かぱっと下駄箱を開けると大量の紙が突っ込まれている。
それは上履きの中にまで潜り込んでいた。
暫くじぃっと眺めた後で、はぁっと気怠く、溜め息を吐く。
──アスカである。
「今時ラブレターって」
「今日も盛況だねぇ」
「……何よ、レイ」
「ううん、べっつにぃ?」
レイはにたにたとシンジを見やった。
「この頃アスカ、大モテだねぇ」
そんなレイに苦笑する。
「この間のは、カッコ好かったからね」
「生徒会長、いきなりリコール叫ばれてるしね」
「はん!、だからってなんでアタシが推薦されなきゃなんないのよっ」
がさがさと紙を引っ張り出し、足元に捨てる、上履きの中身も手を突っ込んで乱暴に掻き出す。
「ああもう鬱陶しい!、大体メールでもなんでもあるじゃない!、なんで紙なのよ!」
「手書きでないと誠意が無いって話になるからじゃない?」
「こんなきったない字!、読んでられないってのよっ、メールなら一括処分出来るのに……」
呆れるレイだ。
「そんなだから、手紙にするんじゃない」
はぁっと溜め息、アスカの言う『処分』とやらが定型文を一括で送り返すだけの操作なのか、あるいは全選択しての削除であるのか悩んだのだろう。
「で、シンちゃん」
「なに?」
「妙に落ち着いてるね?」
「それが?」
「うう〜ん?、べっつにぃ」
またもにたにたとする。
「アスカぁ、シンちゃん何ともないってさぁ、どうするぅ?」
「なによ?」
「付き合っちゃえばぁ?、手紙の誰かと!、脈無いよ?、シンちゃん」
けけけと笑うレイにジト目を向ける。
「そりゃあんたもでしょうが」
「うっ」
ぐさっと来たらしい。
酷く喘いでいる。
「それに!、シンジが気にしてくれないのなんていつものことじゃない」
「ううっ、シンちゃん嫉妬して」
「誰に?」
「あたし」
「アスカにじゃないの?」
「そんなの無駄」
「無駄って何よー!」
きゃっきゃとはしゃぐ。
「けどねぇシンジ?」
「なに?」
剣呑な目つきになる。
「なんで、あんた……、そんなに落ち着いてられんのよ?」
「え?」
「だって……」
少しだけ目を伏せる。
「……アタシが離れてっちゃっても良いわけ?」
ああ……、とシンジは何が言いたいのか読み取った。
苦笑する。
「まあ、寂しくはなるかな?」
「だったら何か言いなさいよ」
「うん……、でもねぇ」
困った顔でのたまった。
「僕、結構呼び出されて遊びに出てるし、それなのにどの口でアスカに何を言うんだよ?」
顔を見合わせるレイとアスカ、目と目で何を通じ合わせたのか?、揃ってビシッとシンジの顔を指差した。
『浮気、禁止!』
……微妙に引きつるシンジであった。
LOST in PARADISE
EPISODE16 ”ダストシュート”
「良いよなぁあ、惣流さん」
「はぁ?、今頃なに言ってんだよ」
「そうそう」
「どけっ、碇!、邪魔なんだよ!」
「そういえばさ、惣流さんって碇と昔なんかあったんだって?」
「なにかってなんだよ!?」
「……そうじゃなくてさ」
「幼馴染で、昔は仲悪かったらしいぜ?」
「じゃあ仲良くなる様な事があったってのか!?、惣流さんと!」
「だから……、そうじゃないってのに」
「ほっとけって」
「ううっ、きっと惣流さん、碇に酷い目に合わされて」
「……なんでそうなるんだか」
「だってよぉ、惣流さん、碇に立場弱いみたしだしさぁ」
「そういうところは、良く見てるんだな」
──そんな会話が耳に入って来る。
「……と、噂の惣流さんなんですが、実際の所は本当になにがあったんでしょうか?」
教室、アスカは仏頂面で机に頬杖を付き、そっぽを向いている。
からかうように訊ねたのは前の席に座っているレイだ、横向いてアスカに苦笑している。
「注目されちゃって、こりゃ近い内に昔のこと探られちゃうかもね」
ますます唇を尖らせる。
「んなこと調べてどうしようってのよ……」
「ファン心理ってやつでしょ?」
「……」
「知りたいって気持ちは抑え切れないのよ、ただそれで嫌われる事になるってとこまで気が回らないみたいね」
アスカは強く吐き捨てた。
「つまんない奴らぁ……、ってあんたねぇ」
「ん?」
レイの額正面でくるくると青い光が回っている。
これからの展開を『覗いて』いるのだ。
アスカは機嫌を横向けた。
「そういうの、やっちゃいけないって思わないの?」
「思わない」
きっぱりと、レイ。
「だあってアスカだけならともかく、シンちゃんまで巻き込まれたらどうするの?」
ねぇ?、っと自分の隣の席のシンジに訊ねる、ちなみにまだ来ていないがシンジの後ろの席はトウジのものだ。
席替えを行う事になったのだが、シンジ、アスカの周囲を希望する者が多く混乱したために、結局こう落ち着いてしまったのだ。
「シンちゃん」
「うん?」
「もう分かっちゃってるんでしょ?、どうなるか……、勝手にいじけて、悪いって思わせて振り回して、なんて奴だって陰口叩かれる事になるって」
そう、とシンジ。
「まあ、そうなるだろうね……」
アスカ。
「なんでそんなことになるのよ?」
「その通りだからじゃないの?」
「あのねぇ……」
「……いじけてるのは、確かにそうだよ、いじけてた、だけどね?、でもアスカだけを追いかけて調べてれば、僕が変わったかどうかなんて分からないさ」
ふうん、と生返事。
「あんた、変わったわけ?」
「……あんまり変わってない、かな?」
がっくりとする。
「あのねぇ……」
シンジは苦笑して護魔化した。
「けどアスカのせいにしてるつもりはないよ……、酷い事も言っちゃったけどね」
作り笑いで黙らせる。
「アスカに責任が無いとは言わない、けどアスカだけに責任がある訳じゃないし、僕にだって問題はあった、……だから誰かなんてはっきりと相手を決めて嫌うつもりは今は無いよ」
レイが茶々を入れる。
「昔は嫌ってたの?」
「嫌ってたって言うか……、避けてた、かな?、人のせいにしたくないってのもあったし、当たってしまいそうで嫌だったし、そういうことを言わされてしまいそうで、会話するのが嫌だったんだ」
アスカは口篭った、こちらに来た時のシンジとのやり取りを思い出したからだ。
俺と叫んだシンジ、きっとあれはそういうことだったのだろうと考える。
黙っていれば、それなりに平穏に過ごせたのに、心の奥にざわつきを留め置けたのに。
言うと喧嘩になるから、黙っていたい、告げると否定されるから、話したくない。
それなのに無理矢理踏み込まれ、話すように強要されてしまった。
……それでは苛ついて当然だろう。
(あの時のアタシって、やっぱり人の身になってなかったのよねぇ……)
そう思う。
必死だったからとは言わないが、シンジのことを考えて口にしていなかったのは確かだった。
相手の気持ちを考えれば、もっとアプローチの仕方はあったのかもしれない、けれどあの時の自分にはあれが限界であった。
──余裕がなかったから。
とにかく、また繰り返してしまう、それだけを恐れた、きっかけを失って疎遠になってしまう事を怖がった。
だからと言って、間違っていたとは思えない。
ざわざわとしたものは、いつかは苛立ちに吹き出してしまう、一気に吹き出させたからこそ、今の穏やかさがある。
心に溜まっていた不満が少しだけ解消されて、新たな不満や不安を抱える余裕、スペースが生まれ出た。
アスカはそう考えていた。
「無様なものね」
リツコである。
回収された残我を遠目に眺めながらのお言葉だった。
「アルファに対して、オメガを作る計画もあったみたいだけどね」
「ミサト」
はぁいっと、ファイルを右手で上げて寄って来た。
「オメガ?、そんな話回って来てないけど」
「当たり前でしょ?、いま仕入れたネタだもの」
「まったく……」
二人で残骸へと目をやった。
日本重化学工業共同体から来た技術者達が取り付き、必死に解体作業を行っている。
「しかしまあ、よくやる奴らよ、少しでもデータを持ち帰ろうって必死だわ」
「オメガのために?」
「……あの子達をたきつけて、二号機を作ろうって話に持ち込むつもりだったみたいだけどね」
けけけと笑う。
「アスカのせいで、全部おじゃんよ」
「アスカの?」
「そ、アスカ人気爆発って感じ?、喧嘩なんかしてる場合じゃないってね」
リツコも笑った。
「そう……、それで自分達で」
「うん、再現するつもりみたいなんだけど」
目だけで、可能なの?、とリツコに問いかける。
リツコは小さく首を振った。
「無理よ、彼らにはね」
「そうなの?」
「だって、あの子達設計図を残してないのよ」
「へ?」
きょとんとするミサトにリツコは説明する。
「最初はもちろん用意されていたわ、けどナンバーズが参戦したでしょう?、彼らの知識と能力でどんどんシステムが構造から改造されていったの、しかも頭の中でそれを全部描ける彼らだもの、図面を引き直すなんて面倒な事、手間以外の何物でも無いじゃない?」
ああ、とようやく納得した。
「はしょったってわけね……」
「そうね、ついでに言えば機械じゃなくて『手作業』でやってる部分もあるでしょう?、けれどわたし達には機械を使わなければ出来ない作業だったりするところもあるから……」
「再現出来ない、か」
「そ、まあ、かなり似通ったものは作れるでしょうけどね、アルファほど洗練されたものにはならないはずよ」
「そう……」
ミサトは意地の悪い笑みを見せた。
「大人の思惑なんて、そんな感じで潰れるものよね」
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。