「頼んでどうするのさ?」
 そう問われた瞬間からアスカは言葉を無くしてしまった。
 それだけ冷たさが際立っていたからだった、絶対零度と言ってもいい。
 触れると火傷をしそうなくらいに、拒絶していた。
「でしょ?、最初は好意から良いよって言ってくれるかもしれない、その内面倒臭くなって嫌だって言われるに決まってる、そう、最後は忙しいから自分で何とかしてくれってね」
「だけど」
「おじさん達がそうだった」
 ビシッと言いつける。
「僕には用があるから、そう言ってた、その間家族で何処に行ってたと思う?、外に食べに行ってたのさ、『家族』でね」
 アスカは口を噤んで、顎を引いた。
 何も言えなかったのだ、自分には……、家族が『居た』から。
 作り事めいていても。
「僕は惣流さんみたいに他人に何かしてもらうつもりなんて無いよ、僕は一人の方が……、楽だから」
 ごみ箱に空になった缶を捨てる。
 そのままだと、じゃあ、と去られてしまいそうで、アスカはつい口にしてしまった。
「じゃあ!」
 吐き捨てるように告げてしまう。
「どうしてアイツと一緒に居るのよ!」
 シンジはきょとんと、見返した。


「はぁ」
 綾波レイは憂鬱さを張り付けて溜め息を吐いた。
 妙な服に着替えていた、白い、光沢のあるダイバースーツのような物だ、胸を持ち上げるように何か背中から回り込んで機械が装着されている。
 それは心臓の動きを直接チェックするための機械である、他にも人体の重要器官がある箇所には、同様のセンサーらしきものが埋め込まれて、存在していた。
 見上げているのはあのオレンジ色の巨人だった、エヴァンゲリオン零号機である、ライトが点いていると随分と明るい存在に思えた。
「ねぇ、リツコさぁん」
 聞こえているだろう、と口にする。
「ホントに動かせると思う?、これ」
『でないと困るわ』
 スピーカーで響く。
『あなたの『力』の一部がエヴァとリンクするのは確認済みだもの』
「それがアクセスするための唯一の手段になってるって言うのはわかるけど……」
『他の方法は全てアウト、まあ、駄目もとよ、頑張ってね』
 駄目もとね、と考える。
 それでも急に呼び出したということは、何か良いアイディアでも浮かんだのだろうと察しが付いていた、思い付いたなら即座に試さなければ気が済まない、そういう人なのだとわかっていても……
(うう、ちょっとは人の都合ってもんをね)
 シンジクン、なに食べてるかなぁと。
 くぅっと鳴るお腹に涙を流した。


 は?、とシンジは間抜けに返した。
 アスカの言い方がわからなかったのだ。
「どうしてって……、別に」
「別に?、別にってなによ?」
「別に……、好きで一緒に居るわけじゃないよ」
「じゃあなんでよ!」
「だから……、レイさんが話しかけて来るから」
「話しかけて?、はっ!、それで仲良くお手手繋いでってわけ?」
 シンジはムッと顔をしかめた。
「別に……、惣流さんには関係無いだろ?」
 関係、あるわよとぼそりと呟く。
「向こうじゃ友達なんて作らなかったくせに、あ、そう、誰も僕のことを知らない土地で、明るくやり直してみようってわけ?、ふうん?」
 シンジは何も口にしない。
「それで彼女を作って、楽しい?、悪かったわね、あたしなんかが来て」
 何も言い返さない、無言、それが彼女を焦らせる。
「なによ……」
 顎を引くアスカ。
「邪魔なら邪魔って言えばいいじゃない!、なによ……」
 ようやくシンジは言い返した。
「……言えるわけ、ないじゃないか」
「……」
「なんだよ、優しくしてもらって、嬉しいって感じちゃいけないのかよ」
「……」
「ああそうだね、僕の『分際』で大それた考えだったね!」
「ちょっと!、逃げる気!?」
 立ち去ろうとしたシンジだったが、その呼び止めに面倒臭げに振り返った。
「どうして僕が惣流さんから逃げなくちゃならないのさ?」
「逃げてるじゃない!」
「逃げるも何も」
 無表情に……
「僕と惣流さんは他人じゃないか」
 アスカはその言い切り方に硬直した。
 そこまで強く拒絶されたのは初めてだったから。
「た、にんって……」
「親は知り合いかもしれない、クラスもずっと一緒だったけど、僕のことを友達でもなんでも無い、知らない、あんな奴、そう言い続けてたのって誰だっけ?」
 アスカだ。
「僕が上手くやってるのが気に食わないからって、一々言いに来ること無いだろ、他人にどうしてそんなこと言われなくちゃならないのさ?」
「あたしは!」
「わかってるよ、レイさんと仲良くするなっていうんだろ?、でないとまた前の学校みたいにしてやるって」
 ──パン!
 頬を叩き、アスカは一言叫んだ。
「バカ!」
 シンジは目を丸くした。
「……なに、泣いてるんだよ」
「あたしがどう思ってるか……、どう思ってるか知らないくせに!」
「……知るもんか」
 目を背ける。
「わかるわけないだろ、そんなの」
「なんでよ!」
「……僕が一人でイジケてる時、アスカは笑ってた」
 口の裏を噛んで、それでも続ける。
「僕がコンビニのお握りを食べてるのを馬鹿にしておかずの詰まったお弁当を食べてた、班組で僕があぶれてる時誰と組むかで選んでた、僕が……、アスカは」
 延々と愚痴り続ける。
「アスカには『俺』の気持ちがわかるのかよ」
 雑な言葉を使う。
「どう思ってるか知らない?、知るもんか、俺のことを理解ってもくれない奴のことなんて知るもんか、俺はこれからも一人でやってかなきゃならないんだ、人のことなんて知るもんかっ、他人のことなんて……」
 シンジははっと我に返った、彼女が俯き、震えているのを見て失敗したなと顔をしかめる。
 自分の気持ちを吐露するなんて、自分『らしく』ないと思い直す。
「ごめん……」
 シンジは仮面を被り直した。
「僕はもう、他人に頼らないって決めたんだ……、だから他人のことなんて気にしてる余裕なんて無いんだよ」
「じゃあ……、じゃあ」
 アスカは訊ねた。
「アイツは気にして欲しいって、言わないわけ?」
 レイの事だろうかと思い、頷く。
「うん……、そうだね」
「そう」
 顔を上げた時、アスカは何故か微笑していた。
「わかったわ、じゃあ」
「え?、あ……」
 くるっと回って駆け出していく、そんな背中に首を傾げる。
 妙に軽い調子に感じられた。
「なんなんだよ、もう」
 気持ち悪い、中途半端な感覚。
 それだけが残って、シンジは解消するために缶ジュースを追加した。


 すっかり暗いが、まだ夕飯には早い、そんな時間帯。
「シンジくぅん、お腹空いたぁ」
 帰って来たレイを迎え入れつつも、シンジはだからどうしたと切り返した。
「そんなこと言ったってさ」
「へ?」
「なんにもないよ、別に……」
「そんなぁ……」
 へなへなと崩れる。
「シンジクンのケチぃ」
「けちって……」
「自分一人だけ美味しい物食べたんだ、あたしのことなんてどうでもいいんだ、自分だけお腹膨れたらそれでいいんだ」
 鬱陶しくうねうねと転がる。
「あのねぇ」
 レイは尺取虫のごとく腰を動かし冷蔵庫に辿り着くと、開いて、そのまま顔を気持ち良さげに冷やし出した。
「シンジくぅん」
「ん?」
「出前とってェ」
「出前?」
「うん、○○○○−○○○○、ニンニクラーメンチャーシュー抜き、焼き飯とねぇ」
 わかったよ、と立ち上がる。
 そこへぴんぽーんと来客を告げるインターホンが鳴り響いた。
 誰だろ?、と思いつつ扉を開き、シンジは戸惑った。
「え?、惣流、さん」
 恥じらう様に頬を染めて立っていた、何故だか両手で持っている物は鍋である。
「あっ、シンジ、あのね、これ、作ったからさ、食べないかっておも……、って」
 部屋の奥にレイを見付けてギシッと固まる。
「……なんでそいつがアンタの部屋に居るのよ?」
「なんでって……、それは」
 アスカはシンジの言い訳など聞いていなかった。
 どうせいつもの言い逃れを使うつもりだ。
 そしてそれが当たる事を熟知している。
 レイはアスカの視線に何かを感じた。
 睨み返した。
 敵だと顔に張り付けた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あのさぁ」
 シンジは埒が明かないと割り込んだ。
「上がったら?、惣流さん」
「……いいの?」
「別に……、悪いってことはないし」
「そう、じゃあ」
 そうさせてもらうわ、と。
 アスカはレイを睨み付けたまま、持って来ていた鍋を突き出した。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。