(ち〜こくちこくちこくぅ!、アスカのばかぁ!、声かけてくれたっていいじゃなぁい!)
 例によって長風呂で時間を忘れてしまったレイである。
 先天的な病であるはずのアルビノでありながら、彼女の肌は非常に強固だ、紫外線に強ければ、長風呂でも全く荒れる気配が無い。
 この辺りにリツコなどはATフィールドとの関連性を示唆しているのだが、人体実験はごめんだと検査を逃げ回っているレイである。
 生パンを咥えて全力疾走、片手には鞄が揺れている。
 こんな時、レイは不公平だと考える、アスカのように空を飛べればと思うのだ。
 レイは先日の、アスカに対する上の物言いに対して懐疑的だった、アスカのような発火能力者は、レベルは低くても他に幾らでも居ると言う、本当だろうか?
 ──本当に、アスカの能力は発火能力なのだろうか?
 レイは違うと考えていた、飛翔能力以前に、二年前、アスカは唐突に『ジオフロント』へと降臨しているのだ。
 どこからも『進入』せずに『出現』している。
 何かが違うと思えるのだが、普段の能力は発火を起こす程度のものでしかない、レイにはそれを説明できるだけの言葉が無かった、もどかしい。
 そんなことを考えていたからか。
「〜〜〜!?」
 ブレーキ、間に合わない、道が合流する正面ポイント、歩き出して来た男の子。
 ごっちぃん!、と頭を衝突。
「あいたたたた……、あ!」
 ばっとスカートを押さえる、大股開いてごかいちょーだった。
「あっ、ははははは!、ごめん!、マジ急いでたん……、だ」
 レイの目が大きく、丸くなる。
「……カヲル、渚、カヲル?」
「……やはり僕のことを知っているのか、君は」
 カヲルはたんこぶを押さえ、顔をしかめながらも笑って見せた、立ち上がる。
「ほら」
「あ、うん、ありがと、っじゃなくて!」
 それでも手を借りて立ち上がる。
「どうしてあなたがここに居るの!?」
 カヲルは不敵に微笑した。
「君なら分かる、そうだろう?」
 じゃあ、と行ってしまう、その後ろ姿を見ながら、レイは知らずの内に、触れ合ってしまった右手の手首を掴んでもてあましていた。


「渚カヲルです、ドイツの『分校』から来ました、よろしくお願いします」
 ──学校は選挙一色で盛り上がっていた。
 そこに来ての転校生である、誰もがこの少年を持て余した、どの派閥に属していない存在、だが取り込んでいいものかどうかも危うい、既に十分結束していると言うのに、そこに彼を入れる余地を作る必要があるのかどうか?
 それは悩みどころだろう……
 そんなカヲルが、やあ、と気さくに話しかけたのはシンジであった、これがまた周囲に取り付きにくい雰囲気を生み出していた。
「聞いたよ、生徒会長を選ぶ選挙だって?、君は立候補しないのかい?」
 シンジは怪訝そうにした。
「僕が?、どうして?」
「どうして、と言えば、そうだね、誰も君を制御出来ないからさ」
「だから僕は管理する側に回るべきだ、そういうの?」
「でなくとも、聞こえて来る話では、君は管理側の人間に思える、違うのかい?」
 シンジは苦笑して、そうだね、と答えた。
「……否定しないのかい?」
「したって仕方がないよ」
「何故?」
 シンジはいつかと同じ言葉を放った。
「……みんなは、信じてくれないからさ」


 ふうむとカヲルは熟考していた。
 屋上である、ちなみに授業中なので非常に静かだ。
 ただ、教室からは丸見えだろう、何しろ彼は屋上から、二階の教室のシンジの姿をじっと眺めているのだから。
 柵に肘を突き、頬杖をついて。
(渚カヲル、か)
 そして確かにカヲルの姿は非常に目立った、レイは一日考えていた、隠しもせずに、今もその目は端に彼を捉えている。
 シンジとの会話も当然のことながら耳を立てていた。
 管理側?、大きな意味で言えばカヲルこそ管理側の人間だ、なら取り込もうと言うのだろうか?、碇シンジを。
 レイは始めて、カヲルの存在を知った時のことを思い返した。
 ──それは気まぐれに飛び込んで来た『情報』だった。
 遠く、どこまでも遠く、自分の力を自覚したくて、鮮やかで爽やかな景色を求めて、風に舞う様に空を『飛んで』いた時のことだった。
 もちろん実際に飛んでいたわけではない、視覚だけを『起動』して千里眼を使っていたのだ。
 ゲンドウによって自我を持った後は暫く大変だった、無制限に発動してしまっていた力が、今度は『意識』に負けて使えなくなってしまったのだ。
 無意識だったからこそ動いていた力も、『自覚』がなければあるのかどうかもあやふやになる、自分でそんな力があるのだと認識出来なければ、その力を発動させる事など出来ないのだ。
 ──今、自在に使える力はそれだけだった。
 遠くを見ていた、ドイツの古城が傍にはあった。
 森林、丘、銀の髪の少年が、両手をポケットに入れて立っていた、そして。
 ぎょっとした、彼は『みた』のだ、こっちを、視線を合わせて笑ったのだ。
 その時の笑いが何を示していたのか、後になって知った、『嘲笑』だった。
 目と『眼』が合った時、レイは世界が壊れていく様な感じを受けた、ありふれた未来が音を成して崩れていく、それは恐怖だったかもしれない。
 未来が視えた、忘れかけていた力が蘇る、しかしその『映像』が片端から瓦礫のように崩れていくのだ。
 彼が、その繋がりを崩壊へと導く、……存在への恐怖を感じた。
 その彼が、ここに来た。
 レイは握り込んでいた掌に、じっとりと汗をかいていたのに気がついた、膝も震えてしまっていた。
 ──恐くて未来を視る事が出来ない。
 それは純粋な恐怖であった。


「……」
 渚カヲルが不穏な空気を持ち込もうとも、選挙の日取りが決まっている以上、周囲は動き続けていくしかない。
 鈴原トウジは肩身の狭い思いをしていた、あれだけシンジに突っかかっておきながら、結局は命まで助けられてしまったのである。
 これ以上の恥をさらそうと思うほど馬鹿でもない……、かと言えばそうでもない。
 大人しくしている本当の理由は、居心地の悪さから来るものだった、乗せられた以上は乗せた人間が居る訳で、彼らにも相手をしてもらえない、見放されていることが堪えていた。
 ──どうして良いのか分からないのだ、今の状況は。
 選挙のためにみなが動いている、その中に自分の居場所が無い、必然的に暇を持て余すだけになる。
 そんな理由から、トウジは校舎裏で昼寝に興じていた、そこに聞こえて来たのが……
「きゃあ!」
 悲鳴であった。


 きゃあっと悲鳴を上げたのは相沢ケイコであった、シンジに以前デートを取り付けたあの子である。
 どんと突き押されたのか、壁に背をぶつけた状態で悔しそうにしていた、目の前には男の子、だ。
「シンジ君を引き込めって、そんなこと出来るはず無いじゃない!」
 彼女は今、泣きそうだった。
 目の前の男の子とは、先月から付き合い始めたばかりであった、シンジとのデートの後にである。
 この間までナンバーズと、そうでない者との差はあっても上手くいっていた、彼女の能力が治癒系の些細なものであったことも上手くいっている要因だった。
 なのに、である。
「碇とデートした事があるって言ってたじゃないか」
 ぐっと唇を噛んで。
「そんなのずっと前の話だって!」
「なんで碇を庇うんだよ!」
「庇うとか、そんな話じゃないでしょ!?」
「だったら」
「良くないって!」
 ──なんやそれは。
 トウジは聞くともなしに、寝たふりを続けながら聞き耳だけは立てていた。
 大体の話の流れは読める、見張りであるシンジを取り込めば好き放題やれる、そんなところだろうが。
(あほぉが)
 そう思う、シンジの事は好きではないが、それでも性格くらいは把握している。
 そんな事を口にして頼み込めば、シンジは精神的に切り捨てるだろう。
 ──君ってそんな子だったんだ、と軽蔑して。
 過去、そうして切り捨てられた人物が居る、アスカである、今は自分のパートナーだ。
 少なからずアスカがこぼしているのを耳にした事がある、それはレイとの会話であったり、独り言であったり、あるいはつい口にしてしまったと言ったものであったが、それでもアスカが未だにシンジの『信頼』や『信用』を取り戻せないと苦悩しているのを知っていた。
 それについては、深く探るつもりは無い、トウジの目にはどこに悩む必要があるのかわからなかったからだ。
 シンジは友好的であるし、誘えばデートにも付き合っているようだ、必ず……、これは悔しい事だが、危なくなれば助けにもやって来る。
 それでも不満を言うアスカには、どうしても首を傾げてしまう、それでも雰囲気的に掴めるものはあった。
 シンジは決してアスカを恋愛対象として見ないということ。
 その一点に、絶対的な『何か』をアスカに求めないシンジと、求めてはもらえないアスカの憂いを感じさせられていた。
 ケイコでなくとも、多少の好意を持っているのなら、そのように切り捨てられるのは恐いことだろう、大なり小なりの差はあっても、わたしの為に利用されてくれと口にされて、馬鹿にするなとキレない方がどうかしている、普通の人でもそうだろう。
 ──対して、シンジのそれは徹底している、それだけだ。
「ちっ」
 トウジはむくりと起き上がった、助けるべきだ、そう考えたのだ。
「お前、俺のこと好きじゃないのかよ!」
 そんな身勝手があるかい、そう言いかけて、トウジはぐっと我慢した。
「なんやぁ?、何ケンカしとんねん」
 ぎょっとしたようだった。
 慌てるように離れて、なんでもないと言い訳をする。
「ケイコ!、後で俺ん家、来いよな!」
 行ってしまう、ケイコは小さく肩を前に曲げて両手で掴んで震えていた。
 ぐすっと、泣きそうになるのを堪えて震えてしまっている。
「まあ、なんや……」
 トウジはぼりぼりと頭を掻いた。
「行ったら……、ろくなことにならん、けど……、言うても仕方ないんやろうな」
 トウジは溜め息交じりに忠告した。
 無駄だと知りつつ。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。