「シンジ君ってあれよね、恐い物知らずって言うかさ」
今、シンジはクラスメートの女の子と学校裏の喫茶店に居た。
「なに?、相沢さん」
相沢ケイコはナンバーズの中でも15番と比較的頭の番号を与えられている少女であった、髪はそれなりに長めで栗色、かけている眼鏡はただの洒落っ気で、度は入っていない。
オレンジジュースに刺さっているストローを吸う、仕草がかなり女の子していた。
「今月何人目?」
「何人目って、なにが?」
「デート!、結構付き合ってる子、多いんでしょ?」
シンジはややそっけなく告げた。
「付き合ってる子はいないよ、付き合ってとは良く言われるけどね」
「……自慢してる?」
「そんなんじゃないよ、そんなんじゃないけど……」
「惣流さんと綾波さんが恐いんでしょ?」
「それもあるけどね、……断わり切れないんだよね、せめて一回だけデートして下さいとかさ、誰とも付き合ってないなら、付き合わないかとか」
「断ってないんだ?」
「大抵つまんないって言ってそれで終わっちゃうよ」
「シンジ君って人に合わせるつもり無いもんねぇ」
「悪い?」
「自分勝手って言うかさ、まあ、気乗りしてないのに連れ回せばそうなるか」
まあね、とシンジ。
「行きたくも無いのに買い物に付き合わされてさ、店に寄ったら僕が奢るのが当たり前なんだよね」
「お金持ってるからねぇ」
「その辺が目当てだって分かってるのに、愛想好くなんてできないよ」
でもね、とケイコ。
「そればっかりって見られるのは悲しいかな?、本気で付き合ってみたいって思う子だっているわけだし、ちょっとした期待なのかも知んないよ?、甲斐性って奴でさ」
「そっかな?」
「そうそう」
「つまり奢れってこと?」
「そうそう」
はぁっと頬杖を突いて窓の外を見る。
そんなシンジの絵になる横顔に、ケイコは上目遣いで視線を投じた、ジュースを飲みつつ。
(カッコイイんだけどねぇ)
とにかく無愛想な上に、融通が利かない、面倒臭くなると隠しもしないで、自分の世界に閉じ篭り、考え事を開始する。
「前から聞きたかったんだけど」
「ん?」
「惣流さんと綾波さんって、シンジ君の彼女?」
シンジはどうかな?、と首を傾げた。
「好きとか……、そういうのは言われたことあるかな?、でも付き合ってくれとは言われたことはないと思うし」
「中途半端なんだ」
「そうだね」
「あの二人でも駄目かぁ、じゃああたしなんかじゃ無理っぽいねぇ」
それこそ、シンジは苦笑した。
「そう言う理由で、誰とも付き合わない訳じゃないんだけどね」
家に帰ったシンジは極めて自然な動作で『鍵を開けることなく』ノブを回し、ドアを開いた。
「ただいま」
「おかえりぃ、早かったねぇ」
床にくつろいでいるのはレイだった。
ドアを閉じ、靴を脱いでいるとアスカがやって来た。
「やっとお帰りって感じ?」
「ただいま……」
どうしてこの部屋に溜まるのが当たり前となってしまっているのか?
微妙に納得行かない感じではある。
「ほら、ボケボケッとしてないで入んなさいよ」
「わかったよ」
僕の部屋なのに、ともごもごと愚痴る。
「シンちゃん今日のデートどうだったぁ?」
ギンッと目が鋭くなったのはアスカである。
「あんたそれどういうことよ」
「どうって……、別に」
「別にじゃないでしょうが!」
「アスカちゃあん?、独占欲強いと嫌われちゃうよぉん?」
「あんたは落ち着き過ぎなのよ!」
「そっかなぁ?」
レイはごろんとひっくり返った、スカートがめくれそうになるのを器用に腿だけで直してしまう。
「どうせ二三日しか持たないし、気にするだけ無駄なんじゃない?」
「どういう理屈よ」
「だってシンちゃんって愛想悪くて面白くないもん」
「そう?、そうかもね……」
「うん」
「あ、こいつ、だったら来なきゃ良いじゃないかとか思ってる」
「それでもって言うところに愛があるんじゃなぁい」
けらけらと笑う二人に溜め息を吐くシンジだ。
「人を玩具に遊ばないでよ」
それを言うだけで精一杯のシンジであった。
同じ人を好きになった、というのはある種の連帯感を生むのだろうか?
純粋に奪い合いにならなかったから、そうなっただけかもしれないが。
勝ち取るためにはまず誘惑しなければならない、だがそれにしては対象であるシンジが余りにも奥手過ぎた、奥手と言うかどうかは別として、とにかくシンジはその手のことに無関心だった。
「ねぇ、アスカぁ」
「なによ」
「今日もコクられてた?」
アスカの部屋だ、布団は二つ並べている、繋げているのは狭いからだ。
「……覗いてたの?」
「ううん、でもそんな感じかなぁって」
「まあね」
ずりっと衣擦れの音を立てる。
「同じクラスの……、誰とは言わないけどさ、シンジなんてエヴァが無ければただのボンクラじゃないかってね、悪かったわねぇ、あんなのが好きでって、断わってやったわ」
おおっと感嘆。
「でも前は気になってるけど好きとかってんじゃないって言ってなかったっけ?」
「……忘れた」
「ずっるー……」
消灯後の布団の中で、二人はくすくすと笑い合った。
「でもねー、この頃変なんだぁ」
「ん〜〜?」
「アスカとこうやってる方が楽しいの……、変かな?、あたし」
アスカは言いごもりかけたが、ちゃんと答えた。
「楽しいってのは同感ね、まあ……、だからってシンジを譲るつもりは無いけど」
「それはこっちもおんなじだもぉん」
また笑い合った。
「ほんとはねぇ、シンちゃんを信じて部屋で待ってたわけじゃないんだぁ、デートしてるとこずっと『力』で覗いてたし、だから帰って来るのわかって部屋に行ったんだもん」
「……ズルい奴」
「うん、でも不安なんだ……、あたしってほら、アスカみたいに『どうして』シンちゃんが好きになったかって、理由みたいなのが無いから」
ちょっと、とアスカはうつぶせになって体を肘で支えた。
「シンジを好きで居続ける自信がなくなって来たってこと?」
「かもしんない」
「……そう」
アスカはそのまま枕に顔を押し付けた。
「それがあんたの気持ちなら……、仕方ないもんね」
「うん……」
「ただね……、その時は、ちゃんとシンジに言ってやってね」
「え?」
「だって勝手に好きになって、勝手にかまって、勝手に捨ててく訳でしょう?、もしシンジがあんたのこと……、ちょっとでも好きだったら、やっぱりショックだと思うし、納得出来るはずないもの、だからそれは責任、あんたのね」
「うん……、わかった」
「頼むわ」
「アスカ……」
「ん?」
「アスカはどうなの?、辛くないの?」
さあ?、とアスカは横を向き、布団を肩に持ち上げながら答えた。
「……さよならって言っても、きっと平気な顔されちゃう、あたしにはきっと、その方が辛いから」
二人がそんな会話を交わしている頃、シンジはベランダで一人タバコをふかしていた。
別に不良になろうと思って吸い始めた訳ではない、カッコを付けようと思った訳でも無い。
ネルフではとかく待ち時間が多い、仕事でも、検査でも、テストでもだ、そうなると暇ばかりが残されてしまう。
ジュースとお菓子は腹が膨れて気持ち悪くなって来る、で、結局口寂しさから手に入り易い物を探して見付けたのがこれだったのだ。
「……わかってるよ」
シンジが見ているのは、遠くの、山の向こうの、その先にある『何か』だった。
「また『僕』が必要になった時のために、僕は君の傍に居られる理由を持ち続けるさ、そう難しい事じゃないんだからね」
ふうっと紫煙を噴き出した。
果たして、シンジが会話している相手は誰なのだろうか?
今それを知る人間は、居なかった。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。