授業が終わって、放課後となって。
 いつもなら真っ先に帰るはずの教室に、まだ居残っている少年が居た。
 シンジだ。
「あれ?、綾波待ってるのか?」
 話しかけたのはケンスケだった。
「別に、そういうわけじゃないよ」
「ケンカでもしたのか?」
 シンジは考え込んだ顔をした。
「ケンカ……、じゃないよ、ただ嫌われるような事を言っただけ」
「あん?」
 よくわかんないな、と、シンジの前の席に勝手に座る。
「なんっかお前が来てから色々あるよな……、惣流関係も荒れて来たし」
「……それは、まあ」
 シンジは股の間に手を組んで、伸ばすようにして背伸びした。
「僕が偉い人の子供だからって言うのが問題なんでしょ?、だったら相田君だってそんな風に言われるんじゃないの?」
「……かもなぁ」
 ケンスケは否定しなかった。
「お前ってそれで良いのか?」
「良いよ、別に、友達なんて欲しくないから」
「そうか?」
「疲れない?、どうせ来年にはクラス替えで関係無くなるんだし、その先は高校が別々になったりとかさ、その度に友達作り直して、その度に嫌われたり、変な目で見られたりしないように合わせたり……、僕にはそういうのって出来ないからね」
 ケンスケは肩をすくめた。
「ま、人それぞれだな、友情は永遠だとか言ってる奴等もいるし」
「幸せなんだろうね、それだけ……、いいことだと思うよ」
「皮肉か?」
「まさか、幸せならその方がいいよ、ずっと……」
 ケンスケはなんとなく、いつも手にしているビデオカメラをシンジへと向けた。
 その憂いた横顔は、写すに値すると思ったのかもしれない。
 夕焼けに変わる前の冷めた陽射しが、頬杖を突くシンジの顔を儚くしていた。


「おっそいなぁ、シンちゃん……」
 気まずいままでは堪えられない子なのだろう、レイは十分ごとに……、場合によっては二・三分ごとにベランダからシンジの部屋に回って中を覗き込んでいた。
 しかし電気が点いていない、狭い部屋で外から見ただけで見渡せる、隠れているなら風呂場だろうが、それもなさそうだった。
 まずかったかなぁと自己嫌悪に浸って、シンジの部屋のベランダで三角座りをしてしまう。
 気まずくなったから、もう相手をしないと決めた、そう取られたのかもしれない。
 そんなつもりはなかった、と言うのは簡単だろうが、元から信じてくれていなかったシンジだ。
 今朝別々に登校した事で、シンジの考えが想像から確信に変わってしまっていても不思議は無い。
 それを信用してもらえるようなところまで動かすには、どれだけの努力が必要なのか?
(惣流さんって、偉いんだ)
 もうひとつばかり嫌悪を増やした。
 なんとなく取ってしまった態度を改めるのが、こんな勇気が居るとは思わなかった。
 アスカは少なくとも、もうどれだけ誹謗中傷を受けても構わない、と開き直っている節がある。
 シンジにすら、どういわれようと諦めないと、意固地になっている感じすらある。
 それだけ思い詰めなければ堪えられないのかもしれないと考える、ならば夕べ取った自分の態度は、ちょっとばかり酷かったかもしれないと思えるのだ。
「惣流さんとは、仲良くしとこう……」
 謝罪の意味を込めてそう思う。
 さて、シンジはその頃、まだ街をうろついていた。
 別にいかがわしい店に寄っている訳ではない、ファーストフードショップで夕食を終え、本屋に寄り、CD店を探して回り、途中見つけたオーディオショップを覗いていたのだ。
 帰るつもりが無い訳ではないが、その顔は楽しげで、満足げだった。
 ようやく以前の生活を取り戻せたと思っているのかもしれない。
 明日はなにをされる、言われる。
 そんなことを一々気にしていては潰れてしまう、体験からシンジは心の中に一つの弁を持っていた、必要以上に負荷が掛かった時、すっと気持ちを逃がすための便利な弁を。
 レイの事はとっくに消化して、決着を付けてしまっていた、嫌われた、ならもう来ないだろうと、だから早く帰る必要は無い、考える必要はないだろうと。
 アスカやレイにとってシンジは不利な相手だった、感情に折り合いを付けるのが上手過ぎるのだ、それに対して二人はどうしよう、こうしようと考えても、それを実行しない事には次へは進めない。
 その間にも、シンジの気持ちは離れていってしまうと言うのに、何も出来ない。
 レイはまた、シンジの姿を探して力を使っていた、しかし見付けられない、苛立たしさが募り出す。
 どうしてなのかと思う、どうしてシンジには力が通じないのかと。
 そんな風に悩んでいたレイが顔を上げると、遠くにぽうっと明るい光が見えた、オレンジ色に街が輝いている、もう夜で暗いと言うのに。
「火事?」
 レイはよく『眼』をこらした、加速する鬼火、そして。
「なに?、あれ」
 そう呟いた時、部屋の中で携帯電話が鳴るのが聞こえた。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。