持たせるしかないの、百対二千九百でも自分を鼓舞出来るようにね」
 そうですか、とシンジは答える、いや、答えようが無かった。
「大変なんですね」
「そうね」
「今のところはレイだけが頼りだけどねぇ」
 へ?、とシンジ、レイは顎を引いて目を逸らした。
「ミサト!」
 あっと自らの非をわびる。
「ごめん、レイ……、そんなつもりじゃ」
「ううん、いいんです……」
 いつもの闊達さをなくして、固い言葉を使う、それだけでも何か悪いことだったのだろうと知れたがシンジにはわからない。
「なんです?」
「え、っと……、リツコ?」
「レイ?」
 レイは二人に頷いた。
「……シンジクンには、教えても良いです、ううん、知ってもらおうと思ってここに来たんです」
「そう」
 リツコは誘うように、二人に着いて来て、と歩き出した。



[BACK][TOP][NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。