「使徒だけであれば無茶な作戦があるんだけどね」
通信機越しのリツコに対して、アスカは一応と問いかけた。
「例えば?」
「あなたの力よ」
「あたしの?」
「そう、分子加速、高分子震動を水に対して行えば水中にいる使徒をずたずたにするくらい容易いことでしょ?」
なるほど、と納得する。
「けど対象を固定出来ない……、その周りだけっていうのも難しいし」
「ええ、だから無茶なのよ」
二人が気にしているのはシンジへの影響についてだった、余波が01にまで及べばただでは済まない。
「でも、いい加減どうにかしないと、シンジが……」
「ええ」
(酸素の消費も、そろそろ限界でしょうからね)
その頃、シンジは先に見付けた巨人に酷く震えていた。
「な、んで……」
ぐったりと背を壁に預けて崩れている、その顔には七つの目が描かれた仮面が被せられていた。
ぶよぶよの肉、真っ白だ、命の息吹は感じられない、確かに死んでいる、朽ちている、なのに腐る所までは至っていない。
(なんだよ、これ!)
シンジは心から来る震えの正体に気がついた。
(エヴァの!?)
どうやら自分ではないらしい。
エヴァンゲリオンの魂が震えているのだと気持ち察する。
「とんでもない物、みたいだけど……」
なんとか心を落ち着ける。
「……調べるにしても、そろそろ上にあがらないと」
(息苦しいや)
シンジは思い切る事に心を決めた。
「……」
じっと湖面を見ていたレイが、突然ぴくんと顔を上げた。
「シンちゃん?」
その呟きにアスカが素早く反応する。
「レイ!、シンジなの?」
「……限界だから、強行するって」
そんな、無茶よ!、そう叫び掛けてアスカは思いとどまった。
先程までミサトやリツコに食いついていたのは自分だ、状況が動くのなら、不満を言う筋合いには無い。
「良く分かんないけど、水の上に出るから掴まえてくれって、アスカに」
「掴まえる?」
「うん」
「わかった」
アスカはエヴァへと駆け出した、しかし。
(それならなんで、アタシじゃなくてレイに話を持ち掛けるのよ?)
そんな疑問が、一つ残った。
通信機やテレパシー、念話を制限していたのには理由があった。
水を遮るためにはATフィールドが不可欠で、侵入を防ぐほど強固にすれば、どうしても思念は伝わらなくなるのだ。
それを解除した今、01からはこぽこぽと空気の泡が立ち上っていた、装甲の隙間からだけではなく、口からもだ。
どうやらエヴァは、人間同様に肺呼吸しているらしい。
「行くよ」
シンジの呼び掛けに、エヴァの目に光が宿った、屈伸、水が渦を巻く、そして01を跳ね上げた。
──ドン!
勢いよく水上へと押し上げられる、しかし使徒は見逃さなかった。
──ガァ!
大顎を開いて追いすがった、食らいつく!
「くうっ!」
左の脇から右の太股にまで渡るほど、がっぷりと食いつかれる。
──水面!
『赤い』揺らぎにシンジは決断を実行に移した。
「アスカぁ!」
エヴァのパイロットルームから外に抜け出す、シンジは01を捨てたのだ。
小型の渦巻を作ってシンジは水面を目指した、使徒は01が歯に食い込んで抜けないらしい、追いすがろうとしてもがいていた。
ザバァ!、外に出る、シンジ!、02が腕を広げていた。
左腕に手を懸けてくるりと回り込み、02の搭乗口へと滑り込む。
「へ?、ちょ、ちょっと!?」
アスカは焦った、まさか中にまで入って来るとは思わなかったのだ。
「ごめん!、我慢して!」
アスカの背に密着する、両脇の下から前に腕を出し、補助装置である操縦桿を握り締めた。
──シンクロする。
「わぁあああああああああ!」
ATフィールドが湖を割る。
「アスカ!」
アスカは反射的に従って、火球の槍を作って放った。
ギュルギュルと回転しながら、それは初号機を咥えたまま姿を晒している使徒の背を貫いた、のけぞり絶叫する使徒、貫通した火炎は水に突っ込み、爆発を起こす。
──水蒸気爆発が使徒を下から翻弄する。
水蒸気の熱波に焙られて皮膚をただれさせ、使徒は悶えた、01も煽りを食らってただでは済んでいないようだ。
しかしそれでも、使徒ほどにはダメージを受けていないように思える、修理で治せる範疇だろう。
「……あんたねぇ」
はぁはぁと、人の肩に顎を乗せて荒い息を吐くシンジに呆れ返る。
顔が赤いのは、その息がくすぐったいから……、だけではなく。
ぴったりと背にのしかかって来ているからだ、どうしてもプラグスーツの特性上、シンジの『股間』が押し付けられているようで気になってしまう。
「……ごめん」
シンジは喘ぐように口にした。
「でも上手くいって好かったよ」
はぁ、っと溜め息。
「思い付きだった訳ね」
アスカは機体を翻した。
それはシンジの言葉から、『タンデム』によって『思考制御』に影響が出る可能性を、素早く感じ取ったからだった。
ゴォオオオ……
クレーンが悲鳴を上げてワイヤーを引き上げる。
その下に吊るされているのは01だ、ワイヤーでぐるぐる巻きにされている、そうでもしないと釣り上げられないのだろう。
「思い切った事をしたもんねぇ……」
リツコはその損傷に溜め息を吐いた、これでまた徹夜の日々に逆戻りかと憂鬱になったのだ。
「むしろ今までが上手くいき過ぎてたのよ」
ミサトは言う。
「この間、それに今回と、同タイプの使徒が出て来た時のための装備の開発、進んでる?」
鬼ね、とは言い返さないリツコだ。
「一応はね、けれどこういう方法は思い付かなかったわ……」
隣のセットに固定される弐号機を見る。
タンデムによる影響が出ていないか調べるために持ち込まれているのだ。
「パイロット二名による『能力』の同時顕現、か……、使えるの?」
「無理ね」
「使い物にはならない、か……」
「当然よ、今回だってシンジ君はATフィールドを展開しただけだもの、そしてアスカはファイアスピアを生んだだけ、もしこれが同時になんらかの能力を別々に発現させようとしていたなら……」
「バッティングした?」
「そうね、エヴァは結局『肉体』でしかないのよ、頭がないの、パイロットをその替わりにする訳だけど、区別を付けられる訳でも無いのね」
「相性はあるんでしょ?」
「当然よ、それに、シンジ君がコントロールに介入したのはATフィールドを展開する一瞬だけよ、長時間介入していれば『親和性』が崩れていたかもしれないわ」
「コントロール不能に?」
「そうそう便利ではないと言う事ね、大体が全ての能力者の力を使えるシンジ君だからこそ、アスカの邪魔にならなかったとも言えるわ、アスカと『融和』することでエヴァに介入した、そんなところね」
ん〜〜〜、っとミサトはノビをした。
「まあ、大変だったもんねぇ」
そのにやけた顔は、何か違う事を指していた。
──レイはぷんぷんと怒っていた。
「まったくもぉ、浮気はだめだっつったらアスカといちゃつくんだからぁ」
なぁんでこっちに来ないかなぁと、未だ00の中である。
ここはまだ湖だ。
目前では使徒の引き上げを先延ばしにしてまで、特別に組まれた回収班による『白い巨人』の引き上げが行われていた。
02から出て来たシンジは、まるで抱くようにしてアスカを下ろした。
「ありがと、助かったよ」
そう微笑んだシンジに、アスカはやけに真っ赤になっていた。
しおらしく、俯いて。
──そのことが非常に気に食わないらしい。
「あったくもぉ!」
それでもこの仕事は投げ出せない。
それくらいに大事な事なのだ。
──あの時。
シンジが放って来た思念は、レイにこの巨人のことを訊ねていた。
『誰にも気付かれないように、この巨人の未来を見て欲しいんだ、この巨人が関る事で未来がどう変わるのかを……』
何の事だろう、と訝しみながらもそうして見て、後悔した。
未来は赤く染まっていた。
真っ赤な海、真っ赤な空、水に沈んだ世界、人一人残っていない廃墟。
咄嗟に返事を返せなかった、そのことがシンジに何かを感じさせたのだろう。
『父さんに連絡して、後はお願い』
そう頼まれて、その通りにしているのだ。
ゲンドウからの指示の元、急遽組まれた特別編成の回収班。
この面々にレイは不吉な物を感じ取っていた、その面子には覚えがあったからだ。
まだ、こうもチルドレンが多数出る遥かな以前、そう、自分がまだこんな風に『明るく』なっていなかった頃。
発掘が遅々として進んでいなかった時代に、自分や、エヴァを研究していた『中枢メンバー』
(それほどのものなんだ、この巨人って)
緊張が体を硬直させる。
いつもの興味半分、好奇心で何がもたらされるのか知ることを、レイは無意識の内に忌避していた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。