──時間は少し立ち戻る。
ジオフロントの地下、一部をネルフが本部として使っている遺跡だが、そのほとんどは謎の鉱石によって建築、構成されていた。
何万、下手をすると億単位の月日を経ているだろうに、一向に朽ちるの事の無い構造物。
セカンドインパクトに代表される地殻変動級の圧力に堪える建材。
水による侵食を受けながらも、カビなどを一切受け付けなかった材質である、その上に堆積した埃、土などによって多少は生物の存在を認めてはいても、基本的には奇麗なものだ。
内部の発掘作業は、まずこの清掃から始められる。
地上から通路内に入り込んだ土砂を掘り出し、外へと捨てる、この土は水没した旧東京などに変わる水上都市建設用の埋め立て土砂として利用される。
土を掘り出せば通路は全くの水平を保ったものになる、場所によっては傾斜していても、それは計算されたスロープだ。
つまり、この『球体』は大地に対して水平に『着陸』したことになる。
墜落、あるいは衝突であったなら、このような状態にはならないはずだからだ。
──ブォオオオオ……
まだ半分方、通路の隅には土砂が残されている、そんな道を大型トラックはエヴァを乗せて進んでいた。
ヘッドライトが作業員達を照らし出す、ケーブルを引く者、一輪車を押す者、灯を設置する者、様々だ。
シンジはトラックの中、助手席に座ったままで、じっと目を閉じ、リツコから話された事を反芻していた。
「良い?、シンジ君、異常なのは湖なのにガスも何も発生していない事なのよ」
「どういうことですか?」
「水は腐るわ、特に地上から侵食して水が溜まったのなら、微生物や細菌くらいは存在しているはずだもの、そして死骸はガスを発する、けどね、地下にはそのガスを排気する通風孔なんて無いの、第一、重いガスは上に登らず、下に溜まるものでしょう?」
確かにその通りである、だからこそ換気用の巨大扇風機がそこら中に設置され、空気を送り込むと共に地上部へと排出されているのだから。
「だけど、地下湖の水はクリーンなのよ、透明度も凄いわ、純度は90%を越えている、そこまでの通路が土砂によって埋もれていた事を考えれば、湖の中にも土は入っているはずなのに」
湖には波が立っている、なのに堆積している土砂……、泥は掻き回されていない、ということは湖の底には泥はないということになる。
まだ本格的な計測機械が運び込まれていないためにはっきりとしたことは言えないのだが……
「怪し過ぎるから、注意して」
シンジはリツコの気遣いに感謝した。
今回の役割は『斥候』である、状況が掴めない状態での危険な『先鋒』であるのだ、だからこそ自分を選択してくれた、他の誰でも無く。
シンジは、そのことについて酷く、感謝した。
LOST in PARADISE
EPISODE17 ”死すべき者”
──そして、今。
『ガッ、ボート戻し……、いそっ、ガ……』
ようやく実用化された通信装置によって、起動中も安定した通信を行えるようなったシンジであるが……
(くそっ、これじゃあ無い方がマジじゃないか)
ノイズ混じりの会話に焦れていた。
通信機はカチューシャのようなフレームで固定する、まるで耳飾りのようだった、ただし普通に上から差し止めるのではなく、首筋の側から逆向けに取り付けるようになっている。
その先端にある二つの物体、この耳飾り、あるいは髪飾りのようなものは、まるきりアスカの髪留めに酷似していた、ただし色は白である。
──思考波磁気変換装置。
エヴァよりフィードバックされたテクノロジーを利用したものである、これにより通常人でもテレパシーを可能と出来るようになっていた、ただし、人の頭を覗くことは出来ない、特定の周波数において送信と受信が可能になっただけである。
01のコクピットは全く機械を搭載出来ない、純然たる生体部品のみで構成されている、そのため『取り込まれない』ように皮膚の接触面を減らす試みが行われている、プラグスーツだ。
普通のスーツでは『増幅器』であるエヴァとの『感覚共有』を断つ事になってしまう、そのためのスーツである、エヴァ側の粘膜から送られて来る電気信号を受け、それをパイロットへと中継している。
これは感覚共有によってエヴァの損傷がパイロットへとフィードバックされ『過ぎる』問題を解決する意図も混じっていた。
(そりゃ、何も通じないよりは良いけど!)
他機であれば機械構造を組み込める、01がもし眠ったままであったなら、こんな通信装置の開発は永遠に行われることはなかっただろう。
一応、それなりにコストは掛けられているのだ。
「行きます!」
湖上をボートが逃げて来る、暗闇の中、光点が岸に向かって必死に近づいて来る。
地下空洞の中は闇が幅を利かせている、ボートのライトなどは侵食されて頼りなく見える。
シンジは水の中にエヴァを入れた、一度に膝まで沈み込む、スロープ状に見えて、段差になっていたようだ。
プログナイフを抜く、『シンジ』は目を閉じ、そして目を凝らした。
──エヴァの瞳が禍々しく光り出す。
感覚器官が本当の肉体からエヴァ側へとスライドしていく。
超感覚が目覚めた時、シンジは水面下にて身をくねらせる影を見た。
「シンジ君!」
ミサトは焦った、相手がどのような力を持っているかは分からない、けれどはっきりしていることが一つだけある。
(エヴァは、水中戦闘を考慮した設計になってない)
と同時に、自分達は水中での戦闘を考慮した訓練を行っていない。
(対処法が分からない、力任せじゃ……)
シンジの力は魅力的だが、敢えてミサトはその考えを振り払った。
誘惑されても、安易に乗るわけにはいかないのだ。
シンジの力は、いわば切り札である、いや、切り札でなくてはならないのだ。
そうでなければ、最初から追い詰められている事になる。
(エヴァは道具に過ぎないわ)
失う事もあるだろう、それがミサトの発想である、何時かは破損するだろうし、大破もする、しかし何もかもが無くなった状態であっても、自分達は使徒と対していかなくてはならないのだ。
(この程度の苦境で!)
ミサトは自分を叱咤する。
『シンジ君、調査船の確保を優先して、敵は使徒と確認したわ』
「はい」
『無理しないで、倒す必要は無いわ、直にアスカが到着するから、彼女と防衛線を張って頂戴、その間に退避を完了させるから』
「わかりました」
(って言っても)
岸に辿り着くよりも早く、船は使徒に追い付かれてしまうだろう。
(飛ぶか?、いや、ダメだよ、アスカと違って僕には『安定』させられない)
シンジはギリと歯を噛み鳴らした。
一種のブースターであるエヴァであるが、側面ではプラスと言い換える事が出来る存在である、そして自分はマイナスだ。
エヴァはこの二つの極に分け隔てられている壁を無くそうと常に働きかけて来る、パイロットを侵食し、遺伝子を変質させ、同時に自分も改造して。
そして、プラスとマイナスを相殺し、ゼロになるのではなく、『一個』になろうとする、まるで核とならんとするかのように。
エヴァの中に居る状態は、つまり最終的な結合状態となんら変わらないのだ、その力は莫大に尽きる。
更には01は、他機と違って『プロテクト』が外されている状態にあった、何年か前の接触実験によって消失したのか、壊れてしまったのか。
後付けも出来ていない、この状態で力を暴走させてしまったなら、どんな結果になるのか想像も付かない。
(物真似なんだよな、結局はさ)
シンジは、これと言った『自分だけが持つ力の形』を見付けていなかった、大半が数倍の『発現』に拡大模倣しているだけだ、まあ、それだけに不安定になるのだが。
どんなものにも、安定する大きさ、形と言った物がある。
アスカやレイの力は、間違いなく『最善、最適』な形状で発現している、しかし真似るだけのシンジには、その加減、程度が分からないのだ。
だから、どうしても行き過ぎた物となってしまう。
その上、今はエヴァに乗っている、よりデリケートな調整が必要になって来る、シンジには今の状況で上手く加減出来る自信が無かった。
「なら!」
思い切り、ざぶざぶと進める。
「ATフィールド!」
──湖が裂ける!
01のATフィールドが水を押しのけ、ぽっかりとした空間を作り上げる。
「あ、ああ、あ……」
ボートの上の男達は、突然襲い来た無重力に近い浮遊感に慌て腰を抜かし掛けた、ボートの下の水が消え、真っ暗な底が見える空中へと飛び出してしまっていたからだ。
ザブン!、それを追って魚のような使徒もまた、何も無い空間へと飛び出した。
「アスカ!」
──わかってる!
01の頭上を赤い閃光が、文字どおり火の玉となって通り過ぎていった、炎の衣が散る、弐号機だ。
「わぁあああああ!」
ついに落下を始めたボート、乗っていた者達が悲鳴を上げる、ガン!、それをキャッチして弐号機は羽ばたいた、キュン、キュン、二度ほど直角に曲がって戻って来る、とんでもないスピードだった。
ザブン!、水が押し寄せて同じく落下を始めた使徒を呑み込んだ、もみくちゃにする。
「シンジ!」
01もまた揺り返しの波に足を取られて、転けた拍子に湖の奥底へと引きずり込まれていった。
炎の翼を展開し、その場に羽ばたき、滞空する。
そんなアスカにミサトの叱責が鋭く飛んだ。
『アスカ下がって!』
「でもシンジが!」
『こっちで追跡してるわ!、大丈夫、シンジ君のATフィールドは使徒のそれを上回ってるわ』
くっとアスカは唇を噛んだが、堪えて岸へと引き返した。
どうするにしても、結局ボートが邪魔だったからである。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。