夜もいい加減に更けて来て、さすがに涼しい風が吹き始めたのだが……
 相変わらず、ここ、シンジの部屋は息苦しくて、落ち着かなかった。


LOST in PARADISE
EPISODE06 ”Why?”


「で」
 窓側にシンジ、冷蔵庫を背にレイ、その正面、テレビ前にアスカの配置で、切り出しのはレイだった。
「何しに来たの?、惣流さん」
 硬質な声が表情と実にマッチしていたが……
「悪い?、幼馴染に差し入れ持って来たんだけど?」
 ふんっとアスカ。
「あんたこそ何勝手に人ん家でくつろいでんのよ」
「惣流さんには関係無いでしょ」
「シンジがあんたに遊びに来てくれって言った?」
「……別に嫌だって言われてないもん」
「けど来て欲しいとも言われてないでしょ」
 勝ち誇る。
「バカシンジがそんなこと言うわけないもんね」
「どうして惣流さんにわかるのよ」
「わかるからよ」
 シンジはその横で、なんだろなぁと居心地を悪そうにしていた、双方にどんな意図があるのか知らないが、一人の方が落ち着ける、伸び伸びと出来る。
 その性格を無視してかまおうとしている以上、二人のやってることは余計なお節介でしかない。
「シンジクン」
「え?」
 ぼんやりとしていたのが気に食わなかったのか、レイの口調はきつくなった。
「惣流さんって、ただの知り合いだって言ってなかった?」
 口を挟むアスカ。
「シンジ?、アンタこの女とは何でも無いって言ってたわね?」
 プッと膨れるレイ。
「シンジクン!」
「はい?」
「そんなこと言ったの!?」
 うんと頷くと、レイは信じられないと喚きを上げた。
「キスしたじゃない!」
 シンジは顔をしかめた。
「したっていうか……、あれは」
「どうせされたんでしょ」
 アスカの言葉は的確だった。
「シンジからするなんて、あり得ないわ」
 むっとするレイ。
「じゃあ惣流さん帰って」
「なんでよ」
「シンちゃんからしてもらうから」
 奇妙な顔をしたのはアスカだけではなく、シンジもであった。


「キス、ねぇ……」
 シンジは呟き、何を言ってるんだろうとレイを見た。
「レイさんと?」
「他の誰とするって言うの?」
「誰ともしないって、言わなかったっけ?」
 喉が乾いたな、とシンジ。
 緊張しているからかも知れない。
「したくないとも言ってないと思うんだけど?」
「だからって、なんでシンジがあんたなんかと」
 ムッとして。
「惣流さんには関係無いじゃない」
「あるわよ……」
「ふうん?、どの辺に?」
「だから、あたし達はその……、幼馴染で」
「幼馴染だから?、だから恋愛にまで口を出すって言うの?」
 そんなの変じゃない、とレイ。
「ねぇ、そう思わない?、シンちゃん」
「……別に」
「ほら!、別にって……、ええ!?」
 妙に驚く。
「それってどういう意味!?」
「どうって……」
 面倒臭げに。
「むこうでもそうだったもの、僕のやってることが気に食わないからって、一々口出して来てたし……」
 意外にもレイはシンジに食いついた。
「それって、ただの知り合いなのに?」
 シンジが口篭ったのは説明が面倒だったからだ。
 多くのことが間にあり過ぎて、一口に、とは到底いかない。
「惣流さん……」
 レイは意味深げに訊ねた。
「もしかして……、転校って、シンジクンを追いかけて来たの?」
「……」
「どうなの!」
 アスカはぎゅっと唇を噛んで俯いた。
「……そうよ」
「……」
「謝りたいことがあったのよ!」
 逆ギレする。
「けどっ、向こうじゃ……、言えなかったから」
 アスカの目はレイからシンジへと移っていた。
「シンジ……」
「なに?」
「あんた……、これくれた時のこと、覚えてる?」
 そう言って髪飾りを押さえる。
 シンジはコクリと頷いた。


 レイとシンジは、アスカの告白を聞き続けた。
 思っていた事を吐露し始めると、止まらなくなるものなのかもしれない。
 アスカは自分で忘れていた事さえ、語り出していた。
「いつでもママをやめられるって言ってるのを聞いた時、アタシにはもう頼れる人なんて居ないんだってわかったわ、お母さんがいない、そのことでどれだけ苛められるかって、シンジを見ててわかってたもの、だから頑張った、頑張ったのよ……、イジケてるシンジなんて嫌いだった、イジケてるだけで、苛められてるだけで、逆らわないなんてどうかしてるって思ってた」
 俯く。
「ずっとそう思ってた、けど気付いたのよ、あたしにはパパも……、新しいママも居たって、掃除も、洗濯もしてくれる、勉強も見てくれる、我が侭も聞いてくれる、助けてくれる人達が居たって、でも今更だった、あたしとシンジの関係なんてみんな見る目が決まっちゃってて、今更、怖かったのよ」
「勝手ね」
 レイは冷たく言い放った。
「で、謝って、許してもらって、ありがとう、うれしいって?、それってすっごい勝手じゃない?」
「わかってるわよ……」
 わかってるけど、と。
 顔を上げて、ぎくりとした。
 レイの眉間に、鬼火が回転していたからだ。
「ふうん?、つまりシンジクンが居る間は辛く当たって鬱憤が晴らせてたけど、シンジクンが居なくなって自分をようやく見直す事が出来たって?、そうしたら今度は自分が情けなくて堪らなくなって、どうにかしたいって思い始めた?、だからここに来た?、それって、ねぇ?、ぜんっぜんシンジクンに謝ろうってつもり無いんじゃないの?、自分の気持ち押し付けたいだけなんじゃないの?、消化したいだけなんじゃないの?」
 そんな気持ち、と蔑んだ。
「シンジクンに迷惑じゃない、謝られたら許すしか無いよね?、ま、シンジクンなら許しちゃうと思うけど?、それが一番面倒臭いことにならないからってね」
 どう?、とシンジに振ってみたが、それは墓穴を掘る行為だった。


 じっと聞いていたシンジの瞳は、どこか暗く澱んでいた。
 それはアスカだけには向けられず、レイにもまた同じ物を向けていた。
「……それがわかってるなら、もう僕にかまわないでよ」
 レイはびくんと体を震わせた。
「え……」
「わかんないかなぁ……、僕、レイさんに来て欲しくないって鍵掛けてたよね?」
 あ、っとレイ。
「それは、その……」
「諦めたって言ったでしょ?、これ以上逆らってても喚かれるだけだなって思ったから、レイさんのしたいようにさせとこうって思っただけで、別に」
「で、でも好きだよね?、あたし!」
「好きだよ?」
 シンジはどうしてそんなこと聞くの?、と本気で首を傾げた。
「好きだけど、そんな気持ちどうだっていい」
「どうだってって!」
「だって、鈴原君に何を言ったのさ?」
「鈴原君?」
「良い人だから……、鈴原君と友達だったんでしょ?、で、僕に乗り換えた、次は無いって言えるの?、僕よりもっと良い人が見つかったからって乗り換えないって保証はどこにあるのさ?、僕はあんな風に言われるくらいなら、友達になんてなりたくない」
「でも!」
「ごめん……、でも僕はもう、上手くやって行こうなんて考えるつもりは無いんだよ、いや……、あるのかな、あるから誰とも付き合いたくないのかもしれない、だって」
 レイを見る。
「レイさんと知り合ってなかったら、鈴原君や、他の人にまで嫌われることは無かったし」
 アスカを見る。
「惣流さんのことだって、きっと何か問題になるんだ、そうに決まってる」
 二人は言葉を無くしてしまった。
 そこまで拒絶されるとは思わなかったのかもしれない。
「それとも……、僕が悪いのかな」
 そう言ってシンジは、ベランダの向こうを見た。
「僕さえ居なきゃ……、面倒な事なんて起こらなかったのかもしれないね」
 瞬間、肯定し掛ける自分を見付けて……
 レイとアスカは、言葉を喉に詰まらせた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。