教室、いつもの騒がしい空気の中で、レイとアスカはぼうっとしていた。
わざわざアスカの前の、他人の席に来てまで一緒にぼうっとしているレイ、実は何か意見を交換し合いたかったのかもしれない。
二人がぼんやりと考えているのは、あの時に見せられたシンジの姿についてであった。
──あまりにも神々しい翼、それに付随するシンジの不可解な態度。
「アスカぁ……」
「なによ……」
「シンちゃんってさぁ」
「あ〜ん？」
一拍の、間。
「いつの間に、あんな性格になっちゃったのかなぁ？」
アスカは非常に微妙な顔をした。
ＬＯＳＴ ｉｎ ＰＡＲＡＤＩＳＥ
EPISODE14 ”神”
──渚カヲル。
彼がどのような目的でやって来たのか？、その理由は明白になった。
『裁定者』
ナンバーズに対する抑止力として位置付けられている彼は、『旧人類』側の切り札でもあるのだろう、実際、彼は自身を絶対者として振る舞っていた。
力を持ち、人に干渉しようとする傲慢さを許さぬ者として。
「……ふぅ」
しかし、今のところ、彼は頬杖を突いて教室の隅の席に黄昏ていた、そうしているだけとなっていた。
人を覗き見て、割り込もうとすることは余計なお節介であろう、自分がいつしか『彼女達』と同じことをしていたと感じさせられれば、自然と自戒するしかない。
そんな時に耳に入って来たのが、先のレイの呟きだった。
──いつの間に、あんな性格に……
ふっとカヲルの表情が引き締まった。
（彼は……、あのような性格では、無かった？）
どこか超然としていて、自虐的に、自分を犠牲にしているように感じられて、その高潔な姿勢に身を引くしか無かったのだが……
「ふむ？」
カヲルは何を思ったのか、席を立つと、アスカとレイに話しかけた。
「で、何よ話って」
──図書室。
電子化されているために紙媒体の物は無い、二クラス分もあるようなスペースに、それぞれ仕切りが立てられている。
その中でそれぞれが端末から情報を引き出し、読み、あるいはコピー出来るようになっていた、ブースの合間を通る通路側の一面を除いては完全な密閉の為に、このような話し合いにはよく使われる場所だった。
机に尻を引っ掛けているカヲル、椅子に座っているレイ、アスカは腕組みをして不機嫌そうに仕切り壁にもたれていた。
「話と言うのは、彼のことさ」
アスカ、レイ共に反応を示した、ぴくりと。
「シンジの？、なんであんたが……」
「当然だろう？、僕はネルフの管理機構からの命令でここに来ているんだ」
「なんですって？」
「薄々気がついてはいたんだろう？、君達が自力で構築しようとしている治安維持機構、僕はその監視者としての命を帯びている……、いまさら隠しても仕方が無いから白状するけどね」
「そう……」
「だからって、アタシがあんたに話すと思うの？」
さあ？、とカヲルは肩をすくめた。
「でも僕には他に情報元になる人が思い付かないからね、手身近な所から当たっていくさ」
アスカはちらりとレイに目を向けた、レイは……、おずおずとした目で見返した。
嘆息するアスカだ、レイもシンジのことについては何かしら知りたがっていた、彼同様に。
これは良い機会だと思っているのだろう。
「で、何を聞こうってのよ？」
諦めるアスカ、カヲルは目を細めて感謝した。
「うん……、君達の会話が耳に入ってね、シンジ君の性格は元々ああだったのか、それが知りたかったのさ」
「シンジの性格？」
困惑するアスカに、カヲルは告げる。
「人の精神、自我、性格と言ったものは容易に変化するものさ、例えば増長、あるいは嫉妬、そして絶望……、普通、シンジ君ほどの力があるのなら、もっと傲慢になるものじゃないのかい？」
アスカは小さく、かぶりを振った。
「それは無いわね」
「そうかい？」
「シンジに限っては、無いわ」
「どうしてそう言い切れるんだい？」
「だってシンジは……」
唇を噛み、告白する。
「他人になんて、興味ないもの」
それは過去への悔恨だった。
──誕生日。
あの日、彼からもらった物は二つあった、一つは手作りのちゃちな置物。
もう一つは、今も身につけている髪留めだ。
──クリスマス。
みんなで持ちよったプレゼントを、くじ引きで持っていく事になっていた。
その時、シンジ用に、別に一つ用意していた。
未だに、誰にも語っていない事件があった、それは誕生日に貰った二つのプレゼントのことだった。
「あんたって、ああいうの作るの好きなの？」
戸惑った……、いや、脅えたシンジに苛立った。
「まあ、あの髪留めの方はあんたにしては上出来……」
一応、誉めた、誉めたのにどうしてますます『あんな顔』をするのか分からなかった。
──学校。
「そう言えば、アスカ、碇君に変な置物もらってたけど、どうしたの？」
「ああ、そういえば変なの貰ってたねぇ？、ねぇ？、どうしたの？」
「ん〜？、みんなから貰ったの整理してる間にさぁ、水が漏れて来るんだもん、むかついて捨てちゃった」
嘘だ。
粗末に扱った自分が本当は悪かった。
なんであんなものを寄越したんだろう？、あの時にはそう苛立っていた。
赤い髪留めだけで十分だった、それだけならはしゃぐ事も出来たのに……
その不細工な細工物が、今ひとつ気分を壊してくれたのだ。
後になって知った。
「本当は、さ……」
『現在』のアスカが告白する。
「これって、シンジを引き取ってた家のおばさんが、プレゼントすればって無理矢理選ばせた物らしいのよね、本当は何をプレゼントしようかってシンジは悩んで……、ペットボトルで置物を自作することに決めて、一生懸命作ってたんだけどさ、そういう気持ちとか誠意みたいなものは認めないで、そんなみっとも無い物はやめて、これにしておきなさいって、それぐらいのお金はお父さんから貰ってるんだから、もっと良い物を上げなさいってね、選ばされたんだって」
アスカは頭に手をやり、髪留めを弄った。
「多分……、シンジはそれでも意地張ったんだと思うのよね、喜んでもらおうと思って一生懸命作ってるのに、どうしてこれじゃいけないんだよって……、でも結局、あたしもそれに気がつかなかった、両方シンジがくれたもんだと思ってたってのもあったけど、言い訳よね？、シンジにして見れば自分が一生懸命作った物よりも、適当に見栄えする物の方がいいんだなってさ、どうでも良くなったのかもしれない……、その後のクリスマスの時には、その辺で売ってるブランド物のハンカチを持って来てたもの」
カヲルは目蓋を閉じ、やや顎を上げていた、悪い事をしたとでも思っているのか？、過去の傷を開かせてしまったからだ、それも自らの手で。
「……それからだと思うわ、本格的に、シンジがもうどうでも良いって態度を取り始めたのって、アタシがアイツを追っかけてこっちに来てすぐの時にね？、言われたわ……、俺のことを理解ってもくれない奴のことなんて知るもんかって、一人でやっていかなくちゃならないんだから、他人のことなんて知らないってね」
それは、とカヲルは違和感を感じた。
レイもだ。
「他人のことなんて、知らない？」
「俺？、って、シンちゃん自分のこと俺って言ったの？」
二人が引っ掛かった点は別々にあった。
「アイツ、興奮してたから……、俺って言っちゃったんだろうけど」
「それはまた変だね？」
「何よ？」
「だって……、僕の見た限りでは、他人の事など知らないなんて考えている様には見えないよ、考えられない……、俺と叫ぶほど興奮して拒絶したと言うのなら尚更だよ、何故、今になって？」
今度はアスカが問い返した。
「今になってって、何よ？」
「だから、僕のしようとしたことは確かに君達にとって酷い事かもしれないけどね、力の無い者にとっては君達の行動こそ理不尽な干渉だよ、だから僕は動いた、その結果、僕は君達から力を取り上げようとした、けれどそれは悪くても君達をただの人に戻すだけだよ、別に命をどうこうしようという訳じゃない、なのに彼は君達を守る……、いや、保護するような態度を見せた、君達も聞いただろう？、最悪の結果に至って欲しくは無いと告げた彼の言葉を」
アスカとレイは顔を見合わせた、確かにそうだ。
「他人のことなど知らないと叫んだ人間が、どうして他人の喧嘩の仲裁に？、それもあれだけの力を、僕達のような存在が起こす諍いを止めるためだけに使うのだと言う、おかしいじゃないか、他人が傷つけ合い、憎み合うならそれは勝手だ、そうだろう？、どうしてそれを悲しんで止めに乗り出したりするんだろうか？、他人のことなど知らないと叫んでおきながら……」
アスカは思う。
「シンジが変わったのって……」
レイを見る。
「エヴァに乗ってからよね？」
レイはかぶりを振った。
「違う……、多分、違う」
「え？、でも……」
「違うわ、エヴァに乗ってからじゃない……」
レイは確信を持って答えた。
「エヴァに『呼ばれて』からよ」
え？、と言う顔をアスカはした。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。