ネルフの上層部において、葛城ミサトより提案された議題は紛糾を極めた、彼らに自治権を与えることは、一つの巨大な集団を生む事に繋がるからである。
チルドレンが今ひとつ纏まっていないからこそ、彼らのような『通常人』にも手綱を握って『管理』することができていたのだ。
驕り、慢心、そういった物を彼らは自制し始めるだろう、その中で成長も始めるだろう、学習するだろう。
そうなった時、彼らは自分達の手を離れて巨大な一大勢力を形成してしまうだろう、もはや『旧人類』を必要としなくなるかもしれない、それは恐ろしい事だ。
しかし一方で、現実的には『旧人類』によって『新人類』を『拘束』できないという問題があった、現場もまた関り合いにはなりたくないと敬遠していた。
さて、どうするか。
誰も直接的に『チルドレン』に接触したくないと考えてしまっている時点で、もう答えは出てしまっていた、やらせるしかないのだ。
どれほど不安が大きかろうとも。
LOST in PARADISE
EPISODE13 ”フィフスチルドレン”
「選挙ねぇ……」
あまり興味が無いと感動を示したのはヒカリであった。
この学校には学年と言う概念が無い、完全な能力別差別制度が導入されているからだ、特例として飛び級での入学や、社会人の入学でさえも許容している。
しかしそこには『人格』の一点が欠けていた、そう、人柄で選ぶのであれば能力は関係ないのである。
これに便乗して、学校全体がお祭り騒ぎになっていた、学校全体では一千人を越える生徒がいるのだ、ここからたった一人を選び出す。
それは非常に困難なことだった。
「でも大体各クラスで纏まって、それぞれに代表者を出して来る訳でしょう?、クラスの人数はほぼ同じなんだから、全体から絶対的な信頼を得られるかどうかってのは別なんじゃない?」
アスカは我関せずと弁当をつついていた。
「ま、そうでしょうけどね」
「アスカ……、あなたが言い出したんでしょう?」
「そうよ?、だから何にもしてないんじゃない」
はぁ?、とヒカリ、レイへと目で説明を求めた。
「ん?、ああ、ほら、言い出しっぺが選挙に出たり選挙委員になったりしたら、何か企んでるって思われても仕方ないでしょう?、だからって」
「そう……」
「それに、エヴァのパイロットがもし万が一にも当選しちゃったら、力の上に権力まで付いちゃうじゃない、ってさ、まあそれはあたしも同じだから、アスカに便乗してこうしてるわけ」
レイはそう言ってアンパンを齧った。
ふと気付く。
「そう言えば、碇君は?」
ぴたりと二人の動きが止まる。
「もう退院してるんでしょ?」
何故だか陰鬱な空気が漂った。
──ネルフ本部。
シンジはジオフロント内にある湖の側に寝転がっていた、草は湿気っていて気持ちが悪いが、仕方がない。
集光口から太陽光が取り入れられているのだが、気持ちが良くなる様な日差しとは行かないのだ、それに、地下である。
冷えていて当然だろう。
しかしシンジは、半袖の制服のままだった、まるで気になっていないらしい。
「〜〜〜〜〜〜」
聞こえて来たのは鼻歌だった、シンジには第九の一部分だと言う事しかわからなかったが。
寝転がったままで首だけを向ける。
「やあ」
──少年、だった。
白い肌、赤い瞳、銀色の髪。
「悪かったね、邪魔をして、こんなところに人が寝ているとは思わなかったものだから」
「……君は?」
「カヲル、渚カヲル、君と同じ仕組まれた子供、フィフスチルドレンさ」
「フィフス?」
シンジは怪訝そうにした、あまり興味が無かったために他人のナンバーなど覚えていないのだが、それでも十何番までは選ばれる度に皆がはしゃいでいたので、顔は見た事がある筈なのだ。
なのに、自分は彼を知らない。
「……僕はドイツの分校で選ばれたのさ」
そんな困惑を読み取ったのか、カヲルは告げた。
「ずっと君に会いたかったよ……、無敵のサードチルドレン、噂ばかりを聞かされて来たからね」
「そう……」
「……冷たいね、君は」
カヲルは見下すように目を細め、笑った。
「まあ、君ほどの実力があれば、それもやむを得ないのかもしれないけどね、失礼するよ」
シンジは彼が背を向けてから、片目だけをうっすらと開いた。
──まるで何かを見定めるように。
がちゃりと受話器が下ろされた。
「碇、フィフスがシンジ君に接触したそうだ」
「そうか……」
「良いのか?、ここに来て委員会から直接送り込まれて来たのだぞ、彼の目的が掴めない内は」
ゲンドウはふっと小馬鹿にした笑みを浮かべた。
──それだけだった。
──アスカとレイが暗いのは、何もシンジが学校に来ないからではない。
「ミサトさん、朝ですよ、起きて下さいよ!」
「うう〜ん、あとごふぅん……」
「そんなこと言って!、朝ネルフに行く途中で車にガス入れるから、早めに起こしてくれって言ったでしょ!」
布団の中からむくりと起き上がったのは、間違いなくミサトである。
「そうだっけ……」
「さっさとして下さいよ!、僕、今日から学校なんだから、二度寝したって起こしてあげませんからね!」
もそもそと布団から這い出して、目の前をのそのそと歩いていく。
シンジはその姿にこめかみを押さえた、頭痛が激しくなってしまう。
透けそうなパンティは前は鋭角、後ろは大きなお尻に食い込んでいた、シャツなのかキャミソールなのかわからないほどダレた下着は片方にずり落ちてしまって左乳を丸見えにしてしまっている。
シンジでなくとも欲情よりも幻滅をしてしまうだろう、それくらいにだらしない。
シンジは今、ミサトの部屋へと移り住んでいた、理由を上げるならその力故である。
ファースト、セカンドに対して多大な影響力を持ち、その上最強ともなれば野放しには出来ないし、必要以上にその二人と接触の機会を持たせるのは好ましくないというのだ。
それで、誰かが監視する事になった、ミサトが引き受けたのはシンジが望んでその力に目覚めた訳ではないと知っていたからだった。
だから、不敏に思えた、それだけだった。
(ばれてるはずなんだけどねぇ)
しゃこしゃこと歯磨きしながら、ミサトは思う。
(同情でも優しくしてくれるならかまわない?、違う、か……、好意は好意として受け止める、必要以上には期待してない、その基準があって、あたしのこれって喜ばしい事の部類に入ってるって事か)
そう思っていれば、失われたとしても元に戻ったと感じるだけで、裏切られたのだと落胆する所までは落ち込まずに済む、そういう事なのかもしれない。
(まあ、あんまりこんなことやってると、レイとアスカに恨まれるか)
正面の鏡の中のミサトは、口の端から漏れ出した白い歯磨き粉が胸元にまで垂れていた。
「おはよぉ、って、シンジ!?」
アスカはいつものように登校して、いつもと違ってぎょっとした。
シンジが席に居たからである。
「ああ、アスカ、おはよう」
「おはようって、あんたっ、何で居るの!?」
「何でって……」
口を尖らせる。
「酷いや、せっかく来たのに」
「あ、ごめん、そうじゃなくってさ」
アスカは鞄を自分の机に放り出して近寄った。
「なんかあんたの監視が強化されたって聞いたから、学校なんてもう無理だって思ってたし」
「うん……、父さん辺りは必要ないって思ってたみたいだけどね、ミサトさんとリツコさんに頼まれて」
「何を?」
「選挙」
「へ?」
「選挙の管理委員会、って言うかさ、不正を働くだけならまだしも、脅しに力を使う奴が居るかもしれないから、騒ぎが起こったら止めるようにって」
はぁん?、とアスカは訝しがった。
「でもあんたに止められるの?」
「ミサトさん達はそう思ってるよ、……僕はやりたくないんだけどな」
「でしょうね」
「うん……、とりあえず居るだけで良いからって、それでプレッシャーになるから……、そうでないと加熱してどこまで行くか分かんないからってさ」
「少しは警戒してる方が、頭が冷えて慎重になる?、それで余計危ない事になったらどうするのよ?」
「さあ?、多分……」
「ん?」
シンジは苦笑して、飲み込んだ。
「ねぇ、綾波はどうしたの?」
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。