──翌早朝。
シンジはいつもより早い時間に目を覚ました、正確には寝付けなかったと言った方が正しいだろう。
シンジは布団の上で自分の手のひらを見つめた。
まるでそこに残っている『感触』を確かめようとするように。
LOST in PARADISE
EPISODE05 ”レイズ”
「なんですか、これ……」
暗闇が払われた時、そこにあったものは『巨人』だった。
石像と言ってしまっていいかもしれない、身長十メートル前後の巨人だ、甲冑を着込んだ……
「人造人間エヴァンゲリオン」
「人造……、って、人間なんですか?」
「恐らくとしか答えられないわ」
まるでへたり込むように手を突いてしゃがみ込んでしまっている巨石に、シンジは促されるままにリツコに着いて裏に回った。
「!?」
甲冑が排除され、その下のものが露出していた、そこにあったのは肌だった、機械らしきものが組み込まれている。
「……ジオフロントがどうして出来たか、知ってる?」
「え?」
「全長六キロ、高さ約0.9キロ元は完全な球状空間で、現在は89%が埋まっているとされている……、けれど真実は違うわ、ここはね、遺跡なの」
「遺跡?」
「そうよ、こっちへ来て」
リツコが案内したのは、この部屋のコントロールルームだった。
そこの端末を操作し、ジオフロントの全体像を表示させる。
「これって!?」
「そう、これがジオフロント、ネルフ本部の正体よ」
巨大な球体が表示される、その端は陸地を越えて海にまで掛かっていた。
「ジオフロントと呼ばれる空間はね、実は隙間なの、この巨大な球体がセカンドインパクトの衝撃によって沈降してしまい出来た隙間なのよ、第三新東京市はそのままでは脆くなった岩盤が崩れると判断して補強のために建設された都市なの」
「……首都の遷都っていうのも、このネルフ本部になってるものを押えるためなんですよね?」
「レイ?、どこでそんな話し聞いたの?」
「聞いたんじゃなくて、知ってるんですもぉん」
ぷいっとそっぽを向く、どうやら本当はどこかで誰かの話を立ち聞きしたらしい、その人物が怒られるのを防ぐつもりなのだろう。
リツコはこの子は、と嘆息した。
「まあいいわ……、エヴァはね、この遺跡から発掘された巨人なの、遺伝子の解析結果は99.89%、人類と一致したわ」
「一致って……」
「限りなく人間に近いもので構成された、人ではないもの、そして現在、唯一レイの力の及ばない存在なの」
「え……」
「う〜ん、どうしてもエヴァがらみのことになるとぼやけて見えなくなっちゃうの、それはまあ、シンジクンも同じなんだけど」
「僕も?」
「そうなの、上手く付き合おうと思ったらシンジ君のことを視ればいいわけでしょ?、……そういうこと我慢するほど強くないもん、あたし」
ちょっとだけ言い訳がましく口にした。
「でもシンジクンのことになると途端に霞みがかって視えなくなるの、他人を視ることで間接的に知ることはできるんだけど」
「ただその場合はビリヤードと同じなのよ、弾かれ合う玉がどう転がるか、目を離した隙にどこへ行ってしまうのか、……そのことをレイから聞いていたから、その内連れて来るとは思っていたのよ」
ああ、それで、とシンジは発令所で怒られなかった事の理由を察した。
「けど……、エヴァ、か」
シンジは部屋から外に出た、エヴァを見上げる。
「一体いつごろの物なんですか?」
「わからないわ……、炭素法じゃ億単位の計るだけ馬鹿らしい数字が出たから……、シンジ君?」
シンジは怖れずに歩み寄ると、巨人の大きな手の、指先に触れた。
「独りきり……、それとも一人になってしまったのか」
どちらにしても、と。
「僕と同じだね」
シンジは手を離すと二人の元に戻った、一人になり、誰からも都合の良さを求められる、抵抗も、抗う事も許されない、唯々諾々と従う事だけを望まれる。
きっと君も同じなんだね。
そんな意味深なものを込めた呟きだった。
夕べ、綾波レイはシンジの部屋に帰宅した、ただいまぁ、っと、そして窓から帰っていった。
今日、同じように窓から来て、行ってきますと外に出た、とことんまでシンジに構うつもりなのか、どうなのか……
とにかくシンジを一人にさせるつもりは無いらしい、視線を気にして歩くシンジの隣を、レイはにこにこと歩調を合わせていた、スキップしてしまいそうになるのを自制しているのだ。
何が楽しいのだろうか?、シンジは困った事にわかるような気がしていた、レイと同じように一人でも楽しめる事を見つけるのが上手かったからかも知れない、バスに乗って、流れる電線を見ていた、上下に、スキーヤーのように沈んだり跳ねたりして流れていく、面白かった。
空、雲を見ていると形を変えながら流れていく、それをマンガの宇宙船に見立ててみたりした、わくわくした。
そんな風に、心が躍るものを探して日々を過ごした、それはどれも人と分かち合える物では無かったし、今彼女が感じているものもそのようなことなのだろうとわかってしまう。
それが、たとえ自分と一緒にいるからなのだとしても、いや、だからこそ余計に理解できない、共感は出来ても。
こんな自分と一緒に居て、何が面白いのか?
そう思っていつもの坂を登ると、急に視線を感じなくなった、いや、自分から外れていくのがわかった。
校門に人だかりが見えた、入っていくのは髪の長い女性、アスカだった。
「二日目からもう?、人気者だねぇ」
「え?」
「うちの慣例みたい、校門で告白、下駄箱にラブレター、校舎裏への呼び出しとかは無しなんだって」
「なんで?」
「ちょっと前にねぇ、校舎裏に呼び出して断られた男の子が、女の子に無理矢理……、ちょっと、乱暴を、ね」
「……そう」
「何も無かったんだけど、それでもそんなことがあったから校舎裏に呼び出されたらそういうことされるかもしれないって、ね、女の子も警戒するようになっちゃったし」
「……それって、まさか」
「ちっ、違うって!、あたしじゃないもん!、あたしは助けた側っ」
「そうなの?」
「うん!、ちょっと『力』使って覗いたら……、ちょうど危ない感じだったんで」
「そっか……」
「うん……、でもみんなには怖がられちゃって」
「どうして?」
「だって……、好き勝手に覗いてるんじゃないかって、鈴原君がそれならあの子が酷い事になってた方が良かったのかって庇ってくれなかったらどうなってたかわかんないかも」
「鈴原君が……」
「鈴原君には結構助けてもらって、それで覗くのやめたの、あんまり人信じてなかったけど、鈴原君みたいな人も居るならって思って」
ふうん……、と、シンジは何気なくこぼした。
「好きなんだ、鈴原君が」
「え?、へ!?、ちっ、違うもん!、そうじゃなくて!」
シンジはきょとんとした。
「何焦ってるの?」
「だだだ、だって!」
「……人を好きになるのは、好い事だとおもうよ?」
「あのね……」
ニブチン、とがっくりとするがシンジは気付かない。
「人を好きになるって言うのは……、優しくしてくれる人だから好きになれるんだと思う、だから……」
はぁっとレイは溜め息を吐いた。
「じゃあ、シンジクンはあたしのこと、好きなんだ」
何言ってるの、とシンジ。
「好きだよ?、好きだから、『諦めた』んじゃないか」
「はぁ?」
レイはシンジの物言いのおかしさが理解出来なかった。
好きにならないように距離を開く、それがシンジのスタンスなら、好きになったから諦めるのもシンジのやり方だった。
嫌われるのがオチだから近付かない、けれど好意を持ってくれた相手を拒絶し、傷つけたなら周りと同じになる、だから適度に許容する、流される事にして諦める。
結局シンジは、レイのさせたいようにさせることに決めたのだ、ただそれだけだった。
「はぁ、変な勉強やってんのねぇ、ここって」
教室、自分の席に向かおうとしたシンジの耳に聞こえたのはアスカの声だった。
「次の問題を因数分解しろって、これ文章じゃない」
出ているのは国語にでも出て来そうな小説の一文だったのだ。
「ほら、ここって遷都される予定でしょ?」
「そうそう、だから教育関係も実験的な内容のが多いのよ、ねぇ?」
ふうんとアスカ。
「つまりAさんはBさん、Cさん、Dさんの知り合いなんだけど、これを一気に表現するためにはAさんとBさんが一緒のシーン、つまりA+B、AさんとCさんのA+C、AさんとDさんのA+Dを一々描かなくっても、Aさんに名前だけを告げさせて、A(BCD)を演出すればいいと、そういうこと?」
「そうそう」
「他にもねぇ、英語も名詞とか動詞とかの使い分けってあるでしょ?、そういう文法は日本語みたいに崩しちゃいけないからって、国語と絡めてやってるし、主要科目だけでも入り乱れちゃってて結構変になってるの」
「学力に合わせてる訳でも無いから時々小学校とか、高校でやるような問題も混ざってるし」
「そうそう、この間の!、三倍取りで60分、標準取りで60分使用した120分のディスクがありますって問題」
「残りは三倍で何分あるでしょうって?、分数のやつでしょ?、ああいうのだとなんでか間違わないんだけどねぇ」
どういう学校だ、と呆れて頬杖を突き、アスカはちらりとシンジを見やった。
このまま済し崩し的にクラスメートとして定着して良いのかもしれないが、それでは来た意味そのものがない、しかしだ。
その目をまた別へと動かす。
──綾波レイ。
タイミングを見計らっているのだが、登校から下校まで、完全に張り付かれてしまっている、声も掛けられない。
邪魔はされたくないのだが、時間が開けば何か……、そう、亀裂のような物が広がって、今更的に触れ合えなくなってしまう様な気がしてしまうのだ。
(どうするべきか、よね……)
嘆息し、教科書に目を戻す。
(因数分解、か)
自分の存在はこのクラスにおけるものなのか、あるいはシンジとの知り合いとして計算してしまっていいものなのか?
(決まってるじゃない)
だからアスカは立ち上がった。
「ちょっと、ごめんね」
「え?、あ、うん……、へ?」
アスカを取り囲んでいた女の子達は、彼女が歩いていく先を見て驚いた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。