「はぁ!、やっと解放されたわ」
アスカである。
ネルフへと直通する列車の中、他に乗客の姿は見えなかった。
最近はチルドレン達によってごった返していたのだが、お祭りが終わった今、再び立ち入りには制限がかけられていた。
入れるのはアスカ達エヴァパイロットと渚カヲルくらいなものである。
アスカは鞄を放り出すと、広く体を投げ出した。
行儀悪く横になる、腕を伸ばして寝そべった。
「シンジ、か……」
学校での会話が思い出される。
確かにそうだ、シンジが何かを言う、その時にもし、少しでも『昔の性格』が出てしまったら?
感情的にならずに居られない時だってあるのだ、『あんただって!』、そう叫んでしまった時、きっと今度こそ、シンジは『そうだね』と口にして、もう近づいてもくれなくなってしまうだろう。
アスカはそんな、目を伏せるシンジを想像して胸を傷めた、ずきんと疼いた。
大体、シンジはもう気にしていないと言ってくれたが、それが本当かどうかも怪しいのだ。
(アイツ、まだ隠してる)
嘘を吐いているだけかもしれないが、区別は出来ない、シンジの仮面に近い『作り笑顔』の微妙な差異を見分ける事など不可能だ。
しかしそれでも、シンジが何かを隠しているのは、先日のカヲルとのやり取りから気付かされてしまっていた。
(とりあえず、レイには追い付いた、これであたしもネルフから放り出されることは無くなった、けど)
それに固執して本来の『目的』をおろそかにしてしまうようでは問題になる。
(シンジを……、なんとかしなくちゃね)
アスカははぁっと、溜め息を吐いた。
──ネルフ本部。
「なによこれ……」
ミサトは地下から持ち返られたディスクの記録映像に唖然とした。
地下湖と言ってよかった、一キロ四方はある空間に、水が溜まって巨大な池を作り上げていた。
ライトの灯を受けて、青く揺らいでいる、透明度はとても高い、スロープ状になっている岸辺に、波が押しては返している。
「状況は?」
「はい、プランクトンは確認されていますが、それ以上の生物は……」
日向は次々とデータを呼び出し、整理して伝えた。
「……水の侵入場所は発見されていません、湖底から涌いているのかもしれませんが、妙なのは波です」
「波?」
「はい、無風状態の密閉空間で、あれだけの波が発生しているのは明らかに不自然です」
「リツコ」
「……流入している水だけとは考えられない状態だわ、第一、波を立てるほどの水が入ってきているのなら、同量の水がどこかに流れ出ていなければ釣り合いは取れないもの、そしてあの池の水の総量は一定を保たれている」
「つまり波は発生しているのではなく、起こされていると見るのが妥当と言う訳ね」
青葉に目をやる。
「構造物による可能性は?」
「MAGIは否定しています、波の発生に規則性が見られません」
「結構、なら生物、あるいは」
リツコが言葉を奪い去る。
「使徒ね」
「……あの子達は?」
「はい、ファーストとフォースは自宅に確認しています、サードとフィフスはジオフロント森林公園に、セカンドは……、直通トレインをいま下りました、こっちに向かっているようですね」
「そう……」
「どうするの?」
「ん……」
「レイを呼び出すなら早い方が良いわ」
「そうね、一応アスカには待機に入ってもらって、シンジ君には先に下りてもらいましょう」
「防衛線?」
「万一のためよ、後はレイ待ち」
日向が念のために訊ねた。
「フォースとフィフスは?」
「フィフスには機体がないもの、それにもし使徒だとしても相手は水中、フォースの出番は無いわ」
「わかりました」
テキパキと進んでいくように見えたのだが、リツコは少々疑問を感じてしまっていた。
水中だからフォースが役に立たない?、しかしそれは他の機体でも同じだろう。
けれど彼女には何か判断するに足る材料があったのだろうと、リツコは深く考えなかった。
──ホーム。
駅に下りたアスカは、改札ゲートのところで案内版を見ている男性に気がついた。
無精髭に尻尾髪の男だった。
「まいったな、こりゃ……」
う〜んと、全くまいってない調子で顎を撫でさすっている。
「おっ」
ちょうど良い、とアスカを見付けた。
「ちょっと良いかな?、えっと……、セカンドチルドレンの、惣流アスカさんだよね?」
アスカはやや身構えた。
「あたしを知ってるんですか?」
「そりゃそうさ、現チルドレン中最強最大の力を見せた君を知らないはずが無い、君はもっと自分のことを知るべきだ」
「はぁ……」
「ま、そんなことはどうでも良いんだ」
ええと、っと男性は名刺を取り出し、アスカに渡した。
「ネルフ……、情報局、加持リョウジさん?」
「そ、まあ、よろしく」
「……どうも」
手を握り返す。
「それで、……ここで何をしてたんですか?」
「それがちょっとね」
案内版に目を向けて苦笑する。
「三年ぶりに帰って来たんだが、『土地勘』を無くしちゃっててね、もし発令所に行くんなら案内して貰えないかな?」
「はぁ……、構いませんけど」
「本当かい?、助かったよ、ありがとう」
じゃあ行こう、とアスカを誘う。
アスカは鼻を突く匂いに顔をしかめた、それは煙草の匂いだった。
「ドイツからの出向でね、元々はこっちで働いてたんだが」
揃ってエスカレーターに足を乗せる。
「じゃあ、みさ……、葛城さんや、赤木さんと?」
「ああ、二人は大学時代からの仲間だよ」
「そうなんですか……」
「今や懐かしい想い出だよ、あの頃はもう無茶苦茶でね」
「無茶苦茶?」
「特に葛城とは難しかったな、あいつは表面上は笑って全部隠すようなタイプだったから」
アスカはどきりとした。
「作り笑いで護魔化すって事ですか?」
しかし反面、ちょうど良いとも考えた。
「うん?」
思い切る。
「あたしの友達に、同じタイプの子が居て……」
微妙に声を潜める加持である。
「碇シンジ君のことかい?」
「!?、どうして!」
「いや、君達の話は聞いているからね、その交友関係の中で君が気にしそうな子と言えば、彼のことじゃないかって思っただけだよ」
そうですか、とアスカは濁した。
(身辺調査の記録は読んでるって事?、そっか、情報部の人だもんね)
気持ちをやや切り替える。
「ミサトは……、どうだったんですか?」
「ん?、そうだなぁ」
にやにやとする。
「妙にはしゃぐんだよ、あいつ、自分が落ち込んでるのを悟られるのが嫌だったんだろうな、余計な気をつかわれて、慰められると、もっと気持ちが沈んでしまうって事、あるだろう?」
な?、と間を置く。
「気にしないで、放っておいて……、そうしてくれれば自分で立ち直るから、そういうのがあったな、ただ迷惑な事もあった」
「迷惑?」
「どんどん嫌な方向へ考えが進んでいってしまうことってないかい?、そうなりそうなことを感じると、こっちの迷惑を考えないで振り回すのさ、考えたくないから没頭しようとするんだろうな、……あの頃は若かったんだなぁ、そんなことに気付きもしないで、じゃれ付いて来るあいつを鬱陶しいって振り払ってたよ」
ふうん?、とアスカはようやく加持の馴れ馴れしさに合点がいった。
「ミサトと付き合ってたんですか?」
「そうだな、それで赤木に紹介してもらったんだよ」
「リツコに?」
「ああ、赤木は昔も今も変わらないな、馬鹿な事もしてみたいのに、ハズして白けさせるだけだろうって怖れてクールを装うんだよ、そうして距離を取って静観して、壁を作るんだ、その壁を無視してのけたのは葛城だけだろうな」
「え、っと……、加持さんは?」
「俺か?、俺は無理だったな……、何しろ葛城の目が怖くて」
「ミサトの?」
「あれで中々嫉妬深いんだよ、おっと」
話し込んでいる内にエスカレーターが一番下に来ていた。
「きゃっ」
「大丈夫かい?」
アスカは赤くなってしまった、彼の腕に抱かれていたからだ。
「あ、はい、ありがとう御座います」
離れながらもどきどきとする、煙草の匂いが『男』の匂いに感じられた。
単純にヤニがどうのこうのではなく、もっと深い匂いがしたのだ。
(何赤くなってんのよ、アタシ!)
「あれ?、アスカ」
どっきーん!、っとアスカは鼓動を跳ね上げた。
「あっ、し、シンジ!?」
「アスカ、急がないの?、招集掛かってるけど」
「え!?、あ、携帯バイブにしてた!」
慌てて鞄を探る。
そんなアスカに呆れてから、シンジは加持へと顔を上げた。
「よぉ」
「……どうも」
「よろしく、加持リョウジだ」
「……知ってます」
加持の目に別の光が宿される。
「知ってる?」
「はい、……父さんから、聞いてますから」
「何やってんのよ!」
アスカはバンっと、シンジの背を叩いた。
「行くわよ!、のんびりしてたらミサトに文句いわれるんだから!」
「……なんだよもぉ、自分がミスっただけのくせに」
「ぐちぐち言わない!、あっ、加持さん、発令所はその通路を真っ直ぐに行けばいいから!」
「わかったよ」
「じゃあ!、ほらシンジ早く!」
「ああ、シンジ君」
アスカを追って走り出そうとしていたのだが……
「何ですか?」
「……今度お茶でもどうかなと思って」
「僕、男ですけど?」
「友達になろうって事さ」
シンジは奇妙に顔を歪めただけで、後は頭を下げて駆け出した。
残された加持に、隠れていた人物が話しかける。
「あなたまで呼び寄せられたんですか?」
苦笑して振り向く。
「渚君か」
「お久しぶりです」
「ああ」
軽薄な笑みを消して睨み付ける。
「……委員会は君の行動に疑問を抱いているよ、それで俺が派遣されたってわけだ」
「それはそれは、ご苦労様です」
会話を続けられないそっけなさ。
どうやら加持と言う男は、カヲルにとって好意に値しない男らしい。
……お互い様なのかもしれないが。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。