「体長五メートルの使徒、か……」
 ──ネルフ本部、第三格納庫。
 別名『死体置き場』である、ここは使徒の死骸収容場所で、ここで分析用のデータを収拾した後に、死骸は焼却処分に回される事になっていた。
 死骸を見下ろしているのはミサトである、使徒は長さこそ変わらないものの、死亡した瞬間から萎れるように枯れ始めていた。
「まるでくらげね」
 その頭はアスカの『エヴァ』によって爆砕されてしまっている。
「使徒の分析結果が出たわ、タイプ『シャムシエル』、新種よ」
「見りゃ判るっての」
 白衣に左手だけを入れ、右手にバインダーを持っているリツコへと視線を投じる。
「あたしが聞きたいのは、シンジ君のことよ」
「……」
「あんた、知ってたみたいだけど」
「確実な事は言えなかったわ、そうじゃないかと疑ってただけで……」
「確認を取る方法は無かったの?」
「どうやって?、……例えばシンジ君はあなたと手を繋ぐことができる、なのにATフィールドで物理的な衝撃を跳ねのける事も出来る、じゃあ、確かめるためにはどうすればいい?、銃で撃ってみる?、それとも殴りつけてみる?、そんな許可が下りるはず無いじゃない」
「で、でもさ、シンジ君、自分で判ってたんじゃないの?」
「どうかしらね……、例え持っていたとしても、『エヴァ』が後天的に発現するものである以上、本人ですら気が付いていない場合が多いわ、認識出来なければ持ってないのと同じよ、そうでしょう?、……でもこれからは自由に使えるでしょうね」
「使い方を自覚してしまったから、か……、これでシンジ君の初号機のATフィールドの強さが、初号機によるものじゃないと証明された訳ね」
「そうね」
「ATフィールドを生身で展開出来る存在か……」
「なに?」
「碇さんは知ってたと思う?、シンジ君の能力のこと、レイと引き合わせ、彼女に教育を任せ、ネルフと面通しさせ、そして初号機との対面の許可を予め出していた……、その上での発掘中だった使徒の覚醒、余りにも筋書き立っていて……」
「それ以上は口にしない方が良いわ」
「わかってるけどさぁ」
 頭をガシガシと掻く。
「使徒って何なの?」
「超古代文明の遺産よ」
「そういうことじゃなくて」
「分かってるわ」
 ここではダメよ、と目で制す。
「わたしの部屋へ、続きはそこで話しましょう」


LOST in PARADISE
EPISODE10 ”ATフィールド”


 どこかでラジオがかかっているのか、気怠いパーソナリティーの言葉が聞こえて来る。
 ──ネルフ医療棟特別治療室。
 ベッドをやや起こし気味に固定して、トウジは体を維持されていた、両腕は痛々しく包帯に包まれている。
 シュッと空気の抜ける音と共に扉が開く。
「よぉ」
「なんや、ケンスケやないか」
 トウジは気後れもなく入って来る相棒に呆れた目を向けた。
「よぉ入ってこれたなぁ」
「惣流に頼み込んでさ、ミサトさんに許可取ってもらったんだよ」
「悪いなぁ」
「学校、結構大変なことになってるぜ?、初の入院、ついでに今回は死者も出たってさ」
 遠慮無い言い方に、トウジは押し殺した声を吐いた。
「……わしなぁ、碇に負けたんや」
「……そうか」
「負けへん思とった、力やったら勝てる思とった、あいつは凄いエヴァを与えられとるから、わしより出来るんやと思とった、違ったんやなぁ」
 何故か、憑き物が落ちたような声音で語った。
「ハルカの時にはなんの力もなかったから、不器用なことしかできんかった、そやからこの力を持った時、これでハルカを守れる、守ったれる思たんや、そやけど、結局足引っ張っとるだけで……、碇はちゃう、何の力もあらへんのに期待されとる、それに応えとる、納得いかんかったんや」
「わかったのか?」
「……少しな」
 苦く口元を歪めた。
「それはそれで当たっとると今でも思てる、違うんは碇のことや、苛つくんはあいつがちっとも自慢せぇへんからや、惣流や綾波を守ても恩も着せへん、感謝して貰おうとも思とらへん、それが納得できんかったんや」
「……俺は、わかる気がするけどな」
「なんや?」
 ケンスケを見ると、彼の眼鏡の正面に小さな鬼火がくるくると回転していた。
「ケンスケ……」
「俺のこの力の種類、知ってるよな?」
 眼鏡が鬼火の光を反射している。
「綾波みたいに未来とかは見えないけどさ、遠くのものを見たり、覗いたり、人の裸を見たり、隠し事を暴いたりなんて余裕だよ、……でも俺はさ、こんな力手に入れてもちっとも嬉しくないんだよな」
「……」
「俺もそんな力が良かった、なんて奴もいるし、結構羨ましがられるけどさ」
 苦笑して告白する。
「念写だって出来る、俺さ、ビデオカメラをやめて普通のカメラに切り替えただろ?、撮れるんだ、好きな瞬間、好きな構図……、写し込めるんだ、だから嫌になったんだよ、自分の足で風景を探して、背伸びをしたり、身を屈めたりして一番の構図を探って、一日、いや、一年を潰して一番良い天気や、夕日、朝日を計ったり、待ったり、そういうさ、のめり込めるものじゃなくなりそうだったから、……それに気が付いた時にさ、ビデオカメラでずっと流し撮っておいて、後で一番良いシーンを切り出すっていうのが嫌になったんだよな、だから瞬間を、自分で探そうって思ったんだ」
「力を使わんとか?」
「もちろんさ、ほら、俺以外にもこの力を持ってる奴って居るだろう?、だからある程度は覗かれても仕方が無いなんて思ってる女の子もいるじゃないか、そうじゃないんだよな、撮らせてもらうんじゃなくて、勝手に撮るんじゃなくて、上手く言えないけどさ、楽しめなくなって、面白くないんだよ」
「……」
「雑誌を見てさ、この風景を見てみたいって思ったら行ってみたくなるだろう?、けど俺はもう行く必要が無いんだよ、見たければ今こうしてても見られる、けど楽しさって言うのはその間にある、バスとか、電車とかにもあるじゃないか、そういうのが大事だと思った、碇も似たようなところがあるんじゃないのか?、自分が目覚めてる力とか、エヴァに乗れることとか、それに価値を感じてないんじゃないのか?、仕事……、って言う言い方は何だけどさ、惣流とか綾波を助けるためなら使いもするけど、自分で努力して手に入れた訳でも無い便利な力を使ってるだけで、褒められたり感謝されたって胸をはれないじゃないか、まあ、あいつが人に胸をはれるようになりたいと思ってるかどうかは判らないけどな」
 そやなぁ、とトウジ。
「わしは早かったんやろか?」
「自惚れるのが、か?、かもな」
「惣流もそや、努力しとる、えらい考えとるわ、そやからあれだけ自信持っとるんやろか?」
「……あれは性格だと思うけどな」
 苦笑する。
「惚れたか?」
「ばっ!、あほ言え!」
「良いけどな……、まあ、確かに結果を出してもいないのに自惚れるのは間違ってるよな、それじゃあただの勘違い野郎だぜ?」
「わかっとるわ」
 言葉を追加する。
「結局わしが気に入らんかったんは、碇がわしと違うからや、特別なエヴァを与えられとる碇、特別な力をもろたわし、そやろ?、同じやないか、そやのに、碇はそんなもんがどないしたんやって、自慢もせん」
「自分を否定されてるって気になってたってことか?」
「そうかもしれんなぁ」
「……まあ、考える時間は山ほどあるだろ」
 そろそろか、と席を立つ。
「なんや、もう帰るんか?」
「ああ、俺は斥候だよ、本陣は別さ」
「本陣?」
「委員長だよ、洞木さんが保健課の人間を連れてすぐに来るよ、惣流の提案でね、こんな時にこそ力を使わなくてどうするんだって」
「そりゃ……、悪いなぁ」
「俺に言ったって仕方ないだろ?、腕くらいすぐ治してもらえるさ、ちゃんとお礼に甘味処とかで奢ってやれよ?、居るんなら携帯に良い店の情報送ってやるけど……」
「ええわ、奢る言うたら勝手に案内してくれるやろ」
「……そういう扱い方は知ってるんだな?」
「阿呆、……ハルカで慣れとるだけや」
「わかってるって、じゃな」
「おう」
 ケンスケを見送ってしばらくしてから、トウジは包帯の奥でゆっくりと指を曲げようと力を入れた。
 ひきつる感覚、焼かれた筋肉が萎縮してしまっているのか、指でさえも思い通りにならない。
 それでもトウジは拳を固めようとした。
「治るんか……」
 低く、唸るように口にする。
「けじめは……、つけなあかん、いや、つけんとあかんのや」
 彼は自分に向かって、強い決意の気持ちを語った。


「で、本業のエヴァについてはどうなってんのよ?」
 場所、変わってリツコの実験室である。
「気になる?」
「そりゃねぇ、……一時は鈴原君を下ろして、フィフスの召喚を考えなくちゃいけないのかって思ったもの」
「ヒーリング、か、そうね、力を持ってる子を便利に使うのは道徳上問題あるでしょうけど、頼れるものなら頼らないとね」
「……」
「なに?」
「いえね、シンジ君にも同じことが言えるんじゃないかって思っただけ、独りになるのが好きみたいだけど、だからって人を見放すほど冷たいわけでもないのよね、その気持ちにつけこんで……」
「それもまたあなたの勝手な偏見でしかないわ」
「そう?」
「自分の持つ力に対しての認識は自分達で折り合いをつけるしかないのよ、その上で規範となる社会的な常識を、ルールを作り上げていく、自分達の手でね、わたし達が何を言い、勝手に罪悪感を感じたり後悔をしたりしたとしても、新人類にはそんな事は関係無いのよ」
「新人類、ね……、おばさんくさくない?、それ」
「同じことだから仕方が無いわ、『今』の子供達を感性や感覚の古いわたし達の『社会通念』に照らし合わせたって理解できないのと同様に、わたし達にはわたし達なりに、どう彼らと付合っていくかを考えるしかないのだから」
 ミサトは肩をすくめた。
「で、エヴァについては?」
「エヴァンゲリオンと言う事なら、03……、3号機の替えは利かないわ」
「どうして?」
「エヴァンゲリオンは特化する性質を持っているようね、あるいはシンクロの影響か……、搭乗者の能力をそのまま拡大するブースターである以上、構造も乗り手とまったく同じである事が望ましいとはおもわない?」
「……遺伝子レベルでの同調?、自己変革、改造をしてるって事?」
「ええ、エヴァとしての形状が崩れない程度にパイロットとのチューニングを行ってるのね、最適なバランスを計り出そうとしている、乗せかえたとしても相当の間は……」
「鈴原君の癖が残ってるわけか……」
「ご明察、絶対に乗せかえてはならない、とまでは口にしないけど、ここで乗せかえたら変な癖が残ることになるわ、どうせならパワーファイター専用機として、鈴原君に馴らしを任せるべきね、出来る限り」
「馴らし、か……」
「ゼロから育てるのは大変だもの」
「んじゃ次の質問、使徒とエヴァの関係ってどうなってんの?」
「どういうこと?」
「ん〜、ATフィールドとかさぁ、似た部分はあるのに片方は人力、片方は自動兵器、まあエヴァに乗ってたのが『人』だって確証がある訳じゃないけど、知的生命体なんでしょう?」
「一応、裏死海文書の解読は進んでるわ、新しく解ったことは、この黒き月が宇宙船だったということ」
「宇宙船!?」
「ええ」
「こんな巨大な?」
「衛星型だったのかもしれないし、拡張して巨大化してしまったのかもしれない……、長い間旅をして来て、この地球に流れ付いた」
「……消滅した南極だけどさ」
 声を殺して。
「あそこにあったのも、ここと同じものだったんでしょう?」
「……白き月と呼ばれているわ」
「だったら!、ここでまた『あれ』が起こる可能性があるんじゃないの!」
 ──セカンドインパクト。
「そうね」
「そうねじゃないでしょう!?」
「わたしに怒っても仕方ないでしょう?」
「じゃあ誰に怒れっての!?」
「碇さん……、いいえ、国連の御偉方ね」
 ぐっと唸る。
「既に扉は開かれているのよ、ここにまたセカンドインパクトが起こる可能性がある以上、放置しておくことは出来ないわ、そうでしょう?」
「人は無言の圧力には堪えられない、か」
「そういうことよ」
 ちっと舌打ち。
「ほっときゃ良いのよ、こんなもの、使徒も、全部」
「……シンジ君が同じことを口にしてたわ、触れなければ良いって」
「シンジ君が?」
「もう遅いのよ、わたし達は引き返せない……、実際にはそう思い込んでいるだけだけど、白き月と黒き月がどういう関係だったのかは謎よ、二連星だったのか敵同士だったのかも、ただこれだけ大きな生活空間なら、派閥や、宗教が生まれていても不思議はないわ、その中で……」
「抗争が起こって、戦争になって、エヴァや使徒が生まれた?」
「使徒が害虫扱いの宇宙生物だったり、戦争のために改良された生き物だったりする可能性もあるけどね、エヴァも同じものなのかもしれない」
「それも解読待ち?」
「この遺跡の中央にまで発掘が進めば……、きっとその付近に、動力炉なり管制制御室なりがあるはずだから」
「道のりは遠いわね」
 ミサトは大袈裟に嘆息した。
「じゃ、最後の質問」
 これはぐっと真剣味を増す。
「シンジ君以外の子の、ATフィールドの展開の可能性については?」
 これにはリツコもつられたように、非常に深刻な顔つきになった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。