生徒会長は選び出された。
大倉ケンイチと言う、その選抜に対して、リツコはこう分析している。
「Aクラスに負けては元も子もないって事でしょうね……、票を集中させて逃れたのよ」
その証拠に彼は生徒会執行部の面子として、全てのクラスからまんべんなく人材を指名していた。
その中にはマナと、アスカの姿もあった。
「何でアタシが」
ぶつくさと口にするアスカに、マナは言う。
「Aクラスだけ誰も選ばなかったら問題が出るからでしょ?、それに、惣流さんならまだ護魔化し利きそうだし」
「護魔化し?」
「うん……、人がよさそうだから、って言えばいいのかな?」
ああ、とアスカ。
「そういうこと、ね」
LOST in PARADISE
EPISODE15 ”ヒトの造りし巨人”
「碇」
訓練施設に向かう途中の廊下で呼び止められ、シンジは何かと振り返った。
「鈴原君」
「碇……」
なんとも言い難そうにした後で、トウジはぶっきらぼうに言い放った。
「すまんかったな……」
「え?」
「押し付けてしもて」
「ああ……」
苦笑する。
「いいよ、気にしてない」
「さよか」
歩き出すトウジ、シンジもつられて、並んだままで歩み出した。
「そう言えば、学校、生徒会長決まったんだって?」
おう、とトウジ。
「たまには顔出せや、学校にも来んと」
「ごめん……」
「ワシに謝ってもしゃあないやろ、……イケ好かんやっちゃで、会長」
「そうなの?」
「みんなが選んだ生徒会長なんやから従えや、言うてな……、調子乗っとるわ、他のクラスの連中も失敗したっちゅう雰囲気やけどなぁ、だから言うて、ワシらにバカにされるんも嫌なんやろ、なんとか我慢してがんばっとるわ」
ふうん、とシンジは生返事を返す。
「大変なんだ……」
「そやな、Aクラスの人間までつこて何や作っとるで」
シンジはやや目を細くした。
「知ってる、格納庫のあれでしょ?」
「エヴァなんや目やない言うて、きばっとるで」
ちらりと横目に表情を確認する。
「で、実際どうなんや?」
「なにが?」
「あいつらの作っとるやつや」
「さあ?、良く知らないから……」
はぁん?、っと怪訝そうな顔をする。
「知らん言うたかて」
「なに?」
「……碇やったら、何やっとんのかわかるんとちゃうんか?」
シンジは目を伏せる様にして笑った、寂しげに。
「知りたくないから、気にしないんだよ」
──トレーニングルーム。
思い思いの運動服に皆着替えていた、黒ジャージはトウジだ、カヲルも似たような白ジャージだが、トウジと違って前をはだけてシャツを見せている、意外としっかりとした胸板をしていた。
レイは昔から使っている、ネルフが用意したトレーニングウェアを着用していた、エヴァに乗る時のパイロットスーツと同じ素材で、二の腕の半ばから腿までをワンパックで隠している。
アスカは袖の長いシャツにスパッツの組み合わせだ、他にも男子と女子がちらほらとしていた、レオタードの子も居るのだが、目の保養をするような者はいなかった、いい加減慣れてしまっているのだろう。
「シンジ君」
少しぶかぶかとした白シャツに黒スパッツを穿いているシンジ。
彼を呼び止めたのは、似たような格好をしているケイコであった。
「あの、ごめんね、この間の……」
シンジはこちらこそ、と謝った。
「ごめんね?、後着けて、盗み聞きしたりしてさ」
「ううん、鈴原に聞いた」
「そうなんだ」
「うん……」
シンジの苦笑にますます罪悪感が込み上げて来たのか、ケイコはすっかり消沈してしまった。
「ごめんね……」
「相沢さんが気にすること無いよ」
「でも……」
「別に誘ってくれてても良かったんだよ、そうすれば自分で断ったんだから」
「そう?」
「そうだよ」
「そっか」
「うん」
「あたしが誘ってるのに?」
曖昧に笑うシンジに、そっかとケイコは悲しんだ、微笑みながら。
離れていくケイコ、それと入れ違うようにアスカはシンジへと歩み寄った。
「いい雰囲気じゃない?」
「そう?」
「そうよ」
「そっかな……」
シンジは天井を仰ぎ見て、そこにある電灯のまぶしさに目を細めた。
「『便利な道具』なんだよな、結局」
ギョッとするアスカだ。
「シンジ!?」
「集合ー!」
ぴーっと吹き鳴らされた笛の音に邪魔されてしまった。
「行こう?」
「……」
行ってしまうシンジの背中を睨むようにする。
そして溜め息。
「便利な道具、か」
アスカはシンジと同じように、天井を仰ぎ見て目を細めるのだった。
便利な道具、確かにそれはその通りである。
素手で巨大重機並みの働きをし、コンソールを介さずコンピューターを操り、揚げ句目も向けずに各部の状態をチェックする。
──自分の手足となって働く彼ら。
その構図に、彼、ケンイチは愉悦の交じった表情で工場を上から見下ろしていた。
「そう言えば、惣流君は?」
書記として選ばれた少女が焦り気味に言い返す。
「訓練があるとかで……」
「……困るな、重要な項目の決定は全員参加の上でと決まっているのに」
「ナンバーズはネルフ作戦部の管轄ですから」
「作戦部ね」
鼻で笑う。
「大人しく言うことを聞くんだな、優等生って事か?」
同じくこの管理センターに入っていたマナは、ちらりと向けただけでまた手短なパネルへと目を戻した。
マナは……、葛城ミサトと言う人と直接話したことから、なんとなくアスカ達が従順である理由を察していた。
「ナンバーズが参加してくれたおかげで、思ったより早く組み上がりそうですね」
「ああ、後はパイロットの選抜だな、シミュレーションの結果は?」
全員協力、一致団結。
言葉にして見れば美しいが、結局自分達だけでは大変なので手伝わせてやろうと強制したのだ、ナンバーズに。
良く従ってくれているなぁとマナは思う、見たいテレビがある、カラオケに行けなくなる、そう愚痴ったナンバーズのことが忘れられない。
それまで彼らは自由だった、多かれ少なかれ、その不満は自分達にも共通している。
『こんな仕事』が増えたために、遊んでいる時間がなくなってしまったのだ。
そっと溜め息を吐く、最初は良かった、見返してやろうと『みんな』で頑張っていた、しかし今は違うのだ。
選挙以降、やらされているのだと言う空気が蔓延していた、もちろんやり出したのは自分達だから何も言わない、言えないでいるのだが、いい加減さっさと終わらないだろうかと思っているふしがある。
悪い事に、共同作業となった事で、急速にナンバーズと下位チルドレンとの関係が修復されていた。
「っと、危ないって」
女の子が両手に抱えて運ぼうとしたナット打ちの機械を、少年が取り上げるようにして奪い去った。
「こんなの持てるわけないじゃん、言えば運ぶからさぁ」
女の子はおどおどと礼を言う。
「うん……、ありがと」
少年は照れて行ってしまう、大なり小なり、そんな光景がありふれていた。
「こっちはどうなってるんだ?」
「おい、この奥、ナット締めたのか?」
「わかんねぇって、誰か!」
「俺が見るよ」
言って、『力』を起動する。
「大丈夫、締まってる」
「オッケ、サンキュ!」
パンっと互いの手を打ち合わせる。
物を作る事、それは楽しい、だからみんなで協力する。
だがこのマシンは、自分達を打ち負かすためのものであるし、あるいはそんな彼らに勝つために作っているものなのだ。
「そうなんだよなぁ」
誰かが言う。
「これってさぁ、ナンバーズに負けねぇって作り始めたんだぜ?、今更さぁ」
「悪かったな、手伝っちまって」
「そうそう」
「ごめん……、そういうつもりじゃなくって」
「わかってるって」
「ええ、イベントなんでしょ?、結局」
みんな手を休めて寄って来る、こういう話題はつきないのだろう。
「そういうことなのかな?、俺達の手で作って、挑戦したかったんだよなぁ……、エヴァ?、だっけ」
「でもこれが完成してくれたら、あたし達だって嬉しいけど?」
「そういうもの?」
「だってよぉ、エヴァが見つかってないからって、俺達も扱い低いもん」
「そっか……、そうだよな」
「だからって、碇達に喧嘩売りたいわけじゃないけどな」
「ま、考えたらこれで喧嘩売ってたら、勝っても負けてもろくなことになってなかったか」
みんなで笑う。
「かもな」
「ああ……、後味悪かっただろうし」
「そう考えたら、今の方が気は楽なんじゃない?、ナンバーズって言うより、エヴァに対する挑戦なんでしょ?」
「そうそう」
さらにどっと笑いが広がる。
『一班、作業を再開しなさい』
降って来た生徒会長の声に、休んでいた全員が顔をしかめる。
「何だよアイツ」
「わかってねぇなぁ……」
しぶしぶと言った調子で立ち上がった。
──わかってない。
その一言が全てを言い表してしまっていた。
別に工期があるわけでも、スケジュールが決まっているわけでもないのだ、これは放課後工作である。
自分達の出来る範囲で、やろうと思った気持ちを頑張りに変えれば良い、それだけのものだったはずだ、それが今や強制されてしまっている。
だから、やる気が削がれてしまう。
どうしてそれが分からないのか?、あの会長は。
ぽんとAクラスの少年は、Fクラスの子の肩を叩いて励ました。
「時間になったらさ、みんなでカラオケにでも行こうぜ?、腹も減ったしさ」
「そうだな」
じゃな、と別れる。
それでも二人は……、いや、数人が頭上の管制室を見上げ、舌打ちした。
──俺はお前らの部下じゃねぇ。
そんな不満を含んだ目つきをしていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。