「エヴァンゲリオン、人造人間ということはわかっていたけど、もう少しだけわかったことがあるわ」
 リツコの研究室である、訪ねているのはシンジであった。
「人造人間エヴァンゲリオン、ですか」
「ええ、あの大きさは人としての構造上ぎりぎりのものなのよ、それも、思考は出来ても知能と言えるほどのものは期待しないことを前提とした、ね」
「知能ですか?」
「そう、思考もそう高尚な物ではなく本能と言ったレベルのものだけど、……神経信号の伝達物質や、蛋白質を形成している細胞、そういったものの一つ一つの大きさは人間と同じなのよ、つまり、当倍に大きくしたならその体積分だけ数が増えていると言うこと、決してその細胞そのものの大きさが当倍に大きくなっているわけじゃないの、神経を走る電気の速度は人間とほぼ同じなのよ、ならサイズの小さい人間の方がよほど反射神経には優れていることになるわ」
「その上限があるから……」
「ええ、実用に堪えうるぎりぎりの数値を出せば、今のエヴァの十メートルと言うサイズになるんでしょうね」
 そうか、だからか、とシンジ。
「咄嗟に避けようとすると、上手く動けないことがあるんですよね」
「それはこちらでも見ていてわかったわ、ATフィールドで上手く補助してくれているようだけど」
 はて?、とリツコは物言いのおかしさに気が付いた。
「咄嗟で無ければ、上手く動けるということ?」
「はい……、イメージって言うか、噛み砕いて与えてやるとちゃんと動いてくれるんです、けど、反射的だと、ええと」
「……それは多分、さっきも言ったけど脳の作りに関係があるんでしょうね」
「え?」
「人造人間と言っても収められている脳は恐竜並みに小さな物なの、シンクロシステムによってあなたがエヴァの脳の代役になる、あなた自身の反射的な反応はあなたの脳が起こす本能的なリアクションであって、それは脳と言う器官としては明らかに異常な活動でしょう?」
「僕はエヴァの脳として決して不明瞭な反応をしてはならない?」
「そういうことね、おそらく、としか言えないけど」
 ふう、とリツコは大きく息を吐いた。
「どうしたんですか?」
「いえね……、エヴァって搭乗者の感覚的なものが情報の全てでしょう?、それを私達なりに科学で解釈して、理解して……、けれどその科学ではエヴァの存在を完全には肯定出来ないのよ、ATフィールドも謎と言ってしまえば謎のものだし、そういうものだ、としか言えない、もしかするとわたしの思い込みで致命的なことになるかもしれないとなるとね、自分が学んで来たことから疑ってかかるしか無くて……」
 愚痴ね、と疲れを見せる。
「そんなに大事な事なんですか?、エヴァを調べるのって……」
「使徒がいるのに?」
「でも……、だったら調査を中止すれば良いじゃないですか、こんなに焦らなくったって」
「……あなた達に隠し事をしていても仕方ないから言うけど、調査を急ぐよう要請があるのよ、上からね」
「上ですか」
「誰もが知りたいのよ、エヴァの、使徒の、そしてここの秘密を……、それはもう、わたし達には任せておけないと、その権利を奪おうとするくらいにね」
「……それを防ぐために?」
「最も大事なのは、碇さんほどチルドレンの『人権』と『自由選択権』を認める人は居ないと言う事ね、チルドレンは便利な道具よ、そうでしょう?」
「……」
「誰も考えないのよ、もし人として当たり前の人権を侵害しようとしたなら?、チルドレンは結託して反乱を起こすかもしれない、そうなった時人類と、新人類との戦争と言うことにもなりかねないわ、そしてチルドレンには核すらも通じない、核以上の破壊をもたらすテロリストが台頭するかもしれない、……アメリカはそんな最悪のシナリオも検討して、チルドレンを意図的に『戦力』として概算しないように心掛けているわ、これが国連の姿勢にも影響しているの、そうして碇さんが選出されている、けれど人間は愚かなものでね、そんな碇さんをチルドレンを独占し、懐かせて何かを企んでいると疑って安心しないのよ」
「変……、とは言えないんですね」
「そうね、それだけ驚異であり、また妬ましくもあるのよ、自分ならもっと上手く利用出来る、そう考えるのね、便利なものは全部道具に見えるのよ、そういうのを欲に目が眩んでいると言うのだけど……」
「なんですか?」
「自分の手のひらに余るかどうかは考えないとね、……チルドレン同士の精神感応の可能性も否定できないし」
「精神感応?」
「テレパシーよ、もし、誰かが拷問でも受けて悶死したなら、その声を直接聞いたなら?」
「ありえるんですか?、そんなこと」
「実際にあったじゃない」
「え……」
「シンジ君と初号機が初めてシンクロした時、止めたのはアスカだったでしょう?」
 あ、とシンジは、不意を突かれたような顔をした。


「参ったわ、ほんと」
 時間が過ぎて、シンジが居なくなり、代わりにミサトがへばった姿を晒していた。
「結婚、子供、ね」
「ほんとマセてんだから……」
 ミサトはチンッと、目前に置かれているマグカップの縁を弾いた。
「あたしらがあの子達くらいの年の頃には、子供なんて考えなかったけどねぇ」
「結婚は?」
「そりゃ……、想像はしてたけど」
 自分で自分に苦笑した。
「夢ね、はっきり言って、現実ってもんを理解してなかった頃の」
「例えばどんな?」
「そうね、ほら、旦那は自分だけを愛してくれててさ、全部あたしのために尽くしてくれるの、時々旅行に連れて行ってくれて、あたしがプレゼントすればどんなものでも喜んでくれる」
「ありふれた妄想ね、誰でも描くような」
「現実ってのは、ほんとにねぇ」
 何故だか唸り頭を抱えた、何か余程タチの悪い男に引っ掛かっていたのかもしれない。
「でも気持ちはわかるわ、あの子達の」
「そう?、なんでよ」
「……月に何度も命をかけるような真似をさせられていればね、ストレスからそういうことにも過敏になるでしょ」
「かなぁ?、良く分かんないわ、あたしには」
「……」
「あによぉ」
「別に、ただあなたにわかってもらえても嬉しくはないだろうと思ってね」
「それはあんたも同じでしょうが」
 互いに傷をつつき合う。
「ただ……、シンジ君があの子達の希望を叶えるかどうかは別問題ね」
「わっかいんだから、勢いでってこともあるんじゃない?」
「ないわ」
「へ?」
「彼に限っては、ね」
 ミサトは片目を細めるようにして訝しげな表情を作った、しかしリツコはそれ以上は黙して語らず、コーヒーをすすって、全てを胸の内にしまってしまった。


 ──ガガガガガ。
 そんな土木工事の現場のような音が反響しているのは、地下の発掘現場である。
 パイプによって足場が組まれ、ライトが大量に設置されている、周囲には換気用のファンが設置され、埃や煙を吸い込んでいた。
 ジオフロントは確かに何かの構造物なのだが、それがどれだけ古い物なのかは理解っていない、大まかには有史以前のものだと確認されているのだが、その年代が何千年と幅があるために確実な事は言えないのだ。
 そんな長い年月、流れ込む水の連れ込む土砂に曝されて来た、それが乾いて、こうして道を塞ぐ壁となって立ちはだかっている。
 この発掘区画の大きさは横に五メートル、縦に十メートルと小さい、おそらくは通路であろうと判断されている、削られた土砂の搬出はトラックで行われていた、当然電気駆動車である、このような地下での作業にガスを排気する道具、工具は厳禁なのだ。
 それでも人間が働けば最低限の二酸化炭素は篭る事になるし、場合によっては有毒なガスも発生する。
 新鮮な空気を送り込んでくれる換気システムは、絶対に必要な生命線である、しかし。
 ──バチン……
 突然何かがショートして……
 全てがブラックアウトした。


「状況を知らせて!」
 ──ネルフ本部発令所。
「第十一発掘現場との通信が途絶えました、原因不明」
「現在保安部隊が急行しています」
「通電はDブロックまで確認されています」
「まさか、テロ?、入り込まれたの?」
「その可能性は……」
 憶測のやり取りは中断される、それよりも遥かに多い情報がもたらされ、聞くだけ、伝えるだけで手一杯となったからだ。
 ミサトはその情報をただ聞いて頭の中で整理するに努めた。
「……使徒の可能性は」
「否定できません」
「子供達は?」
「まだジオフロントの中です、ファースト、セカンド、サードは食堂、フォースはトレーニングルームです」
 ミサトは良しと頷いた。
「召集かけて、警戒態勢を第二種にまで引き上げて、エヴァの準備よろしく」
「しかし現場にエヴァは入れませんよ!?」
「少なくともレイの目は届くわ、早く!」
「はい!」
 遅れてやって来たリツコは、息を切らせてそのやり取りを見て呆れていた。
(ば、化け物ね……)
 全力で一キロ近い通路を駆けたと言うのにまったく堪えていないミサト。
 それは運動不足と年のダブルパンチを食らっているリツコにすれば、十分呆れるに相応しいものだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。