──ギャアアアアアア!
 悲鳴が上がった。
「鈴原!」
 02の背中に炎の翼が生まれ、いや、02そのものが翼となって、正八面体をした使徒の閃光を動き、躱した。
 急激に減っていく電源カウンターを横目に、3号機を回収し、離脱する、3号機が焼けてしまうがそれぐらいはと諦めてもらった。
 巨大な闇の空間に直径十メートルほどの物体が、地上四メートルほどの地点に滞空していた、ゆっくりと回転している。
 それが放った閃光によって3号機は……、鈴原トウジは、意識不明の重体へと追い込まれてしまっていた。


LOST in PARADISE
EPISODE11 ”代償”


 ──パン!
 頬を叩かれ、レイは首だけを曲げた、姿勢は微動だにせず。
「わかってたって、どういうことよ!」
 涙交じりに、アスカ。
「わかってたなら!」
「聞こうとしてくれなかったじゃない……」
 レイは冷たく見返した。
「シンジクンも忠告しようとしてくれたわ、でもあなた達は聞こうとしてくれなかった、自信があるからって笑って済ませた、その結果がここにあるだけ」
「だからって!」
「なに?、もっと強く言ってくれていれば?、何も変わらないわ、何も」
「そんなことない!」
「真面目に聞こうとしてくれなかったじゃない、聞いてくれたの?、あなた達じゃ駄目だからやめておきましょうって言って、聞いてくれたの?」
「それは……」
「あなたに言い聞かせていたとしても、トウジ君は聞かなかったわ、きっと聞かなかったなんて不確定な話じゃない、トウジ君は聞かないでごり押そうとする、そして結果、同じことになる」
「どうしてそう冷たいのよ……、あんたは!」
「……」
 ──パン!
「ばか!」
 出ていってしまう、レイは無表情にそれを見送った。
 僅かに震えて。
「綾波……」
 そんなレイを、シンジは歩み寄り、正面から抱きすくめた。
 肩に顔を埋めさせて。
「うっ、ひ、っく……」
「……」
 ギュッと拳を握り締め、決してシンジに縋ろうとせず、それでもレイはしゃくりあげた。
 これを契機にアスカもトウジも変わるだろう、注意深くなり、強くなるだろう。
 しかしそうなるためにはきっかけが必要なのだ、このような……
「辛いね、未来が見えてしまうのは……」
 わぁっと、レイの心はついに決壊した、トウジは死ぬかもしれない、しかし生き残る、それも判っていたのだ、そして変わる事も判っているのだ。
 通過儀礼、全ては自分が嫌われてしまう事で上手くいく、そんな不器用なやり方しか出来ない自分が……
 誇らしい?
 悲しい?
 わからない。
 レイには確かに、未来を視る力がある、それを変えられる力もある。
 だが、心はそう強くは無かった、自分を犠牲にし続けられるほど、しっかりとしてはいなかった。
 シンジはそんなレイの頭を撫で続けた、ただし、その目は無言で視線を送って来るリツコへと注がれていた。


「はぁ、情報収集の徹底を謀るべきだったわぁ」
「司令部は?」
「完全なこっちの落ち度だっておかんむりよ、つぎ失敗するとあたしは間違いなく左遷ね」
「貴重なチルドレンとエヴァを大破させたんだものね……、名誉挽回の機会が与えられただけでも喜んでいいんじゃない?」
「恥の上塗りになるだけかもしんないじゃない」
 場所は使徒が発見された階層へと下りるゲートである、巨大な空間に何台もの車が停められている、二人はその傍で話していた。
「で、使徒はどうなの?」
 車からはケーブルが走り、先にあるスロープ状の坂へと進んでいる、一掴みもあるようなものが何本もだ、有線ケーブルによるセンサーを仕掛けて、使徒の動向を窺っているのである。
「こちらのリモコン戦車を丁寧に潰しながら進んで来るわ、これを見て」
 リツコは脇に抱えていたノートパソコンを開くとミサトに見せた。
 二つのウィンドウが開かれる、一メートル大のリモコン戦車には鉄板の溶接が行える程度の出力を持ったレーザーガンが組み込まれている。
 二台とも直進していく、正面に使徒が見えて来た、暗闇の中、そのクリスタルの形状を青くぼんやりと光らせている。
 一台がレーザーを発射する、カキン!、弾かれた、ATフィールドだ、直後に使徒の八面体を成しているラインの先端部で発光現象が見られた、閃光でやり返されて戦車は吹っ飛んだ。
 一方、もう一台は攻撃せずに直進した、使徒はその戦車を見逃した。
「……これって」
「そう、自動砲台のような物ね、あの使徒は」
「肉眼で確認出来るほどのATフィールドを自動展開し、攻撃して来る者には応戦か……、その上少し大きくなってる?」
「浮遊要塞に成長する可能性があるわね」
「あの光線については?」
「加粒子砲ね、ほら、発射前に使徒の表面に加速してる光が見えるでしょ?、使徒の体内は一種のエネルギープラントそのものなのよ」
「古代兵器の装甲板を加工したエヴァの装甲ですらも融解させる雷が武器か」
「どうするの?」
 パタンと蓋を閉じて、脇に抱え直す。
「白旗でも上げる?」
「技術部の意見は?」
「策は……、あるわ」


「長距離兵器によるATフィールドの一点突破ですか」
「そうよ」
 ──エヴァ輸送用コンテナトラック脇、特設休憩所。
 単にテーブルにコーヒー生産器と紙コップが置かれているだけの場所に、シンジ、レイ、アスカ、ミサト、リツコは寄り集まっていた。
「試験用のポジトロンライフルを改造して、ネルフ本部施設のエネルギーを限界まで用います」
「危なくないんですか?、そんなにエネルギーを注ぎ込んで」
「ええ……、下手をすれば爆発の可能性があるわね」
 ミサトは肩をすくめておちゃらけた。
「その場合は二つ三つの区画は熱に溶けて無くなっちゃうでしょうね」
「なんたるアバウト……、勝算はあるの?」
「8.7%、現状で最も高い勝率よ」
「げぇ……」
 聞くんじゃなかった、とアスカ。
 ちらりとレイを見て、顔を背けて皮肉気に言う。
「そいつには聞いてみたの?、それで倒せるのかって」
「もう聞いたわ」
「あ、そ」
 べっ、っと舌を出す。
「この作戦では、必勝を期すためにエヴァ三体を同時に使用します、レイは砲手を担当、アスカは防御を、シンジ君は……」
「ちょっと待ってよ!、なんであたしが!?」
 リツコが説明する。
「使徒の攻撃は粒子を加速して打ち出すものです、これを防御するためには特に熱耐性に優れているあなたが適任なのよ」
「嫌よ!、なんであたしが……」
 露骨に顔をしかめる。
「どうせ使徒の攻撃だってわかるんでしょ!、だったら自分で避ければいいじゃない!」
「そんなに便利な力じゃないのよ、レイの眼には使徒は映らないの」
「でも鈴原のことはわかったじゃない!」
「彼は使徒じゃないでしょう?」
 まだ説得しようとするリツコを押さえて、ミサトが口出しした。
「つまりアスカは、レイも同じ目に合えばいいと思ってるのね?」
「!?、誰もそんなこと言ってないじゃない!」
「じゃあどういうつもりなの?」
「それはっ」
「作戦が失敗して、好い気味だと笑って満足したい、そうすればすっきりできるから、だから協力したくない、違う?」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「じゃあどういうつもりなの?」
「……」
「鈴原君のことは……、悪いとは思っているわ、確かにレイの眼に使徒は映らないかもしれない、けれど鈴原君やあなたを介せば先の展開をある程度は知ることが出来るもの」
 何かを口にしようとして、はて?、とアスカは引っ掛かった。
「鈴原と……、あたし?」
「ええ」
「シンジはどうなのよ?」
 ぽろっと口にしてしまって、そうよ、とアスカは自分の疑問に気が付いた。
「シンジはどうなのよ?、シンジと01なら偵察に出たって鈴原みたいになること……」
「……レイの眼に、シンジ君は映らないのよ」
「……は?」
「シンジ君のATフィールドは強力過ぎてレイの『視線』を拒むのよ、こう言ってはなんだけど、あなたと鈴原君ならある程度『確定した未来結果』を得た上で作戦を展開出来るわ、けれどそこにシンジ君が入ると、途端に不確定要素が増える事になるのよ」
「なによそれ……」
「かかっているのがあなた達の命である以上、矛盾してるようだけどシンジ君を出すよりはあなた達を前に立たせた方が安全な結果が得られる、わたし達はそう判断したの」
「……」
「で、どうするの?、やるの?、やらないの?」
「……やるわよ」
 苦渋を滲ませて……
「やりゃ良いんでしょうが」
「悪いわね」
「あの……、僕は」
 ミサトは一段と険しい顔をした。
「シンジ君には先行してもらいます、極力接近して使徒のATフィールドの中和を」
「ちょっと待ってよ!、なによそれ!?」
 アスカはシンジを庇うようにして叫んだ。
「あたしにはレイを守れって言っておいてシンジはただ放り出すの!?、そんなのおかしいじゃない!」
「……全てはレイの未来予測に基づいた判断よ」
「はっ!、そんな奴の言うことなんて信じられるわけないじゃない!」
「アスカ……」
「な、なによ……」
 ミサトは重く告げた。
「ならエヴァを降りなさい」
「!?」
「悪いけど、子供のだだに付き合ってる暇は無いの」
「は、はん!、けど、あたしが居ないと困るんでしょ?」
「そうね……」
「だったらそんなこと言わないでよ!」
「困ることは困るけど……」
 意味ありげに……
「どうにかならない訳じゃないわ、あなたがレイとのペアを嫌がるなら、レイと協力してくれるあなたと同じ『エヴァ』を持つチルドレンを用意するだけのことよ」
 アスカは愕然となり、次に蒼白になった。
「悪いけどね、あなたの代わりなら用意出来るの、レイと違ってね」
 それは暗に、重要度の差を示していた。
「一度チルドレンとして登録され、エヴァにも乗ったあなたを自由にさせるわけにはいかないわ、監視が付くし、行動にだって制限はかけさせてもらうけど、この街から出ていくのも自由よ、好きにしていいわ」
 ばっと顔を上げる、縋るような目をして。
「ミサト……」
 さすがにリツコも注意する。
 ミサトは気まずげに顔を背けた。
 代わってリツコが説明する。
「わたし達にはあなた達の力を本当に理解することは出来ないわ、便利な力だと言う以上にはね、つまりあなた達自身が互いの能力を把握し、その一長一短を知り、頼り合い、チームワークを磨かなければ、どうにもならないことがあるのよ、例えば今回のように、レイは不安を告げようとした、先に聞いていたシンジ君はそれを信じていた」
 アスカは反射的にシンジを見た。
 シンジは……、無表情に顔を向けていた。
「同じなんだよ、アスカ……」
「同じって、なにがよ」
 ふっと、途端に寂しく、儚く微笑む。
「『あの時』……、うかれていたアスカは僕が何を思って居なくなったか考えず、ただ責めた、同じなんだよ……、うかれていた鈴原君とアスカは何を思って僕達が不安を告げようとしていたのか考えなかった、そして責める、同じなんだよ……、同じなのさ」
 アスカの顔色は青を通り越して白くなった、余りのショックに力が入ってしまい、顎を上げてしまう。
「あ、たし……」
 違う、そうじゃない、怒っているのはトウジが死んでしまったらどうするつもりだったのか、そう思ったからでそんなつもりじゃなかった。
 恐る恐る、レイを見る、だめだ、こちらは半眼になっていた、その目はもう信用してくれないと語っていた、例え作戦に参加したとしても、あなたはわたしを見捨てる気なんでしょう?、そう訊ねている様な気がした。
 ──全ては気のせいであるのに。
「アスカ」
 掛けられた声にびくりとなる、ミサトだった。
「……あなたの言う通りよ、今はあなたに乗ってもらうのがベターなの、……やって、くれるわね?」
 アスカはこくんと……、項垂れるように、頷いた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。