──精神感応。
 俗に言う第六感である、人が持っていると言う確認されてはいない器官。
(シンジ君はエヴァでそれを使用している、機械ではない何かで意思の疎通を計っている、それは取りも直さず、シンジ君がその器官の使い方を知っているということだわ)
 エヴァはシンクロによってのみ動くのだ、イメージで動かす、というのは正確ではない、その思考をトレースするのである。
 意識的に、自分の体を動かすように、明確に指示の出せない能力は発現しない。
(だからこそ、チルドレンにもその能力があるのだと……)
「エヴァが入れないって、じゃあどうすれば良いんですか?」
 エヴァ運搬用のトラックが二台、そして最後尾に作戦指揮所にもなるバンが一台。
 その編成でシンジ達一行は問題の区画へと向かっていた、バンに乗っているのはシンジ、レイ、アスカ、トウジ、それにリツコとマヤと言うオペレーターの女の子だ。
 ミサトは情報の処理に手一杯で、話しの邪魔になるからとトラックの方に移っていた。
「基本的な作戦はレイの零号機で状況の確認、初号機は待機、アスカとトウジ君には直接先行してもらいます」
「生身でってこと?」
「……」
 無言で拳を握り締めるトウジである、余程エヴァ戦のストレスが募っているのだろう。
「それぞれの『エヴァ』の特性を考えると、この組み合わせがベストなのよ」
「エヴァって……」
「暫定的にね、あなた達の力をそう呼ぶ事になったの」
「またなんでエヴァンゲリオンと同じ名前なのよ」
「……エヴァンゲリオンがただの増幅機であるとわかったからよ」
「へ?」
「つまりエヴァは乗り手の能力をそのまま大きくする、それだけのものなの」
「しつもぉん」
「なに?、レイ」
「じゃあシンちゃんのはどうなるの?」
 リツコは肩をすくめた。
「わからないわ、シンジ君自身の力なのか、あるいはS機関と呼ばれる内蔵機関のもたらす可能性なのか」
「理解らない理解らない理解らない!、たまには確定された情報をくれってのよ!」
「悪いわね、不甲斐なくて」
 そう下手に出られると何も言えなくなる。
 アスカはバツが悪そうに顔を背けた。
「シンジクン?」
 隣のシンジに問いかけるレイ、しかしシンジは瞑目したまま反応しない。
 それをまたトウジが憎らしげに……、いや、妬ましく見るものだから雰囲気が悪くなる。
 そんな人間関係を、リツコは分析するように見渡した。


 トラックの入れる限界位置に来る。
 トラックは停車した後に、バックで反転、エヴァを通路側に向けて立たせた、荷台は五十度近くまで立てられるのだ。
 これ以上先はエヴァでなければ入れない、トラックは邪魔だ、しかしそのエヴァも通路を埋めつくす機材や、足元を蠢く職員が邪魔で、自由を奪われる事になるだろう。
 少なくとも、二台が前後で入れ代わることも出来なくなるはずだ。
 初号機を見上げているシンジがいる、レイはさっそく乗り込もうとしている、先に『下視』は済ませている、搭乗中にアスカ達が先行する範囲に危険が無い事は報告済みだ。
 これ以上はエヴァで確認し、進みつつサポートする事になる。
「乗らないのね、シンジ君」
 ミサトの言葉に、彼の背中を見つめていたリツコは振り返った。
「急に黙り込んでね、話しかけても、生返事ばかりよ」
「何か感じてるんじゃ」
「……否定はしないけど、嫌な予感ならアスカに忠告はするでしょ」
「アスカに?、……どう?、あなたの目から見て、トウジ君とシンジ君」
「それは本来あなたの仕事でしょう?」
 呆れて、リツコ。
「最悪、って言うほどじゃないわ、多分トウジ君もわかってるのね、八つ当たりでしかない事を」
「実際、生身で彼の方が圧倒的に優位な訳だもんね」
「才能、と言ってしまうものが目に見えて何も無いシンジ君に、肝心な場所では任せるしか無い、どうしても力を望んでしまうんでしょうね」
「初号機を?」
「あるいは、初号機に代わる力を」
 ふう、と嘆息。
「でもエヴァの乗りこなし次第では初号機を越えられるはずよ、そうでしょう?」
「……」
「そうでなければ、トウジ君に救いが無いわ」
「その希望も打ち砕かれたりすると、彼、荒れるかもしれないわね」
「リツコ?」
「ん?」
「あなた、何か別のこと心配してない?」
「……ちょっとね」
「なによ、はっきり言ってよ」
 リツコはやや顎を引いて、再びシンジの背中に目をやった。
「もし……、シンジ君の力がわたしの想像してる通りなら」
「……」
「わたし達は既に、彼の力を……、『エヴァ』を見せられている事になるわ」
「へ?、……二年前に?」
「いいえ」
 かぶりを振り、鋭い目で訂正をする。
「今、この瞬間もよ」


「ちょ、ちょっと、待ちなさいってのに!」
 アスカの喚きにトウジは足を遅くした。
「なんや!、急がなあかんのやろが!」
 既に通路は暗く、二人のボディスーツの両肩に設置されているライトだけが頼りである、あまり光量は期待出来ない代物で、不安の甲斐性以上には手伝っていない様な感じであった。
「だからって!、肉体強化型のアンタに着いていけるわけないでしょうが!」
 ちっとトウジは舌打ちをする、足を引っ張るパートナーなど邪魔でしかないと。
 しかしその考えが先日アスカに指摘されて傷ついた時のものだと思い出して、トウジは自己嫌悪を顔に浮かべた。
 その肩にポンと軽く拳を当て、アスカは気付かぬ振りをした。
「悪いわね」
「……すまん」
 台無しにする奴だ、と苦笑する。
「ねぇ、アンタどうしてパートナーが固定になってるかわかる?」
「あん?」
「隣の人間の力量や限界、やれること、やれないことが判らない事には、上手くペアとして活動する事なんて出来ないわ、そうでしょう?、だからアタシはあんたの限界を計ってる、あんたもまずそうしてくれると嬉しいんだけど?」
「……わかった」
 すまん、と言いかけて改める。
 一杯いっぱいでテンパっている自分を感じて、トウジはアスカに気付かれぬよう深呼吸をした、内心で舌を巻きながら。
 この少女は自分の出来る範囲で無理しない程度にやれることを全部やっている、と公言している、その中にはそんなことまで含まれているのだ。
 少し考えれば判る、能力には特性も含まれているのだ、状況に応じてはペアの組み替えもあり得るだろう、しかし今は戦闘慣れすることが大事であると、もっともそのようなことから程遠い二人がまず前に出されているのだ。
 何よりも、S機関を持たない電気駆動のエヴァを駆る二人の方が、残る二人よりも圧倒的に懸かる不安とストレスは大きいのだから。
 そのタイムリミットの中で、作戦を立て、実行しなければならない、回収、撤退もあり得るからこそ、いつまでも動ける零号機、初号機はなるべく安全圏で『切り込み隊』を見守らなければならない、無事に助けだせるよう、その身を温存して。
(そやけど、今回だけは!)
 自分の力の百パーセントを出せるのだ、だからこそ張り切る。
『アスカ』
 通信が入る、アスカは立ち止まって左耳につけている通信機に手を当てた。
「レイ?」
『気をつけて、何も『視えない』の』
「それって!」
 ぎゃー!、っと悲鳴が木霊した。
「なんや!」
「鈴原!」
 アスカはトウジの名を呼びながら右手を突き出した、そこから噴き出した炎はかろうじて躱したトウジを嬲りつつ、火球となって飛んでいく。
 ドン、爆発、四散、何にぶつかって?
 アスカは暗闇の奥に、非常に見慣れた輝きを見た。
「AT、フィールド……」
 愕然とする。
 体長五メートルほどで、節足によって這い歩く、長細い生物。
 左右の触角は光り、鞭の様にしなっていた。
「使徒やっちゅうんか、あれが!」
「後退しましょう」
「そやけど!」
「バカ!、使徒相手にどうしようっての!」
 しかし使徒は逃げる事を許さなかった。
「鈴原!」
「くお!」
 鞭が伸びて襲いかかる、二百メートルは伸びただろう、それでも神経が通っているのか、自在に動いてトウジの両腕を絡め取った。
 ジュウと肉を焼く音、異様な匂いが嘔吐を誘った。
「鈴原!」
 引きずり寄せようとする、激痛の中でもがきながらも抗うトウジ。
 その時だ。
「え?、だれ?」
 ──!
「使徒を焼けって、でもATフィールドが!」
 ──僕が!
「シンジ!?」
 アスカは両のたなごころを合わせると、腰溜めに引いてから突き出した、ドン、これ以上と無い火球が通路を真っ直ぐ突き進む。
 アスカの火球は錐状に尖って回転し、ATフィールドに突き刺さった。
「やっぱり、だめ!」
 かと思われた瞬間。
 ──ドン!
 ATフィールドが薄まり、火球はみごと貫いていった。


 トウジが一足早く、足の速い車で送られていく、それを見送っているシンジ、レイ、アスカ、リツコ、そのリツコの傍でミサトがぽつりと呟いた。
「これがシンジ君の力ってわけ?」
 ATフィールドを操る力。
 それは確かに、目に見える物では無く、そして……
 リツコの懸念していた、核すらも通じぬ存在。
 それが現出している証しでもあった。


続く



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。