ここはネルフ本部の一画にある、使われていない格納庫である。
予備生が大勢、特別許可を貰って入っていた、それぞれに指揮を取る者、実際に動く者と別れて、工作機械を操っている。
それらを高い位置にあるボックスから睥睨しているのは、かなり髪が危うくなっている男達だった。
「しかし予備生とは言え高校生……、それがこうまで技術力を付けているとは驚きですな」
「それだけ教育内容が偏っていると言う事だよ」
高圧的な男は名を時田シロウと言った。
「たかが高校生にこれだけの知識や技術を教え込む、正に異常だな」
「しかし都合が良いとも言えます」
その通りだった。
「このプロジェクトが上手くいけば、日本重化学工業共同体の名は一気に広まりますな」
「いつまでもネルフの時代ではないさ」
足元では彼らのために、チルドレン達が働いている。
「あったま来るわねぇ」
そのような様子を、こちらはモニターで確認していた。
ミサトである。
「なぁんでネルフの施設を貸し出さなきゃなんないのよ」
「こちらのプロジェクトの出資系列の企業で構成されている以上、逆らえないわ」
「だからってねぇ」
「エヴァと遺跡の調査だけじゃお金にならないって見切りを付けたんでしょ」
「それで手っ取り早く子供を商品に使おうっての?」
「そういうことなんでしょ」
対応の冷たいリツコに目を向ける。
「あんたよくそう平気で居られるわね」
「平気じゃないわよ?、少なくとも、あなたの心配はしてるわ」
「わたし?」
そうよと頷く。
「彼らの『作品』が完成したとして、どうするの?、いきなり使徒の前に出す許可を?」
「出せるはずないじゃない」
「じゃあアスカ達と模擬戦を?、どちらが勝っても確執は広がるだけなんじゃない?」
ミサトは酷く顔をしかめた。
しかしそうしている間にも、急ピッチで試作体は組み上がっていく。
まどろみの中をたゆたっていた少年は、やがて人の気配を感じて急速に意識を浮上させた。
暫くぶりに開く眼に、淡い消毒灯の明かりが眩しい。
眩んだ視界に、見下ろしている誰かを捉える。
「……父さん?」
「ああ」
ゲンドウだった、場所はシンジの病室である。
「僕は……、そっか」
苦笑した。
「まだ生きてる」
ぴくりとゲンドウの眉が反応を見せた。
だがかける言葉を発しはしない。
そんな父を見透かして、シンジは自分から問いかけた。
「父さん……」
「なんだ」
「父さんは、誰のために僕を呼んだの?」
シンジは責めるでも無く、ただ、訊ねた。
「母さん?、それとも……、綾波の?」
またもゲンドウは反応する。
「思い出したのか?」
「少しだけ」
苦く笑った。
「母さん……、そう、だよね、実験で……、事故で死んだんだ、僕の目の前で、どうして忘れていたんだろう」
言葉の内容ほど、声は震えていなかった。
思い出す光景、ジオフロント、ネルフ本部の実験施設だった、巨人に背中から潜り込んでいく母が居た、白い服にヘルメットを被っていた。
「あれはエヴァンゲリオンだった、母さんはエヴァンゲリオンに入っていって」
「ああ、取り込まれた」
「うん……」
帰って来たのは……、回収されたのはヘルメットと、服のみだった。
「そうだ、全てはあの時から始まった、ユイがエヴァの中に消えた時からな」
遠い目をして語り出す。
「ユイを取り込んだエヴァンゲリオンは、強大な波動を放射した、この街にチルドレンと呼ばれる能力者が多いのは、当時、その余波を受けて、人が元々持っていた因子が覚醒したからだ、そして最も近くで受けたのが」
「僕だった……」
「正確にはユイの肉親、だ、共振と言って良い、ユイの形質を取り込んだエヴァンゲリオンの波動は、お前の中のユイの遺伝形質にも影響をもたらした、シンクロする形でお前は変質を始めてしまったのだ」
「みんなは?」
「人の成長はある時を境に止まる、そこからは老化していくのみだ、当時その波動は同じ因子を持つわたし達にも影響を及ぼした、が、年を経ると共にそれは失われていった、だが若い子供達の場合、因子は逆に成長を続けて行った」
「そして……、目覚めた、使徒のせいで」
「そうだ」
「みんなも僕みたいになるのかな?」
「それはない」
確信を持って告げた。
「お前がエヴァに影響を受け過ぎるのは、そこにユイが居るからだ、他のエヴァとパイロットでは、異物、あるいは寄生以上の関係にはなれん」
「そっか……」
「同時に、ユイによって目覚めたエヴァの波動が最も影響を及ぼすのは、当然のごとく血の繋がっているお前以外にあり得ない」
「うん……」
「シンジ……、レイを頼む」
シンジは父の思い詰めた声に顔を上げた。
「父さん」
「ユイが取り込まれ、奇妙な言動が目立ち始めたお前を持て余し、俺はお前を人に預けた、いや、捨てたと言って良い、恐かったのだ、見透かされる事が」
「うん……」
「レイは……、00の中で眠っていた、おそらくは」
「昔の、……滅んだ人達の生き残りだって言うんでしょ?」
「そうだ、やはり気付いていたのだな……」
眼鏡の位置を正した、指でくいと持ち上げて。
その顔は何とも言い難い物に歪められていた。
「……01の封印後、00での研究が再開された、その時00より分離された遺伝子の凝固体がレイだ、彼女はまたいつ00に取り込まれてしまうかわからん」
「うん……」
「すまんな、迷惑を掛ける」
「遅いよ、謝るのが」
「そうだな」
ふっと笑い、ゲンドウは少しばかり優しい目を作った。
「赤木君達は、エヴァとの接触でお前の変異が進んでいると思っているようだが」
「母さんが死んだ時から、いずれこうなることは分かってた、止める方法も無かった、それで十分だよ」
「説明するのか?」
「まさか、……それに、それは綾波やアスカをエヴァから遠ざける理由になる、そうでしょう?」
ゲンドウは分かったと頷いた。
全ては最初から予定していた事でありながら、シンジに選択させて、自己責任を押し付けて。
ゲンドウがシンジに話を明かしたのは迂闊とも言えるが、一方では他にタイミングのないことだった。
シンジの傍には常に人が張り付いている、それはレイであったりアスカであったり、またはシンジを誘う幾人かの少女達である。
それだけ有名であり、引く手数多なのだ、当然その中には、シンジを別の団体、組織へと引き抜こうとする者の手先も居ただろう。
ゲンドウと共に、監視の目は多いのだ、そんな二人が自然と接触出来る場所は少ない。
先の部屋での会話も一応は盗聴されている、けれどその『データ』が監視者の元へ届くことは無い、何故ならシンジの眠る部屋から発進されるデータは全て破損したノイズとなってしまうからだ。
もはや抑えようがなく展開されているATフィールドが、シンジを直接対話以外の方法で認識できなくさせていた。
それも含めて、この時にしか話せなかったのである、二年もかかって……
「困った事になったわね……」
ミサトは入って来た報告書に溜め息を吐いた。
一方で、これもシナリオの中にはあることなのだろうと計っていた、いや、今まで無かった方がおかしいのだ、自分ですらも想像が出来るこの展開。
──暴行事件。
Aクラスの生徒は全てがナンバーズだが、その力は様々だ、だが考えてみれば『透視』が出来るからと言って暴力に強くなっている訳ではない。
Aクラスとそれ以下のクラスのチルドレンとの関係は非友好的であったのだが、エヴァに対抗する兵器を完成させようとするように確執はあくまで健全だった。
その上で、シンジである、いや、正しくはレイとアスカだ。
シンジは力を隠していた、そう口にされているのだが、とにもかくにもアスカとレイの二人は、力が有ろうと無かろうとそんなシンジと友達だった。
さほどチルドレンの地位にこだわっていないアスカは交友関係が広い、ついでに中学時代、シンジを敬遠していた彼らには根底に複雑な物があって、ナンバーズには馴染めない物が何かあるのだ。
自然と嗅ぎ取ってしまうのか?、Bクラス以下の者達はアスカを嫌ってはいなかった、アスカもお山の大将でありながら嫌われないように振る舞う事には慣れていた、そしてレイである。
彼女がその力故に苛めにも似た境遇を体験して来たことは想像に難くない、少しもその力を有り難がっていない、だから彼女はこちら側の人間である。
そんな勝手な想像が働いて、これもまた敵視の対象外となっていた。
シンジは論外なのだ、どちらとも属そうとしていないから、友達すら作ろうとしていないから、結局のところ、ナンバーもトップ3を与えられている最強の三人は、憎しみや嫉妬の対象とは成りえなかった。
しかしフォース以下は違う、傲慢過ぎたのだ。
如何に温厚な生徒と言えども、見下した目で見られ、廊下を歩けば『透視』の出来る女子に『身体的欠点』を口にされれば、いつかは凶行に及ぶと言う物だ。
『アイツのアソコは……』
そんな噂をばらまかれた生徒が、その大元である女生徒に乱暴した、そのこと自体は一方的に責めるわけにはいかないのだが、問題は男子生徒が『エヴァ』に目覚めてしまった事だった。
「まずいわね」
目覚めた力が彼のタガを外したのだろう、何も見返すためにエヴァを越える兵器を作り、存在価値を知らしめるような遠回りなことをする必要は無い。
そんな言い訳を盾に彼がしたことは最悪だった。
モラルが破棄された時、彼らの存在は恐怖以外の何物にも成りえないのだ、もしこれがマスコミにでも流れれば、社会は彼らを排斥しようとするだろう。
恐怖から、距離を取って、噂で傷つけて。
その後は転がるように互いに恐れ合い、すれ違って、傷つけ合って行くだけだ、事実現在チルドレンである彼らの関係は、その縮図を作り出してしまっている。
ミサトは『工場』に多くの生徒が集まっているのを好い事に、Bクラス以下から代表者を三名呼び出した、二人は男子生徒で、名前をムサシ・リー、浅利ケイタと言った、女生徒は霧島マナと言う。
対してナンバーズからはレイ、アスカ、それにヒカリが選抜されていた。
「話しは聞いてるわね?」
──ネルフ本部、第一会議室。
向かい合う形で座ったそれぞれが、非常に難しい顔で首肯した。
「それで、その子は?」
ミサトは目を伏せた。
「まず被害者の子はヒーリングを受けてもらってるわ、精神的な効果の程は分からないけど……」
ミサトはリツコの指摘を思い出して辛く感じながらも告げた。
「場合によっては、シンジ君を頼るわ」
「シンジを?」
「ええ、彼なら精神への癒しも、あるいは」
確認していないために歯切れが悪い。
「問題はこの子よ」
ミサトは護魔化すように写真を吊り下げて見せた。
「波多野ユウタ、Fクラスの子よ」
「今は?」
「警察で大人しくしているわ、衝動的な反抗だったから、そんなものでしょうね」
「じゃあ、何で俺達が集められたんだよ?」
ムサシが口を挟んだ。
「関係無いじゃん」
「そうもいかないのよ」
説明する。
「ことはそう単純じゃないの、良い?、今回は衝動的反抗だったけど、これが確信犯だったらどうするの?、ナンバーズ、いいえ、能力者が大人しく捕まってくれると思う?」
「……抵抗するんじゃないかって言ってるの?」
「そうよ」
アスカの言葉に頷いた。
「その場合、ナンバーズでも最強の力を持つアスカやシンジ君、それにレイ?、あなた達に出張ってもらう事になるわ」
「鈴原君は?」
「彼は駄目ね、彼は『体制側』だから」
「体制って……」
困惑するアスカとレイ、しかしムサシ達はどこか納得しているようだった。
「あなた達個人はそれなりに上手く付き合ってるようだけど、大半の生徒は上下の格差に不満を抱いているのよ、華やかなエヴァのパイロットと、清掃業務、どちらがより大きな不満を溜め込むか言うまでもないでしょう?、そんな子が『エヴァ』に目覚めて台頭した時、その子を中心にグループが結成されるかもしれないわ、反乱分子が集ってね、能力者を中心とした……、いえ」
もっと最悪に、と。
「力を笠に着た子を中心とした、虎の威を借る集団がね」
霧島マナが発言する。
「だからってわたし達にどうしろって言うんですか」
「それが問題だから呼んだのよ」
「ナンバーズに対処させりゃ良いじゃないか」
「そうね、あたし達ならなんとか……」
「だからね」
ミサトは頭痛を堪えて口にした。
「そうすると、今度は体制側とそうでない側との溝を広げる事になってしまうのよ、幾ら危ない連中だからと言って、力でねじ伏せたら反発心が生まれるわ、管理者と労働階層、そんな意識が芽生えてしまうかもしれない」
「あたし達がナンバーズの手先として憎まれるって事?」
「そうなるわね、同時に監視されてるって不満も出て来るんじゃない?」
これにはアスカは腕を組んで唸った、ムサシ達もだ。
既に力に目覚めながらも、事件を起こさず社会に溶け込んでいるナンバーズには『実績』がある、しかし能力に目覚める可能性のある自分達にはそれがない、そしてこの事件だ。
「あたし達って、犯罪者予備軍だって見られても仕方ないんですね」
マナの呟き、しかしミサトは甘いと告げた。
「もう見られてしまっているのよ」
「僕達何もしてないのに」
ケイタ。
「酷いですよ、そんなの……」
「でもその僕達の中には、波多野君も入っているんでしょう?」
ぐっとつまった、その通りだからだ。
「でも……」
「埒が明かないわ」
アスカが建設的な意見を言った。
「その子が大人しく捕まってくれたのは有り難いけど、捕まえてる方はどうせ脅えてるんでしょ?、いつキレて暴れ出すか分からないってね」
「その通りよ……」
「なら捕まえるのも、処罰を与えるのも、管理するのも……、結局アタシ達でやるしかないんじゃない」
「アスカ?」
「レイ?、余所の学校にあって、うちの学校になかったものって知ってる?」
「え?」
アスカはニヤリと、不敵に笑った。
「生徒会と、執行部よ」
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。