肉体強化系の人間は体を鍛える必要はない、必要はないが、だからと言って訓練の必要が無いわけではない。
これはトウジの愚痴を聞いて、ミサトが思い付いた事だった。
常に体組織の持つポテンシャルを100%発揮出来ることと引き換えに、肉体に掛かる負荷もそれなりに高い、もちろん、回復力はそれを更に上回るのだが、長時間の運動においては細胞が蓄積している糖分などのエネルギーが枯渇する可能性もあるのだ。
それに、振り回しているだけで、使えているとは言い難い、そこで太極拳まがいの訓練メニューが組まれることとなっていた。
「きゃ!」
そんな悲鳴はそのさらに向こうで起こる。
「やったぁ!」
「よぉし、あたしも!」
こちらは遠視能力者である、レイに似た『第三眼』を開いてライフルを構えていた、エアガンだ。
ライフルにスコープはない、第三眼を代用して、台に並べた空き缶を撃ち抜いている、結構な威力のあるエアガンだった。
そんな風に、手探り状態で、『本能に任せた発露』ではなく、『自覚に基づく開発』が目指されていた。
「まあ、これが足枷になってくれればってね?」
腕組みをし、表面上いかめしい顔つきで言うミサトに、シンジはそうですかっと呆れ返った。
目が笑っていたからだ、上手くいっていると満足しているのが分かったからである。
(今日はビールの量、増えそうだな)
溜め息を吐く。
「歩くということは普通誰でも意識せずに出来るけど、意識させた瞬間に躓くってことがあるのよね」
「それがこの訓練の目的ですか?」
そうよ、とミサト。
「ところで」
「はい?」
「シンジ君はなにやってるの?」
「いや……、することなくて」
ぽりぽりと頬を掻く。
「することがないって……」
呆れるミサトだ。
「余裕ねぇ」
「そうでもないですよ」
「そう?、ならアスカの相手でもして上げてくれない?」
「アスカの、ですか?」
「ええ」
二人で揃ってアスカを見る、レイと一緒に何やら話しているようだ。
「あの子の力って危ないから、下手な訓練させられないのよね」
「はぁ……」
「他の子なら、アスカほど強くないからコントロールを学ばせる事も出来るんだけど」
「他の子って」
「あの子達よ」
「え?」
シンジは炎を生んで安定させて、掌に乗せて遊んでいる子達を見て首を傾げた。
「発火能力、ですか?」
「ええ」
「アスカと同じって」
「なに?」
「いや、何言ってんだろうなぁって」
「へ?」
きょとんとしたミサトにシンジは告げる。
「アスカの『力』って、綾波と同じで『オリジナル』ですよ?、全然違うじゃないですか」
焦るミサト。
「ちょ、ちょっと待って?、オリジナルってなに!?」
シンジは首を傾げた。
「知らないんですか?、アスカの力って、綾波の『未来視』が他の誰にも出来ないように、全くのアスカだけの能力なんですよ」
なによそれぇと、ミサトはくらくらと目眩いを感じた。
「だからアスカの力って、ちょっと違うと思うのよね」
アスカとレイの二人も、偶然同じ話題を持ち出していた。
「そっかなぁ?、でもあたし、火以外のものは出せないんだけど?」
だそうとするフリだけ見せる。
実際、アスカの能力は他の発火能力者に対して桁違いに強かった、押さえるにも限界があるほどだ、調整も上手く利かない。
他の者のように、掌にだけ火を生み出すような真似はできなかった、そんなことをすればガスバーナーのような青い火が轟々と立ち上る事になってしまう。
「覚えてないの?、二年前、どうやったのか?」
「だってあの時は夢中だったもん」
「空は飛べるのにねぇ」
「ああ、羽?、あれはね……」
アスカは近づいて来たシンジに気がついた。
「出たわね、まねっこ」
「まねっこってなんだよ」
くすりとレイが笑って補足する。
「今、アスカの翼の話をしてたの」
「ああ、あれね……」
目を細めて、アスカ。
「あんたのあれ、何だったの?」
「翼のこと?」
「ええ、普通……、もっと具体的に何かの物理現象じゃない?、力ってさ……、でも翼ってのはなにかこう……、違うって気がするのよね」
シンジは苦笑しながら肩をすくめた。
「空間の歪みだよ」
「歪み?」
「そう、空間を圧縮すれば掛かってる重力って重くなるよね?、そうするとどうなるか分かる?」
まさか、と半笑いでアスカ。
「ブラックホールになるとか言うんじゃないでしょうねぇ?」
「正解」
「ちょっとぉ」
「実際にはその半歩手前だよ、空間が落ち込んでいくんだ、光もね?、その落ちていく光が束になるから光って見えるんだよ、それが翼の正体」
「でも羽が抜けて落ちてなかった?」
「粒子が糸を引くみたいにして流れただけだよ、二つ作ったのは一つだとバランスが取りづらいから、安定って意味じゃ四つくらい作った方が楽なんだけどね」
「はぁ……、あんたって」
アスカはもう気力が萎えてしまったようだった。
「ほんと、凄いのねぇ」
「何言ってんだよ」
シンジの方こそ、呆れたようだ。
「これって、アスカの方が専門じゃないか」
「へ?」
「シンちゃん、それって」
うん、と二人に頷いて見せる。
「僕のはただの模倣だよ、似たような力で似たような真似をしてるだけさ、綾波の『未来視』と同じで、他に出来る人のいない、アスカだけのオリジナルなんだ」
その言葉自体は、ミサトに告げたのと同じ物だが……
レイはニュアンスの中に、微妙なものを嗅ぎ取った。
「ちょっとシンちゃん、待って」
ん〜、っと眉間に皺を寄せて考えを纏める。
「他に出来る人の居ないオリジナル?、って、どうしてわかるの?」
あっとアスカも……
「そうよ!、なんであんたにそんなことが分かるのよ?」
シンジは笑ったままで首を傾けた。
「わかっちゃおかしい?」
「そりゃそうよ、ねぇ?」
「うん」
本当に不思議そうにするレイである。
「それもシンちゃんの力?」
「まさか」
「じゃあなに?」
「う〜ん……」
シンジは難しいなと首を捻った。
「もっと未分類なもの、かな?」
「未分類?」
「そう……、アスカが言ったけど、物理的って言うか、はっきりと系統付けて分類出来る様なものじゃなくて、曖昧な原形質のものなんだ、だから適当に発現の形を好きに変えられるんだよ」
「だからあたし達が使う力なら大抵真似られるって言うの?」
「そうだよ?、でもアスカや綾波みたいな特殊過ぎる力は真似し切れないんだよね」
「どうして?」
「特殊だから、ってわかんないか……、綾波やアスカ……、カヲル君もかな?、みんなの力って言うのは……、知ってたっけ?、使徒とか、エヴァとか、人間の関係……」
最後は一応、声を潜めた。
「エヴァが使徒で、人間はエヴァとかを使ってた人達の末裔で、エヴァの侵食を受けた人の遺伝子なんかがアタシ達の中にもあるって話でしょ?」
「知ってるんだ、やっぱり」
「そりゃ……、ね」
「うん……」
ばつが悪そうに、二人は目を見合わせる。
「まあ、知ってるんなら話は早いや、今までは屑的な遺伝子として眠ってたものなんだけど、エヴァにはそれぞれに特殊な調整が施されていたらしいんだよね、前衛的な『力』、後衛用の『攻撃力』、索敵用の『能力』、それが今のみんなに受け継がれてる物なんじゃないかって、リツコさんは言ってた」
「リツコが?」
「うん……、それでね?、アスカや綾波の力って言うのは、それがさらに『進化』したものなんだよ、だから二つと同じものは無いんだ」
「それが言い切れるってのが、おかしいんだけど……」
「だって、使徒とエヴァが戦いの中で身につけた力とか、元々エヴァを作った人達が設定した能力なら、僕が使えないはずないもの」
なによそれぇ、とアスカは脅えたように口にした。
「僕の因子は肥大化しながらも覚醒を続けているからね」
「ま、まあ?、その話の根拠がリツコの説明だってんなら、信用し切ることって出来ないしね、いいけど……」
シンジは悲しそうな顔をした。
「リツコさんが嘘吐いてるって言うの?」
「違うってば」
慌ててしまうアスカである。
「リツコって、ほら、言うことコロコロ変わるじゃない、ねえ?、レイ」
レイは少々吹き出してしまった。
「リツコさんって、本当は憶測で物を言いたくないから確実なことがわかるまで黙っていたいらしいんだけど、雇われている以上は報告書とか書いて出さないと、ほら、何やってるか分からんないからって研究費削られちゃうんだって、それで適当な事を言うことになってるみたいなのよ」
「そっか……」
「うん、あとはミサトさん」
「ミサト?、あいつがどうしたのよ?」
「ほら、ミサトさんって、とにかく納得出来る話が聞けるまで引き下がらないじゃない?、それでぺらぺら喋る癖が付いちゃったって……」
「ほぉ?、あいつそんなこと言ってた訳ね?」
「ミサトさん……」
寄って来たミサトに三人とも引き笑いをする。
それ程にミサトの顔は引きつっていた。
──さて。
「怒らないでよ、事実でしょ?」
「うっさい!」
はぐらかすリツコと、怒りをぶつけるミサトである。
「あんたが変なこと言うからね!」
「だから事実じゃない、それで?」
「それでって!」
「アスカのことよ、シンジ君、なんて言ってたの?」
ミサトははぁっと溜め息を吐いた。
リツコが自分のことをそう語ったように、自分もリツコのことは良く知っている。
このように訊ねて来た時には、もうそれが聞けるまで決して話題を変えてはくれないのだ。
しつこいくらいに『それで?』と繰り返し、訊ねて来るのである。
「……加速ですって」
「加速?」
「そうよ、分子活動の加速、だったかな?、シンジ君物理って弱いから、説明ぐちゃぐちゃで……」
しかしそれでもリツコにはとっかかりになったのだろう。
なるほどと、一瞬でシンジの言いたかった事を、それなりに頭の中で組み上げていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。