──ザァ!
 落ちて来るシャワーの飛沫を心地好く浴び、アスカは外の人物に向かって声を発した。
「シンジぃ、後何分?」
「後十五分で遅刻だよ」
 それを聞いてシャワーを止める。
 この二人、別段一緒に暮らしている訳ではない。
 二年が経って、二人は揃ってナンバーズとなり、共に同じ高等学校に通うはめとなっていた。
 以前のマンションは再開発によって取り壊されてしまっている、そこでシンジが越したのはアスカの隣の部屋であった、ついでにレイも越して来てはいるのだが、彼女はアスカの部屋に転がり込んでしまっている。
 がしがしと髪を拭きながら、タオル一枚でアスカは出て来た。
「あいつまだ入ってんの?」
 シンジはかちゃりと受話器を置いた。
「電話に出ないし、多分ね」
「あいつ妙に風呂好きなのよねぇ、ほっといたら一日中ぷかぷか浮いてんだもん、朝ぐらいシャワーだけで我慢しろって言ってんだけどさ」
 ちょっとだけ申し訳なく……
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いいよ、もう慣れたし」
「こっちにも?」
 ふふんと前屈みになって、胸元に指を引っ掛け隙間を作る。
 丁度そこへ、がちゃんと扉を開いてレイが飛び込んで来た。
「シンちゃんご飯出来た?、って、あー!、アスカ抜け駆けしてるぅ!」
 ちっとアスカは舌打ちをした。


 アスカの部屋は1DKと狭いために同居に適している訳ではない。
 なのにレイが転がり込んでしまっているのは、去年、とうとう引っ越し先が見つからないままに、期限切れを起こして困ってしまったためだった。
 退去勧告は受けていた、レイも必死には捜したのだ、で、結局アスカに一時凌ぎを頼んで……
 ずるずると今に至ってしまっているのである、アスカに言わせれば居着かれてしまった、だ。
 シンジがアスカの部屋の隣を選んだのは、別に深い意味がある訳では無かった、父に相談したところ、紹介されたのがその部屋だっただけである。
「むぅ……、いつから?」
「はぁ?」
 三人、登校中である。
 右からシンジ、アスカ、レイの順に並んでいた。
「いつからって、何が」
「決まってるじゃない!、長風呂するなって文句言っちゃってさ、嬉しそうにお風呂借りに行くなぁって思ってたのよね」
 げっそりとアスカ。
「だったらあんたがシンジの風呂借りれば良いでしょうが」
「え〜?、だってシンちゃん、シャンプーも石鹸も安物なんだもぉん」
 こいつは、とアスカは拳を震わせた。
「冷蔵庫の中身勝手に食い散らかすわ、生活費も入れないで生活用品使い放題だし、あんた人のナプキンまで使ってるでしょ!?」
「良いじゃなぁい、ナプキンなんてそ〜んなに減らないんだから」
「減るっての!、毎月!、確実に!」
 恥ずかしいなぁとは思うが、シンジは口を挟まなかった、ただ、不満は別の所に存在していた。
 レイが我が物顔で部屋を占拠している分、アスカは彼の部屋を侵食していた、今やシンジの部屋にはアスカが使うシャンプーや石鹸、果ては歯ブラシなども一応は『予備』として完備されてしまっている。
 もちろん、レイには隠して、だ。
 ちなみに食費はシンジが三人分出すはめになっていた、たかりに来るから、作るしかないのだ。
 とは言ってもチルドレン、それもナンバーズとして、さらには仕事をこなしている身分である。
 有名野球選手並みの給与を確保してしまっているため、別段困ることはない。
 ぎゃーぎゃー言い合っているからか遅くなりがちな二人を置いて、シンジはペースを保ったままで先に歩いた。


 相変わらずの黒ジャージで、机に足を乗せてふんぞり返っていたのは鈴原トウジだった。
「よう、昨日もやったんだって?」
 話しかけたのはケンスケだ。
「なんや、もう知っとるんか」
「パパが愚痴ってたんだよ、電源容量をなんとか確保できればってさ」
 トウジは生返事に近い返し方をした。
「そやなぁ、無駄弾も撃てへんっちゅうのは辛いわ、牽制しろ言われたら一番困るで、一発撃つごとにカウンターが減るんや、恐いわ」
「でも羨ましいよ、もうちゃんとした仕事やってんだからさ」
 従来の計画通り、この高校にはチルドレンとしてのメンバーが世界各国から送り込まれている、ただ、かつての2−Aの面々全員がナンバーズとして登録された事に関しては、誰もが作為的なものを感じずにはいられなかった。
 表立って騒ぎはしなかったが。
 トウジもまた、使徒事件以来妙な身体能力に覚醒していた、通常人の十倍近い筋力を持ちえている。
 そうした人間ばかりがこのクラス、Aクラスに集められていた、学年は無い、これはジオフロントでの社会構造を見越した『官僚教育』でもあるからだ。
 当然最下層のFクラスでは、清掃作業などの泥臭い仕事の教育が行われている。
 クラス=ランクである、ただ、使徒事件のために子供達だけではと問題が持ち上がっていた。
 そこで、現在のネルフの人間は、彼らに付き合う事になっている、責任者として。
 ガラッと開いた扉を反射的に見やってしまったが、トウジは舌打ちして目を逸らした。
「よう、綾波、惣流、碇、おはよう」
「おはよ」
「おはよう」
「……」
 シンジだけが返事をせずに、まっすぐ自分の席へと向かった。
 それを見送って、ケンスケは綾波に小さく訊ねた。
「あいつ、まだ開き直れてないのか?」
「無理じゃないかなぁ?、シンちゃんだし」
 苦笑して言う、実はナンバーズの中で特別な力に目覚めていないのはシンジだけであった。
 これに最も困惑しているのはネルフの人間である、てっきりシンジも覚醒し、その力でもって01を動かしたと思っていたのだ。
 あらゆる検証が試みられたが、シンジが01とのシンクロ起動時に全く特別な力を発していない事ばかりが確認された、では他の人間ではどうなのか?、結果誰一人として01を起動させうる事はできなかった、いや。
『パイロットルーム』に入る事さえ許されなかった。
 背中にある女性器に似た入り口が開かれるのは、シンジに対してのみだった、何の皮肉か『鋼鉄の乙女』とのあだ名まで頂いてしまっている。
 そんな調子のために、01には未だに機械的なものは搭載されていない、外部に装甲が装備されただけである。
 シンジは下位の者にとってはカリスマであり、上位の者にとっては妬みの対象となっていた、力が無くともエヴァを駆れる、逆に力も無いのにエヴァを与えられている。
 エヴァはまだ発掘される、それは確定している事実であった、綾波レイによって二十以上の正体不明の物体が報告されているのだ、中にはシンジのように、『自分で無ければならない』エヴァが出て来る可能性もある。
 それは淡い期待ではあったが、皆を駆り立てるには十分な魅力を備えていた。
 とにもかくにもそんな理由から、シンジは微妙な位置に立たされていた。
「ま、やることやってんだし良いんじゃないの?」
 けらけらと笑うアスカ。
「昨日だってあいつが来てくんなかったら危なかったしね」
「そうなのか?」
「ふんっ、そんなもん、碇のエヴァが特別なだけやないか」
「まあ01は電池切れが無いもんねぇ」
「あんたの00ゼロもでしょうが」
「まあねぇん、でもシンちゃんほどATフィールド使えないから」
 てへへと後頭部を掻いて護魔化した。
 トウジはそんなレイの物言いに、さらにブスッくれた、結局のところ僻んでいるだけなのだ。
 エヴァは乗り手の能力をそのまま拡大する傾向がある、実際、銃を扱うよりも拳にこそ自信があった。
 なのにATフィールドの都合から銃に慣れなくてはならなくなっている、パートナーであるアスカには、不要な格闘技術の訓練を強いることとなっている。
 一言で言ってしまえば不甲斐なさだった、互いの得意分野を封じられている苛立ちもあった、なのにシンジは何の訓練も必要とせずに、使徒の駆除をしてのけるのだ。
「わしかて……、01があれば」
「どうなんのよ」
「そんなん、決まっとるやないか」
 アスカは処置無しと肩をすくめた。
「ま、せいぜいガンバんなさいよ」
「わぁっとるわ、……お前こそしっかりせぇよ」
「あたしはちゃんとやってるわよ、自分の出来る範囲でね、……生憎と出来ない事を無理して傷口広げるつもりは無いの、次までにはまたスキルアップするけどね」
 良い?、と念を押す。
「昨日だってあんたがごねた時間の分だけ、アタシが死ぬ確率も上がってたんだからね、01があったってあんたの判断の甘さとか、下らない意地がある限りなぁんにも変わりゃしないわよ」
 トウジは口を尖らせて、わかっとるわ、とくり返した。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。