──翌日。
仏頂面をして妙に不機嫌にエヴァを見上げている女性が居た。
ミサトである。
──承服出来ません!
彼女は改修されるエヴァを睨みながら邂逅した。
ドンと机を強く叩いた。
「あの子達には知らせるなって、どういうことですか!」
中央にミサトを置き、その左右、正面と、コの字を描いて席が並べられていた。
「これは決定事項なのだよ」
如何にも役人と言った風情の男達が勝手を言う。
「そう、事は既に高度な政治的問題に発展している」
「しかし!、子供達の選択権は!」
「そんな物は必要としていない」
「!?」
「現時点において使徒に対抗出来る戦力がエヴァのみである以上、これは『仕方』の無い事なのだよ」
「だったら調査を中断する事だって!」
「それで使徒が大人しくしていると言う保証はあるのかね?」
「積極的にこちらから接触する必要はありません!」
「それで二年前のような事態にならぬとも?」
「使徒の成長は余りにも早過ぎる」
「さよう、早期に発見、対処することこそが最善であるのだよ」
「いま無用の動揺を与えたとて混乱を招くだけだ」
ミサトは爆発した。
「それでは子供達はどうなるんですか!」
「対策は取られている、問題は無い」
──そして、今。
ミサトはぎゅっと拳を握り締めた。
「これが対策って訳なの?」
エヴァの装甲背部、そこには制御系のコンピューターが増設されているのだが、今それが新しい物に交換されようとしていた。
エヴァはそれ自体が強大な質量体である、いつエネルギー化してもおかしくない様な。
そのバランスを人工的に狂わせるための暴走プログラムを追加された新型のコンピューターが、いま装備されようとしている、使用された時にはエヴァは純粋な光となって消えるだろう。
「そう思い詰めるもんじゃないわ、ミサト」
「リツコ……」
彼女は隣に並ぶと、小馬鹿にしたように微笑んだ。
「上の連中は何も理解っていないわ、あの子達のことをね」
「……ええ、全部バレてるもんね」
ミサトも苦笑した。
「あの子達ったら……」
「官僚政治が子供を御し切れるもんじゃないわ、どの道、遅かれ早かれこうなったのよ」
リツコはタバコに火を点けた。
レイとアスカが暴露したことは、監視システムの情報から耳に入っていた。
彼女達は監視システムがあることは知っていた、だがこちらも覗いている以上、それを責めるつもりはなかった、もちろん気分の良いものではない……、覗き合いなど、そっちも覗いているじゃないか、それは言い逃れであって、覗いている罪そのものは消えないのだから。
──Bクラス以下の人間は、Aクラスが変わったと言う。
どこが、と言う訳ではない、今までなら卑屈に突っかかれば、逆に冷ややかに返された物なのだが、それが何故かなくなってしまった。
どうにも気味が悪い状態である。
「馬鹿らしい……」
誰かが言った。
祭りが終わった心境だった、うかれていたのも冷めていた。
「なんで俺達が……」
「なぁ?」
そんな連中のために働かなければならないのか?
良く考えて見ればそんな連中、何処に隠れようと見付け出し、思い知らせることは容易なのだ、だが、それもまた下らない。
なんのためにそんなことをしなければならないのか?、誰のために?
「なぁ?」
「なんだよ?」
「碇って、なんでエヴァに乗って、死にそうになってもなんにも言わないんだろうな……」
みな無言だった、が、そこには一つの答えがあった。
──しかし分からない者達も居る。
「困った事になって来たわね」
リツコである。
ミサトと、後、この場には冬月副司令が足を運んでいた、ネルフ本部のとある会議室だ。
「しかしナンバーズの意識改革は予定の範囲内のことではないのかね?」
は?、と二人は驚いた顔をした。
「それは、どういうことですか?」
「聞いていないのか?」
彼もまた驚いた顔をした。
「とすると……、ふむ」
「ご説明願えますか?」
強い剣幕のミサトに頷く。
「そういきり立たないでくれ、別に隠しておく様な事ではないから、てっきり聞かせていた物と思っていたのだがね」
ふうむと間を入れる。
「現在のチルドレン、ナンバーズと予備生の間にある確執は、ナンバーズ側の態度に問題があった、一種の優越感が傲慢さを生んでいた訳だが、それを誘導された、虚構のものであると知らしめる事で、虚しさを感じさせ、これまでの自身を省みさせる、……碇の考えだよ、全てはこちらの考えが読まれる事を含めた策だが」
リツコとミサトは目配せを交わした、驚きの目でだ。
「司令が、そのようなことをお考えだったとは……」
「まあ半ばは状況に流されたものだがね、特にナンバーズは親、兄弟、親戚と、かかる期待は相当なものだろう、増長するのもやむをえんさ」
ミサトははっとなった。
「まさか!、シンジ君はそのための人身御供にされた訳ですか!?」
「ミサト?」
「リツコ、良い?、考えてみて……、自分勝手な、我が侭な子供達が注意されて態度を改めると思う?、けど、自分達を省みてしまう様な事件が起こったとしたら?」
「考え過ぎよ」
「わたしはそうは思わないわ」
ミサトは冬月をゲンドウの代わりと睨み付けた。
「チルドレン……、いえ、ネルフには不可解な点が多過ぎます、司令、副司令などの呼称についても、現在のチルドレンを含んだ組織としての体裁を見据えたシフトだったのではありませんか?」
冬月は無言で肯定した。
「やっぱり!」
「それらも全て予想されていた事だよ、現状は……、そう」
憤慨するミサトを黙らせる。
「レイの『予言』によってな」
ミサトは文字通り言葉に詰まった、何も言えなくなってしまった。
「だが彼女を責めるのは間違っているよ、その点においては勘違いしないで欲しい、レイは何も覚えていないのだからね」
「覚えていない?」
「ああ」
遠い目をする。
「レイはその力故に自我を喪失していた、人形そのものだったよ、話しかければ答える玩具と同じだった、好奇心から訊ねた者が居た、レイの答えは……、現在まで、おおよその点で外れてはいないよ」
「そんな……」
「それで、予備生の様子はどうなのかね?」
リツコが答えた。
「ナンバーズの消沈に呼応して活動を活発化しています、中にはエヴァに目覚めた者も出て来ています、ナンバーズへの登録を忌避し、申し出ては来ませんが……」
「仲間意識かね」
「おそらくは」
「その点は良い、彼らは何をやるつもりかね?」
リツコはふっと、苦笑した。
「Aクラスと違い、Bクラス以下のエヴァ発現者には強固な協調性が見られます、彼らは独自にエヴァに代わる兵器の開発を行っているようです」
「エヴァの代わりを?」
「はい、……エヴァンゲリオンはブースターであると、ならば使徒を傷つけた力そのものはエヴァ発現者の持っている能力そのものに過ぎない、だからパワードスーツや装甲服を開発する事で、エヴァンゲリオンに対抗出来るのではないかと」
「若いな」
「ですが論理的には間違っておりません、問題は如何にATフィールドを無力化するかですが、これは先日我々自身が示してしまいました」
はぁっと冬月は溜め息を吐いた。
「彼らの動向は……、葛城君、君に任せる」
「わたしに、ですか?」
そうだと首肯する。
「彼らの動きはじきに上の連中の耳にも入るだろう、能力者の中には並みの物理学者の頭脳を越える知能を発現している者も居る、その彼らが作り出した兵器と性能、興味深いとは思わないかね?」
ミサトは頷き掛けて、浮かんだもう一段深い想像に青くなった。
「実戦配備するかもしれないというのですか!?」
「奴等ならやりかねんさ、君はエヴァの危険性を解いたのだろう?、それならばそのようなエヴァを不要とするかもしれない物の開発に反対する理由は無いはずだ、違うかね?」
くっと歯噛みする、その通りだからだ、むしろ率先して肯定しなければならない。
「しかし……」
「ATフィールドを持たない彼らは、例え使徒のATフィールドを無効化出来る兵器を開発出来たとしても、身は守れん、……しかし軍需関係の連中にはそれで十分だろう、必ず協力を申し出るはずだ、そして彼らの自尊心を刺激し、利用する」
その将来を保証した上での引き抜きもあり得るのだ。
ミサトは呻いた。
「……権限が」
難渋する。
「わたしの権限が、弱過ぎます……、もし上があの子達の投入を決定した時、わたしにはそれを止める権限がありません」
その時、ミサトの脳裏に浮かんでいたのは……
抑止するために、あくまでエヴァを運用し続けるしか無いと言う、そんなどうしようもない案だけだった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。