−2017、第三新東京市ジオフロント地下施設内発掘現場−
「鈴原っ、そっち行ったぁ!」
『わかっとるわっ、だまってぇ!』
 質の悪い通信機を通している様なノイズの酷さに舌打ちする、HMDはともかく粘液質のコクピットに対する生理的嫌悪感は未だに抑えられるものでは無かった。
 惣流・アスカ・ラングレー。
 今年で十六歳になる、セカンドチルドレンにしてエヴァ02専属パイロット。
 それが今の彼女に与えられた、役職氏名というものだった。


LOST in PARADISE
EPISODE08 ”今”


 −2015、ジオフロント内ネルフ病棟−
 医療ポッドに封印されているシンジが居る、その傍に腰かけて、じっと見つめているのはレイだった。
 そしてそんな二人をカメラで覗き見ているのは葛城ミサトと赤木リツコの二人である。
「で、どうなの?、シンジ君の容体は」
 リツコはふうと溜め息を吐いた。
「その質問、あなたで何人目だと思う?」
「……ゴミン」
「報告書の通りよ、外傷は無し、プラグスーツもHMDも無しで融合したものだから、血中のバランスが少々おかしくなってしまったのよ、酸欠症に似てるわね」
「脳への影響は?」
「出ないようにしているわ、ポッドの中にLCLを充填して、直接肺から酸素を取り入れられるようにしてね、ついでに浄化作用が血のバランスを正常値へと下げてくれるわ、今日明日には目が覚めるでしょ」
「けど……、使徒の目覚めに合わせたように活動を再開し、なおかつパイロットを自分から選択したエヴァ……、そしてその発現に触発されて力に目覚めた『セカンドチルドレン』、シナリオめいていて嫌な感じよね」
 ──フォオオオオオオオオ!
 −その十五時間前−
「エネルギー係数上昇傾向にあります、止まりません!」
「生体反応確認出来ず!」
「使徒完黙!」
「エヴァ01周辺の熱量が!」
「碇、まずいぞ」
「……」
 混乱するだけの発令所だったが、それも無理は無いだろう。
 しかし目前でそれを見せられているレイの焦りはそれ以上に辛いものだった。
 ──なんとかしなくちゃ、なんとか、なんとか!
 しかし気が焦るばかりで何も思い浮かばない。
(どうして!)
 レイはあまりの不甲斐なさに、情けなくて涙まで流してしまっていた、これまで幾度も力によって人を救って来た、自分に出来る最善の行いを加える事で、未来を変えて来たはずだった、なのに。
(どうして!)
 今、……今こそ最もその力を必要としているというのに、何も出来ない。
 集中を高めていくと、鬼火は消えて代わりに彼女の乗るエヴァの一つ目の中に、いくつものちらつきが踊り始めた。
 彼女の目に見えているエヴァはシンジの姿をしていた、だから彼があの中に居るのはわかる、しかし『未来』は一寸先も垣間見えない。
 彼女が見ているのはこれまでの様な未来では無く、『真実』だった、これもまた彼女の『第三眼』の力ではあるのだろう。
「シンジクン!」
 その時だった。
「なに!?」
 浩々と輝く光が二体のエヴァと荒れ果てた大地を照らし出した、見上げればそこには何かが羽ばたき、舞っていた。
「鳥?、炎の……」
 はっとする。
「惣流、さん?」
 彼女の目には、そう見えた。


 アスカが『異常』を感じたのは、台所に立って慣れない手付きで料理をしている時だった。
 アップに髪を纏めて、エプロンを着けて、恰好だけ決めて、危なっかしく包丁を握っていた。
 テレビから流れるニュースでジオフロントの火災を知った、まあ、関係無かろうと呑気にキャベツを刻んでいた。
 ──ドクンと、鼓動が鳴った、それはおりしも、シンジがエヴァに取り込まれた瞬間だった。
 見える情景、エヴァと、使徒、シンジ同様にわけがわからず、自分の立ち位置さえもあやふやにさせられた。
 違っていたのは……
「シン……、ジ?、だめ!」
 彼女の体から炎が噴き出し、あたかも翼のごとく強く羽ばたいた事だった。


 −ネルフ病棟−
 レイは空気の抜ける音に顔を上げた、気圧式の扉が開いていた、入って来たのはアスカであった。
「惣流さん……」
 アスカはレイの隣に腰かけ、重く辛く息を吐いた。
「……セカンド」
「え?」
「セカンドチルドレン……、今日からあたしもナンバーズだってさ」
 自嘲気味に笑う。
「そんなのどうだって良いのに」
 レイは頷きにも見える感じで、シンジの眠っているポッドへと目を戻した。
 ──シンジ!
 黄金色の翼そのものとなって飛来した彼女の叫びが全てを止めた。
 自分は何も出来なかった、それが悔しくて堪らない、いや……
 今度はレイが溜め息を吐く番だった。
「ごめん……、あたし、今話したくないかも」
「そう?」
「うん……、シンジクンが助かったのは嬉しいけど、多分……、妬けてるから」
「……」
 あの瞬間、アスカは『どうしよう』ではなく、ただ叫んでいた、感情のままに。
 どうして自分にはそれが出来なかったのか、そのことこそが悔やまれてならない。
(あたしって、惣流さんと同じかも……)
 シンジを奪われてしまいそうだから、ではなく。
 自分に出来ない事……、ただ彼のことだけを考えること。
 それを当たり前のように実行するアスカという存在に。
 彼女は自分にない眩しさを見て、感じ取ってしまっていた。


 そして再び、2017年。
「チィッ!」
 尾を引く舌打ちをしてアスカは赤いエヴァを下がらせた、機体の腕には02のナンバーが刻まれている。
 四つ目で、物腰に柔らかさを感じさせるエヴァだった、その向こうに並ぶのは黒いエヴァだ、こちらは二つ目だが、顔つきは爬虫類系で、呼吸と共に上下に揺する動きも何処か獣臭い物を感じさせた。
 ネルフが本部としている発掘遺跡、その大きさはこれまでに語られた通りであるが、彼らが施設を築いているのは、実に何パーセントにも満たない空間であった。
 地下には崩れ落ちた場所もあれば、埋もれてしまった区画もあり、あるいは巨大な通路や、神殿のような空間まで確認されている。
 いや、確認されるようになった、と言うのが正しいかもしれない。
 2015年の使徒事件以来、ネルフはエヴァをさらに二体発掘していた、この二体は整備後、セカンドとフォースのナンバーズへと与えられている。
 現在では発掘のための重機代わりとしても活躍している、特に綾波レイのエヴァだ、彼女の力はエヴァによって拡大されて、ある程度の発掘すべき範囲を『予知』してみせていた。
 ただ、彼女の力を持ってしてもそこにあるのが使徒であるのかエヴァであるのか判別出来ない。
 重機以上にエヴァが重要視されているのは、発掘されたものが使徒であった場合に対処するためであった。
 ここは最新の地下区画である、奥に祭壇があり、そこには使徒が一体腰を下ろす形で眠っていた、頭上の高さは二十メートル、アーチを描いていて、左右壁際の巨大な柱がそれらを支えていた。
 このような空間では石作りが基本であろうに、全ては正体不明の金属によって構成されていた、継ぎ目も隙間もない、恐ろしいばかりに黒い光沢を放っていた。
 滑り出せば止まりそうに無い艶やかな床、しかし今は融解して沸騰していた。
 使徒の目が光り、閃光が薙ぐ、ぶくりと泡立ち、揮発する床。
 赤くなって、使徒を下から照らし上げる。
 業火と黒煙は密閉された空間だけに逃げ場を失い天井を漂う。
 アスカは口に出して、大量にHMD内壁に表示される情報を整理した。
「外気温が上がってる、百五十度か、まだ素体に影響は出てないわね、装甲は持ちそうだけど、精密部品はいかれるかも、まぁたこれでリツコ辺りが残業で泣くわね」
 情報は立体的に、浮かぶように表示しては消えて行く、慣れなければ目で追うのも難しいだろう。
「使徒のタイプはサキエルね、まったく、誰なのよ使徒のネーミングに天使の名前なんて持ち出したの、大体裏死海文書の自動翻訳機からして怪しいのよね、単語の解釈が間違ってるから『使徒』なんて呼称になるのよ、……ってこともないか、ここを攻めてた連中にしてみれば自分達が神様で、その遣いを送り込んでんだもんね、ったく、鈴原!、そっちはどうなの!」
『バッテリーがもうあらへん!』
「ばかすか撃つから!」
『くるでぇ!』
「くぅ!」
 閃光の直撃をATフィールドで受ける、途端に警告音が響き、視界の隅に時計回りに減っていくメーターが表示された。
 バッテリーの残量である。
 相方の持っている銃はポジトロンライフルと言って、エヴァを動かすための動力源からエネルギーを引いている物だった、強力な分、消費も激しい。
 使徒との戦いで重要になるのはATフィールドの中和である、ATフィールドをATフィールドで相殺し、穴を開ける訳だが、この展開にもそれなりに電力を必要とした。
 アスカと鈴原……、鈴原トウジ、フォースチルドレンとでは、ATフィールドに関してアスカに高い位置での軍配が上がっていた。
 よってアスカが前衛に立ち、ATフィールドを展開、攻撃を受け、あるいは中和し、後衛のトウジがライフルを撃つ、というポジションを取っていた。
(はよう、はようせんかい!)
 焦るトウジだ、自分はこうして女を盾にして引き金をしぼるだけである、それでバッテリーのカウントが始まってしまっている。
 一方でアスカはよくやっていると思えるのだ、慣れない格闘訓練にも堪え、恐いだろうに前衛に立ち、攻撃を捌いてくれている、一発ごとにバッテリーが減る自分と同時期に彼女もまたバッテリーのカウントが始まってしまっている、それは取りも直さず、ATフィールドの展開回数、さらには受けた攻撃の多さを物語っていた。
「死にさらせやぁ!」
 トリガーを引くエヴァ03、02の後方、脇から狙ったのだが……
 ──グチャ!
 銃からの雷光がもぎ取ったのは使徒の左腕だけだった。
 同時にバッテリーの残量が限りなく0に近くなる。
『アンタは撤退して!』
「そやけど!」
『こっちはアンタの分まで受けなきゃなんないのよ!、邪魔なの!、足手まといだっていってんのよ!』
 プライドを粉砕する言葉だが、それだけ必死でもあるのだと理解する。
 ぐだぐだ言うだけ意味が無かった、アスカは自分とで二人分の攻撃を捌かなければならないのだから。
 むしろ自分は居ない方が、彼女の負担は減るのだ、間違いなく。
「わ、しは……」
『きゃあ!』
「惣流!」
 ビーッとアラームが鳴り響いた。
「なんや!?」
 角隅にエヴァ01の文字が踊り出る。
「碇か!?」
 尻餅を突かされた02に馬乗りになる使徒、その胸の赤い弾をガン、ガン、ガンッと、三発の弾丸が穴を穿った。
『アスカ!』
「こんちくしょうー!」
 シンジの声に素早く反応してナイフを握らせ、アスカは自分を犯そうとする不埒者の胸に深く、強く突き立てた。



[BACK][TOP][NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。