「ようやくの完成ですか?」
「いや、むしろ早かったとも言えるが……」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのは日本重化学工業共同体から出向してきている、時田と言う男とその部下であった。
二人が見上げているのはエヴァに対抗して作られた一体のマシーンだ、正式な名称はまだ決定されていない。
暫定的にアルファと命名されている。
そしてそんな時田達を冷ややかに、カメラ越しに見ているのはミサトとリツコであった。
「馬鹿馬鹿しいったら……」
「まあ、そう言わなくてもね」
リツコは苦笑する。
「うちから利権を得るのに必死なのよ、表向きはサードインパクトから人類を守る慈善事業だけど、人はパンのみで生きるにあらずってことね」
そんなことを言うリツコに、ミサトは横目をじろりと向けてから、たっぷりと間を取って溜め息を吐いた。
「はぁ……、あんたのそういうとこ、羨ましいわ」
「そう?」
「目的が特許だけならまだしも、あいつらが狙ってるのはチルドレンそのものなのよ?、ナンバーズもだけど、ここで培った技術的な能力は将来においても役立つわ、そうでしょう?」
「アオタガリ、だった?、わたしは知らないけど」
「そりゃあんたには関係ない話でしょうよ」
ぷーっと唇を尖らせる。
「とにかく気に食わないのよ、子供達の喧嘩に付け込んでってのがね」
「でもそれ程バカじゃないでしょ?、あの子達は」
「まあねぇ、あんな連中の腹ぐらい探れないようじゃ、あたし達と付き合ってなんて居られないでしょうしね」
ミサトの顔をちらりと見やる。
リツコはそこに何やらやり切れないものを見付けてしまった。
ミサトの言葉には裏があった。
結局のところは諦めなのだ、人間には表と裏がある、だからと言って表が偽善で裏が本音と言うわけでもない。
裏を抑えるのが理性であるし、表に努めようとするのが心根なのだから。
そんな風に悟って割り切り、ようやく子供達は大人達を認めてくれている、ある程度は必要であるから自分達は確保されてしまっている、しかし同時に、そうしなければならないことへの呵責もあるから、自由も確約してくれている、と。
「結局そういう事なんでしょうね」
マナである。
「会長のやり口って、そういう自由ってのを全部潰してるって言うか、独善的?、裏側の本音を抑え切れてないって言うか、そっちが本性になっちゃってるのよね」
並んで歩くアスカは、ふうんと適当に相槌を打った。
「嫌いなんだ?」
「気に食わないのよ、自分本位で、盛り上がってるし」
「あたしもあいつは嫌いよ?」
「ありがと」
マナは本気のようだ。
「何か勘違いしてるのよね、確かにあたし達が選んだ人だけど、だからって王様を選んだ訳じゃないもん、選んだのはただの代表なんだから」
「あたしが分からせてやるわよ」
「頼むね、惣流さん」
プラグスーツを着ているアスカは、そのまま通路の先の光の中へと歩んでいった。
わぁっと歓声が上がる、ここはジオフロントネルフ本部の中、発掘済みの遺跡の一角だった。
かなりのスペースがある、アスカの両側には子供達が観客席を作り上げていた。
正面に肩膝を付いている02の背中がある、その向こうにアルファ、周りには同じように子供達が集まっていた。
「頼むぜ!」
「アスカにあるだけ賭けたんだからな!」
誰よどさくさに紛れて馴れ馴れしい、とは思ったが、水を注すことはあるまいと叫んだ。
「任せなさいって!」
ヒートアップした場合にどのような被害を発生させるか分からないと、00が念のために待機している。
「ジャッジはレイ、か」
02の足元に立ち、その表皮を撫でる。
「頼むわね」
──ラウンド、スタート。
ゆっくりと02を立ち上げるアスカ、アルファは機械らしくぎこちなく立ち上がった。
サイズをエヴァに合わせる意味はわからなかったが、駆動系は中々の物のようだ、流石にエヴァの様に走れないのか、足の裏に走行用のローラーを仕込んでいた。
白煙を上げて、滑り走り出す。
「……ったってさ」
アスカはその緊張感の無さに気の抜けた顔をした、使徒に対する時の緊張感とは余りに遠い、反応からリアクションまでが遅過ぎる。
銃を向けるのが見えた、バララララ!、毎秒五百発の勢いで模擬弾が撃ち込まれる。
アスカは一歩も歩かさず、右手だけを挙げてATフィールドを展開させた。
──ガンギンギンギンギンギン!
跳弾が周囲に散る。
「きゃあ!」
慌て身を庇う生徒たち、しかし弾丸は全て空中静止して観客達を襲うことはなかった。
「……」
誰もが驚愕する思いで00へと目をやった。
レイは00の中で目を閉じていた、第三眼を開いて跳弾の全てを把握している、毎秒五百発、約三秒ばらまかれたその全ての弾丸の行方をだ。
そして広域に展開したATフィールドで捕まえていた、00を中心に展開されている位相空間の『密度』が緩衝材となって弾丸を捕らえていた。
自分の右手へと回り込んでいくアルファを相手に、02はどうしたものかと悩んでいるようだった。
「作為的だねぇ、惣流さんを指定する辺りが」
シンジは傍でした声に目だけを向けた。
「渚君……、作為的って」
薄く笑って……
「綾波さんが相手では機械制御のアルファは対処出来ない、肉弾戦を好む鈴原君だとモーターの過負荷が問題になりかねない、けれど惣流さんだけはパイロットを傷つけずに戦えない、勝つなど一苦労だよ、そうだろう?」
「だから、アスカを選んだっての?」
「それだけじゃないさ、見てごらん?」
顎で示したのは、愉悦の表情を浮かべているケンイチだった。
「惣流さんが勝ったなら、きっと執行部に居場所はなくなる、逆に負ければ、それも居心地が悪くなる……、どちらにしろ、彼の権力基盤はより堅くなるという寸法さ」
シンジはぽかんとした。
「本気でそんなことを考えてるの?」
カヲルは堪え切れずに失笑をこぼした。
「本気だよ、少なくとも彼だけはね……」
周りはそうは思っていない、と匂わせた。
「もうどっちでも良いんだろうね……、イベントなのさ、これは、お祭りなんだよ」
うんと頷く。
「だよね」
で、とカヲル。
「どっちが勝つと思う?」
シンジは答えた。
「アスカだよ」
「どうして、そう思うんだい?」
「だって」
シンジはにやりと、笑い返した。
「教えてあげたからね、本当のアスカの力の使い方を」
「ったくもぉ、ちょろちょろと……」
鬱陶しい、とアスカである。
捕まえるのは簡単だ、動く必要すら無い。
このホールはやや長方形気味で、総床面積は一万五千平方メートル程度だろうか?
この程度の広さなら、何処に居てもアスカの射程距離である。
問題は破壊力だった、射程距離を伸ばすためには『威力』を上げなければならない、威力を上げれば『破壊力』が増してしまう。
「接近戦に持ち込むしか無いか……」
いやらしく、ぺろりと唇を一つ舐める。
──脳裏に、シンジの言葉が重く響いた。
「分子運動?」
きょとんとするアスカに、シンジは自信なさげにぼそぼそと語った。
「だったと思うんだけど……、よくわかんないや」
「よくわかんないって……」
「熱ってさ、結局原子とか分子とか電子?、そんなのの動きが激しくなるってことでしょう?、アスカの力はそれなんだよ、応用って言うのは……、僕じゃあ思い付けないけどね?」
そしてアスカは考えた。
──アルファを強く睨み付ける。
「シンジは空間そのものを加速させる事で重力の塊を作った、それが翼の正体、あたしは炎の翼を作ってたけど、原理は同じ、分子運動を加速させることで熱を生んで『気圧差』を作ってた、炎は付随する現象にすぎない、なら!」
──加速。
アルファのパイロットが驚いたのがわかった、何しろ、突然真正面に02が現れたからだ。
周りも驚愕している、揺らぐ残像は未だ最初の場所に残っている、それは陽炎だ。
拳を振り上げる02、そこにも揺らぎがあった、ドンと衝撃、アルファは成す術も無く左腕を失った。
「あ……」
ぽかぁんと顎を落としたのはケンイチだけではない、同じく観戦していた大人達もである。
時田が喚いた。
「なんだ、今のは?、どうなった!?」
ひゅうと耳障りな口笛が聞こえた、ミサトだった。
「やるわねぇ」
「ええ……、あらゆる物の『運動』を制御する能力、アスカなら未来にも飛べるかもね」
──加速によって。
たたらを踏んで下がるアルファに02は右腕を向ける、拳を握って。
その指を人差し指から順に三本、弾く仕草をした、先の攻撃で千切り取ったアルファの装甲破片だった。
指弾に穿たれてメインカメラを失うアルファ、パイロットが状況を把握出来ず、半狂乱に陥ってるのがようくわかった。
左腕にマウントされていたガトリングガンを乱射する、明後日もいいところだ、それはレイがカバーして被害を抑えた。
アスカの背中に翼が生まれる、赤から青、青から白、そして透明になって、閃光を越え……、黒くなる。
ゆらゆらと揺れて、空間が食われていく、だが見方を変えればそれは黒い翼であった。
「重力値に変動が見られます、凄い……、アスカの翼、別の空間に繋がってるんじゃないですか?」
リツコの傍らでマヤが必死にノートパソコンを叩いていた、もちろんこの『模擬戦』が行われる前にセンサーを仕掛けておいたのだ、このスペースに。
「そう……、でもあんなものを生んで、どうしようって言うの?」
その答えはすぐに得られた。
──ブン!
翼をはためかせて跳躍する、アルファの周囲に同時に『三体』の02が出現した。
「分離攻撃!?」
驚愕するリツコを余所に、02は光る右手を振り上げる。
それぞれが手刀で、足、肩、首と刈り取った。
「超振動による高周波ブレード!?、信じられない、あんなことまで……」
「リツコ?」
02が着地する、一体に戻って。
「02、活動限界です……」
マヤの宣言が戦闘の終了となった。
「リツコ、説明してってば」
「あ、ええ……」
呆然としていたリツコは、気を取り直すように眼鏡を掛けた。
「超高速空間を作り出して『渡る』ことで分離したように見えるほど『同時』に出現し、エヴァの標準武装であるプログレッシブナイフと同じ、高周波ブレードを再現したのよ、さすがアスカね、自分の能力を正しく把握した途端にあれだけの応用、素晴らしいわ」
興奮するリツコと逆に、ミサトは冷めた評価をした。
「そう……」
冴えない顔になっている、それもそのはずだろう。
あまり能力が桁違いの形で使われないよう、訓練で固定観念を与えようとしたというのに。
(あっさりとやられちゃったか……)
02の背後が開き、アスカが出て来る、あまりの力の差に皆言葉を無くしてしまっている。
「エヴァが凄いのか、アスカの力か……」
そのアスカは膝を突かせた02の腰に立つと、濡れてしまった髪をばさりとはらって滴を散らした。
金色の髪が荘厳に光る。
紅の機体と、赤いスーツと、金色の髪。
そして腰に手を当てて胸を張るその自信に溢れた姿に、誰も彼もが見惚れてしまっていた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。